自動ドアに付けられていた鈴が鳴って、店員はすぐに私達が中に入った事に気が付く。
「いらっしゃいませ、どのような用件ですか?」
店員は数名居たけれど、その中でも若くて優しそうな背の高い男性が近づいてきた。この人とだったら良い部屋を見つけられそう。
「家を……アパートを借りたいんです」
青木が話を切り出す。意外だった。乗り気では無さそうだったので、私が話を進めないといけないと思っていたのに。そうか、名義上は彼が借りる事になるから私だと不自然なのだ。余計な事を言わないように押し黙る事にする。
「ありがとうございます。それではこちらの席へどうぞお座りになって下さい」
まだ何もしていないのにお礼を言われた後、カウンターとなっている席に座るように促される。私と青木は隣り合って座り、反対側には対応した店員が私達と向かい合って座った。
「本日、担当させて頂きます池田と申します。本日はよろしくお願いします」
不動産屋さんが礼儀良く頭を下げたのでそれに倣って私達も軽く会釈した。
「それでどのようなお部屋をお探しですか?」
「ワンルームの部屋を探してます。それ以外の条件は無いです」
今まで聞いた事のない口調で青木は不動屋さんに伝えた。
「付き合い始めて、一緒に住む事にしたんです」
そう私が付け加えると余計な事を言うなと一瞬青木が睨んでくる。だって少しでも信憑性があった方が良いに決まってる。青木の言い方だと何だか怪しまれる気がしたのだ。
「なるほど、良いですね。未来が明るくて楽しそうですね」
「明るい未来?」
私達に明るい未来なんてあるのだろうか。明るい未来って何だろう。そんなのが本当にくるのか分からなくて思わず聞き返してしまう。
不動屋さんは不思議がる様子もなく、テーブルに予め備え付けられていた端末を弄り始めた。
「1LDKなどがオススメですよ。こういった場所はどうでしょうか?」
不動産屋さんが何を言っているのか不明だったけど、ディスプレイを見せらせて表示された間取り図から一つの大きな部屋と小さな寝室が付いているような部屋の事だと分かった。
色んな角度から撮影された写真も一緒に掲載されていて、どれも綺麗で素敵な部屋だった。でも家賃が高くて住めそうにない。もっと少し安いところでないと無理だ。
「そんなに広くなくていいんです。さっきも言ったようにワンルームで探して下さい。大学生なのでお金が無くて。もっと安い所ありませんか?」
青木の意見に不動屋さんは粘る。
「そうですか、でも二人暮らしならこのくらいの広さの方がいいと思いますよ。仮に喧嘩などした場合でも別々の部屋で頭を冷やす時間なども作れますし」
「私達は喧嘩しないので大丈夫です」
嘘だけど、同意したら条件を下げられない。
「うーん、分かりました」
不動産屋はまだ何か言いたげだったけど、端末を弄り始める。多分、全てのカップルが同じ事を言っては喧嘩しているのだろう。
私達は意見の食い違いは起きるけれども、喧嘩にはならないような気がした。だって一緒に住むのが目的ではなく、住む所を探しているだけだから。だから、そんな心配いらない。
「それならここは如何でしょうか?」
少し広めの八畳ぐらいのワンルーム。色んな角度から取られた写真はどれも綺麗だ。
家賃もそんなに高くない。唯一の欠点は最寄りの駅から二十分くらい掛かってしまう事。でもそんな事は別にいいような気がした。
ここなら家賃的に住める。私の心が躍り始めたのを感じた。
「いいですね、ここ!」
「実際に観に行きますか?」
思わぬ提案にさらにはしゃいでしまう。
「いいんですか?お願いします!」
「では、車を用意しますので、少々お待ち下さい」
不動産屋さんは立ち上がると、そのままバックヤードへと消えていき、テーブル席には私と青木だけとなった。
「おい、あんまりはしゃぐなよ。怪しまれるぞ」
「このくらいでそんなわけないじゃん」
なるべく小さい声で話しかけて相談する。聞かれたらダメな内容になるかもしれないからだ。
「青木はここ、どう?」
「まぁ、いいよ。別に」
いつも通り、やる気のない返答だ。
「じゃあ見学してみて、良さげならここで決まりだね」
そう言いつつ、内心ではもう住む事が決まっていた。余程の環境でなければ段ボール部屋よりもマシ。それだけで充分だった。
「お待たせしました。それではどうぞ」
不動屋さんが車の準備が整ったみたいで戻ってくる。私達は立ち上がると用意してくれた車の中へと乗り込んだ。
車の中からここですと案内されたアパートは外観がとても綺麗な所だった。よくあるアパートだけれど白を基調にしていて清潔感があり、窓枠には西洋感を出す為かお洒落なオブジェが付いていた。
この時点でかなり気に入っていた。先に車から降ろして貰って不動屋さんが駐車するまでの間、外装の細部も確認するけれど綺麗で清掃が行き届いている感じだった。
不動屋さんがやってくると私達が借りる予定の部屋へと案内してくれる。空いている部屋は二階みたいで、外階段を使って上へと上がっていった。部屋に近づいていくごとに私の気持ちも同じく高揚して浮きだっていくのを感じた。
ドアを開けて部屋の中に入るとすっと木製の匂いに包まれる。新しい木の匂いだった。
「どうでしょうか。建築歴がまだ五年なので、まだ綺麗でしょう。一部屋でもこの広さで住めると思いますが――」
不動屋さんの説明を半分に聞きながら、私は部屋に見入っていた。想像していたよりもずっと大きい。どうせ寝泊まりするだけの部屋になるから、これで充分すぎるくらい。風呂場もあるからシャワーには困らなそう。ただ、ユニット式でトイレと一緒になっているのが少し嫌だったけれども、それで家賃が抑えられているみたいだから、我慢しななければならない所だろう。
「とても良いよ、ここ。青木はどう思う?」
「いいよ、ここで」
彼はいつも通り素っ気なく答えたので、ここが私達の部屋になる事が決まった事になる。
「気に入って頂けましたか?」
「はい、ここを契約します」
嬉しくて、私が答えてしまったが何も問題はないだろう。
不動屋さんがお辞儀をしてくる。
「ありがとうございます。では早速戻って書類の作成をしましょう」
少し名残惜しかったけれども、もう不動屋さんが部屋から出て行こうとした為、後について行くしか無かった。まぁ、どうせすぐに私達の部屋になるからいいか。
「いつから住めるのですか?」
青木が不動屋さんの背中に問いかける。
「書類審査が進んで二、三日後になると思います」
彼の質問はそれだけだった。その後また黙ったままになってしまう。
見学した部屋での会話はそれだけであった。あとは不動屋さんも話す事がなく、その雰囲気が何だか不気味に感じてしまった。
何か違和感があった。引っかかりがあった。しかし、何の事だか分からなかった。
単なる勘違いだったら良いのにと思った。何事もなく上手く進んで契約出来ればあのアパートに住む事が出来る。
しかし、世の中そんなに甘くは無かったのである。
「いらっしゃいませ、どのような用件ですか?」
店員は数名居たけれど、その中でも若くて優しそうな背の高い男性が近づいてきた。この人とだったら良い部屋を見つけられそう。
「家を……アパートを借りたいんです」
青木が話を切り出す。意外だった。乗り気では無さそうだったので、私が話を進めないといけないと思っていたのに。そうか、名義上は彼が借りる事になるから私だと不自然なのだ。余計な事を言わないように押し黙る事にする。
「ありがとうございます。それではこちらの席へどうぞお座りになって下さい」
まだ何もしていないのにお礼を言われた後、カウンターとなっている席に座るように促される。私と青木は隣り合って座り、反対側には対応した店員が私達と向かい合って座った。
「本日、担当させて頂きます池田と申します。本日はよろしくお願いします」
不動産屋さんが礼儀良く頭を下げたのでそれに倣って私達も軽く会釈した。
「それでどのようなお部屋をお探しですか?」
「ワンルームの部屋を探してます。それ以外の条件は無いです」
今まで聞いた事のない口調で青木は不動屋さんに伝えた。
「付き合い始めて、一緒に住む事にしたんです」
そう私が付け加えると余計な事を言うなと一瞬青木が睨んでくる。だって少しでも信憑性があった方が良いに決まってる。青木の言い方だと何だか怪しまれる気がしたのだ。
「なるほど、良いですね。未来が明るくて楽しそうですね」
「明るい未来?」
私達に明るい未来なんてあるのだろうか。明るい未来って何だろう。そんなのが本当にくるのか分からなくて思わず聞き返してしまう。
不動屋さんは不思議がる様子もなく、テーブルに予め備え付けられていた端末を弄り始めた。
「1LDKなどがオススメですよ。こういった場所はどうでしょうか?」
不動産屋さんが何を言っているのか不明だったけど、ディスプレイを見せらせて表示された間取り図から一つの大きな部屋と小さな寝室が付いているような部屋の事だと分かった。
色んな角度から撮影された写真も一緒に掲載されていて、どれも綺麗で素敵な部屋だった。でも家賃が高くて住めそうにない。もっと少し安いところでないと無理だ。
「そんなに広くなくていいんです。さっきも言ったようにワンルームで探して下さい。大学生なのでお金が無くて。もっと安い所ありませんか?」
青木の意見に不動屋さんは粘る。
「そうですか、でも二人暮らしならこのくらいの広さの方がいいと思いますよ。仮に喧嘩などした場合でも別々の部屋で頭を冷やす時間なども作れますし」
「私達は喧嘩しないので大丈夫です」
嘘だけど、同意したら条件を下げられない。
「うーん、分かりました」
不動産屋はまだ何か言いたげだったけど、端末を弄り始める。多分、全てのカップルが同じ事を言っては喧嘩しているのだろう。
私達は意見の食い違いは起きるけれども、喧嘩にはならないような気がした。だって一緒に住むのが目的ではなく、住む所を探しているだけだから。だから、そんな心配いらない。
「それならここは如何でしょうか?」
少し広めの八畳ぐらいのワンルーム。色んな角度から取られた写真はどれも綺麗だ。
家賃もそんなに高くない。唯一の欠点は最寄りの駅から二十分くらい掛かってしまう事。でもそんな事は別にいいような気がした。
ここなら家賃的に住める。私の心が躍り始めたのを感じた。
「いいですね、ここ!」
「実際に観に行きますか?」
思わぬ提案にさらにはしゃいでしまう。
「いいんですか?お願いします!」
「では、車を用意しますので、少々お待ち下さい」
不動産屋さんは立ち上がると、そのままバックヤードへと消えていき、テーブル席には私と青木だけとなった。
「おい、あんまりはしゃぐなよ。怪しまれるぞ」
「このくらいでそんなわけないじゃん」
なるべく小さい声で話しかけて相談する。聞かれたらダメな内容になるかもしれないからだ。
「青木はここ、どう?」
「まぁ、いいよ。別に」
いつも通り、やる気のない返答だ。
「じゃあ見学してみて、良さげならここで決まりだね」
そう言いつつ、内心ではもう住む事が決まっていた。余程の環境でなければ段ボール部屋よりもマシ。それだけで充分だった。
「お待たせしました。それではどうぞ」
不動屋さんが車の準備が整ったみたいで戻ってくる。私達は立ち上がると用意してくれた車の中へと乗り込んだ。
車の中からここですと案内されたアパートは外観がとても綺麗な所だった。よくあるアパートだけれど白を基調にしていて清潔感があり、窓枠には西洋感を出す為かお洒落なオブジェが付いていた。
この時点でかなり気に入っていた。先に車から降ろして貰って不動屋さんが駐車するまでの間、外装の細部も確認するけれど綺麗で清掃が行き届いている感じだった。
不動屋さんがやってくると私達が借りる予定の部屋へと案内してくれる。空いている部屋は二階みたいで、外階段を使って上へと上がっていった。部屋に近づいていくごとに私の気持ちも同じく高揚して浮きだっていくのを感じた。
ドアを開けて部屋の中に入るとすっと木製の匂いに包まれる。新しい木の匂いだった。
「どうでしょうか。建築歴がまだ五年なので、まだ綺麗でしょう。一部屋でもこの広さで住めると思いますが――」
不動屋さんの説明を半分に聞きながら、私は部屋に見入っていた。想像していたよりもずっと大きい。どうせ寝泊まりするだけの部屋になるから、これで充分すぎるくらい。風呂場もあるからシャワーには困らなそう。ただ、ユニット式でトイレと一緒になっているのが少し嫌だったけれども、それで家賃が抑えられているみたいだから、我慢しななければならない所だろう。
「とても良いよ、ここ。青木はどう思う?」
「いいよ、ここで」
彼はいつも通り素っ気なく答えたので、ここが私達の部屋になる事が決まった事になる。
「気に入って頂けましたか?」
「はい、ここを契約します」
嬉しくて、私が答えてしまったが何も問題はないだろう。
不動屋さんがお辞儀をしてくる。
「ありがとうございます。では早速戻って書類の作成をしましょう」
少し名残惜しかったけれども、もう不動屋さんが部屋から出て行こうとした為、後について行くしか無かった。まぁ、どうせすぐに私達の部屋になるからいいか。
「いつから住めるのですか?」
青木が不動屋さんの背中に問いかける。
「書類審査が進んで二、三日後になると思います」
彼の質問はそれだけだった。その後また黙ったままになってしまう。
見学した部屋での会話はそれだけであった。あとは不動屋さんも話す事がなく、その雰囲気が何だか不気味に感じてしまった。
何か違和感があった。引っかかりがあった。しかし、何の事だか分からなかった。
単なる勘違いだったら良いのにと思った。何事もなく上手く進んで契約出来ればあのアパートに住む事が出来る。
しかし、世の中そんなに甘くは無かったのである。
