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キノコが放った『自由を奪う痺れ胞子』により3階は制圧。
その後、4階に向かったコグマとキノコの後を追うように私とウシオとスイも階段を上がっていた。
が、しかし。
「思ったよりも早かったみたいね」
5階を目前にしてウシオが足を止めた。
孝治がスマホで応援を呼んだということもあり、上の階から次々と敵が駆けつけたのだ。
その数はざっと30人といったところだろうか。
「玲於奈とスイは下がってて。私が一気に片付ける」
「わかった」
私とスイが階段を降りつつ、下の階から追手が来ないか神経を尖らせる。
ウシオの足手纏いになるわけにはいかない。
「孝治に言われて半信半疑で来てみれば本当にガキじゃねーか」
顔に刺青の入った男が私たちを見下ろして舌打ちをした。
期待外れとでも言いたげな表情だ。
「おい、嬢ちゃん。子供が大人の世界に踏み込んじゃいけないよ。子供は子供らしく外で追いかけっこでもしてるんだな」
「うんうん、外東さんの言う通りだ。ほら、フードを取ってこっちに可愛い顔を見せてご覧。そうしたら今日のところは許してあげるよ」
「海津、思ってもいないことを口に出すな。つい先日も商品に手を出すなと堀宮さんから叱られたばかりだろ」
「やだなー外東さん、その話とこの話は別っしょ。それに侵入者が1人壊れたところで問題無いっすよ」
外東の背後に隠れていた長髪の男——海津が長い舌で上唇を舐めた。
その際に派手な舌ピアスが見えた。
どうやら目の前にいる30人の中でもこの2人だけは別格のようだ。
もしかしたら外東と海津が種蒔さんの言っていた「強力な異能力を持った堀宮の護衛」なのかもしれない。
いくらマザーパラダイスのリーダーで絶対的な信頼を置かれているウシオとはいえ、この人数を相手にできるとは思えない。
ウシオは私と同じく9歳。
まだまだ身体も心も発展途上の段階だ。
一方の相手は成人男性。
筋肉量が、身長が、体重が、その全てがウシオよりも優っている。
かと言って私に何ができるだろうか。
戦闘経験はゼロに等しい。
最低限1人で生き残るために自分の異能力の特性は理解したつもりだ。
その経験もあって酔っ払いは撃退することができた。
だが、今、目の前にいる相手は違う。
俗に言う闇の組織だ。喧嘩慣れしているだろうし、異能力での戦闘経験も豊富だろう。
もし捕まったらどんな目に遭うかもわからない。
海津の発言からしてもただでは帰れないだろう。
想像しただけで足がすくむ。
「玲於奈」
「スイ……」
スイが私の手を握り、ぎゅっと力を込めた。
それはまるで私に大丈夫だよと言っているかのようだった。
「この人数を相手にたった1人で向かってくるとは、相当腕っぷしに自信があるらしいな。ただ、嬢ちゃん、喧嘩を売る相手を間違えた時点で敗北は決まってるんだよ」
ウシオが拳を握り締め、階段を駆け上がる。
狙いは集団の先頭に立つ外東だ。
「目の前に立つ相手の力量も測れないような人間が偉そうな口を利くな」
ウシオが人間離れした跳躍を見せ、外東の顎目掛けて握り締めた拳を振り上げた。
クリティカルヒット。
「ぐあっ!?」
その強力な一撃は外東の意識を刈り取るには十分だった。
「おいおい、なんだよそのバネは。面白くなってきたな」
舌を出して舐めるようにウシオの体を見る海津。
ウシオはそんな海津に向かって蹴りを繰り出す。
「うん、良い蹴りだ。一体、その小さな体のどこにこれだけのパワーがあるんだ? 俺に体の隅から隅まで観察させてくれないか?」
海津が周囲の男に視線を向ける。
次の瞬間、側に控えていた男たちが一斉にウシオへと襲い掛かった。
「これで私に勝ったつもりか? だとしたら舐められたものだな」
ウシオは自分の背後が見えているのか、敵の気配を正確に察知し、死角から繰り出される攻撃にも対処していく。
蹂躙。
最早ここはウシオの独壇場だった。
30人もの男たちがたった1人の少女に手も足も出ない。
驚くべきはウシオの攻撃力の高さだ。
殴る蹴るという単純な攻撃にもかかわらず、攻撃を食らった男は立ち上がることすらできない。
恐らく異能力は使っていないと思うのだけど。
だとしたら?
「ふ、ふざけるな!!」
「ようやく人間らしい顔つきになったな」
仲間を倒され、唯一生き残った海津が剥き出しの怒りをウシオに向ける。
「こんなよくわからない子供に俺の人生が奪われてたまるか!!」
「罪の無い多くの子供たちの人生を奪っておいてよくそんなことが言えるな」
「他人の人生なんて俺の知ったことじゃねーんだよ!」
「言いたいことはそれで終わりか?」
ウシオは海津が繰り出した突きをかわすと、足を払った。
そのままバランスを崩した海津の顔面を掴むと思い切り壁に叩きつける。
その凄まじい一撃はウシオの怒りがこもっているようにも見えた。
「海津、外東、子供だからって油断してはいけない。最近噂になっているじゃないか、小さき狩人が悪を裁いて回っていると。まあ、末端のお前たちには情報が回っていなかったか」
コツッコツッという足音が近づく。
「殺人ギルド、ですよね。でも朽田さん、どうやら2人共気を失っているみたいなので聞こえていないと思いますよ。はー、弱いことは罪ですね。なんて罪深いんでしょう」
ビルの最上階である6階から2人の男女が降りてきた。
会話の内容からしても2人が普通ではないことがわかる。
私は勘違いをしていた。
この2人が堀宮の護衛だ。
「海津、お前は性根が腐っているからここぞというときに力を発揮できないんだ。そして、そんなお前のせいで俺や折紙が動くことになった」
朽田が倒れていた海津の頭を鷲掴みにすると、たちまち海津の体が老朽化した建物のようにバラバラに崩れた。
私はその衝撃的な光景に目を逸らすことすら忘れていた。
仲間を殺した?
「黒いパーカー、胸に赤い三日月。お前たちが殺人ギルドで間違いないな?」
朽田と折紙の視線がこちらを向く。
それと同時にウシオが両手首に巻かれていた包帯を解いた。
キノコが放った『自由を奪う痺れ胞子』により3階は制圧。
その後、4階に向かったコグマとキノコの後を追うように私とウシオとスイも階段を上がっていた。
が、しかし。
「思ったよりも早かったみたいね」
5階を目前にしてウシオが足を止めた。
孝治がスマホで応援を呼んだということもあり、上の階から次々と敵が駆けつけたのだ。
その数はざっと30人といったところだろうか。
「玲於奈とスイは下がってて。私が一気に片付ける」
「わかった」
私とスイが階段を降りつつ、下の階から追手が来ないか神経を尖らせる。
ウシオの足手纏いになるわけにはいかない。
「孝治に言われて半信半疑で来てみれば本当にガキじゃねーか」
顔に刺青の入った男が私たちを見下ろして舌打ちをした。
期待外れとでも言いたげな表情だ。
「おい、嬢ちゃん。子供が大人の世界に踏み込んじゃいけないよ。子供は子供らしく外で追いかけっこでもしてるんだな」
「うんうん、外東さんの言う通りだ。ほら、フードを取ってこっちに可愛い顔を見せてご覧。そうしたら今日のところは許してあげるよ」
「海津、思ってもいないことを口に出すな。つい先日も商品に手を出すなと堀宮さんから叱られたばかりだろ」
「やだなー外東さん、その話とこの話は別っしょ。それに侵入者が1人壊れたところで問題無いっすよ」
外東の背後に隠れていた長髪の男——海津が長い舌で上唇を舐めた。
その際に派手な舌ピアスが見えた。
どうやら目の前にいる30人の中でもこの2人だけは別格のようだ。
もしかしたら外東と海津が種蒔さんの言っていた「強力な異能力を持った堀宮の護衛」なのかもしれない。
いくらマザーパラダイスのリーダーで絶対的な信頼を置かれているウシオとはいえ、この人数を相手にできるとは思えない。
ウシオは私と同じく9歳。
まだまだ身体も心も発展途上の段階だ。
一方の相手は成人男性。
筋肉量が、身長が、体重が、その全てがウシオよりも優っている。
かと言って私に何ができるだろうか。
戦闘経験はゼロに等しい。
最低限1人で生き残るために自分の異能力の特性は理解したつもりだ。
その経験もあって酔っ払いは撃退することができた。
だが、今、目の前にいる相手は違う。
俗に言う闇の組織だ。喧嘩慣れしているだろうし、異能力での戦闘経験も豊富だろう。
もし捕まったらどんな目に遭うかもわからない。
海津の発言からしてもただでは帰れないだろう。
想像しただけで足がすくむ。
「玲於奈」
「スイ……」
スイが私の手を握り、ぎゅっと力を込めた。
それはまるで私に大丈夫だよと言っているかのようだった。
「この人数を相手にたった1人で向かってくるとは、相当腕っぷしに自信があるらしいな。ただ、嬢ちゃん、喧嘩を売る相手を間違えた時点で敗北は決まってるんだよ」
ウシオが拳を握り締め、階段を駆け上がる。
狙いは集団の先頭に立つ外東だ。
「目の前に立つ相手の力量も測れないような人間が偉そうな口を利くな」
ウシオが人間離れした跳躍を見せ、外東の顎目掛けて握り締めた拳を振り上げた。
クリティカルヒット。
「ぐあっ!?」
その強力な一撃は外東の意識を刈り取るには十分だった。
「おいおい、なんだよそのバネは。面白くなってきたな」
舌を出して舐めるようにウシオの体を見る海津。
ウシオはそんな海津に向かって蹴りを繰り出す。
「うん、良い蹴りだ。一体、その小さな体のどこにこれだけのパワーがあるんだ? 俺に体の隅から隅まで観察させてくれないか?」
海津が周囲の男に視線を向ける。
次の瞬間、側に控えていた男たちが一斉にウシオへと襲い掛かった。
「これで私に勝ったつもりか? だとしたら舐められたものだな」
ウシオは自分の背後が見えているのか、敵の気配を正確に察知し、死角から繰り出される攻撃にも対処していく。
蹂躙。
最早ここはウシオの独壇場だった。
30人もの男たちがたった1人の少女に手も足も出ない。
驚くべきはウシオの攻撃力の高さだ。
殴る蹴るという単純な攻撃にもかかわらず、攻撃を食らった男は立ち上がることすらできない。
恐らく異能力は使っていないと思うのだけど。
だとしたら?
「ふ、ふざけるな!!」
「ようやく人間らしい顔つきになったな」
仲間を倒され、唯一生き残った海津が剥き出しの怒りをウシオに向ける。
「こんなよくわからない子供に俺の人生が奪われてたまるか!!」
「罪の無い多くの子供たちの人生を奪っておいてよくそんなことが言えるな」
「他人の人生なんて俺の知ったことじゃねーんだよ!」
「言いたいことはそれで終わりか?」
ウシオは海津が繰り出した突きをかわすと、足を払った。
そのままバランスを崩した海津の顔面を掴むと思い切り壁に叩きつける。
その凄まじい一撃はウシオの怒りがこもっているようにも見えた。
「海津、外東、子供だからって油断してはいけない。最近噂になっているじゃないか、小さき狩人が悪を裁いて回っていると。まあ、末端のお前たちには情報が回っていなかったか」
コツッコツッという足音が近づく。
「殺人ギルド、ですよね。でも朽田さん、どうやら2人共気を失っているみたいなので聞こえていないと思いますよ。はー、弱いことは罪ですね。なんて罪深いんでしょう」
ビルの最上階である6階から2人の男女が降りてきた。
会話の内容からしても2人が普通ではないことがわかる。
私は勘違いをしていた。
この2人が堀宮の護衛だ。
「海津、お前は性根が腐っているからここぞというときに力を発揮できないんだ。そして、そんなお前のせいで俺や折紙が動くことになった」
朽田が倒れていた海津の頭を鷲掴みにすると、たちまち海津の体が老朽化した建物のようにバラバラに崩れた。
私はその衝撃的な光景に目を逸らすことすら忘れていた。
仲間を殺した?
「黒いパーカー、胸に赤い三日月。お前たちが殺人ギルドで間違いないな?」
朽田と折紙の視線がこちらを向く。
それと同時にウシオが両手首に巻かれていた包帯を解いた。



