【1.ボーデブルグ神殿の朝】

 「おはようございまーす! 本日も転職相談の受付はじまりまーす!」

 清々しい朝の光が降り注ぐボーデブルグ神殿。その大理石の床には色とりどりのステンドグラスが映し出され、まるで神秘的な絵画のよう。しかし、その幻想的な風景に似つかわしくないほど、入り口には冒険者たちが長蛇の列を作っていた。
 鎧をガチャガチャ鳴らす戦士や、巨大な杖を抱えた魔法使い、あるいはシーフや狩人など、職種も見た目も実に多彩。彼らは一様に「新しい仕事はないかな」と顔を曇らせている。
 その列の先頭で元気いっぱいに声を張り上げているのが、童顔ながら凛とした表情の娘――アンナ・ボーデブルグ。彼女は神殿の神官長を祖父に持ち、“新人巫女”として転職希望者の受付業務に従事している。

 「はい、次の方どうぞ~! 今日はどのようなお仕事をお探しですか?」

 「えっと、おれ、剣士(Lv30)なんだけど……体力仕事は勘弁なんで、座ってできる仕事がいいッス……」

 「え、座ってできる仕事……例えば事務員とか? でも書類作成とか計算、得意です?」

 「い、いや、あんま得意じゃないんすよ……」

 「うーん、じゃあどうしましょうね……」

 アンナは頭を抱えながらも、にこやかな笑みを絶やさない。周囲のスタッフから「アンナちゃん、元気だね~」と声が飛ぶほど、その持ち前の明るさで神殿の雰囲気を和ませている。
 一方、アンナの隣で書類整理をしているのが、黒髪ロングでクールな美人巫女、エマ・エスポワール。彼女はアンナより1年早くこの神殿に就職しており、転職サポートの“先輩”にあたる。
 口数は少なく冷静だが、その分ミスが少なく、申し込み書のチェックや求人リストの取りまとめなどを的確にこなしている。たまにアンナがテンパると「ここ、間違ってるわよ」とフォローしてくれる頼れる先輩だ。

 「アンナ、そろそろ次の人呼んでいい? さっきの剣士さん、ちょっと時間かかりそうだけど……」

 「う、うん……ちょっと悩みが深そうで、なんとかいい案を出してあげたいんだけど……」

 そんなやり取りをするうちに、神殿の外にもずらりと待ち行列ができていた。「今日は特に人が多いわね」とエマが冷や汗をかきつつ呟くほどの混雑だ。
 このようにして、ボーデブルグ神殿は毎日朝から晩まで失業冒険者たちの相談を受け付けている。
 “ハローワークならぬ、ホーリーワーク”と揶揄する者もいるくらいだ。

 しかし、アンナとエマにはそんな余裕のあるツッコミを入れている暇もない。休む間もなく相談者が押し寄せてくるからだ。

 「もうちょっと落ち着いてほしいけど……まあ、平和な証拠だよね、モンスターがいないっていうのは」

 アンナは自分を納得させるように笑みを浮かべながら、次の申請者に声をかける。

 「次の方、どうぞ――」

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 午前中だけで十数名の冒険者と面談したアンナとエマ。さすがに疲れが溜まり、10時過ぎに短い休憩を取ることにした。神殿の回廊には職員用のラウンジが設けられており、ちょっとしたお茶や軽食を楽しめる。

 「はぁ~……なんかもう、頭がパンクしそう」

 アンナはイスにどさっと腰掛け、持参のハーブティーを一気に飲み干す。

 「今朝来た“ハンマー戦士”さんなんて、細かい作業がやりたいとか言いながら、実は繊細な作業はできないらしいし……“どうすりゃいいのさ”って状態だよ……」

 エマは自分のマグカップをチビチビと啜りながら相槌を打つ。

 「でも本人が“事務職やりたい”って言うなら、まずは読み書きや算数の補習から始めてもらうしかないわね。うちで支援するにしても、できることにも限界があるし……」

 「そうだよねぇ。私たちも『何でもできる魔法使い』じゃないし……」

 二人は「ふう」とため息をつきつつも、互いの顔を見合わせてくすりと笑う。「でも、やりがいはあるよね」「うん、そうだね」。まだまだ駆け出しのアンナにとって、こういうエマの落ち着いた態度は頼もしい。

 「ところでエマ、今朝からなんだか神殿のスタッフが騒いでない? “あの拳聖”が来るかもって……」

 アンナが思い出したように問いかけると、エマはきゅっと唇を結ぶ。

 「……バルカン・ハミルカルって聞いたわ。武闘家として史上初の最高峰SSSランカーで、“アンデッド軍を単独で壊滅させた”“エルダードラゴンを素手で瞬殺した”とか、ありえない話がゴロゴロ噂されてる……」

 「名前は私も聞いたことあるわ。でも、そういう超大物も遂にここに来るの?」

 「さあ、本当に来るのかどうか……“噂”の可能性もあるし。私としては来られても困る気がする。そこまで強い人が転職するって、どんな職に……?」

 「気になるよねぇ」

 アンナはちょっとワクワクした表情を見せる。

 「もし本当に来たら、どんな人なんだろう? こわいのかな?」

 「……多分、普通に怖いと思うよ。だって“拳聖”だもの」

 エマが冷ややかに呟くと、アンナも「そ、そうか……」と苦笑い。職場にレジェンドが来るというプレッシャーをちょっと感じながらも、まだ半信半疑だった。