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 入学式も無事に終わり、俺は——馬場裕二(ばばゆうじ)は生徒会の頼れるメンバーに指示を出し、教師陣数名と連携を取りながら会場の後片付けを行った。

 新入生154人分のパイプ椅子の片付け、傷防止目的で床一面に敷いたシートの撤去、ステージ上の備品の再配置。
 単純作業ばかりだったので、少人数でもあまり時間はかからなかった。

「会長、そろそろ帰りますか?」

 書記3年の滝壺水蓮(たきつぼすいれん)から誘いを受けた。

「そうだな。今日くらいは帰ってゆっくりするのもいいかもしれないな」

 早く帰れる日くらい大人しく家に帰って休むのも悪くない。
 校舎の前を滝壺と並んで歩く。滝壺は気を遣っているのかいつも俺の半歩後ろを歩くようにしている。

「今年の1年生は、特待生枠で3人入ったらしいな」

 異能力者育成学院では、入学試験の合計点数が基準点を大幅に上回っていれば特待生となる。

 例年1人出れば良い方なのだが、今年は3人出たみたいだ。
 上級生の中には、序列の入れ替えが発生する可能性もあるので、誰が特待生なのか血眼になって探し出そうとしている者もいる。
 同じ年に3人とはそれだけ珍しいことなのだ。

「はい、会長も気づかれていたとは思いますが、式の最中も終始その3人だけ異質なオーラを纏ってましたね」

 強い者は、強い者特有のオーラを纏っている。
 生徒会役員も全員が序列5位以内のため、周りからすればオーラのような物を感じているのかもしれない。

「なんだ? 騒がしいな」

 寮の近くまで来ると、公園の周囲に人が集まっていた。
 普段待ち合わせや休憩場所として利用されることが多い静かなスポットなのだが、その面影はない。

 公園の外まで聞こえる爆発音。これは普通ではない。

 滝壺と顔を見合わせ、目だけで会話をすると、同時に人混みを掻き分けて前を目指した。
 今、そこで繰り広げられているであろうバトルの様子を確認することにしたのだ。

 学校のトップ、生徒会長として。

「すみません。皆さん、会長が通ります。道を開けて下さい」

 野次馬として集まっていた新入生が、滝壺の呼び掛けに応えて道を開く。
 左右に避けた新入生の多くが真横を通る滝壺に視線を奪わていた。滝壺は容姿が整っているし、背も高くスラッとしている。
 その美しさ故に男子からは高嶺の花、女子からは憧れの的となっているらしい。

「あれは、土浦(つちうら)か。相手は新入生のようだな」

「会長が去年注意したはずなのに。今年もですか」

 新入生潰し。
 まだ学校のルールを把握していない新入生に適当ないちゃもんをつけ、無理矢理バトルを持ち掛けさせる行為。

 バトルの中で相手を故障させ、おまけにバトルポイントを10ポイント獲得するという極めて悪質な行為ということで昨年問題になった。

 生徒会の中でも議題に上がったのだが、システムのルールを破ってはいないため(限りなく黒に近いが)結局そのまま話は流れてしまった。
 もちろん、土浦には厳重注意を行ったが、罰則などは無かった。

 バトルは終盤に差し掛かっているようで、土浦が最大技を放ったところだった。
 地面が裂け、対戦相手と審判役の女子生徒が足場を失い、亀裂の中に落ちていく。

「会長、どうしましょう。このままでは新入生の命が危ないかと。止めてきますか?」

「待て」

 女子生徒を助けるべく走り出そうとした滝壺の腕を反射的に掴んだ。

「会長?」

 滝壺は、俺の顔を見てから掴まれた腕に視線を落とした。少し強く掴みすぎたか?

 土浦が繰り出した技のせいで砂煙が上がり、ここからではバトルの状況がわからない。

 手のひらで砂から目を守る野次馬。咳き込む者もいる。
 俺は瞬きをすることも忘れ、砂煙の先をジッと見つめていた。

 そして、事の結末を知る。

「滝壺、どうやら今年は面白い1年生が入ってきたみたいだ」

 掴んでいた滝壺の手を離し、公園に背を向けて寮へ帰るべく歩きだす。

「何が見えたんですか? 教えて下さい会長」

 滝壺の声を背中で受けたが、足音が聞こえてこない。どうやら自分の目でバトルの行方を見届けることにしたようだ。

 砂煙が収まり、視界がクリアになる。

「チッ、邪魔が入りやがった。どこのどいつか知らねーが特定したら絶対ぶっ潰してやる」

 公園内にはどういう訳か土浦の姿しかなかった。
 怒りに任せて地面を蹴る土浦。

「一体あの砂煙の中で何が?」

 複数に割れた地面を見つめ、頭を悩ませる滝壺だった。

—2—

 寮1階ロビー。エレベーター前の休憩スペース。
 出来る限り人込みを避けて走ってきたため、公園を囲っていた野次馬の姿もここには無かった。

「あの、ありがとうございました。でもなんで? あなたは?」

 明智(あけち)の口から次々と疑問が飛び出した。
 仕方ない。1つ1つ答えていくとしよう。

「オレは、神楽坂春斗(かぐらざかはると)。あんたたちと同じ新入生だ。ついでに言うと同じバスにも乗ってた」

「同じバスに? ごめん、覚えてない、かな。私は明智(あけち)ひかり。神楽坂くん……本当にありがとうっ。正直もうダメかと思ってたんだ。神楽坂くんは命の恩人だよっ」

 明智がオレの手を握り、笑顔を見せた。
 そんな笑顔を向けられたらオレじゃなくても世の高校生男子は、皆もれなく明智のことを好きになってしまうに違いない。オレは危なく踏みとどまったが。

千代田風花(ちよだふうか)です。あ、あの、ありがとうございました。こんな私を助けて頂いて本当になんて言ったらいいのか」

「そんなに気にしなくていいぞ。たまたま通りかかって見て見ぬふりが出来なかっただけだ」

「神楽坂くんって優しいんだねっ」

 隣で聞いていた明智がキラキラさせた目を向けてくる。
 これだけ感謝されているんだ。下剋上システムによるバトルの流れを把握しておきたかったから助けに入るのを遅らせたということは伏せておこう。

「そ、その、神楽坂くんの異能力は身体強化なんですか? すみません。とても常人の動きではなかったので気になってしまって……」

 千代田が恐る恐るといった感じで訊いてきた。
 いくら助けるためとはいえ、少し力を出し過ぎたか。
 オレとしては、半分も出していなかったが違和感を持たれてしまったようだ。

「まあ、そんなところだ」

 実際には少し違うのだが、一から説明するのも面倒なので、ここは千代田の発言に合わせておく。

「私は風を操る異能力なんですけど、あまり思うように使いこなせなくて」

「何事も練習あるのみだ。初めから上手く使いこなせる人間なんていない。オレで良かったら今度練習に付き合うぞ。まあ、千代田さえよければだが」

 俯きがちだった千代田の顔がぱあっと明るくなった。

「是非、是非お願いします!」

「いいなー。神楽坂くん、そのときは私も誘って欲しいなっ」

「わかった。人が多い方がより充実した練習になるしな。そのときはオレから声を掛ける」

 自主練をする際には、連絡して欲しいとのことだったので、明智と千代田と連絡先を交換した。
 一通り話を済ませたオレたちは、異能力や明智にいちゃもんをつけてきた土浦(つちうら)について話をしながらエレベーターに乗り込み、各々の階の数字を押していく。

 オレは4階、明智は7階、千代田は8階を。
 明智の話によると、男子が1階から5階、女子が6階から10階に振り分けられているらしい。

 明智は入学式初日にしてもう友達をたくさん作ったようだ。友人を多く持つメリットとして情報収集しやすいという点がある。
 明智とは長い付き合いになるかもしれないな。

「じゃあ、また明日っ」

「神楽坂くん、ありがとうございました」

「またな」

 エレベーターを降り、明智と千代田が上の階に上がっていく様子を見送る。
 長いようで短かった高校生活1日目も無事終了。

 オレは、事前に送っていた荷物の荷ほどきを少しだけ行うと、その日は眠りについた。