序列主義の異能学院

—1—

「キノコ……」

 自身を庇って命を落としたキノコの亡骸に手を伸ばすスコップ。
 ショックで痛みが吹き飛んだのか切断された右腕を押さえることをやめていた。
 迷彩柄の帽子が血溜まりに落ち、血液がしみていく。

「なんでだよ。キノコが、俺たちが何をしたって言うんだよ」

「あ? 初めに言っただろがァ。俺が用のあるのは魔剣使いだけだ。お前たちに用はねェーんだよ」

「ふざけ、るな!」

 相棒を失った怒りと悲しみがコグマのエネルギーに変わる。
 物凄い勢いで地を駆けて咲夜に迫る。
 コグマもまた腕を負傷しているが、アドレナリンが出ているのかそんな風には見えない。

貫通空気弾(ペネトレート・ショット)。的が大きくて当てやすいな」

 咲夜が悪魔剣(サタン)を持っている手とは逆の手で空気弾を連射する。
 コグマは弾丸を体に受けても怯むことなく突き進む。
 体中から血が流れ、見るからに痛々しい。

 スイやロープがコグマを援護しようと攻撃を放つが、咲夜が放った化物の壁によって阻まれてしまう。

熊の猛攻(ベアー・ラッシュ)!」

 ついに咲夜を射程圏内に捉えたコグマが牙を剥く。
 スコップの姿に変身している咲夜とコグマの体格差は小学生とバスケットボールプレイヤーくらいはある。

「そんなに吠えるな。すぐに会わせてやるからよォ!」

 屈んで体勢を低くした咲夜がコグマの腹に掌を押し当てる。

貫通掌打(ペネトレート・ストライク)

 肉が弾けるぐしゃっという音と共に血飛沫が上がる。

「ぐふっ」

 コグマの口から空気が漏れ、異能力が解けて元の人間の姿に戻った。

「許さな、い。あたしは、あんたを、何があっても許さ、ない」

 立っているだけでも奇跡的だが、コグマは咲夜に向かって拳を振るった。
 普段の活発的なコグマからは想像できないほど弱々しい一撃。

「別に許してもらおうなんざ思ってねェーよ」

 咲夜が悪魔剣(サタン)を横に薙ぎ、コグマの首を斬り落とした。

「見ちゃだめ!」

 キララが最年少のアイラの視界を塞いだ。
 あまりにも刺激が強すぎる。

 私の側にいたハッチも涙を流しながら胃液を吐いていた。

「もうやめてくれ。俺の姿で仲間を傷つけないでくれ」

 スコップが地面に頭を叩きつけて咲夜に頼み込む。
 しかし、それを咲夜が受け入れるはずもない。

 自身が放った化物にジェスチャーで合図を送ると、化物が大きな口を開いてスコップに襲い掛かった。
 空中から急降下してきた化物がすぐそこまで迫っても気がつかないスコップ。

 仮に気がついていたとしても片腕を失くし、心をズタボロに引き裂かれたこの状態では回避できないだろう。

「スコップ」

 数分ではあったが体力も回復することができた。
 キノコとコグマが命を懸けて繋いでくれたのだ。
 化物一体なら私の月影でなんとかしてみせる。

「調子に乗るな」

 動き出そうとした私の体がウシオの冷たい声によって止められた。

血華の散り際(ブラッド・スキャター)

 スコップに襲い掛かろうとしていた化物を回転斬りで仕留めたウシオ。
 その刃は咲夜へと向く。

「なんだまだやるのか? お前じゃ俺には勝てねェー。散々思い知っただろ?」

 咲夜が口の端を上げ、ウシオでは相手にならないと一蹴する。

「勝てる勝てないじゃない。仲間が殺されて黙っていられるほど私も落ちてはいない。それにお前はまだ私の本当の姿を目にしたわけではない」

 本当の姿?
 ウシオが赤棘を地面に向け、深く深呼吸をした。

「どうやらハッタリってわけではなさそうだな」

 その姿を見て、咲夜も理解したようだ。
 ウシオにはまだ奥の手があるということを。
 しかし、私やマザーパラダイスのメンバーでさえそんな話は聞いたことがなかった。

 頑なに隠し通したウシオの能力とは一体?

血流暴走(ドーピング)

 ウシオの体から白い湯気が上がり、体の至る所に血管が浮かび上がった。
 目は血走り、とても正常そうには見えない。
 体に相当な負荷がかかっていることは間違い無いだろう。

「ははっ、血液操作にそんな使い方があるとはなァ」

 咲夜がスコップの姿から元の自分の姿に戻った。

「軽口を叩いている暇などないぞ」

 ウシオが赤棘で斜めに斬り込んだ。
 力強い踏み込みに漆黒の大地が震える。

 一気に間合いを詰められた咲夜は悪魔剣(サタン)で迎え撃つ。
 どれだけ威力があろうが異能力で生み出した武器では魔剣には及ばない。

 それはこれまでの戦闘でウシオも理解している。
 だからこそウシオはその後の一手に全神経を集中させていた。
 赤棘が砕け飛び、両者に血の雨が降り注ぐ。

 その最中、ウシオはさらに踏み込んだ。
 拳を握り締め、仲間の命を奪った憎き咲夜の顔面に狙いを定める。

 血走った眼光が咲夜を捉えて離さない。
 対する咲夜もすぐさま魔剣を構え直す。

 戦闘能力では咲夜が格上だろう。
 だが、今のウシオは『血流暴走(ドーピング)』で身体能力を大幅に強化している。
 自身の肉体が能力に耐えきれずに悲鳴を上げるほどだ。
 限られた時間ではあるが、身体能力だけで見れば咲夜をも上回る。

「うおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーー!」

 あまり感情を表に出さないウシオが雄叫びを上げる。
 咲夜の振るう魔剣を掻い潜り、拳を振り抜く。
 ウシオの拳は咲夜の顎にクリーンヒットした。

 衝撃で後方に吹き飛ぶ咲夜。

「ははっ、ははははっ、面白ェー。面白ェーじゃねェーかよォ!」

 咲夜が地面に寝転がりながら肩を震わせた。
 跳ね上がるように起き上がり、格好の獲物を見つけたとばかりに視線をウシオへ向ける。
 まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような目だ。

 一方のウシオは『血流暴走(ドーピング)』の反動なのか腕や足の皮膚が裂け、血が流れていた。
 たった一撃とはいえ、相当の負荷が掛かっていることが窺える。

 私もウシオの援護ができればいいのだけど、悔しいことに2人のレベルが高過ぎてとても私なんかが入り込む余地がない。

 今私にできることは、咲夜が生み出した化物を1秒でも早く殲滅すること。
 そうすることでウシオが戦いやすい場を作り出す。

「自分と戦ったことはあるか?」

 咲夜が自身の体をウシオの姿に変化させた。
 スコップに続いてウシオまで。

 咲夜の異能力は特定の人物の姿に変身できるというものだろうか。
 そして、変身した人物の異能力を扱うことができるといったところか。
 魔剣だけでも厄介なのに状況によって自在に変身されたら対処のしようがない。

「実験の果てにお前みてェーな存在が生まれるってんなら連中が興味を持つのもわかる気がする。でもだからといってそれに子供を巻き込むのは違うだろうがァ!」

「私の姿で、私の声で意味のわからないことを叫ぶな」

「1つ覚えておけ。世の中には知らない方が幸せだってこともある。何も知らずに死んでいったこいつらの方が幸せだったかもな」

 咲夜がキノコの亡骸を足で蹴る。

「その汚い足でキノコに触れるな!」

 ウシオが飛び出す。
 すると、咲夜の背後に控えていた化物5体が大きな口を開き、ウシオに狙いを定めた。

 次の瞬間、紫色の高エネルギー弾が次々と放出される。
 ウシオは咄嗟に身を捻ってそれらを回避する。
 避けること自体はそれほど難しいことではない。

 しかし、これまでの戦闘で血を流し過ぎているため、『血流暴走(ドーピング)』がいつまで持つかわからない。

 それこそ次で確実に決めなくてはウシオにも後が無い。

血流暴走(ドーピング)。殴り合いも悪くねェー」

 咲夜が悪魔剣(サタン)を空へ投げたことをきっかけに激しい肉弾戦が幕を開ける。
 ウシオが繰り出した右ストレートを正面から受ける咲夜。

 攻守交代。

 ウシオの攻撃を受け切った咲夜が同じく右ストレートを繰り出す。
 殴り合い、蹴り合い。

 目まぐるしいスピードで攻守が入れ替わる。
 腕に、胸に、腹に、足に攻撃が打ち込まれていく。

 汗と血が混ざり合う。

 2人の攻防は悪魔剣(サタン)が地面に触れる数秒間続いた。
 とても数秒とは思えない衝突もついに終わりを迎える。

 悪魔剣(サタン)が地面に突き刺さり、咲夜が剣を手に取る。
 肩で息をするウシオ。

 もう攻撃を繰り出す余力も残っていないといった様子だ。

「ウシオッ」

 均衡が崩れ、嫌な予感を察知した私とスイが同時に走り出していた。
 咲夜は悪魔剣(サタン)の剣先をウシオの胸に軽く突き、思い切り腕を引いた。

「動けないと思って油断したか?」

 口の端から血を流したウシオが不気味な言葉を吐いた。

「何?」

 咲夜が動作を止め、眉をひそめる。

血棘繚乱(ブラッドソーン・ロンド)!」

 かつて、幼い頃、自身の父の命を奪った渾身の一撃が咲夜を襲った。