―1—
テスト範囲が公開されて1週間ともなれば生徒にも焦りの色が見え始める。
ここ最近、1年生の間で変化したことと言えば下剋上システムが激化している点だろう。
成績上位30名という切符を自ら放棄し、来月以降振り込まれるライフポイントに狙いを絞った形だ。
とはいえ、下剋上システムは月に1度しか使えない決まりがあるため、すでにバトルを終わらせた生徒はテスト勉強にシフトしている。
生徒それぞれが最善と思われる行動を取っているが、正直言ってどの選択が正解なのかはオレにもわからない。
「送信完了」
校門を潜ったオレは、とある人物に1件のメッセージを送信した。相手がすぐに見てくれればいいのだが、こればっかりはどうしようもない。
スマホをしまい、昇降口に向かって歩いていると、ちょうど浅香が出てくるのが見えた。
声を掛けるには少し遠いような微妙な距離。
数秒迷った末、話し掛けることに決めた。
しかし、そんなオレの決断は無駄に終わる。
昇降口の前で待機していた浅香の下に先輩と思われる男女が合流したのだ。
女子生徒の方は、紫色の長い髪に赤い瞳。腕を組み、浅香の話に耳を傾けて時々頷いている。
一方、男子生徒は女子生徒の陰に隠れるようにして立っている。
「あっ、神楽坂くん!」
学院に入るためには昇降口を通らなくてはならない。
浅香に声を掛けられるのは避けられなかった。
「おはよう浅香」
浅香に挨拶をしつつ、隣の2人に目をやる。
オレの視線の意味を汲み取ったのか、浅香がお互いの紹介をしようと間に入った。
「えっと、紫龍先輩こちらは――」
「知ってる。確か神楽坂春斗くんだったわよね? ソロ序列戦で目立った活躍も無かったのに序列2位になったってちょっとした話題になってたわ」
紫龍と呼ばれた女が赤い双眸を光らせ、値踏みするような視線をこちらに向けてきた。
その視線を真っすぐ受け止め、オレはオレで紫龍という人間を分析する。
女子にしては背が高い。170センチはありそうだ。
一見すると女性らしいしなやかな体つきだが、スカートの下に見える太股やふくらはぎには張りのある筋肉がついている。これは日頃から下半身を鍛えている証だ。
「そうね。正直言って強そうには見えないわね」
「おい紫龍、もっと言葉を包んだらどうだ? まだ入学したばかりの1年生だぞ」
紫龍の陰に隠れていた男が呆れた声で言う。
「そういうの苦手なのよね」
紫龍に限らず第一印象で強そうに見えないと言われることはよくある。
あえてそう見えるようにオレがオーラを極力消しているのだから当然のことだ。
それにしても強気な発言だけあって紫龍から野生の圧みたいなものが溢れている。
驚くべきことに紫龍の隣にいる男からも同等のオーラが漏れている。
遠目で見たときから引っ掛かっていたがやはりこの2人は……。
「私は紫龍虎珀。2年生よ。私と浅香さんは部活が同じなの」
「俺は溝端走だ。陸上部で部長をしている」
「神楽坂春斗です。よろしくお願いします」
簡単な自己紹介が終わり、再び紫龍が口を開く。
「それで、話の続きをしてもらってもいいかしら? 私も彼も授業の準備があるから手短にお願いしたいのだけど」
浅香に話の続きを促す紫龍。
オレがこの場に来たことで会話が中断してしまったようだ。
「そうですね。授業開始まであまり時間が無いので単刀直入に言いますけど、私に3万ライフポイントを貸して頂けないでしょうか?」
浅香が頭を下げる。
「浅香さん」
紫龍が浅香の肩に触れた。
「同じ部活の先輩として首を縦に振りたいところなのだけど、ごめんなさい。人にライフポイントを貸せるほど私も余裕がないの」
「そう、ですか」
浅香が顔を上げ、力なく笑う。
「私の方こそ急に無理言っちゃってすみませんでした。溝端先輩も朝の貴重なお時間を頂いてしまってすみませんでした」
「いや、俺は紫龍の付き添いみたいなものだから別にいいんだ。気にしないでくれ。かえって力になれなくて悪いな」
交渉は決裂。
現状、ライフポイントを浅香に貸したところで先輩2人にメリットが無いからな。
浅香はそこも含めて話を持ち掛けるべきだった。そうすれば結果は変わっていたかもしれない。
「それじゃあ私たちは行くわ。神楽坂くん、あなたが本物の実力者なら早くここまで上がってきなさい。楽しみにしてるわ」
紫龍がそう言い残し、笑みを浮かべて去って行った。
―2—
「神楽坂くん?」
2人が立ち去った後、オレは人目のつかない校舎裏に向かって足を進めていた。
背後から浅香が声を掛けてきたが、今は冷静ではいられない。
「クソッ!」
異能力無しで拳を地面に叩きつける。
手から伝わってくる痛み。出血しているが、これくらいの痛みどうってことない。
夏蓮が受けたことに比べたら。
オレがこの学院にやって来た理由。
それは、誘拐された妹、夏蓮の情報を掴むためだ。
5年前。家の敷地内にある稽古場でオレと夏蓮は異能力の稽古をしていた。
指導者である父に急用が入り、席を外したタイミングで謎の組織の襲撃を受けた。
異能力者育成学院の制服を着た男女数人と、当時のオレと同年代くらいの男女がオレたち兄妹を襲ってきたのだ。
必死に抵抗したが10歳のオレにはどうすることもできなかった。
あれから5年が経ち、とうとう今日その犯人を見つけることができた。
もしかしたら特定は難しいかもしれないと思っていたが当時の面影が僅かに残っていた。
異能力者育成学院は、何かを隠しているというオレの読みは正しかったのだ。
紫龍虎珀と溝端走は、妹を攫った実行犯で間違いない。
探していた人物をいざ目の前にすると、どうしていいかわからなくなった。
聞きたいことは山ほどある。
しかし、オレが聞いたところで素直に答えてくれるはずがない。
敵はオレが想像するよりも巨大な組織である可能性が高い。
どこに敵が潜んでいるのかもわからない。
平気で誘拐なんてする連中だ。一歩間違えればオレの命なんて簡単に吹き飛ぶだろう。
こういうときこそ慎重にいかなくてはならない。
土浦のときのように実力で圧倒して強制的に話させるという手もある。
だが、5月分の下剋上システムは土浦との対戦ですでに使ってしまっている。ついさっき、あの場ではどうすることもできなかった。
問題行動を起こして素性がバレればあらゆる方法で退学に追い込まれるだろう。
いや、退学で済めばまだいい方か。
それだけは避けなくてはならない。
ようやく夏蓮に繋がるかもしれない人物を見つけたというのに。
何もできない自分の無力さをただ地面にぶつけることしかできないだなんて。
「神楽坂くん、血が出てるよ」
「大丈夫だ」
浅香が治癒の異能力でオレの手を治そうとしてくれたが止めた。
こんな傷如きで浅香に副作用を負わせるわけにはいかない。自分でつけた傷だ。こんな傷、放っておけば自然と治る。
「浅香、悪い。少し取り乱した」
「ううん」
浅香が首を振る。
「ライフポイントのことだけど、もう心配する必要はないぞ」
「えっ?」
手遅れかもしれないが、浅香に心配を掛けないように話を逸らした。
「オレのライフポイントを浅香に分けるよ」
元はと言えば、浅香が序列最下位になったのはオレのせいだ。
ソロ序列戦の初戦でオレが負った傷を治すために浅香は自身の試合を棄権した。
自分の身を削ってまで助けてくれた浅香を見捨てることなんてオレにはできない。
その後、細かい話を詰めようと思ったが、始業のチャイムが鳴ったため、続きの話は昼休みに行うことになった。
テスト範囲が公開されて1週間ともなれば生徒にも焦りの色が見え始める。
ここ最近、1年生の間で変化したことと言えば下剋上システムが激化している点だろう。
成績上位30名という切符を自ら放棄し、来月以降振り込まれるライフポイントに狙いを絞った形だ。
とはいえ、下剋上システムは月に1度しか使えない決まりがあるため、すでにバトルを終わらせた生徒はテスト勉強にシフトしている。
生徒それぞれが最善と思われる行動を取っているが、正直言ってどの選択が正解なのかはオレにもわからない。
「送信完了」
校門を潜ったオレは、とある人物に1件のメッセージを送信した。相手がすぐに見てくれればいいのだが、こればっかりはどうしようもない。
スマホをしまい、昇降口に向かって歩いていると、ちょうど浅香が出てくるのが見えた。
声を掛けるには少し遠いような微妙な距離。
数秒迷った末、話し掛けることに決めた。
しかし、そんなオレの決断は無駄に終わる。
昇降口の前で待機していた浅香の下に先輩と思われる男女が合流したのだ。
女子生徒の方は、紫色の長い髪に赤い瞳。腕を組み、浅香の話に耳を傾けて時々頷いている。
一方、男子生徒は女子生徒の陰に隠れるようにして立っている。
「あっ、神楽坂くん!」
学院に入るためには昇降口を通らなくてはならない。
浅香に声を掛けられるのは避けられなかった。
「おはよう浅香」
浅香に挨拶をしつつ、隣の2人に目をやる。
オレの視線の意味を汲み取ったのか、浅香がお互いの紹介をしようと間に入った。
「えっと、紫龍先輩こちらは――」
「知ってる。確か神楽坂春斗くんだったわよね? ソロ序列戦で目立った活躍も無かったのに序列2位になったってちょっとした話題になってたわ」
紫龍と呼ばれた女が赤い双眸を光らせ、値踏みするような視線をこちらに向けてきた。
その視線を真っすぐ受け止め、オレはオレで紫龍という人間を分析する。
女子にしては背が高い。170センチはありそうだ。
一見すると女性らしいしなやかな体つきだが、スカートの下に見える太股やふくらはぎには張りのある筋肉がついている。これは日頃から下半身を鍛えている証だ。
「そうね。正直言って強そうには見えないわね」
「おい紫龍、もっと言葉を包んだらどうだ? まだ入学したばかりの1年生だぞ」
紫龍の陰に隠れていた男が呆れた声で言う。
「そういうの苦手なのよね」
紫龍に限らず第一印象で強そうに見えないと言われることはよくある。
あえてそう見えるようにオレがオーラを極力消しているのだから当然のことだ。
それにしても強気な発言だけあって紫龍から野生の圧みたいなものが溢れている。
驚くべきことに紫龍の隣にいる男からも同等のオーラが漏れている。
遠目で見たときから引っ掛かっていたがやはりこの2人は……。
「私は紫龍虎珀。2年生よ。私と浅香さんは部活が同じなの」
「俺は溝端走だ。陸上部で部長をしている」
「神楽坂春斗です。よろしくお願いします」
簡単な自己紹介が終わり、再び紫龍が口を開く。
「それで、話の続きをしてもらってもいいかしら? 私も彼も授業の準備があるから手短にお願いしたいのだけど」
浅香に話の続きを促す紫龍。
オレがこの場に来たことで会話が中断してしまったようだ。
「そうですね。授業開始まであまり時間が無いので単刀直入に言いますけど、私に3万ライフポイントを貸して頂けないでしょうか?」
浅香が頭を下げる。
「浅香さん」
紫龍が浅香の肩に触れた。
「同じ部活の先輩として首を縦に振りたいところなのだけど、ごめんなさい。人にライフポイントを貸せるほど私も余裕がないの」
「そう、ですか」
浅香が顔を上げ、力なく笑う。
「私の方こそ急に無理言っちゃってすみませんでした。溝端先輩も朝の貴重なお時間を頂いてしまってすみませんでした」
「いや、俺は紫龍の付き添いみたいなものだから別にいいんだ。気にしないでくれ。かえって力になれなくて悪いな」
交渉は決裂。
現状、ライフポイントを浅香に貸したところで先輩2人にメリットが無いからな。
浅香はそこも含めて話を持ち掛けるべきだった。そうすれば結果は変わっていたかもしれない。
「それじゃあ私たちは行くわ。神楽坂くん、あなたが本物の実力者なら早くここまで上がってきなさい。楽しみにしてるわ」
紫龍がそう言い残し、笑みを浮かべて去って行った。
―2—
「神楽坂くん?」
2人が立ち去った後、オレは人目のつかない校舎裏に向かって足を進めていた。
背後から浅香が声を掛けてきたが、今は冷静ではいられない。
「クソッ!」
異能力無しで拳を地面に叩きつける。
手から伝わってくる痛み。出血しているが、これくらいの痛みどうってことない。
夏蓮が受けたことに比べたら。
オレがこの学院にやって来た理由。
それは、誘拐された妹、夏蓮の情報を掴むためだ。
5年前。家の敷地内にある稽古場でオレと夏蓮は異能力の稽古をしていた。
指導者である父に急用が入り、席を外したタイミングで謎の組織の襲撃を受けた。
異能力者育成学院の制服を着た男女数人と、当時のオレと同年代くらいの男女がオレたち兄妹を襲ってきたのだ。
必死に抵抗したが10歳のオレにはどうすることもできなかった。
あれから5年が経ち、とうとう今日その犯人を見つけることができた。
もしかしたら特定は難しいかもしれないと思っていたが当時の面影が僅かに残っていた。
異能力者育成学院は、何かを隠しているというオレの読みは正しかったのだ。
紫龍虎珀と溝端走は、妹を攫った実行犯で間違いない。
探していた人物をいざ目の前にすると、どうしていいかわからなくなった。
聞きたいことは山ほどある。
しかし、オレが聞いたところで素直に答えてくれるはずがない。
敵はオレが想像するよりも巨大な組織である可能性が高い。
どこに敵が潜んでいるのかもわからない。
平気で誘拐なんてする連中だ。一歩間違えればオレの命なんて簡単に吹き飛ぶだろう。
こういうときこそ慎重にいかなくてはならない。
土浦のときのように実力で圧倒して強制的に話させるという手もある。
だが、5月分の下剋上システムは土浦との対戦ですでに使ってしまっている。ついさっき、あの場ではどうすることもできなかった。
問題行動を起こして素性がバレればあらゆる方法で退学に追い込まれるだろう。
いや、退学で済めばまだいい方か。
それだけは避けなくてはならない。
ようやく夏蓮に繋がるかもしれない人物を見つけたというのに。
何もできない自分の無力さをただ地面にぶつけることしかできないだなんて。
「神楽坂くん、血が出てるよ」
「大丈夫だ」
浅香が治癒の異能力でオレの手を治そうとしてくれたが止めた。
こんな傷如きで浅香に副作用を負わせるわけにはいかない。自分でつけた傷だ。こんな傷、放っておけば自然と治る。
「浅香、悪い。少し取り乱した」
「ううん」
浅香が首を振る。
「ライフポイントのことだけど、もう心配する必要はないぞ」
「えっ?」
手遅れかもしれないが、浅香に心配を掛けないように話を逸らした。
「オレのライフポイントを浅香に分けるよ」
元はと言えば、浅香が序列最下位になったのはオレのせいだ。
ソロ序列戦の初戦でオレが負った傷を治すために浅香は自身の試合を棄権した。
自分の身を削ってまで助けてくれた浅香を見捨てることなんてオレにはできない。
その後、細かい話を詰めようと思ったが、始業のチャイムが鳴ったため、続きの話は昼休みに行うことになった。



