―1—
火野をベンチに座らせたオレは火野が落ち着くまでの間、自動販売機で飲み物を買うことにした。
疲れているときや頭を使ったときは甘いものが体に染みる。
オレもテスト勉強をしている最中は、よくチョコレートなどを摘まんだものだ。
「火野、ココアでよかったか?」
「うん、ありがとう」
購入したホットココアを火野に渡す。
「隣に座るぞ」
オレは1人分の間隔を空けて腰を下ろした。
視線を缶コーヒーに落とし、プルタブに力を加える。
静かな夜に缶コーヒーの蓋が開く乾いた音だけが響く。
「暗空さん、強かった」
「そうだな」
首を斜め上にあげ、視線を空へと向けると大小様々な星がキラキラと輝いていた。
どこまでも広がる闇の海を見ていると、自分という存在がちっぽけなものに感じる。
オレは何をしているんだろうな。
あと、3カ月もすれば1学期が終わってしまう。まだ、夏蓮の情報も何も掴めていないというのに。
「私、無能力者なんだ」
「そう、だったのか」
「うん、だから暗空さんに異能力を使ったらって言われたとき、ドキッとした」
現代社会では誰しもが異能力を持って生まれてくると言われている一方で、何の異能力も発現しないというケースも極少数ではあるが報告されている。
人には個人差があるため、生まれたときに異能力を発現しなくても幼少期に突然異能力を発現するパターンもある。
これを後天的異能力の発現と呼ぶらしい。
火野はもう15歳だ。
これから異能力を発現する可能性は0ではないが、かなり低いだろうな。
他の無能力者と火野の違いは魔剣を扱えるかどうかという点だろう。
魔剣を手にした経緯まではわからないけど、戦う術を得た火野は異能力者との差を埋めるために稽古に励んできたはずだ。
その積み上げてきたものを今回の一戦で打ち砕かれた。
いや、敷島にも下剋上システムを挑まれて敗北しているから二戦ってことになるのか。
今まで強くなるべくがむしゃらに突き進んできた道が途中で途切れるような恐怖。
今の火野は何を信じていいのかわからなくなっているに違いない。
「少しオレの話を聞いてもらってもいいか?」
「うん」
「実はオレも幼少期は自分の異能力が何なのかわからなかったんだ」
「え?」
火野は胸の前でココアを握り締めたままオレの方に体を向けた。
それを横目で確認したオレは、当時を思い出すように空に目をやりながら話すことにした。
「当時のオレは口から炎を吐き出せるわけでも、体の一部が獣化するわけでもなく、どこにでもいるような平々凡々な子供だった。オレの両親もオレのことを無能力者だと思って育てていたしな」
山の奥地で育ったから他人と接触する機会が皆無だった。
そのため、それが特殊なことだとは考えたこともなかった。
学校に通うこともなく、教員免許を持った母がオレと夏蓮に付きっきりで勉強を教えてくれた。
食料は山の中や家の裏にある畑で育てていたから困ることはなかったし、生活必需品などの足りない物は父が仕事の帰りに買って来てくれた。
父が仕事から戻るとオレと夏蓮は稽古場に移動し、体術や体の基礎的な動かし方を習っていた。
それがオレや夏蓮の日常だった。
他を知らないのだからそれが普通だと思っていた。
「オレには2つ年の離れた妹がいるんだが、その妹が俗に言う天才というやつでな。出来の悪い兄と天才の妹という風に何かと比較されることが多かった。いや、オレが比較されていると勝手に思い込んでいただけかもしれないが」
勉強でも年下の夏蓮に勝つことはできず、体術でも体の小さい夏蓮には歯が立たなかった。
父も出来の悪いオレより、将来有望な夏蓮の未来に期待していたはずだ。
稽古の最中、父によく言われていた言葉がある。
『なんで夏蓮にできてお前ができないんだ。相手の動きを吸収しろ。戦いの中で相手の技を盗むんだ。よく観察しろ。わかったか?』
床に倒されたオレは父の顔を見上げながら黙って頷くことしかできなかった。
辛く過酷な稽古。
なぜ、こんなことをしているのか。幼いオレには理解できなかった。
しかし、夏蓮がやすやすとこなしている以上、兄であるオレが逃げるわけにはいかなかった。
「幼いながらに両親の目を気にするようになったオレは、優秀な妹の模倣をするようになった。妹が両親に褒められればオレもすぐにそれを真似するようにした。別に褒められたかったわけじゃない。オレもここにいると、忘れないでくれとアピールしたかったんだろうな」
オレという人間に興味を持ってほしかったのかもしれない。
「妹や両親の良いと思ったところを模倣することで築かれたオレという存在。オレの土台はそこにある。そして、皮肉にもそれがオレの異能力だった」
諸説はあるが、異能力はその人が持つ性格に依存すると言われている。
例えば回復系統の異能力を持って生まれた人は、穏やかで優しい性格に。
肉体強化や炎系統の異能力を持って生まれた人は、心が熱く活発な性格になるといった具合いだ。
オレが発現したコピー能力は、人の目を気にして、人真似ばかりしてきたオレらしい異能力と言える。
「ある日、父親から思い切り殴られたときがあってな。その瞬間からオレは父親の異能力が使えるようになっていた。それで初めてオレの異能力が模倣能力だとわかったんだ」
「じゃあ、神楽坂くんのお父さんの異能力は身体強化?」
総当たり戦や橋場先輩との歓迎試合の一件が広まり、現在オレの異能力は身体強化だと認識されている。
「ああ、そうだ」
「妹と比較ばかりされてきたってことは妹とは仲が良くないの?」
「いいや、仲は良かったぞ。比較されるのは妹が悪いわけじゃ無いからな。オレの実力が足りなかったことが1番の問題だと思っていたしな」
「そう言い切れる神楽坂くんは強いよ」
そう言って火野は、はーあと深く息を吐いた。
「私は強くなれるかな?」
独り言のように呟いた火野の言葉は、闇の海に溶けて消えて行った。
火野をベンチに座らせたオレは火野が落ち着くまでの間、自動販売機で飲み物を買うことにした。
疲れているときや頭を使ったときは甘いものが体に染みる。
オレもテスト勉強をしている最中は、よくチョコレートなどを摘まんだものだ。
「火野、ココアでよかったか?」
「うん、ありがとう」
購入したホットココアを火野に渡す。
「隣に座るぞ」
オレは1人分の間隔を空けて腰を下ろした。
視線を缶コーヒーに落とし、プルタブに力を加える。
静かな夜に缶コーヒーの蓋が開く乾いた音だけが響く。
「暗空さん、強かった」
「そうだな」
首を斜め上にあげ、視線を空へと向けると大小様々な星がキラキラと輝いていた。
どこまでも広がる闇の海を見ていると、自分という存在がちっぽけなものに感じる。
オレは何をしているんだろうな。
あと、3カ月もすれば1学期が終わってしまう。まだ、夏蓮の情報も何も掴めていないというのに。
「私、無能力者なんだ」
「そう、だったのか」
「うん、だから暗空さんに異能力を使ったらって言われたとき、ドキッとした」
現代社会では誰しもが異能力を持って生まれてくると言われている一方で、何の異能力も発現しないというケースも極少数ではあるが報告されている。
人には個人差があるため、生まれたときに異能力を発現しなくても幼少期に突然異能力を発現するパターンもある。
これを後天的異能力の発現と呼ぶらしい。
火野はもう15歳だ。
これから異能力を発現する可能性は0ではないが、かなり低いだろうな。
他の無能力者と火野の違いは魔剣を扱えるかどうかという点だろう。
魔剣を手にした経緯まではわからないけど、戦う術を得た火野は異能力者との差を埋めるために稽古に励んできたはずだ。
その積み上げてきたものを今回の一戦で打ち砕かれた。
いや、敷島にも下剋上システムを挑まれて敗北しているから二戦ってことになるのか。
今まで強くなるべくがむしゃらに突き進んできた道が途中で途切れるような恐怖。
今の火野は何を信じていいのかわからなくなっているに違いない。
「少しオレの話を聞いてもらってもいいか?」
「うん」
「実はオレも幼少期は自分の異能力が何なのかわからなかったんだ」
「え?」
火野は胸の前でココアを握り締めたままオレの方に体を向けた。
それを横目で確認したオレは、当時を思い出すように空に目をやりながら話すことにした。
「当時のオレは口から炎を吐き出せるわけでも、体の一部が獣化するわけでもなく、どこにでもいるような平々凡々な子供だった。オレの両親もオレのことを無能力者だと思って育てていたしな」
山の奥地で育ったから他人と接触する機会が皆無だった。
そのため、それが特殊なことだとは考えたこともなかった。
学校に通うこともなく、教員免許を持った母がオレと夏蓮に付きっきりで勉強を教えてくれた。
食料は山の中や家の裏にある畑で育てていたから困ることはなかったし、生活必需品などの足りない物は父が仕事の帰りに買って来てくれた。
父が仕事から戻るとオレと夏蓮は稽古場に移動し、体術や体の基礎的な動かし方を習っていた。
それがオレや夏蓮の日常だった。
他を知らないのだからそれが普通だと思っていた。
「オレには2つ年の離れた妹がいるんだが、その妹が俗に言う天才というやつでな。出来の悪い兄と天才の妹という風に何かと比較されることが多かった。いや、オレが比較されていると勝手に思い込んでいただけかもしれないが」
勉強でも年下の夏蓮に勝つことはできず、体術でも体の小さい夏蓮には歯が立たなかった。
父も出来の悪いオレより、将来有望な夏蓮の未来に期待していたはずだ。
稽古の最中、父によく言われていた言葉がある。
『なんで夏蓮にできてお前ができないんだ。相手の動きを吸収しろ。戦いの中で相手の技を盗むんだ。よく観察しろ。わかったか?』
床に倒されたオレは父の顔を見上げながら黙って頷くことしかできなかった。
辛く過酷な稽古。
なぜ、こんなことをしているのか。幼いオレには理解できなかった。
しかし、夏蓮がやすやすとこなしている以上、兄であるオレが逃げるわけにはいかなかった。
「幼いながらに両親の目を気にするようになったオレは、優秀な妹の模倣をするようになった。妹が両親に褒められればオレもすぐにそれを真似するようにした。別に褒められたかったわけじゃない。オレもここにいると、忘れないでくれとアピールしたかったんだろうな」
オレという人間に興味を持ってほしかったのかもしれない。
「妹や両親の良いと思ったところを模倣することで築かれたオレという存在。オレの土台はそこにある。そして、皮肉にもそれがオレの異能力だった」
諸説はあるが、異能力はその人が持つ性格に依存すると言われている。
例えば回復系統の異能力を持って生まれた人は、穏やかで優しい性格に。
肉体強化や炎系統の異能力を持って生まれた人は、心が熱く活発な性格になるといった具合いだ。
オレが発現したコピー能力は、人の目を気にして、人真似ばかりしてきたオレらしい異能力と言える。
「ある日、父親から思い切り殴られたときがあってな。その瞬間からオレは父親の異能力が使えるようになっていた。それで初めてオレの異能力が模倣能力だとわかったんだ」
「じゃあ、神楽坂くんのお父さんの異能力は身体強化?」
総当たり戦や橋場先輩との歓迎試合の一件が広まり、現在オレの異能力は身体強化だと認識されている。
「ああ、そうだ」
「妹と比較ばかりされてきたってことは妹とは仲が良くないの?」
「いいや、仲は良かったぞ。比較されるのは妹が悪いわけじゃ無いからな。オレの実力が足りなかったことが1番の問題だと思っていたしな」
「そう言い切れる神楽坂くんは強いよ」
そう言って火野は、はーあと深く息を吐いた。
「私は強くなれるかな?」
独り言のように呟いた火野の言葉は、闇の海に溶けて消えて行った。



