大きな爆発があった。世界を揺らすほどの爆発。

何が起きたか知る由はない。ただその爆発はある一国を消し去った。

魔法大国『ディアンマ』。この世界の魔法を網羅したといわれる大国であった。



それから数百年の時が立った……。



とある王国の辺境の村。

そこで少年二人が模擬試合を行っている。

「ははっ、どうしたハーヴィー! 遅いぞ!」

「うるさいな、ゴント」

少年『ゴント』の模擬戦用の剣を避けながら、少年『ハーヴィー』は謎の言語を唱える。

「これで――炎よ!」

ハーヴィーが杖を掲げるとそこから炎が飛び出す。

しかしそれはあっさりとかわされ、ゴントの剣がハーヴィーの頭を直撃した。

「っ――!」

ハーヴィーは頭を押さえふらつく。

「残念だったなあ。ハーヴィー」

軽口を叩きながらも、ハーヴィーに手を差し出すゴント。その手をつかみ立ち上がるハーヴィー。

その二人に老人が近づく。

「二人ともいつもよくやるのう。しかし――」

老人はハーヴィーの方を向くと、言いづらそうに続ける。

「ハーヴィー。昔、魔法研究家だったわしが言うのもなんじゃが、この国ではもう魔法は時代遅れ。それはわかっておるじゃろう?」

「長老まで!」

ハーヴィーは老人、長老に向かって叫ぶ。しかしハーヴィーにもわかっていた。

この世界は、魔法大国『ディアンマ』の爆発とともに、魔法技術だけでなく、魔法の強さのひとつ『マナ』が消失していた。

マナの力を借りて行う高威力、高速の魔法詠唱は失われ、魔法を使うには時間のかかる古代呪文の詠唱を行わなければならなくなった。

「……ですが、父さんは立派な魔法使いでした」

「うむ、わかっておる。おぬしの父『リーディ・ヨミ』はおそらくこの時代、唯一の高速詠唱魔法使いじゃった。

おぬしには、その父以上の魔力が感じられる。じゃが、あの高速詠唱は謎のままリーディは亡くなりおった」

そう、リーディ・ヨミは早くして亡くなった。自身の使う高速詠唱は誰にも伝えぬまま。

「それなら親父さんの遺品に何かねえのか?」

聞いていたゴントが割って聞く。

「父さんの遺品はだいたい見たはずだけど……」

だがハーヴィーはその時、すぐに調べなおそうという気になった。



家に帰るとハーヴィーはさっそく、父の遺産を漁り始める。

杖。ハーヴィーの使っている訓練用の杖に比べれば十分高い品だが、別段特徴のない杖。

本。魔法の基礎から、応用、歴史といったハーヴィーでもわかる内容の本ばかり。ページをじっくり見ても何もない。

「やっぱり、なにもないな。……おっと」

つまづいてバランスを崩す。その衝撃でハーヴィーの手から一冊の本が落ち、杖に当たった。すると――。

「えっ?」

杖から光が放たれ本に浴びせられる。本がじわじわと紙片になっていく。

「これは地図?」

紙片は古いが、傷は少なく十分地図として見れた。

「この印……父さんと母さんの墓だな」

ハーヴィーは地図の印が気になり、墓参りもかねて向かうことにする。



墓に花を添えて祈ったハーヴィーはそのまま周りを見渡す。丘の上、きれいな景色。

「変わらずいい景色だけど……何もないよな」

そう呟いた時だった。突風がハーヴィーの手に持っていた紙片をさらう。

「あっ!」

紙片はそのまま飛んで――空中で輝きを放つ。

「えっ?」

丘の端で紙片は光となり、そこに扉が出現した。

「これは……」

ハーヴィーは恐る恐るその扉を開けた。



そこは研究室のようだった。

だが見回ると、そこに置いてある本、杖などはハーヴィーが見たこともないものばかりであった。

「これは魔法器具か?」

ハーヴィーは部屋の奥にある、宝珠らしきものに触れる。すると奥の壁に映像が映し出された。

「父さん!?」

映っているのはリーディ・ヨミ。映像のリーディは目を開くと周りを確認するように見渡し、ハーヴィーに気づく。

「ハーヴィー。ついにこの部屋を見つけたか」

映像がいきなり自分に話しかけてきたことに驚くハーヴィー。それでも心を落ち着け、父の映像に話しかける。

「父さん……なんだよね? これは一体なに。父さんは死んだんじゃなかったの?」

「ああ、私はやはり死んだのか……」

リーディは少しだけ落ち込む様子を見せたがすぐにハーヴィーに向き直る。

「そうだな。死んだ……のだろう。今、ここで話している私は生前、この魔法器具に魔力で残した幻影といったとこか」

「……」

ハーヴィーは無言で聞くしかない。

「さて、ハーヴィー。私がこの姿を残したのは訳がある」

「?」

「魔法王国ディアンマを知っているね」

「数百年前に滅んだ、魔法を網羅したとされる国。そういう答えなら……」

リーディは頷く。

「私は魔法学者とは別でディアンマの滅びについて調べていた。あの国は爆発で消え去ったがそれ以外は全く謎だ。だがそれ以降、謎の組織に狙われていた」

ハーヴィーは驚く。父が生きていたころはそんな素振りは見せなかったからだ。

「さすがに息子にそう簡単に気付かせないよ。この私にはわからないがおそらく私はその組織にやられたのだろう。

そしてそんな状況で息子にこの頼みをするのは気が乗らないが……ハーヴィー、私の意思を継いでディアンマのことを調べてもらいたい」

「僕がディアンマを……?」

ディアンマについてハーヴィー自身も興味がなかったわけではない。だが、父から頼まれることになるとは思わなかった。

「無理にとは――」

「いや、やるよ」

父の言葉を遮り、ハーヴィーは承諾する。

「ディアンマのこともだけど、父さんを殺した組織も気になる。いつかぶつかると思うんだ。だから」

ハーヴィーは力強く頷いた。

「そうか、ありがとう。ならこの部屋の物は自由に使って構わない。あとはこれを」

リーディの幻影から手のひらほどの実が出現する。

「この実は?」

「食べてみなさい」

言われるままそれを口にする。甘くもすっぱくもない無味な実をハーヴィーは食べ終わる。すると――。

「!」

ハーヴィーの意識が今まで感じたことのないものを感じ取る。急に悟りを開いたかのような感覚。

「それは昔、私が見つけた実。名前は……『賢者の実』としておこう。食べた今ならわかるはずだ。それが私の高速詠唱魔法の理由だよ」

確かにハーヴィーは感じ取っていた。己の中の魔力の感覚がいつもと違うことを。

「……おっと、この会話もそろそろ限界らしい」

見るとリーディの幻影は少しずつ消えている。

「父さん!」

「ハーヴィー、我が息子。ありがとう。こんな形だが会えてよかった」

幻影が完全に消滅する。それ以降、魔法器具を触っても何の反応も起きなかった。

研究室に残されたハーヴィーは、部屋の整理は明日にすることにし一度外に出る。

夢かのような父との会話だったが、外に出てもそこには研究室の入り口が確かに存在していた。

ハーヴィーが出ると、入り口が消え紙片が手元に戻ってくる。

「これがカギみたいなものか」

紙片をしまうと、村に戻ろうと足を進める。その時だった。

「きゃあああっ」

遠くから叫び声が聞こえる。

「女の子の声!? あっちか!」

ハーヴィーは駆け出す。

(こっちは確か王族の墓所だったはず……)



墓地で少女は震えていた。

亡き母の墓参りに来た。それだけのはずだった。

護衛の兵士もいらない。そう思っていた。

そのはずが……。

「グオオオッ」

目の前には巨大な魔物。兵士はすでにやられ少女は何もできない。

「だ、誰か……。助けて」

その声が届いたかのようにちょうどハーヴィーは現れた。

「大丈夫!?」

少女は驚くも、現れた助けにしがみつく。

ハーヴィーはそれを支えながら、魔物の方を確認する。

(熊型の魔物……。『グリズリー』か!
 本来、こんな所にいる魔物じゃないはず……)
 
ハーヴィーの思考を無視しグリズリーは二人に迫る。

以前のハーヴィーなら対処できなかっただろう。

だが高速詠唱術を使えるようになった彼は落ち着いていた。

「捕まっててください!」

ハーヴィーは少女にそう言い、さらに詠唱を終える。

「ガアアッ! ……グァ?」

グリズリーの振り下ろした拳。そこには誰もいない。

グリズリーは驚き回りを見渡すが……。

「遅いよ」

天から降り注ぐ突然の火の雨。『フレイムレイン』

突然のその雨にグリズリーは成すすべなく燃え包まれた。

「ふう……」

ハーヴィーと少女がそっと地面に降りてくる。

先ほどのグリズリーの攻撃をハーヴィーは飛翔魔法でかわしていた。

「えっと、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます!」

少女がお礼を言ったそのすぐ後だった。

「姫様ー。いずこにおられる」

「あっ、ごめんなさい。

 助けてもらったお礼も差し上げれないけれど

 失礼します」

少女は頭を下げすぐ立ち直ると、声の方へと駆けていく。

「姫様……?」

その単語がハーヴィーには気になっていた。



ハーヴィーが村に戻ると、長老とゴントが慌てて寄ってくる。

「ハーヴィー、どこ行ってたんだよ!」

「どこって……父さんの墓だけど」

正確には研究室だったがハーヴィーは黙っておくことにした。

「つい先程までブリンク城の方々がお見えになっておったのじゃ」

「ブリンク城の……」

ブリンク城。

ハーヴィーの住む村から一番近い、一帯を管理する城である。

「美人のお姫様がさあ、護衛の騎士に守られて来てたんだよ!

 なのにお前、どっか行ってやがるし」

「アハハ……」

ゴントの小言よりもハーヴィーは気になることがあった。

(さっきの女の子。姫様って呼ばれてた。

 ブリンク城の王女だったのか……)

「それよりもハーヴィーが戻ってきたのじゃ。ゴント、あの話を」

「おお、そうだそうだ。ハーヴィーも受けとれ!」

ゴントは2通の手紙を取りだすと片方をハーヴィーに差し出す。

「これは?」

「読めばわかるって!」

ハーヴィーは手紙を開く。それは招待状と参加証。

「ブリンク王国が年に1度開く闘技大会。それの招待状が俺らの村にも来たんだよ!」

ゴントが熱く語る。
ブリンク王国が闘技大会を開催しているのはハーヴィーも知っていた。
だがハーヴィー達の住む小さな村には闘技大会の知らせは今まで来なかったのだ。

「これは……」

チャンスが来たとハーヴィーは感じる。
高速詠唱術が使えるようになった自分の実力を見せるチャンスだと。

「……やろう、ゴント!」

「おう!」

ハーヴィーとゴントは手を合わせ合い、二人は王国に向かう準備を始めるのだった。



ブリンク王国にたどり着くハーヴィーとゴント。
闘技大会受付には既に多数の参加者が並んでいた。

「すげーな……」

「ゴントがビビッてどうするのさ」

「ビビッてねえよ!」

からかいながら、ゴントより先に受付を済ませるハーヴィー、
そこにガラの悪そうな二人組が近づいてきた。

「おい、こいつ杖だ。魔法使いだぜ?」

「ギャハハ! 今どき魔法使いかよ! 笑えるなあ!」

それを聞いてもハーヴィーは無視する。
それよりもゴントが怒って近づいた。

「おい、あんたら――」

「いいよ、ゴント」

ゴントを止めながら、ハーヴィーは不敵に笑う。

「大会で思い知らせるから」

そう言って二人組を無視し、ハーヴィーは会場に入っていった。

大会の表を見るハーヴィーとゴント。

「上手く別々になったね」

「おう。決勝で会おうぜ!」



さっそく一回戦が始まろうとしている。
ハーヴィーの対戦相手は――

「よお、さっきの魔法使いじゃねえか」

先程の二人組の片方だった。

「ちょうどよかった。見せてあげるよ――」

ハーヴィーが杖を構え宣言する。

「――魔法使いの実力を」

審判が立ち、ハーヴィーと男が構える。

「試合……始め!」

「おら、行くぜ――っ!?」

開始と同時に男は剣を構え突撃しようとした。
だがその瞬間にファイアボールが飛んできていたのだ。
倒れはしなかったものの、男はあまりにも早い魔法に驚愕する。

「て、てめえっ! 何しやがった!」

「ファイアボールを撃っただけだけど?」

その言葉に観客席にいた二人組のもう片方が文句を叫ぶ。

「ふざけんな! 魔法がそんなに早く撃てるわけねえ!」

「そうかな?」

ハーヴィーは連続でファイアボールを撃つ。

「お、おおおおっ!?」

凄まじいファイアボールの嵐に男は成すすべもなく吹っ飛んだ。

「しょ、勝者、ハーヴィー選手!」

審判も、観客も、ゴントも、ハーヴィーの圧勝に驚いていた。

「すげえ……。ハーヴィーの奴、いつの間にあんな」

ゴントはついこの前まで自分が勝っていたハーヴィーの成長に驚愕する。

そして城の観覧席で、王女シャインも大会を見ていた。

「あの人、この前の……。ハーヴィーっていうのね!」

さらに謎の黒マントの男もハーヴィーを見ていた。

「あの高速詠唱術。リーディの関係者か……」

そう呟き黒マントの男は姿を消した。