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 6月14日日曜日。
 学院の修繕工事も無事に終わり、明日から授業が再開される予定となっている今日。
 オレは昼前からとある個室を訪れていた。

 というのも昨夜、生徒会のグループメッセージで生徒会長の馬場裕二から集合をかけられたのだ。

 何やら先日学院を襲った反異能力者ギルドについてわかったことがあるらしい。

「で、なんでカラオケなんですか会長? 今日はゲームのイベント日だったんですけど」

 マイクを握り締めた天童雷葉(てんどうらいは)が口を尖らせる。
 今の発言からしてもあまり乗り気ではなさそうだが、実は会長が来るまでの間に3曲ほど熱唱している。

 選曲は今流行りのソロアイドル『HIBIKI』の楽曲だった。
 『HIBIKI』は動画配信サイト出身で現代の若者から絶大な支持を受けている。
 素顔は公表していないみたいだが、噂では聖帝虹(せいていこう)学園高等学校の1年生だと言われている。

 ちなみに聖帝虹学園は、日本を代表する異能力専門の教育施設だ。
 エリート中のエリートと呼ばれる人材が多く在籍していることで知られている。

 もちろんオレたちが通う異能力者育成学院も負けてはいないが、層の厚みに関して言えばこちらがやや劣るだろう。

「休日に呼び出してすまなかった。工事の後処理の関係でまだ学院への立ち入りができないみたいでな」

 馬場会長がそう話している隣で滝壺(たきつぼ)先輩がパソコンをカタカタと操作している。
 さらにその隣に座る橋場先輩はダンベルで右腕を鍛えている。

 場所が場所なだけあってみんな自由だ。

「会長、メッセージにもありましたけど、反異能力者ギルドについて何かわかったんですか?」

 テーブルを挟んで馬場会長の正面に座る榊原(さかきばら)先輩が話の本題へと踏み込んだ。
 それを合図に滝壺先輩がパソコンの画面を全員に見えるようにクルッと回転させた。

「反異能力者ギルドの構成メンバー4名の素性が判明した」

 パソコンの画面には制服を身に纏った4人の写真と簡単なプロフィールが記されていた。

・シューター→青峰秀太(あおみねしゅうた)
異能力:瞬間移動。聖帝虹学園高等学校2年生。

・ガイン→鎧塚駕衣(よろいづかがい)
異能力:獣化・ドラゴン。私立鳳凰(ほうおう)学院高等学校2年生。

・ウィズ→憂時雨杏子(ういしぐれあんず)
異能力:魔法。聖帝虹学園高等学校1年生。

・ハバネロ→覇刃切音色(はばきりねいろ)
異能力:危険察知。聖帝虹学園高等学校2年生。


「聖帝虹学園と鳳凰学院ですか。これはまた」

「厄介だな」

 榊原先輩に続いて橋場先輩の顔色が曇る。
 ガインの在籍する私立鳳凰学院は、体の一部、または体全身が獣化する異能力を持った生徒が通っている。

 この校風というのが実力至上主義というもので、異能力者育成学院の序列主義と似ている側面がある。
 しかし、大きく異なる点として勉強は二の次という考え方がある。
 全ては異能力の実力、戦闘における技術が評価される高校なのだ。

 それ故に好戦的な生徒が多い。
 争いや揉め事は武力で解決するということが日常茶飯事だと聞いたことがある。

「学院に設置されている防犯カメラの映像を各校に提出してみてはいかがでしょうか?」

 オレの右隣で大人しくドリンクを飲んでいた暗空が手を挙げた。

「すでにその線も試そうとはしたけど、反異能力者ギルドが襲撃してきた少し前からカメラの映像が乱れていて何も撮れていなかったの」

 滝壺先輩が首を横に振る。
 つまり、証拠は何もないということになる。

「えっと、聖帝虹学園も鳳凰学院も毎年イベントを一緒にしてますよね。文化祭とか。それはどうなるんですか?」

 手にしていたマイクを使って天童先輩が訊いた。

「先生方にも確認は取ったが、今のところ秋の文化祭と冬の3校対抗序列戦及び新人戦は例年通り実施する方向で動いている」

「そうなん、ですね」

 証拠が無い以上、学院側も動けないといった感じか。
 被害を受けているのに何もできないというのもおかしな話だ。
 今回は完全に相手にしてやれらたな。

 それにしても敵が潜んでいる高校と文化祭なんてして大丈夫なのだろうか?
 まだ夏も来ていないというのに先が思いやられる。

「今回の件で生徒もかなり混乱している。生徒の模範的立場となる我々生徒会がしっかりしていかなくてはならない。くれぐれも不祥事など起こさないよう、気を引き締めてくれ」

『「はい」』

 馬場会長が話をまとめたことで室内に解散の雰囲気が流れたが、天童先輩が「せっかくだし、1年生の歓迎の意味も込めてカラオケ大会でもしよっか!」と発言したのをきっかけに謎のカラオケ大会が始まった。

 滝壺先輩が備え付けの電話を手に取り、ドリンクやら食べ物を手際良く注文していく。
 やはりできる女性は違うな。

「それじゃあ、私から歌いまーす」

 天童先輩がまたしても『HIBIKI』の楽曲を電子端末で入力する。
 こういう賑やかな場が苦手だと思っていた馬場会長も椅子に深く座って天童先輩の歌声に耳を傾けていた。

 橋場先輩はスキンヘッドの頭を光らせながら相変わらず筋トレをしている。
 この人はどこにいても変わらないな。

 普段クールな榊原先輩はスマホを片手にしながらも天童先輩の方に視線を向けていた。

 天童先輩のアイドルのような明るく弾むような歌声が『HIBIKI』の楽曲とマッチしていて聴いていて心地が良い。

「ありがとうございました。次は春斗くんか玲於奈(れおな)ちゃんのどっちかね」

 そう言って天童先輩がオレにマイクを渡してきた。

「オレはあんまり歌とかは」

「神楽坂くん、それじゃあ一緒に歌いますか? 私もあまり歌が得意ではないのでそうして頂けると助かります」

 確かに1人で歌うよりはハードルが下がる。
 それにせっかく先輩が歓迎の場を作ってくれたんだ。盛り下がるような真似はしたくない。

「そうだな」

「これなんてどうですか?」

 暗空が電子端末をこちらに見せてきた。
 夜空に浮かぶ星を歌った誰もが子供のときに1度は聴いたことのある名曲だった。
 これならオレも知っている。

 前奏が流れてまずは暗空が歌う。
 静かな歌い出しだが、暗空の伸びのある声が心の奥に響く。

 天童先輩がその綺麗な歌声に思わず目を閉じて聴き入っている。
 正直、オレも暗空がここまで歌が上手いとは思わなかった。
 人には意外な才能があるものだな。

 サビに入り、オレも暗空の歌声を邪魔しない程度に歌い出す。
 ふと、隣に座る暗空の方に目をやると、何かを思い出しているのか悲しい表情をしていた。

 曲が終わり、カラオケ大会がお開きになったその後も、オレはあの暗空の表情が忘れられなかった。