【4.農業体験1日目】

 突然の拳聖の来訪に少し困惑しつつ、チョークの目は好奇心に満ちている。

 「まあ何にせよ、うちはとにかく人手が欲しい。武闘家さんでも魔法使いさんでも、働き手なら大歓迎だよ!」と言いながら手を差し出す。
 バルカンも「助かる」と返し、ひとまずお互い握手を交わした。強く握るのかと警戒していたチョークだが、意外にもバルカンは力を抑えめにして丁寧に握手する。
 その様子を見たアンナは「あ、気遣いはちゃんとできる人なんだ……」と安心した。冒険者には常識が通用しないと思え、それが巫女の間での共通認識だった。

 チョークは早速、バルカンを畑に連れて行き、ジャガイモやニンジンなど根菜類の収穫方法をレクチャーし始める。アンナとエマもそれを見守りつつ、必要に応じて荷物運びを手伝ったり、写真(記録用の魔導写真)を撮ったりしてサポートする。

 そして、農業体験がスタートした。


 ~体験その1。拳聖、ジャガイモ掘りに挑戦~

 「ここがジャガイモの畝だよ。土の中に芋ができてるから、クワを使って掘り出してみてくれ。力加減を間違うと芋を傷つけちゃうから気をつけてね」

 チョークがクワを手渡すと、バルカンはまるで武器を構えるかのように握りしめ、やや攻撃的なフォームをとる。
 慌てたアンナが「いきなり全力で振り下ろさないでくださいね! 芋、粉砕しちゃうんで!」と制止するも、バルカンはすでに闘気を練り始めていた。

 「すまん、つい構えてしまった。いつもの癖で……」

 そう言いながらも、バルカンの瞳はどこか危険な輝きを帯びている。
 すると次の瞬間、バルカンが高々と鍬を振りかざし――

 「究極武神棍打!!!」

 雄叫びとともに鍬を地面を撃ち据えた。
 「ドオォン!!」という爆音が響きわたり、畑の土が広範囲にわたって吹き飛ぶ。

 「うわああ!」「な、なんだあ!?」

 衝撃でチョークの帽子は吹き飛び、他の農家スタッフもひっくり返った。
 すると飛び散る土の中から、ゴロゴロと大量のジャガイモが宙を舞い、まるで噴水のように辺り一面に降り注いだ。

 「お、おいおい……全部収穫されちまったぞ……!」

 チョークが目を白黒させる。アンナは叫びながらも、勢いよく飛んできたジャガイモを必死にキャッチ。エマは砂ぼこりを払いのけつつ、「……もしかして畑全体が掘り返されたの?」とゾッとする。

 バルカンは鍬を握ったまま、微妙に照れ臭そうに顔を背ける。

 「……すまん。少しばかり手加減が甘かった。ジャガイモというのは、こうもあっさり姿を現すのか……」

 その言葉にチョークやスタッフは苦笑いしつつ、「さすが拳聖、何でも武器にしちゃいそうだな!」と盛大に吹き出した。畑のアチコチには大量のジャガイモが転がり、大豊作とも言える光景だ。

 「で、でも結果オーライ……かな? すごい芋がたくさん採れましたね……!」

 アンナが土まみれのジャガイモを見つめながら、安堵混じりに声を上げると、バルカンはわずかに口元を緩め、「これが……ジャガイモ。戦いの道具ではなく、人の食を支えるものか……」と呟いた。

 農家スタッフたちは土を払いつつ、まるで竜巻が通り過ぎたような畑の惨状に苦笑する。それでも「これはこれで、一気に収穫が進んだし……まあ、いいか!」と前向きに声をかけあった。


 ~体験その2。拳聖、雑草抜きに挑戦~

 次は雑草を抜く作業に挑戦する。
 チョークが「作物の根を傷つけないように、周りの草だけ丁寧に抜くんだ」と説明すると、バルカンは「わかった」と返事をする。

 ところが彼は手先が大雑把(というか、無駄に力がある)ため、うっかり作物の根まで引っこ抜いてしまう危険が……。

 「ぎゃあー! それはニンジンの本体です!」

 「す、すまん……」

 何度か失敗を繰り返すうちに、さすがの拳聖も苦戦の色を隠せない。「雑草と作物の見分けがつかん……全部緑に見える……」などとぼやく始末。
 アンナは苦笑しながら、「私も最初そうでしたよ。大丈夫、慣れればわかります!」と励まし、エマは作物と雑草の違いを図解して説明する。

 「この葉の形が特徴なんです。触り方も、力を入れる箇所を工夫すれば根は抜けません。ほら、ここをぐっと抑えて……」

 バルカンは黙ってエマの指導を聞き、それを何度もトライしてみる。
 徐々にコツを掴んでいく姿に、アンナは(やっぱりすごい集中力だな)と感嘆する。
 が、よく見ると、バルカンは目をつむっている。

 「え? バルカンさん、見てないんですが?」

 「ああ、見るのではなく、感じるほうが、よく分かるんだ…」

 「……(一同)」

 ……こうして、バルカンは雑草を心眼で区別するスキルを会得した。

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 午前から作業を始め、昼食を挟んで夕方まで、バルカンは汗だくになって畑を駆け回った。

 チョークや他の農家スタッフも「強いし、仕事が早い!」と大助かりだが、繊細な作業はまだ難しそう。とはいえ初日にしては上出来で、バルカン自身も「……なんとか一日、やり遂げたか」と満足げな様子。
 アンナとエマが「お疲れさまでした!」と駆け寄り、水筒を手渡すと、バルカンはふう、と息をつく。

 「……疲れたが、悪くない疲労感だ。戦いの疲れとは違うが、これはこれで充実しているな」

 「ですよね! 作物を育てるって、単に体力だけじゃなくて工夫も必要だから、意外にやりがいあるんです」

 「土と汗か……。生きるための糧を得る作業、か。確かに、“何かを育てる”という意味では、俺の拳も無駄ではないのかもしれない……」

 そう呟くバルカンの声には、不思議な安堵感が混じっている。
 エマはその変化を敏感に察知し、目を細めた。