―1—
5月28日木曜日。
いつものように生徒会室に足を運んだオレは、榊原先輩と向かい合うようにして座っていた。
2年生にして序列3位。生徒会では副会長を務めている。
先日の橋場先輩との歓迎試合の末、オレが生徒会に入ることを認めてくれたが内心ではどう思っているのかわからない。
「神楽坂、なぜ生徒会に入った? お前は生徒会で何がしたい?」
前髪で隠れている左目がオレの顔を捉える。
榊原先輩の低く透き通った声は、誰もいない生徒会室にもオレの心にもよく響いた。
オレはそんな榊原先輩にどこか見透かされているようで言葉に詰まってしまった。
咄嗟のアドリブ力が求められるこの場面。
今後も似たような状況が訪れるかもしれない。当たり障りがなくて説得力のある答えを導き出さなくてはならない。
「オレは学年を問わず、この学院に通う生徒が安心して学べる環境を作りたいと考えています。そういう意味でも序列主義と言われているこの学院で1年生が生徒会に入ったことは大きいかと」
「……そうか。俺は嫌いだが、馬場会長が好みそうな答えだな」
そう言うと、榊原先輩は机の上に積まれた大量の書類に目を通し始めた。
副会長の仕事の1つがこの書類整理だ。
一般生徒や各部活動から寄せられた声が生徒会に集められ、生徒会長と副会長がそれに対してレスポンスを返していく。
寄せられた声の中には、「部費を上げて欲しい」、「体育館の照明が切れている」、「部活動で合宿を行いたい」、「放課後、第二校舎から不気味な笑い声が聞こえてきて怖いです」など、様々な意見がある。
中には冷やかしのようなものも紛れていることがあるが、ほとんどが早急に改善していかなくてはならないものばかりだ。
学院は他でもないオレたち生徒が通う場所だ。
その生徒の声を1つずつ実現させていくのが生徒会の役割でもある。
「榊原先輩はどうして生徒会に入られたんですか?」
無言で書類を整理しているだけでは退屈に感じてしまうかもしれないと思い、先程の話題を榊原先輩にも振ってみた。
「待て。大前提としてオレがお前に質問することはあってもお前がオレに質問することは許されない。それを頭に入れておけ」
「わ、わかりました」
どうやらオレはオレが想像している以上に嫌われているらしい。
嫌われるようなことをした覚えはないが触らぬ神に祟りなしという言葉もある。揉め事に発展する前に自ら手を引くのも一つの手だろう。
その後もオレは、黙々と書類に目を通すのであった。
―2—
生徒会室を後にしたオレは、保健室を経由してから寮に帰るべく下駄箱で靴を履き替えていた。
すると、聞き覚えのある声がオレを呼び止めた。
「あら神楽坂くん、今お帰りですか?」
「ああ、暗空の方こそ遅かったんだな」
「ウエイトルームで橋場先輩から筋トレを教えて頂いてました。ここまで腕がぱんぱんになったのは久し振りです」
そう言って自分の腕を揉み解す暗空。
強く握ってしまったら折れてしまいそうなほど細い腕なのに腕力はそこら辺の男子にも引けを取らない。
入学式のあの日、学院に向かうバスの中では驚かされたものだ。
「そうか。オレも怪我が治ったら橋場先輩に色々教えてもらう予定だ」
「そのときは私も是非ご一緒させてください」
「わかった。そのときは暗空にも連絡するよ」
よっぽど筋トレが気に入ったのか暗空まで参戦することが決まった。
予想外に会話が弾み、自然な流れで暗空と2人で帰ることになった。
「神楽坂くん、この後は予定とか入っていたりしますか?」
昇降口を抜けて並んで歩いていると、暗空がそう訊いてきた。
「いや、コンビニに寄ってから寮に帰るつもりだったから特にはないな」
「もしよろしければ食事でもいかがですか?」
暗空から食事に誘われるなんて思ってもいなかった。
「ああ、別にいいけど、場所はどうする?」
暗空が「そうですね」と言い、顎に指を当てて考える素振りを見せる。
「ショッピングモールのラーメン屋さんとかどうでしょう。以前、神楽坂くんともお会いした所です」
「そうするか。実は近いうちにまた行こうと思ってはいたものの全然行けてなかったんだ」
「ソロ序列戦に前期中間試験。最近では生徒会の仕事で忙しいですからね。私も久し振りです」
そう言ってどこか嬉しそうに笑う暗空。
授業中や休み時間では静かにしているイメージだが、筋トレやラーメンの話になるとテンションが上がっているのがオレから見てもわかる。
初対面ではとっつきにくい印象を受けやすいが、話してみたら意外と面白い人という典型的な例が暗空なのかもしれない。
そんな暗空を先頭にしてショッピングモール内を進む。
ほどなくして1階の奥に店を構える暗空行きつけのラーメン屋に着いた。
「へい、いらっしゃい! おっ、嬢ちゃん久し振りだね! いつものでいいかい?」
店に入るなり、頭に白いタオルを巻いた元気の良い店主が話し掛けてきた。
「はい、彼にも同じものをお願いします」
「はいよ!」
暗空と店主のやり取りが常連のそれという感じで少し感動を覚える。
「味噌ラーメン野菜増し増しでよかったですよね?」
テーブル席に座ると暗空が確認してきた。
「ああ、ちなみに他にもオススメとかあったりするのか?」
「そうですね、ラーメンではないですけど餃子も炒飯も絶品ですよ。今度来たときにでも是非食べてみて下さい」
「わかった。次の楽しみにするよ」
店内に目をやると、学院の生徒を数人確認できた。
さすがに1学年の序列1位と2位が同じ席に着いていると注目を集めてしまうようだ。
時折、チラッチラッと視線を感じる。
「はい! 味噌ラーメン野菜増し増しです! お待たせしました!!」
「ありがとうございます」
運ばれてきた味噌ラーメンから香る味噌の匂いや湯気が食欲をそそる。
「いただきます」
暗空が手を合わせて食材に感謝の気持ちを込める。
オレもそれに倣って手を合わせる。
「神楽坂くんは、確か榊原先輩とペアでしたよね。どうでしたか?」
フーフーと小さな口で麺を冷ます暗空。
「どうだったと言われてもな。仕事とは関係ないが、なんで生徒会に入ったのかを聞かれたな」
「神楽坂くんも聞かれたんですか。昨日私も全く同じことを聞かれましたよ」
暗空は昨日榊原先輩とペアを組んでいた。
榊原先輩は、オレとは違って暗空のことは気に入っている様子だったが、どうやら会話の内容は同じだったみたいだ。
「なんて答えたんだ?」
普段ミステリアスな雰囲気に包まれている暗空に一歩踏み込んでみる。
「榊原先輩には申し訳ないことをしてしまいましたが、適当にはぐらかさせてもらいました。まだ会ってから日も浅いですし、敵か味方かすら判断できなかったので」
言葉では表現しにくいが、暗空の纏うオーラがより一層静かになった。
どこまでも深く暗い何かが暗空の内側から漏れ出しているような感覚に思わずラーメンを食べていた手を止める。
「人を探しているんです」
「人を?」
「神楽坂くんは、天魔咲夜という人をご存知ですか?」
「ああ、聞いたことがある程度だが」
天魔咲夜。
馬場会長が入学する前に異能力者育成学院で序列1位だった男だ。元生徒会長でもある。
確か馬場会長の3年先輩にあたるはずだから馬場会長が入学するタイミングで卒業した計算になる。
「私は天魔咲夜の情報を掴むために生徒会に入りました。もっと言ってしまえば、彼の情報を掴むためにこの学院に入学しました」
突然の告白に冷静を装うことで精一杯だった。
1人の男を探すためだけに人生を賭けているくらいだ。暗空にとってよっぽどの理由があるのだろう。
暗空に対してどこかミステリアスな、不思議な雰囲気があると思っていたらそういうことだったのか。
暗空とオレは似ているんだ。
周りから見ればオレだって変な奴だと思われていることだろう。
そういう風に思われていたとしても普通の人生を送ってこなかったのだから仕方がない。
「そんな大事なことをオレに話してよかったのか?」
「神楽坂くんは特別ですよ。信頼できますから。なぜかと聞かれると上手く答えられる気がしませんが。強いて言うなら私と同じ匂いがするから、ですかね」
暗空がラーメンをすすった。
オレも箸で麺を持ち上げたのだが、すでに麺は伸びていた。
5月28日木曜日。
いつものように生徒会室に足を運んだオレは、榊原先輩と向かい合うようにして座っていた。
2年生にして序列3位。生徒会では副会長を務めている。
先日の橋場先輩との歓迎試合の末、オレが生徒会に入ることを認めてくれたが内心ではどう思っているのかわからない。
「神楽坂、なぜ生徒会に入った? お前は生徒会で何がしたい?」
前髪で隠れている左目がオレの顔を捉える。
榊原先輩の低く透き通った声は、誰もいない生徒会室にもオレの心にもよく響いた。
オレはそんな榊原先輩にどこか見透かされているようで言葉に詰まってしまった。
咄嗟のアドリブ力が求められるこの場面。
今後も似たような状況が訪れるかもしれない。当たり障りがなくて説得力のある答えを導き出さなくてはならない。
「オレは学年を問わず、この学院に通う生徒が安心して学べる環境を作りたいと考えています。そういう意味でも序列主義と言われているこの学院で1年生が生徒会に入ったことは大きいかと」
「……そうか。俺は嫌いだが、馬場会長が好みそうな答えだな」
そう言うと、榊原先輩は机の上に積まれた大量の書類に目を通し始めた。
副会長の仕事の1つがこの書類整理だ。
一般生徒や各部活動から寄せられた声が生徒会に集められ、生徒会長と副会長がそれに対してレスポンスを返していく。
寄せられた声の中には、「部費を上げて欲しい」、「体育館の照明が切れている」、「部活動で合宿を行いたい」、「放課後、第二校舎から不気味な笑い声が聞こえてきて怖いです」など、様々な意見がある。
中には冷やかしのようなものも紛れていることがあるが、ほとんどが早急に改善していかなくてはならないものばかりだ。
学院は他でもないオレたち生徒が通う場所だ。
その生徒の声を1つずつ実現させていくのが生徒会の役割でもある。
「榊原先輩はどうして生徒会に入られたんですか?」
無言で書類を整理しているだけでは退屈に感じてしまうかもしれないと思い、先程の話題を榊原先輩にも振ってみた。
「待て。大前提としてオレがお前に質問することはあってもお前がオレに質問することは許されない。それを頭に入れておけ」
「わ、わかりました」
どうやらオレはオレが想像している以上に嫌われているらしい。
嫌われるようなことをした覚えはないが触らぬ神に祟りなしという言葉もある。揉め事に発展する前に自ら手を引くのも一つの手だろう。
その後もオレは、黙々と書類に目を通すのであった。
―2—
生徒会室を後にしたオレは、保健室を経由してから寮に帰るべく下駄箱で靴を履き替えていた。
すると、聞き覚えのある声がオレを呼び止めた。
「あら神楽坂くん、今お帰りですか?」
「ああ、暗空の方こそ遅かったんだな」
「ウエイトルームで橋場先輩から筋トレを教えて頂いてました。ここまで腕がぱんぱんになったのは久し振りです」
そう言って自分の腕を揉み解す暗空。
強く握ってしまったら折れてしまいそうなほど細い腕なのに腕力はそこら辺の男子にも引けを取らない。
入学式のあの日、学院に向かうバスの中では驚かされたものだ。
「そうか。オレも怪我が治ったら橋場先輩に色々教えてもらう予定だ」
「そのときは私も是非ご一緒させてください」
「わかった。そのときは暗空にも連絡するよ」
よっぽど筋トレが気に入ったのか暗空まで参戦することが決まった。
予想外に会話が弾み、自然な流れで暗空と2人で帰ることになった。
「神楽坂くん、この後は予定とか入っていたりしますか?」
昇降口を抜けて並んで歩いていると、暗空がそう訊いてきた。
「いや、コンビニに寄ってから寮に帰るつもりだったから特にはないな」
「もしよろしければ食事でもいかがですか?」
暗空から食事に誘われるなんて思ってもいなかった。
「ああ、別にいいけど、場所はどうする?」
暗空が「そうですね」と言い、顎に指を当てて考える素振りを見せる。
「ショッピングモールのラーメン屋さんとかどうでしょう。以前、神楽坂くんともお会いした所です」
「そうするか。実は近いうちにまた行こうと思ってはいたものの全然行けてなかったんだ」
「ソロ序列戦に前期中間試験。最近では生徒会の仕事で忙しいですからね。私も久し振りです」
そう言ってどこか嬉しそうに笑う暗空。
授業中や休み時間では静かにしているイメージだが、筋トレやラーメンの話になるとテンションが上がっているのがオレから見てもわかる。
初対面ではとっつきにくい印象を受けやすいが、話してみたら意外と面白い人という典型的な例が暗空なのかもしれない。
そんな暗空を先頭にしてショッピングモール内を進む。
ほどなくして1階の奥に店を構える暗空行きつけのラーメン屋に着いた。
「へい、いらっしゃい! おっ、嬢ちゃん久し振りだね! いつものでいいかい?」
店に入るなり、頭に白いタオルを巻いた元気の良い店主が話し掛けてきた。
「はい、彼にも同じものをお願いします」
「はいよ!」
暗空と店主のやり取りが常連のそれという感じで少し感動を覚える。
「味噌ラーメン野菜増し増しでよかったですよね?」
テーブル席に座ると暗空が確認してきた。
「ああ、ちなみに他にもオススメとかあったりするのか?」
「そうですね、ラーメンではないですけど餃子も炒飯も絶品ですよ。今度来たときにでも是非食べてみて下さい」
「わかった。次の楽しみにするよ」
店内に目をやると、学院の生徒を数人確認できた。
さすがに1学年の序列1位と2位が同じ席に着いていると注目を集めてしまうようだ。
時折、チラッチラッと視線を感じる。
「はい! 味噌ラーメン野菜増し増しです! お待たせしました!!」
「ありがとうございます」
運ばれてきた味噌ラーメンから香る味噌の匂いや湯気が食欲をそそる。
「いただきます」
暗空が手を合わせて食材に感謝の気持ちを込める。
オレもそれに倣って手を合わせる。
「神楽坂くんは、確か榊原先輩とペアでしたよね。どうでしたか?」
フーフーと小さな口で麺を冷ます暗空。
「どうだったと言われてもな。仕事とは関係ないが、なんで生徒会に入ったのかを聞かれたな」
「神楽坂くんも聞かれたんですか。昨日私も全く同じことを聞かれましたよ」
暗空は昨日榊原先輩とペアを組んでいた。
榊原先輩は、オレとは違って暗空のことは気に入っている様子だったが、どうやら会話の内容は同じだったみたいだ。
「なんて答えたんだ?」
普段ミステリアスな雰囲気に包まれている暗空に一歩踏み込んでみる。
「榊原先輩には申し訳ないことをしてしまいましたが、適当にはぐらかさせてもらいました。まだ会ってから日も浅いですし、敵か味方かすら判断できなかったので」
言葉では表現しにくいが、暗空の纏うオーラがより一層静かになった。
どこまでも深く暗い何かが暗空の内側から漏れ出しているような感覚に思わずラーメンを食べていた手を止める。
「人を探しているんです」
「人を?」
「神楽坂くんは、天魔咲夜という人をご存知ですか?」
「ああ、聞いたことがある程度だが」
天魔咲夜。
馬場会長が入学する前に異能力者育成学院で序列1位だった男だ。元生徒会長でもある。
確か馬場会長の3年先輩にあたるはずだから馬場会長が入学するタイミングで卒業した計算になる。
「私は天魔咲夜の情報を掴むために生徒会に入りました。もっと言ってしまえば、彼の情報を掴むためにこの学院に入学しました」
突然の告白に冷静を装うことで精一杯だった。
1人の男を探すためだけに人生を賭けているくらいだ。暗空にとってよっぽどの理由があるのだろう。
暗空に対してどこかミステリアスな、不思議な雰囲気があると思っていたらそういうことだったのか。
暗空とオレは似ているんだ。
周りから見ればオレだって変な奴だと思われていることだろう。
そういう風に思われていたとしても普通の人生を送ってこなかったのだから仕方がない。
「そんな大事なことをオレに話してよかったのか?」
「神楽坂くんは特別ですよ。信頼できますから。なぜかと聞かれると上手く答えられる気がしませんが。強いて言うなら私と同じ匂いがするから、ですかね」
暗空がラーメンをすすった。
オレも箸で麺を持ち上げたのだが、すでに麺は伸びていた。



