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 5月27日水曜日。
 放課後を迎え、オレは1枚の紙を広げながら生徒会室に向かって歩いていた。

【ひと月以内に自身の身を滅ぼす災厄が降り注ぐだろう。※全力を尽くして立ち向かえば逃れられる可能性有】

 2週間ほど前、オレは千代田(ちよだ)とショッピングモールに出掛けていた。
 この紙は学院の生徒の間で当たると噂されていた占いをしたときのものだ。

 昨日の生徒会でのミーティング中、オレはここに書かれている文章と馬場会長の言葉を重ねていた。

 馬場会長の口から出た反異能力者ギルドの襲撃。日時は6月9日の夜。
 それは、この占いに書かれているひと月以内という期間と一致する。

 まだ反異能力者ギルドの襲撃がオレ自身に降り注ぐ災厄だと決まったわけでは無い。
 だが、生徒会に入り、学院を守る立場になった以上、反異能力者ギルドとの戦闘は避けられない。

 馬場会長が見た未来では、この襲撃によって学院が滅びたらしい。
 今回の敵はそれほどの力を持っているということになる。

 これを災厄と言わなくて何と言えばいいのか。

 幸いにも襲撃までまだ2週間近く時間が残されている。

 敵の規模や戦力など詳細な情報が何一つわからないため、オレも早く怪我を治してストックした異能力の精度を高めなくては。

 夏蓮の情報を掴むためにこの学院にやって来たのに学院の方が先に滅んでしまっては意味がないからな。

「失礼します」

「おっ、来たね春斗(はると)くん」

 顔を合わせるなり人懐っこい笑顔を見せる天童(てんどう)先輩。
 笑ったときに見える八重歯が彼女の可愛さをより引き立てている。

「その、名前呼びなんですね」

「えっと、名前呼びの方が親しみやすいかなと思ったんだけど。もしかして嫌だった?」

「いえ、いきなりだったので驚いただけです」

 ほぼ初対面に近い人から名前で呼ばれると変に構えてしまう自分がいる。
 それも学院の序列5位、雷帝(らいてい)の異名を持つ天童雷葉(てんどうらいは)先輩からとなれば尚更だ。

「じゃあ、春斗くんって呼ぶね。私のことも名前で呼んでもらっていいからね」

「それはちょっと恐れ多いです」

「固いねー。固いよ春斗くん。実力で生徒会に入ったんだからもっと堂々としててもいいと思うけどな」

 そう言って天童先輩は席を立ち、生徒会の資料が保管されている棚の前まで足を進めた。
 今日からしばらくの間、生徒会のメンバーが交代制で業務を教えてくれることになっている。
 庶務担当の天童先輩は、悩む素振りを見せながらファイルをいくつか抜き出した。

「生徒会の仕事を教えると言っても私の仕事はほとんど雑用みたいなものだからなー。私から教えられるのは生徒会のルールとか心構えくらいかな」

 2人でファイルの中に目を通していると、生徒会室の扉が3回ノックされた。

「はいどうぞー」

 天童先輩がファイルを閉じ、明るい声で来客者を中に通す。
 オレも資料から扉へと視線を移した。

「あら、神楽坂くんじゃない」

 これは予想外の人物が訪問してきたな。
 生徒会室に足を踏み入れるなりオレに声を掛けてきたのは、オレの妹、夏蓮を誘拐した組織のメンバー紫龍虎珀(しりゅうこはく)だった。
 遅れて溝端走(みぞばたそう)も姿を見せた。

「神楽坂、この間は相談に乗ってやれなくて悪かったな」

 相談というのは浅香のライフポイントの件だろう。

「いえ、浅香も中間テストで良い成績を収めたみたいなのでとりあえずポイントが底をつくことは無さそうです」

「そうか。それならよかった」

 言葉ではそう言っているが溝端の表情が変わることはない。
 表情だけで感情を読み取るのは難しいタイプだな。

「神楽坂くん、噂によると橋場先輩を倒して生徒会に入ったみたいね。私も2人の試合をこの目で見てみたかったわ」

「倒したと言っても橋場先輩は手加減をして下さっていたみたいなので、本気で来られたら自分なんて相手になりませんよ」

「随分と謙虚なのね。でもそれはそれで橋場先輩に失礼だと思うのだけど」

 全てを見透かしたかのような紫龍の赤い双眸が僅かに緩む。

「溝端くん、今日はどうしたのかな?」

 オレの隣で話を聞いていた天童先輩が2人がここにやって来た目的を聞く。
 そういえば3人は同じ学年だったな。

「ああ、会長に呼ばれたんだ。なんでも序列7位以内の生徒に話があるらしい」

「そっか。会長なら滝壺先輩と一緒に職員室に向かったけど。大事な話って言ってたからまだしばらくかかると思うよ」

 馬場会長も滝壺先輩もいないと思ったらどうりで。大事な話というのが引っ掛かるな。

「そうか。どうする紫龍?」

「いないのなら仕方がないわ。出直すとしましょう」

「わかった」

「天童さん、仕事中に邪魔したわね」

「ううん、会長が戻って来たら紫龍さんたちのことは伝えておくよ」

「よろしく頼むわ」

 紫龍と溝端が生徒会室を後にした。
 以前会ったときも感じたが、紫龍と溝端が放つオーラは他の人とは別格な雰囲気がある。

 その正体が何なのかオレは近いうちに知ることになる。

―2—

 紫龍と溝端が生徒会室を去った数分後。
 オレは天童先輩と学院内の見回りをしていた。
 天童先輩によると、生徒会が直接学院内を歩いて回ることで風紀の乱れを抑制する効果があるとか。

「天童先輩、見回りですか? 頑張ってください!」

「あはは、ありがとう」

 まただ。声を掛けてきたのは恐らく天童先輩のファンだろう。
 天童先輩は、すれ違う生徒から声援を掛けられる度に手を振って応えている。
 小顔でスタイルも抜群。そんな子から笑顔を向けられたら男女問わずファンになってしまう。

 それでいて異能力の実力も兼ね備えているのだから彼女の敵はいないに等しい。
 天童先輩の雷の異能力はかなりの威力だと噂に聞くぐらいだ。

「天童先輩、馬場会長は職員室で何を話しているんですか?」

「反異能力者ギルドの襲撃について報告するって言ってたよ。先生たちにも協力をお願いするみたい」

 確かに生徒だけで対処不能となれば教員に頼るしかないだろう。
 ただ、確実に襲撃してくるという証拠がない以上動いてくれるかは怪しいところだ。

「協力してくれるといいですね」

「そうだね。先生たちも会長のことは信じてるから多分大丈夫じゃないかな」

 ふと窓からグラウンドを見下ろすと、サッカー部の生徒たちがランニングをしていた。
 文武両道、それに加えて異能力の腕も磨かなくてはならない。

 この学院に通う生徒は成長するための努力を欠かさない。
 誰もが序列上位入りを目指している。
 それが部活でも目指すのは頂点だ。

「空気の入れ替えでもしますか」

 天童先輩が窓を開けた。
 そして、窓を背にしてオレの顔を見た。

「春斗くん、生徒会にはいくつかルールがあります」

「はい」

 柔らかい口調から生徒会の先輩としての口調に変わった。
 オレも背筋を伸ばして姿勢を正す。

「その1、学院の生徒が助けを求めたら全力で助けること。生徒の代表として困っている人を助けるのは当然のことだからね。生徒のお手本となる行動を心掛けるように」

「わかりました」

 天童先輩が「よしっ」と言ってニッと口角を上げた。

「その2、自分より序列の高い人の意見は尊重すること。特に会長の言葉は絶対的な力を持つから間違っても逆らうなんて真似はしないように」

「仮にですけど、馬場会長が間違った判断をしようとしていた場合はどうすればいいですか?」

「会長に限ってそんなことはないと思うけど。もしそういうことがあったらまず私に相談してほしいかな」

 未来視の異能力があるから間違った行動を取ること自体無いと思うが、世の中には万が一という言葉がある。
 そのときは天童先輩に報告するとしよう。

「後はルールと言うほどのものじゃないけど、生徒会に所属している生徒は、毎月3万ライフポイントが仕事の対価として支給されます」

「凄いですね」

 毎月支給されるライフポイントでさえ、持て余しているというのにさらに3万ライフポイントが追加されるとは。

 ポイントはいくらあっても困らない。
 使わずに貯めておくのも1つの戦略だろう。

 その後は天童先輩と各部活動の様子を見て回ってから解散となった。

 反異能力者ギルドの件が片付いたらオレも何か部活動に入ってみるのもいいかもしれないな。
 そう思えた1日だった。