それから心を入れ替えてアルバイトを入れ続け、働いたけれども、五日も続けると流石にもう無理だった。
 心の活力も無くなってしまい、限界だった。もう何もしたくなかった。
 だから、仕事が終わって段ボール部屋に帰ると、すぐさま青木に声を掛けた。
「もうね、私、限界」
 投げなりにそう言葉をぶつける。
「どうした?」
 心配して聞き返してくれたけれども、その問いには答えず近くにある大きいテーマパークの名前を発した。
「はぁ?」
「そこに一緒に行きたいの。一人だと嫌だから」
「何で?」
 青木の質問は尤もだった。前から行きたかったから。夢のような場所。理由はそれだけ。
「お金はどうするんだよ」
「私が出すわ」
 私はこの五日間で節約する術を覚えたスーパーマーケットのお惣菜弁当は閉店近くなると割引される事、職場にシャワー室があり、アルバイトでも使用していい事、安いプラスチック製の水筒を買って持っていき、職場でお茶を入れる事で飲み物を買わなくて済む事等を発見して、初めの頃よりもお金が溜まりやすくなっていた。
 本当にずっと行ってみたかったのである。遠いからと遠慮していた。けれど、今はすぐ近くにある。そのことも私の心の奥底にモヤモヤを作っていた。だからそれが無くなれば、もっと頑張って働く事が出来るかも知れない。
 何を言い返しても無駄だと察したのか最終的に何も言い返せなくなった青木から渋々と承諾を得られた。
 それでも青木はかなり先の予定までバイトを入れていたらしく、一緒にテーマパークに行く日は一週間後の約束になってしまった。
 行く確約が出来ると私の心も少しだけ余裕が出てきて、休みを挟みながらバイトを入れてお金を貯め続けた。
 その合間に休みの日に昼間にネットカフェに行き、電子端末でテーマパークと連携の一番安いホテルを勝手に予約してしまう。そろそろちゃんとしたベッドできちんと休みたかったというのもあるけど、テーマパークで遊んだ後に段ボール部屋に戻ってくるのは何だか味気がないように思えたからである。
 そんな事をしている間に一週間はあっという間にやってきてしまう。しかし、私の予測は何処までも甘かった事を痛感する事となる。
 当日の朝、私は申し訳ない気持ちで青木を起こした。
「青木、ごめん、お金全然貯めれなかったよ。これじゃあ行けないよ」
 言っていて何だか泣きそうになる。節約は出来てお金は少しずつ貯めれるようにはなってきたけれども、本当に少量でとてもじゃないけれどチケット代とホテル代なんて賄えない。
 行くのを止めにしよう。青木にそうやって言うのが辛くて言い淀んでいたら、青木の方から口を開いた。
「分かった。じゃあ、お金出すよ」
「えっ!青木にそんなお金あるの?」
「まだ、多少ならな」
「ホテル代もだけど……」
「はぁ?」
 こっそりホテルも予約してしまった事を青木に白状した。それを聞いた青木は溜息を一つこぼした。
「分かった。ただし貸しだからな。きちんと返せよ」
「本当?嬉しい!」
 青木の両手を掴んで思いっきり振り回した。
「分かったから、掴むのを止めろ。大声もな。いいから支度しな」
 私と青木は駅に向かうと、コインロッカーに預けていた荷物を取り出してトイレでお洒落な服に着替える。整容を整えてテーマパークまでは電車で向かった。到着するまで特に会話するような事も無くただ黙々としていた。けれども、青木はどうか知らないけれども私の心の鼓動は近くになるにつれて高くなっていった。
 チケット付きの宿泊だったので、まずは提携のホテルにチェックインしなければならない。荷物もそこで預けられらしいし、そっちの方が楽だと思った。しかし、受付で問題が起こってしまう。
「お客様、未成年者同士と思われますが、恐れ入りますが保護者の同意書はお持ちになられたでしょうか?」
「えっ?同意書?」
 知らなかった。よく広告動画では高校生同士で楽しんでいるものばかり映っていたから、そんな決まりがあるなんて。同意書なんて用意していないよ。よく説明文を読んでおくべきだった。
 ここで無いなんて言ったら何かしら怪しまれてしまう。今からでもこの場を離れてチケット売り場で当日券でも買えば、テーマパークに入れるかな。
 青木の手を握ってその場から走り去ろうとしたが、私の手は空振りしてしまう。彼は予想外の事を言い始めた。
「いや、未成年では無いです」
 青木の発言に驚く。いや流石にその嘘は無理だしバレるでしょ。身分証明の提出を求められてお終いだと思うんだけど。
 青木の顔をまじまじと見るがふざけている様子はなく、真面目な表情だ。そのまま財布から運転免許証を取り出して提出したので、さらに驚いてしまった。
 思わず凝視してしまう。写真に写っている顔は確かに青木のもの。あれ?運転免許証って高校生でも取れるんだっけ?でも高校生なら提出しても意味無いんだよね。
 生年月日を見てみると明らかに成人している年齢だった。確か高校二年生か三年生だと思ったんだけど、青木って大学生だったんだっけ?
「これは大変失礼いたしました。では手続きを進めさせて頂きますね」
 混乱している私を置いて手続きはどんどんと進んでいき、無事にチケットを取る事が出来て、荷物を預けるとホテルから出て、テーマパークへと向かった。
「ねぇ、大学生だったの?」
 小さい声で青木に訊ねた。外に出たから聞かれる心配はないと思うけど、念のため。
「あの免許証は兄貴のなんだ。俺、兄貴と似てるから分からないんだよ」
 言いながら再度免許証を見せてくれる。確認すると確かに名前が違っていたし、証明写真もよく見ると似ているけど、別人だった。でも一瞬だけだったら分からないような気もする。
 何で兄さんの運転免許証を持っているのか訊ねたかったけど、聞けなかった。まともな理由でない事ぐらい、すぐに分かったからである。
 彼にお兄さんが居たなんて知らなかった。今更だけど、私はあまり青木を知らない事に気が付く。好きな事も嫌いな事も。何も話されてない。常に文庫本を持っているから本好きっていう事は分かるけど、それ以外は何も知らないと言っていい。後、私の事を助けてくれたから良い人っていう事ぐらい。
 でも、どうして何の為に私を助けて、こうして一緒に旅をしているのかは分からなかった。前に聞いたけど、はぐらかされてしまったし。
 このテーマパークは色んな分野のエリアやアトラクションがある。だから青木の好きな物、嫌いな物、考えている事が分かるかもしれない。
 このテーマパーク内での目的がもう一つ増える。いい機会かもしれない。