【3.道中】

 翌朝、ボーデブルグ神殿の裏手。荷馬車が1台準備された。
 アンナとエマが荷物を積み終わるころ、バルカンがやってきた。相変わらず鋭いオーラを纏いつつ、手には“破邪の爪”を携帯している。

 「おはようございます、バルカンさん。今日はよろしくお願いします!」

 「おはよう。……ところで、その破邪の爪、外さなくていいのかしら?」

 エマが気になって聞くと、バルカンは少し困ったように首をひねる。

 「長年、肌身離さず身につけてきたものだからな……。今さら外すと落ち着かん。それに何かに襲われたときのためにもな……」

 「えっと、もうモンスターはいないと思いますけど……まあ、携帯するだけなら大丈夫ですよ。体験するときは邪魔かもしれないけど、そのときは外してくださいね」

 「……わかった」

 こうして3人は荷台に乗り込み、馬車が出発した。
 神殿の石畳を抜け、王都の門を過ぎる。しばらく揺られていると、やがて緑豊かな田舎道へと入っていった。
 アンナは車輪の振動を感じながら外を眺め、「いい天気でよかった!」と上機嫌。エマは地図をチェックし、「目的地までは15キロちょっと。馬車で2~3時間かかるわね」と冷静に報告する。

 一方、バルカンはなにやら落ち着かない表情で、手に装備した破邪の爪を何度も確かめている。アンナはそれに気づき、「なんかモゾモゾしてますけど、大丈夫です?」と冗談めかして声をかける。

 「……ああ、慣れないだけだ。馬車にずっと乗ることなんて滅多にないからな」

 「あ、そっか。バルカンさんって移動のときは大体徒歩とか走ってたんですか?」

 「うむ。戦場を渡り歩くには馬車など悠長なものは使えないことが多くて……」

 「わあ、大変そう。でも今は平和ですもんね。たまにはこうしてのんびり移動もいいんじゃないですか?」

 アンナが笑顔で言うと、バルカンは視線をそらしつつも、ほんの僅かに口元を緩める。「……そうかもしれん。少し戸惑うが、悪い気はしない」

 エマはそのやり取りを聞きながら、(彼もちゃんと“今”を感じ始めてるんだな)と内心で思った。言葉は少ないが、彼の放つ雰囲気がわずかに柔らかくなってきているのを感じたからだ。

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 馬車が農村地帯に入ると、黄金色の麦畑や鮮やかな野菜畑が視界に広がる。牧場からは牛の鳴き声、そこかしこで農作業に勤しむ人々の姿が見える。
 馬車がやがて、畑に隣接した1軒の建物の前で止まった。

 「到着しましたよ!」

 「ここか…」

 小屋敷地に入ると、一人の小柄な男性がこちらに向かって手を振りながら近づいてきた。

 「やあやあ、アンナさん、エマさん、よく来たね! そっちが……今回体験に来てくれた冒険者さん?」

 「チョークさん、どうもー! はい! こちら、バルカン・ハミルカルさんです!」

 「バルカン……? ……もしかしてあの“拳聖”のバルカン・ハミルカル?」

 チョークは目を丸くし、バルカンをじろじろ見る。後ろのスタッフも「え、拳聖!? あの?」とざわつき始める。

 バルカンは少し戸惑いがちに会釈。「初めまして。体験をさせてもらえると聞いて来た……よろしく頼む」

 チョークは驚きを隠せないまま、ぎこちなく手を差し出す。「え、ええ、よろしく……力仕事は大歓迎だ! しかし拳聖が農業体験に来るなんて、世の中ほんとうに平和になったんだねぇ……」

 そう。拳聖バルカン・ハミルカルが今日体験するのは仕事は、"農業"なのだ。