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マザーパラダイスにやって来て2カ月が経過したある日。
私、ウシオ、コグマ、キノコ、スイの5人は、勉強会という名目で種蒔さんに呼び出されていた。
他の子供には聞かせられないような話なのか私たちは屋敷の奥の部屋へと通された。
これまでウシオとコグマとキノコが個別で呼び出されることはあったが、私とスイがそこに加わるのは初めてのことだ。
「新しい依頼ですか?」
マザーパラダイスのリーダーでもあるウシオが部屋に入るなりそう切り出した。
やはり勉強会というのは名目上のもので本題は別にあるみたいだ。
「ええ、今回のターゲットは堀宮大輔36歳。みんなと同い年くらいの子を誘拐しては夜の街で働かせている極悪犯よ」
種蒔さんがテーブルの上に写真を並べる。
そこには笑顔で誰かと話す男が映っていた。恐らくこの男が堀宮大輔なのだろう。
「クズが」
ウシオの赤い双眸が写真に映った堀宮を睨みつける。
「許せねー」
キノコも怒りの声を漏らす。
「え、えっと?」
話がどんどん進んでいき置いてけぼりを食らっていたスイが目をキョロキョロと彷徨わせていた。
一方の私はウシオと種蒔さんの会話の中で出てきた『依頼』と『ターゲット』という単語から何となく察することができた。
「ほらマザー、スイも玲於奈も初めてなんだからちゃんと説明してあげないと置いてかれてるよ。ねースイー」
コグマがスイの肩に腕を回してニッと笑顔を向ける。
「ど、どういうこと?」
「世の中にはスイのように優しくて人のことを思える素敵な人もいるけど、反対に人を傷つけて悲しませる悪い人もいるの。ねぇスイ、悪い人をこのまま野放しにしていたらどうなると思う?」
「えっと、悲しむ人が増え、る?」
「そうでしょ。だから誰かが悪い人に向かってあなたのやっていることはいけないことですよって注意しないといけないの」
ここまで説明されてようやくスイも理解したみたいだ。
その役割を担っているのが、担ってきたのがウシオたちということか。
「でも、それって警察とかヒーローギルドとかじゃダメなの?」
スイの言う通り、私たちのような一般の子供が絡んでいいような話ではないように思える。
そもそも大人を相手にして私たちに何ができるというのだろうか。
「堀宮の周囲には強力な異能力を持った護衛が数人付いているから警察では手が出しづらいみたいなの」
それなら尚更私たちが出る幕はないと思うのだが。
「け、警察がダメならヒーロギルドに頼むわけにはいかないの?」
世界的に異能力が浸透した現代では、新しい職業として異能力犯罪を専門で取り締まる警察のような組織が生まれた。
それがヒーローギルドだ。
ヒーローギルドは各都道府県に複数存在し、最寄りの警察からの協力要請を受けて任務に当たる場合と独断で任務に当たるパターンがある。
また、場合によっては個人からの依頼を受けてくれることもある。
「スイ、あなたは余計なことは考えなくていいわ」
種蒔さんの声色が驚くほど低く冷たいものになった。
突如として室内に緊張した空気が流れる。
一言発言を間違えたら命を奪われるようなそんなプレッシャーを感じる。
「ま、マザー?」
スイが声を震わせて種蒔さんのことを呼ぶも種蒔さんはそれを無視してウシオと向き合った。
「ウシオ、ここが堀宮のいるビルよ」
種蒔さんから地図を受け取るウシオ。
地図上には赤いマーカーでバツ印が記されていた。
「わかりました。必ず今日中に戻ります」
ウシオがドアを開け、続いてコグマとキノコが部屋を出た。
「玲於奈とスイは今回が初めてだけど、あの3人についていれば大丈夫だからくれぐれもはぐれないようにね」
「はい。スイ、行こ」
私は立ち尽くしていたスイの手を引き部屋を後にした。
この場にこれ以上長くいるのは危険だと判断したのだ。
外に出るとウシオたちが門の前で私とスイのことを待ってくれていた。
それと一緒に何も知らないキララやスコップたちも見送りに来ていた。
「キララ、帰るまでの間みんなことを頼んだよ」
ウシオがキララの頭を撫でる。
「うん、スコップたちが馬鹿なことしないか見張っとくね」
「何だとキララ!」
スコップがキララと戯れ始めた。
見慣れた光景。
マザーパラダイスでは2人の掛け合いは平和の象徴とも言われている。
しかし、今の私にはそんなことを思っている余裕がなかった。
種蒔さんの変わりようといい、子供5人で凶悪犯に立ち向かうという急展開。
ウシオたちは私がマザーパラダイスに来る前からこんな無謀とも思えることを続けてきたのか。
「お待たせしました」
ウシオたち3人と並び、ふと振り返ると、種蒔さんが最年少のハッチとアイラを抱き寄せながらこちらに手を振っていた。
昨日までの私だったらなんて幸せな光景なのだろうと思っていたに違いないが、不思議なことに今の私の目には種蒔さんが子供たちを人質に取っているように見えた。
「気をつけて行ってらっしゃい。みんなで待ってるからね」
「行ってらっしゃい!」
子供たちと手を振る種蒔さんの笑顔が偽物のように見えて仕方がない。
仮面のように貼り付けられた笑顔。
仮面の下にある種蒔さんはどんな顔をしているのだろうか。
やっぱり人間は簡単に信じるものじゃない。
マザーパラダイスにやって来て2カ月が経過したある日。
私、ウシオ、コグマ、キノコ、スイの5人は、勉強会という名目で種蒔さんに呼び出されていた。
他の子供には聞かせられないような話なのか私たちは屋敷の奥の部屋へと通された。
これまでウシオとコグマとキノコが個別で呼び出されることはあったが、私とスイがそこに加わるのは初めてのことだ。
「新しい依頼ですか?」
マザーパラダイスのリーダーでもあるウシオが部屋に入るなりそう切り出した。
やはり勉強会というのは名目上のもので本題は別にあるみたいだ。
「ええ、今回のターゲットは堀宮大輔36歳。みんなと同い年くらいの子を誘拐しては夜の街で働かせている極悪犯よ」
種蒔さんがテーブルの上に写真を並べる。
そこには笑顔で誰かと話す男が映っていた。恐らくこの男が堀宮大輔なのだろう。
「クズが」
ウシオの赤い双眸が写真に映った堀宮を睨みつける。
「許せねー」
キノコも怒りの声を漏らす。
「え、えっと?」
話がどんどん進んでいき置いてけぼりを食らっていたスイが目をキョロキョロと彷徨わせていた。
一方の私はウシオと種蒔さんの会話の中で出てきた『依頼』と『ターゲット』という単語から何となく察することができた。
「ほらマザー、スイも玲於奈も初めてなんだからちゃんと説明してあげないと置いてかれてるよ。ねースイー」
コグマがスイの肩に腕を回してニッと笑顔を向ける。
「ど、どういうこと?」
「世の中にはスイのように優しくて人のことを思える素敵な人もいるけど、反対に人を傷つけて悲しませる悪い人もいるの。ねぇスイ、悪い人をこのまま野放しにしていたらどうなると思う?」
「えっと、悲しむ人が増え、る?」
「そうでしょ。だから誰かが悪い人に向かってあなたのやっていることはいけないことですよって注意しないといけないの」
ここまで説明されてようやくスイも理解したみたいだ。
その役割を担っているのが、担ってきたのがウシオたちということか。
「でも、それって警察とかヒーローギルドとかじゃダメなの?」
スイの言う通り、私たちのような一般の子供が絡んでいいような話ではないように思える。
そもそも大人を相手にして私たちに何ができるというのだろうか。
「堀宮の周囲には強力な異能力を持った護衛が数人付いているから警察では手が出しづらいみたいなの」
それなら尚更私たちが出る幕はないと思うのだが。
「け、警察がダメならヒーロギルドに頼むわけにはいかないの?」
世界的に異能力が浸透した現代では、新しい職業として異能力犯罪を専門で取り締まる警察のような組織が生まれた。
それがヒーローギルドだ。
ヒーローギルドは各都道府県に複数存在し、最寄りの警察からの協力要請を受けて任務に当たる場合と独断で任務に当たるパターンがある。
また、場合によっては個人からの依頼を受けてくれることもある。
「スイ、あなたは余計なことは考えなくていいわ」
種蒔さんの声色が驚くほど低く冷たいものになった。
突如として室内に緊張した空気が流れる。
一言発言を間違えたら命を奪われるようなそんなプレッシャーを感じる。
「ま、マザー?」
スイが声を震わせて種蒔さんのことを呼ぶも種蒔さんはそれを無視してウシオと向き合った。
「ウシオ、ここが堀宮のいるビルよ」
種蒔さんから地図を受け取るウシオ。
地図上には赤いマーカーでバツ印が記されていた。
「わかりました。必ず今日中に戻ります」
ウシオがドアを開け、続いてコグマとキノコが部屋を出た。
「玲於奈とスイは今回が初めてだけど、あの3人についていれば大丈夫だからくれぐれもはぐれないようにね」
「はい。スイ、行こ」
私は立ち尽くしていたスイの手を引き部屋を後にした。
この場にこれ以上長くいるのは危険だと判断したのだ。
外に出るとウシオたちが門の前で私とスイのことを待ってくれていた。
それと一緒に何も知らないキララやスコップたちも見送りに来ていた。
「キララ、帰るまでの間みんなことを頼んだよ」
ウシオがキララの頭を撫でる。
「うん、スコップたちが馬鹿なことしないか見張っとくね」
「何だとキララ!」
スコップがキララと戯れ始めた。
見慣れた光景。
マザーパラダイスでは2人の掛け合いは平和の象徴とも言われている。
しかし、今の私にはそんなことを思っている余裕がなかった。
種蒔さんの変わりようといい、子供5人で凶悪犯に立ち向かうという急展開。
ウシオたちは私がマザーパラダイスに来る前からこんな無謀とも思えることを続けてきたのか。
「お待たせしました」
ウシオたち3人と並び、ふと振り返ると、種蒔さんが最年少のハッチとアイラを抱き寄せながらこちらに手を振っていた。
昨日までの私だったらなんて幸せな光景なのだろうと思っていたに違いないが、不思議なことに今の私の目には種蒔さんが子供たちを人質に取っているように見えた。
「気をつけて行ってらっしゃい。みんなで待ってるからね」
「行ってらっしゃい!」
子供たちと手を振る種蒔さんの笑顔が偽物のように見えて仕方がない。
仮面のように貼り付けられた笑顔。
仮面の下にある種蒔さんはどんな顔をしているのだろうか。
やっぱり人間は簡単に信じるものじゃない。



