窓の外に陽炎の揺らめく真夏日。
私は重い段ボールを手に、冷房の効きの悪い倉庫内を行ったり来たりしていた。
大きな段ボールには、素麺や水羊羹、コーヒーと多種多様な商品名が書かれている。
ちょうど今はお中元のシーズン。それだけでなく、最近は遠く離れた土地から各地の名産品を取り寄せる「お取り寄せグルメ」が流行っているらしい。そのため私の働く宅配センターでは、荷物がいつもの倍以上あって大忙しだ。
大変だけど、残業代がたくさんもらえるから頑張らなくちゃ。
私は荷物を持つ手に力を入れた。
荷物の仕分けを一通り終え、私が汗をぬぐっているとどこからか声が聞こえてくる。
「あの子――牧瀬綾乃さんだっけ、やけに若いね。何歳?」
声のしたほうに目をやると、スーツ姿の男の人が私の方を見ている。
どうやらいつもは来ない上の部署の役員が、何かを確認するために倉庫の中まで来たらしい。
「まだ十六歳だって。若いわよねぇ」
同じ部署のパート社員が答える。
「十六歳? 高校には行ってないの?」
「さあ、不登校なんじゃない? ワケありなんでしょ」
先輩の答えに、私はぐっと唇を嚙みしめる。
不登校なんかじゃない。私だって高校に行きたかった。
成績だって中の上でそれなりの高校を狙えたはずだし、同じ高校に行こうねって約束した友達だっていた。でもお継母さんが許してくれなかったんだから仕方ない。
お継母さんは、小さいころに離婚した私のお母さんの代わりに、十四年前にお父さんと再婚した人だ。
継母とは言っても再婚したばかりの初めのうちは優しかったし、私のお母さんになろうって頑張っていたように思う。
でも四歳年下の弟の敬が産まれてからは、すべてが変わってしまった。すべてが弟優先で、私は弟のためにすべてを犠牲にしなくてはいけなくなった。
『女の子は学歴なんていらないでしょ。それより早く社会に出て働くべきよ』
『敬には私立中学を受験させることにしたの。男の子だから少しでも良い学歴で良い会社に就職しなきゃ。綾乃も協力してね』
お継母さんにそうきつく言われ、私は高校進学をあきらめこの運送会社で働くこととなったのだ。
お継母さんからしてみたら、赤の他人の娘の私より自分と血のつながった男の子のほうが可愛いのは分かる。けれど、お継母さん、お父さん、弟は血のつながった本当の家族なのに、私だけ居候みたいな今の状況は私にとって居心地の悪いものとなっている。
早く家を出て一人暮らしをしたいけれど、月八万円の給料のうち六万円は家賃として家に入れないといけないからなかなかお金も貯まらない。
もっと頑張らないと……そうだ、来月のシフトはもっと増やしてもらおう。
そんなことを考えながら荷物を運んでいると、急に視界がぐらりと揺らいだ。
「――っ!?」
「大丈夫!? 牧瀬さん」
私がその場にうずくまっていると、パート社員の女性が私に駆け寄ってくれる。
「は……はい」
「顔が真っ赤よ。熱中症じゃない? 休憩室で休んできなさい」
「すみません。少し休んだら戻ってきます」
「もし休んでも良くならないようなら早退なさい」
「はい」
今は一番忙しい時期だし、早退なんてしたら他の人に迷惑がかかる。それにお給料だって減ってしまう。少し休んだらすぐに戻らないと……。
私はそんなことを考えながらふらふらと休憩室へと急いだ。
少し荷物を運んだだけなのに疲れたしまうのは、私の「力」のせいかもしれない。
私は自分の手をじっと見つめた。
私には生まれつき持っている特殊な力がある。
それは、触れたものの記憶を読む力だ。
見えるのは断片的な映像だけだけど、この力のせいで、お母さんが浮気をしていることを言い当ててしまい、その結果、お父さんとお母さんは離婚してしまった。
配送センターで働いている間は力を使わないようにセーブして働いているけれど、それでもたまに強い念がこもっていて私に勝手に記憶を見せてくる荷物もある。その結果、私は力の使い過ぎで疲弊してしまうことがたまにあるのだ。
休憩室は、倉庫のある地下室を出てから階段を上がり一つ上の階にある。
私が手すりにつかまりながら階段をゆっくりと上がった。
この仕事……辞めた方が良いのかな。
でも学歴もない私を他に雇ってくれるところなんて――。
そんなことを考えていると急に目の前に青白い光が見えてきた。
え……な、何!?
青白い光はどんどん私に近づいて来る――そして私は一気にその光に飲み込まれた。
***
「……ん」
気が付くと、私は畳の床に横たわっていた。
ここは……休憩室? 私、倒れたの?
ゆっくりと身を起こすと、目の前に広がっていたのは、見慣れた会社の休憩室ではなかった。
畳の敷かれた部屋は、ちょっとした体育館くらいはありそうなほど広く、黒い漆塗りの柱には、真っ赤な提灯が飾られている。
「えっ……ここはどこ?」
私がつぶやくと、目の前には黄色いひよこみたいな顔に白っぽい袴を着た男がヌッと現れた。
「目覚めましたか」
「は……はい」
何この人。着ぐるみでも被っているの?
私が呆然としながらひよこ男の顔に生える産毛を見つめていると、ひよこ男はくるりと振り返り後方へ向かって叫んだ。
「お館様ーっ、娘っ子が目覚めましたよ!!」
「そんなに叫ばなくとも聞こえておる」
低い声とともに現れたのは、腰までの長い黒髪の男だった。
切れ長の目に、すっと通った鼻筋。薄い唇に、整った輪郭。見上げるほどの長身で、紺色の着流しが似合う美男だが、柘榴のように赤い瞳と頭に生えた黒いツノが独特な異様さを醸し出している。
な……何この人たち。
驚きのあまり口もきけない私を見下ろし、長い黒髪の男は冷たい声でこう言い放った。
「私の名は遠野寺紫苑。ここの統領で、お前を『取り寄せ』した者だ」
……へ!?
事態がうまく飲みこめない。
飲みこめないけど……どうやら私、お取り寄せされてしまったみたいです。
私は重い段ボールを手に、冷房の効きの悪い倉庫内を行ったり来たりしていた。
大きな段ボールには、素麺や水羊羹、コーヒーと多種多様な商品名が書かれている。
ちょうど今はお中元のシーズン。それだけでなく、最近は遠く離れた土地から各地の名産品を取り寄せる「お取り寄せグルメ」が流行っているらしい。そのため私の働く宅配センターでは、荷物がいつもの倍以上あって大忙しだ。
大変だけど、残業代がたくさんもらえるから頑張らなくちゃ。
私は荷物を持つ手に力を入れた。
荷物の仕分けを一通り終え、私が汗をぬぐっているとどこからか声が聞こえてくる。
「あの子――牧瀬綾乃さんだっけ、やけに若いね。何歳?」
声のしたほうに目をやると、スーツ姿の男の人が私の方を見ている。
どうやらいつもは来ない上の部署の役員が、何かを確認するために倉庫の中まで来たらしい。
「まだ十六歳だって。若いわよねぇ」
同じ部署のパート社員が答える。
「十六歳? 高校には行ってないの?」
「さあ、不登校なんじゃない? ワケありなんでしょ」
先輩の答えに、私はぐっと唇を嚙みしめる。
不登校なんかじゃない。私だって高校に行きたかった。
成績だって中の上でそれなりの高校を狙えたはずだし、同じ高校に行こうねって約束した友達だっていた。でもお継母さんが許してくれなかったんだから仕方ない。
お継母さんは、小さいころに離婚した私のお母さんの代わりに、十四年前にお父さんと再婚した人だ。
継母とは言っても再婚したばかりの初めのうちは優しかったし、私のお母さんになろうって頑張っていたように思う。
でも四歳年下の弟の敬が産まれてからは、すべてが変わってしまった。すべてが弟優先で、私は弟のためにすべてを犠牲にしなくてはいけなくなった。
『女の子は学歴なんていらないでしょ。それより早く社会に出て働くべきよ』
『敬には私立中学を受験させることにしたの。男の子だから少しでも良い学歴で良い会社に就職しなきゃ。綾乃も協力してね』
お継母さんにそうきつく言われ、私は高校進学をあきらめこの運送会社で働くこととなったのだ。
お継母さんからしてみたら、赤の他人の娘の私より自分と血のつながった男の子のほうが可愛いのは分かる。けれど、お継母さん、お父さん、弟は血のつながった本当の家族なのに、私だけ居候みたいな今の状況は私にとって居心地の悪いものとなっている。
早く家を出て一人暮らしをしたいけれど、月八万円の給料のうち六万円は家賃として家に入れないといけないからなかなかお金も貯まらない。
もっと頑張らないと……そうだ、来月のシフトはもっと増やしてもらおう。
そんなことを考えながら荷物を運んでいると、急に視界がぐらりと揺らいだ。
「――っ!?」
「大丈夫!? 牧瀬さん」
私がその場にうずくまっていると、パート社員の女性が私に駆け寄ってくれる。
「は……はい」
「顔が真っ赤よ。熱中症じゃない? 休憩室で休んできなさい」
「すみません。少し休んだら戻ってきます」
「もし休んでも良くならないようなら早退なさい」
「はい」
今は一番忙しい時期だし、早退なんてしたら他の人に迷惑がかかる。それにお給料だって減ってしまう。少し休んだらすぐに戻らないと……。
私はそんなことを考えながらふらふらと休憩室へと急いだ。
少し荷物を運んだだけなのに疲れたしまうのは、私の「力」のせいかもしれない。
私は自分の手をじっと見つめた。
私には生まれつき持っている特殊な力がある。
それは、触れたものの記憶を読む力だ。
見えるのは断片的な映像だけだけど、この力のせいで、お母さんが浮気をしていることを言い当ててしまい、その結果、お父さんとお母さんは離婚してしまった。
配送センターで働いている間は力を使わないようにセーブして働いているけれど、それでもたまに強い念がこもっていて私に勝手に記憶を見せてくる荷物もある。その結果、私は力の使い過ぎで疲弊してしまうことがたまにあるのだ。
休憩室は、倉庫のある地下室を出てから階段を上がり一つ上の階にある。
私が手すりにつかまりながら階段をゆっくりと上がった。
この仕事……辞めた方が良いのかな。
でも学歴もない私を他に雇ってくれるところなんて――。
そんなことを考えていると急に目の前に青白い光が見えてきた。
え……な、何!?
青白い光はどんどん私に近づいて来る――そして私は一気にその光に飲み込まれた。
***
「……ん」
気が付くと、私は畳の床に横たわっていた。
ここは……休憩室? 私、倒れたの?
ゆっくりと身を起こすと、目の前に広がっていたのは、見慣れた会社の休憩室ではなかった。
畳の敷かれた部屋は、ちょっとした体育館くらいはありそうなほど広く、黒い漆塗りの柱には、真っ赤な提灯が飾られている。
「えっ……ここはどこ?」
私がつぶやくと、目の前には黄色いひよこみたいな顔に白っぽい袴を着た男がヌッと現れた。
「目覚めましたか」
「は……はい」
何この人。着ぐるみでも被っているの?
私が呆然としながらひよこ男の顔に生える産毛を見つめていると、ひよこ男はくるりと振り返り後方へ向かって叫んだ。
「お館様ーっ、娘っ子が目覚めましたよ!!」
「そんなに叫ばなくとも聞こえておる」
低い声とともに現れたのは、腰までの長い黒髪の男だった。
切れ長の目に、すっと通った鼻筋。薄い唇に、整った輪郭。見上げるほどの長身で、紺色の着流しが似合う美男だが、柘榴のように赤い瞳と頭に生えた黒いツノが独特な異様さを醸し出している。
な……何この人たち。
驚きのあまり口もきけない私を見下ろし、長い黒髪の男は冷たい声でこう言い放った。
「私の名は遠野寺紫苑。ここの統領で、お前を『取り寄せ』した者だ」
……へ!?
事態がうまく飲みこめない。
飲みこめないけど……どうやら私、お取り寄せされてしまったみたいです。



