それから一週間が経過して、二人で電車に乗り込んで揺られる事もう三時間。すでにお昼が近い時間となっていて、電車からの窓の景色を眺めるのにも、だんだんと飽きてきてしまったのであった。
「ねぇ、暇よ。時間が掛かりすぎだわ」
 反対のボックス席に座っている相方にそういうと、小さく溜息をつかれた。
「仕方がないだろ。新幹線に乗る余裕なんて無いんだから」
 そんな事は言われなくても分かっている。在来線で向かう事に文句があるわけではない。暇な事に文句を言っているのだ。
「何かないの?暇をつぶせる様なもの」
「本でも読むか?」
 そう言うと青木はすぐに読んでいた文庫本を閉じてそのまま私に差し出してくる。
 カバーが掛かっていた為、どんな本だか分からない。受け取って開いて確認すると、何だか難しいタイトルが書かれていた。なにこれ。SFか何かかな?
 タイトルの時点で私に合わないなと思ったけれど、とりあえず読んでみる事にした。他にやる事もないし。
 しかし結局読んでみたけれども、やっぱり十ページも満たないくらいまで読んだ所で止めてしまった。文庫本はダメだな。
 本を青木に返す。彼はすでに別の文庫本を出して読んでいて差し出すとちょっと不機嫌そうな表情をしていた。
 あと、暇を潰せるとしたら目の前に居る人物しかいない。丁度いい機会だし、思い切って聞いてみる事にした。
「貴方の話を聞かせてよ」
「何も話す様なことなんてない」
 即答。言い方にムカついた。何をそんなに隠したいと言うのだろうか。私の虐められた過去よりも隠したい事なんてあるわけがない。
「あるよ。どうしてこの旅を始めたの?どうして私を助けたの?」
 ここまで来ると私もムキになっていた。
「助けた理由は前に話しただろ?」
 確かに前に聞いたような気がする。けど――。
「けど、旅を始めた理由は聞いてないよ」
 明らかにはぐらかしていた。そんなに話せないような事なの?それとも私だから話せないの?
「話してよ」
「言っただろ?話すことなんてない」
 ああそう、じゃあもういい、貴方が話さないなら私が話す。
「私ね、友達が居たんだ。とっても仲のいい友達がね」
「居た?」
 急な話の展開に青木は驚いている様子だ。
「うん、引っ越しちゃったの。遠くに。東北に。それから疎遠になっちゃった。携帯端末で連絡だって取らなくなっちゃったし、手紙のやり取りもしていない。それから貴方に出会うまで私は一人だった」
 返事は途中から無くなったけれども、きっと聞いてくれている。だってページが一切めくられなくなったのだから。
「青木はいないの?友達?」
「友達?」
 青木の顔が明らかに引きつった。
「いないさ」
 そう返答するのに、時間を要した。
「いないから旅に出たんだ。味方なんて何処にも居ないから旅に出たんだ」
「今までで誰も?」
 ずっと一人だったの?誰一人も友達が居なかったの?そんな事ってあるの?いや、あるとしても――。
「私が味方だよ。何処まで行ってもどんな事が起こっても」
 青木はじっと見てくる。何か言いかけてる。もう少しだ。
「だから話して」
 青木の口がゆっくりと開きかけた。しかし――。
「いや、ダメだ。誰も俺の味方になんてなれない」
「何で?貴方は誰かの味方になれるのに。私を助けてくれたのに?」
「助けても、味方じゃない事だってある」
「そんな事ってあるの?」
 それって青木が人を殺したから?
 モヤモヤとしていて、核心になる事を聞けていない。
 ダメだ。青木は頑なだ。全然話そうとしない。
 私がダメなのかなって思ってしまう。
 話していた私の友達、わりと世渡り上手だった気がする。あの子だったらこの場をどう上手く対処するのだろうか。
 そうだ、思い出した。私の友達が引っ越した所の近くにおばあちゃんが住んでいるんだった。
 私のおばあちゃん、娘のお母さんと仲が悪くってあんまり会えなかったけど、孫の私には優しかった。私の味方だった様に思える。
 おばあちゃん……懐かしいな。今、何してるんだろう……。
「きっとおばあちゃんが居るところだもの。私の友達も元気で暮らしてるよね」
 気がついたら思っていた事が口に出ていたみたいで、青木が不思議そうな表情で私の事を見つめていた。いけない。いつから口に出ていたのだろう。無自覚的に話してしまっていた。でも、聞かれて不味い内容でもないから別にいいか。
「もう、いいわ。話は終わりだから」
 私はそっぽを向いて窓の方を見た。反射して写る青木は何事も無かったかのように読書を再開させていた。少し、安心したような表情になっているのは気のせいではないだろう。上手く誤魔化したつもりになっているんだろうけれど、全然そんな事はないんだから。
 何よ。こんなに一緒に旅をしているんだから話してくれたっていいじゃない。全然青木の事が分からない。
 ここまで来たら後は意地だった。私は目的地の駅に着くまで窓の外を見て過ごした。