―1—
反異能力者ギルドが学院を襲撃してから2日が経過した6月8日月曜日。
手元のパソコンに目をやると、時刻は午後3時を過ぎていた。
月曜日なので本来であれば学院で授業を受けている時間帯だが、異能力者育成学院の生徒は誰一人として登校していない。
それもそのはず。襲撃を受けたその日の夜に学院側から緊急メールで1週間の休校が案内されたのだ。
どうやら損壊した本校舎と第二校舎を修繕することが目的らしい。
また、それと合わせて警備の強化も行うみたいだ。
最近は何かと忙しかったからこの1週間で処理できることは全て片付けておきたい。
その1つが火野が所有する火の魔剣・紅翼剣についてだ。
オレは火野から魔剣が使えなくなったと相談を持ち掛けられて以来、ソロ序列戦の決勝戦の映像を繰り返し再生していた。
火野VS暗空の一戦。
オレはここに全てが隠されていると確信している。
マウスを握り、再び決勝戦の映像を再生させる。
決勝戦のクライマックス、火野は不死鳥を具現化させて暗空に攻撃を仕掛けた。
一方の暗空は『漆黒の影が覆う世界』を発動させ、不死鳥を影の世界へと強引に引きずり込んだ。
この直後に勝負は決する。
火野の話だとこの試合を最後に紅翼剣が使えなくなったらしい。つまりはそういうことだろう。
暗空の影の異能力をコピーしているオレだからわかる。
暗空が不死鳥を影の世界に閉じ込めているとしか考えられない。
しかし、今もなお不死鳥を解放していない理由がわからない。暗空は不死鳥を捕らえて何がしたいのか。
それは本人に訊かなければわからないだろう。
決勝戦の動画の再生が止まったことを確認し、パソコンの画面を閉じる。
ここからは実際に動くしかない。
オレはテーブルに置いてあったコーヒーを少量口に含み、静かに喉に流し込んだ。
さて、準備を整えるとするか。
―2—
オレが外に出たのは辺りが暗くなり始めた頃だった。
エレベーターで寮の10階まで上がり、とある人物の部屋の前で立ち止まった。迷わずチャイムを鳴らす。
「はい、神楽坂くん?」
「火野、ちょっと話したいことがあるんだけど出てきてもらってもいいか?」
「うん、着替えるから少し待ってて」
やや驚いたような声色だったが、普段通りのんびりとした話し方だったので安心した。
外を眺めながら少しの間待っていると、玄関の扉が開き中から火野が出てきた。
「待たせてごめん。もしかして何かわかった?」
「ああ、だがここだと誰に聞かれるかわからない。場所を変えてもいいか?」
「それなら家に入る?」
火野がそう言いながら玄関の扉を最大限まで開いた。
招き入れてくれるというのなら家の中ほど安全な場所はない。
何者かによって盗聴器なんかの類が仕掛けられていたら外に情報が漏れる可能性もあるが、そこまで疑っていたらキリがない。
「そうだな。火野がいいなら中で話すか」
「上がっていいよ。温かいお茶しかないけど、それでいい?」
「ああ、任せる」
部屋に足を踏み入れると、まずベッドの上に投げ捨てられた赤いタオルが目に入ってきた。
紅翼剣が使えなくなり、敷島ふさぎに下剋上システムを挑まれ敗北。
相当メンタルが弱っているはずだが、努めて明るく振舞おうとしている。
オレにはそんな風に映った。
「はいお茶。神楽坂くんは猫舌? 熱いから気をつけてね」
「ありがとう」
火野から湯呑みを受け取り、口をつける。
温かいお茶を飲むと不思議と心が静まっていく気がするのはオレだけだろうか。
「紅翼剣の件だが、使えなくなった理由の見当はついた。ただ、100パーセントかと訊かれれば断言はできない。限りなく100パーセントに近いことは確かなんだけどな」
「ありがとう。やっぱり神楽坂くんに相談してよかった。正直、もう学院を辞めるかどうかで迷ってたから」
両手で湯呑みを持つ火野の細い指がオレの視界に入る。
「浅香が心配してたぞ」
「うん、ちゆにはいつも心配かけてばっかり。もっとしっかりしないととは思ってるんだけどなかなかそうもいかない」
火野が立ち上がり、カーテンを閉めた。
太陽が完全に沈み、夜が訪れようとしている。
「火野、これから外に出ようと思うんだが一緒に来てくれないか? 不死鳥を取り返しに行こう」
「取り返しにってことはやっぱり……暗空さんなんだね」
どうやら火野も想像していたようだ。
オレは火野の目を見て頷いた。
「私、あれから毎日1人で考えてた。なんで紅翼剣の反応が無くなったのか。タオルを頭に被って、部屋の隅でずっと考えてた。不死鳥とは小さい頃からずっと一緒だったから突然いなくなるなんて考えたことも無かったんだ」
火野が湯呑みを握り、手を温める。
その様子は何でもない日常動作の1つに過ぎないが、まるで不死鳥を失い、冷えた心を温めているようにも見えた。
「目を閉じると決まってソロ序列戦の決勝戦の映像が浮かぶの。不死鳥が影に飲み込まれていくシーン。不死鳥は最後の最後に私に助けを求めていた。でも、私は何もできなかった。私に力が足りなかったから」
「オレたちは常に何か足りないまま生きている。その足りない何かを理解して、時間をかけて埋めていく。火野、不死鳥を取り返したら特訓をして強くなろう。もし不死鳥がまた助けを求めてきたらそれに答えられるくらいにな」
「うん」
火野が力強く頷いた。
オレは家を出る前、暗空に1件のメッセージを送信していた。時間と場所だけを指定したシンプルなメッセージ。
それに対する返信は無かったが、暗空のことだ。
きっと来るはずだ。
別件でオレに訊きたいこともあるだろうしな。
「行くか」
「そうだね」
火野が壁に立て掛けていた抜け殻の紅翼剣を握り締め、玄関の扉を押した。
―3—
暗空に指定した場所は学院の校門前。
こんな時間に休校になっている校舎に来る生徒はいないだろう。そう思って校門前を選択した。
予定の時刻にはまだ10分ほど余裕があったが、暗空玲於奈は特に何かをする訳でもなく、前方を見つめて立っていた。
「人のことは言えませんが、早いですね」
オレと火野の足音に気がついたのか暗空が視線をこちらに向けた。
そのままオレたちの方に近づいてくる。
「神楽坂くんから呼び出しを受けるなんて初めてのことだったので何事かと思いましたけど、そういうことですか。お久し振りです、火野さん」
反異能力者ギルドとの戦闘で体中怪我をしていたはずだが、目立っていた傷は消えている。
恐らく保健の鳴宮先生に治療してもらったんだろう。
そして、この暗空の反応を見るに全てを理解したとみてよさそうだ。
「暗空さんだったの?」
火野が正面から疑問をぶつける。
「何がですか?」
「とぼけないで。不死鳥を返して」
「フフッ」
暗空が口角を少しだけ上げ、薄く笑う。
夜が深くなり、影が濃くなる。
今夜は長くなりそうだ。
第2章 華麗なる生徒会、学院存亡の危機編完結。
反異能力者ギルドが学院を襲撃してから2日が経過した6月8日月曜日。
手元のパソコンに目をやると、時刻は午後3時を過ぎていた。
月曜日なので本来であれば学院で授業を受けている時間帯だが、異能力者育成学院の生徒は誰一人として登校していない。
それもそのはず。襲撃を受けたその日の夜に学院側から緊急メールで1週間の休校が案内されたのだ。
どうやら損壊した本校舎と第二校舎を修繕することが目的らしい。
また、それと合わせて警備の強化も行うみたいだ。
最近は何かと忙しかったからこの1週間で処理できることは全て片付けておきたい。
その1つが火野が所有する火の魔剣・紅翼剣についてだ。
オレは火野から魔剣が使えなくなったと相談を持ち掛けられて以来、ソロ序列戦の決勝戦の映像を繰り返し再生していた。
火野VS暗空の一戦。
オレはここに全てが隠されていると確信している。
マウスを握り、再び決勝戦の映像を再生させる。
決勝戦のクライマックス、火野は不死鳥を具現化させて暗空に攻撃を仕掛けた。
一方の暗空は『漆黒の影が覆う世界』を発動させ、不死鳥を影の世界へと強引に引きずり込んだ。
この直後に勝負は決する。
火野の話だとこの試合を最後に紅翼剣が使えなくなったらしい。つまりはそういうことだろう。
暗空の影の異能力をコピーしているオレだからわかる。
暗空が不死鳥を影の世界に閉じ込めているとしか考えられない。
しかし、今もなお不死鳥を解放していない理由がわからない。暗空は不死鳥を捕らえて何がしたいのか。
それは本人に訊かなければわからないだろう。
決勝戦の動画の再生が止まったことを確認し、パソコンの画面を閉じる。
ここからは実際に動くしかない。
オレはテーブルに置いてあったコーヒーを少量口に含み、静かに喉に流し込んだ。
さて、準備を整えるとするか。
―2—
オレが外に出たのは辺りが暗くなり始めた頃だった。
エレベーターで寮の10階まで上がり、とある人物の部屋の前で立ち止まった。迷わずチャイムを鳴らす。
「はい、神楽坂くん?」
「火野、ちょっと話したいことがあるんだけど出てきてもらってもいいか?」
「うん、着替えるから少し待ってて」
やや驚いたような声色だったが、普段通りのんびりとした話し方だったので安心した。
外を眺めながら少しの間待っていると、玄関の扉が開き中から火野が出てきた。
「待たせてごめん。もしかして何かわかった?」
「ああ、だがここだと誰に聞かれるかわからない。場所を変えてもいいか?」
「それなら家に入る?」
火野がそう言いながら玄関の扉を最大限まで開いた。
招き入れてくれるというのなら家の中ほど安全な場所はない。
何者かによって盗聴器なんかの類が仕掛けられていたら外に情報が漏れる可能性もあるが、そこまで疑っていたらキリがない。
「そうだな。火野がいいなら中で話すか」
「上がっていいよ。温かいお茶しかないけど、それでいい?」
「ああ、任せる」
部屋に足を踏み入れると、まずベッドの上に投げ捨てられた赤いタオルが目に入ってきた。
紅翼剣が使えなくなり、敷島ふさぎに下剋上システムを挑まれ敗北。
相当メンタルが弱っているはずだが、努めて明るく振舞おうとしている。
オレにはそんな風に映った。
「はいお茶。神楽坂くんは猫舌? 熱いから気をつけてね」
「ありがとう」
火野から湯呑みを受け取り、口をつける。
温かいお茶を飲むと不思議と心が静まっていく気がするのはオレだけだろうか。
「紅翼剣の件だが、使えなくなった理由の見当はついた。ただ、100パーセントかと訊かれれば断言はできない。限りなく100パーセントに近いことは確かなんだけどな」
「ありがとう。やっぱり神楽坂くんに相談してよかった。正直、もう学院を辞めるかどうかで迷ってたから」
両手で湯呑みを持つ火野の細い指がオレの視界に入る。
「浅香が心配してたぞ」
「うん、ちゆにはいつも心配かけてばっかり。もっとしっかりしないととは思ってるんだけどなかなかそうもいかない」
火野が立ち上がり、カーテンを閉めた。
太陽が完全に沈み、夜が訪れようとしている。
「火野、これから外に出ようと思うんだが一緒に来てくれないか? 不死鳥を取り返しに行こう」
「取り返しにってことはやっぱり……暗空さんなんだね」
どうやら火野も想像していたようだ。
オレは火野の目を見て頷いた。
「私、あれから毎日1人で考えてた。なんで紅翼剣の反応が無くなったのか。タオルを頭に被って、部屋の隅でずっと考えてた。不死鳥とは小さい頃からずっと一緒だったから突然いなくなるなんて考えたことも無かったんだ」
火野が湯呑みを握り、手を温める。
その様子は何でもない日常動作の1つに過ぎないが、まるで不死鳥を失い、冷えた心を温めているようにも見えた。
「目を閉じると決まってソロ序列戦の決勝戦の映像が浮かぶの。不死鳥が影に飲み込まれていくシーン。不死鳥は最後の最後に私に助けを求めていた。でも、私は何もできなかった。私に力が足りなかったから」
「オレたちは常に何か足りないまま生きている。その足りない何かを理解して、時間をかけて埋めていく。火野、不死鳥を取り返したら特訓をして強くなろう。もし不死鳥がまた助けを求めてきたらそれに答えられるくらいにな」
「うん」
火野が力強く頷いた。
オレは家を出る前、暗空に1件のメッセージを送信していた。時間と場所だけを指定したシンプルなメッセージ。
それに対する返信は無かったが、暗空のことだ。
きっと来るはずだ。
別件でオレに訊きたいこともあるだろうしな。
「行くか」
「そうだね」
火野が壁に立て掛けていた抜け殻の紅翼剣を握り締め、玄関の扉を押した。
―3—
暗空に指定した場所は学院の校門前。
こんな時間に休校になっている校舎に来る生徒はいないだろう。そう思って校門前を選択した。
予定の時刻にはまだ10分ほど余裕があったが、暗空玲於奈は特に何かをする訳でもなく、前方を見つめて立っていた。
「人のことは言えませんが、早いですね」
オレと火野の足音に気がついたのか暗空が視線をこちらに向けた。
そのままオレたちの方に近づいてくる。
「神楽坂くんから呼び出しを受けるなんて初めてのことだったので何事かと思いましたけど、そういうことですか。お久し振りです、火野さん」
反異能力者ギルドとの戦闘で体中怪我をしていたはずだが、目立っていた傷は消えている。
恐らく保健の鳴宮先生に治療してもらったんだろう。
そして、この暗空の反応を見るに全てを理解したとみてよさそうだ。
「暗空さんだったの?」
火野が正面から疑問をぶつける。
「何がですか?」
「とぼけないで。不死鳥を返して」
「フフッ」
暗空が口角を少しだけ上げ、薄く笑う。
夜が深くなり、影が濃くなる。
今夜は長くなりそうだ。
第2章 華麗なる生徒会、学院存亡の危機編完結。



