【6.農業体験2日目】

 二日目。
 武闘家の生活リズムが身についているのか、バルカンはスッキリと目を覚まし、早朝から畑へと繰り出した。

 チョークから今日の作業メニューを聞き、汗を流しながら収穫や畑の管理を手伝っている姿は、もはや農家のように自然になりつつある。
 細かい作業にはまだ難しさを感じているものの、大胆な力仕事については相変わらず頼もしく、周囲からの評価もうなぎ上りだった。

 「バルカンさん、ちょっとこっち手伝ってくれないか? ハウスを建てるために支柱を立てたいんだが、人数が足りなくてな」

 チョークが声をかけると、バルカンは「わかった……こういう支柱か」と頷く。

 「これをこうして…」柱を押さえながら、作業用ハンマーでトントンと打ち込み固定していくことをチョークが伝える。
 ――だが、その直後である。バルカンが急に気合いを込めた声を上げた。

 「究極夢幻連打!」

 彼の全身に闘気がみなぎったかと思うと、その姿が一瞬で消えた。そして、残像を伴うほどの疾走感で柱の間を駆け抜けながら、手刀で支柱を次々に打ち込み始める。

 「ドドドドドドドドドドドドドド」

 まるで杭打ち機のごとく、すさまじい連撃でビシバシと正拳を打ち込み、頑丈な支柱が次々に深く固定されていく。

 「う、うわああ……!」「こ、この速さは……!」

 農家スタッフたちは目を丸くし、「うおおおお!」と感嘆の声をあげる。あっという間に何本もの支柱が完璧に設置されてしまった。
 バルカンは残った闘気をふっと収めると、照れたように「あ、あまり力みすぎたか……」と呟きながら、周囲を見回す。そこには綺麗に打ち込まれた支柱の列がズラリと並んでいた。

 「す、すごいわ……私なんてこれ一本立てるだけで一苦労なのに……」

 苦笑交じりにそう漏らすスタッフに、バルカンは頬をかきながら控えめに「そうか……」と応じる。内心、武術で人の役に立てたことが少し嬉しいのだろう。

 一部始終を見届けていたアンナとエマは息を呑みつつその様子を眺めていたが、バルカンの背中にどこか自信が宿ってきているのを感じ、顔を見合わせて互いにほほ笑んだ。

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 昼食は簡単にサンドイッチや野菜スープをつまむ形だが、バルカンは黙々と食べながら、自分から話を切り出す。

 「……アンナ、エマ。もしこのまま俺が農業を続けたいと思ったら、神殿で本当にジョブチェンジできるのか?」

 エマは驚いた表情で「ええ、もちろん。転職の儀式をすれば“農家”として認定され、装備も変わりますよ」と答える。

 「しかし……本当にそれでいいのか、という気持ちもある。俺が農家だなんて、周囲が笑うかもしれない」

 アンナは首を横に振る。

 「そんなことありません。チョークさんはすでに歓迎してるし、バルカンさんの仲間だった冒険者も、きっとあなたが幸せならそれが一番だと思うんじゃないかと思いますよ」

 バルカンはしばし沈黙し、スープを一口飲む。その瞳には揺れが見えたが、次第に前向きな光を帯びていった。

 「……分かった。たしかに、俺も不思議と悪い気はしていない。むしろ、ここで土に触れている時のほうが、心が落ち着くんだ。戦いのアドレナリンに頼らない形で……これは初めての感覚かもしれない」

 「それなら、思い切って飛び込んでみませんか? もしダメだったら、また考えればいいし。せっかくの人生だし、やりたいことをやってみてもいいんですよ!」

 アンナの励ましに、バルカンはハッと息を呑む。一瞬、顔に迷いが走ったが、やがて決意を固めたように口を開く。

 「……そうだな。やってみよう。俺は、武道家をやめて、農家になる!」

 この一言に、アンナは「やったー!」と声をあげて喜び、エマも安心したように微笑む。
 バルカンはその二人を見て、少しだけ照れたように目線を逸らすが、頬には確かな朱が差していた。


 その後、夕方まで働き、チョークたちに御礼を伝えて3人は帰路に就いた。
 別れ際、チョークは「バルカンさん、俺たち楽しみに待っているぞ!」とバルカンの手を握り、おまけにじゃがいものお土産まで持たせてくれた。

 こうして3人は馬車に乗って再び神殿へ戻り、翌日バルカンは正式に転職の儀式を受ける運びとなった。