―1—
時は現代に戻る。
誰にも声を掛けようとせず、真っ先に教室から出て行った西城のことが気になり、オレは西城の後を追っていた。
普段とは明らかに様子が異なっていたから心配にもなる。
つい昨日まで金魚の糞の如く西城の周りをくっついて歩いていた生徒もこういうときに限って他人の振りを決め込んでいた。
西城の言う仲間、友人とは一体何なんだろうな。
少しして西城に追いついたオレは話があると持ち掛け、屋上に場所を移すことを提案した。
お互い、人の目があるとしずらい話もあることだしな。
話があると持ち掛けた手前、まずはこちらが序列2位になった経緯を話すことに。
ソロ序列戦期間中に千代田に妨害行為を働いていた土浦と下剋上システムを行い、勝利。
土浦が所有するバトルポイントの半分を獲得した。
なにかとややこしくなるので、その件に生徒会長の馬場裕二が絡んでいることは伏せた。
オレが序列2位になったこととは関係ないしな。
これまでの西城の行動を見ても、誰かに口外する心配は少ないだろう。
「そうだったのか。ごめん、神楽坂くん。少し頭が回らなくて」
すぐには受け入れられないといった様子の西城だったが、それも時間が解決してくれる。
「なんの偶然だろうね。世間は狭いと言うか」
西城は何かを思い出したのか、時より空に浮かぶ雲を眺めながら語りだした。
それは、西城が中学1年生のときの話だった。
「それで、先輩や西城はどうなったんだ?」
「七草先輩はね、落ちてきた植物がクッションの役割を果たして無事だったんだ。植物がなかったら命は無かったらしい」
西城が手すりに寄り掛かる。
「命は助かったんだけど、記憶を失ってしまったんだ」
「記憶喪失ってことか?」
「うん、医者の人の話では強い外的ショックによるものじゃないかってさ。どうやら生徒会長になってからの記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったみたいなんだ」
「それじゃあ」
「僕のことも覚えていなかったよ」
「そんなことが」
西城にかけてやる言葉が見つからない。
大切に想っていた人に忘れられるなんて想像しただけでも辛すぎる。
「事件を起こした京極は転校。柳刃さんには停学処分が下った。その柳刃さんが事件の真相を先生に話してくれたおかげで僕や土浦先輩は、反省文だけで済んだんだ」
そう言った西城はオレの反応を待たずしてこう付け加えた。
「思い出したくないけど、忘れてしまうのはもっとダメだ」
と。
「僕がこの学院に入学したのは、七草先輩に記憶を取り戻してほしいからなんだ。彼女はもう新しい人生を歩んでいて、過去の記憶なんて必要ないかもしれない。ひょっとしたら思い出さない方が幸せなのかもしれない。でも――」
隣を見ると、西城がとても辛そうな表情を浮かべて歯を食いしばっていた。
「でも、七草先輩と過ごした日々を全部無かったことにはしたくない」
これまでの出来事が頭の中に蘇ってきているのだろう。
人目につく場所では、決して弱い部分を見せなかった西城が涙を流していた。
これはオレの想像になるが、西城はこの学院に入学してから記憶を失う前の七草先輩のようになるべく一生懸命振る舞ってきたのではないだろうか。
誰よりも優しく、皆をまとめるリーダーシップを持っていた七草先輩のようになるために。
胸を張って堂々と生きていける人間になるために。
そんな西城の姿をどこかで七草先輩が目にしたら記憶を取り戻すこともあるかもしれない。
記憶が戻るきっかけがどこにあるかなんて医者にもわからないことだ。
「本人が望んでいるかもわからないのに、やっぱりわがままかな?」
「いいや、そんなことはないと思うぞ。人に何かしてやりたいと思うのは誰しもが抱く感情だ。それが大切な人だったら尚更そう思って当然だろ」
「神楽坂くん」
「それに七草先輩は、西城と過ごした記憶を取り戻したとして、思い出さなければよかっただなんて言うような人なのか?」
「ううん、七草先輩ならきっと笑ってくれると思う」
「ならそういうことだろ」
男2人、貸し切りの屋上で話をするというのも悪くはないな。
時は現代に戻る。
誰にも声を掛けようとせず、真っ先に教室から出て行った西城のことが気になり、オレは西城の後を追っていた。
普段とは明らかに様子が異なっていたから心配にもなる。
つい昨日まで金魚の糞の如く西城の周りをくっついて歩いていた生徒もこういうときに限って他人の振りを決め込んでいた。
西城の言う仲間、友人とは一体何なんだろうな。
少しして西城に追いついたオレは話があると持ち掛け、屋上に場所を移すことを提案した。
お互い、人の目があるとしずらい話もあることだしな。
話があると持ち掛けた手前、まずはこちらが序列2位になった経緯を話すことに。
ソロ序列戦期間中に千代田に妨害行為を働いていた土浦と下剋上システムを行い、勝利。
土浦が所有するバトルポイントの半分を獲得した。
なにかとややこしくなるので、その件に生徒会長の馬場裕二が絡んでいることは伏せた。
オレが序列2位になったこととは関係ないしな。
これまでの西城の行動を見ても、誰かに口外する心配は少ないだろう。
「そうだったのか。ごめん、神楽坂くん。少し頭が回らなくて」
すぐには受け入れられないといった様子の西城だったが、それも時間が解決してくれる。
「なんの偶然だろうね。世間は狭いと言うか」
西城は何かを思い出したのか、時より空に浮かぶ雲を眺めながら語りだした。
それは、西城が中学1年生のときの話だった。
「それで、先輩や西城はどうなったんだ?」
「七草先輩はね、落ちてきた植物がクッションの役割を果たして無事だったんだ。植物がなかったら命は無かったらしい」
西城が手すりに寄り掛かる。
「命は助かったんだけど、記憶を失ってしまったんだ」
「記憶喪失ってことか?」
「うん、医者の人の話では強い外的ショックによるものじゃないかってさ。どうやら生徒会長になってからの記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったみたいなんだ」
「それじゃあ」
「僕のことも覚えていなかったよ」
「そんなことが」
西城にかけてやる言葉が見つからない。
大切に想っていた人に忘れられるなんて想像しただけでも辛すぎる。
「事件を起こした京極は転校。柳刃さんには停学処分が下った。その柳刃さんが事件の真相を先生に話してくれたおかげで僕や土浦先輩は、反省文だけで済んだんだ」
そう言った西城はオレの反応を待たずしてこう付け加えた。
「思い出したくないけど、忘れてしまうのはもっとダメだ」
と。
「僕がこの学院に入学したのは、七草先輩に記憶を取り戻してほしいからなんだ。彼女はもう新しい人生を歩んでいて、過去の記憶なんて必要ないかもしれない。ひょっとしたら思い出さない方が幸せなのかもしれない。でも――」
隣を見ると、西城がとても辛そうな表情を浮かべて歯を食いしばっていた。
「でも、七草先輩と過ごした日々を全部無かったことにはしたくない」
これまでの出来事が頭の中に蘇ってきているのだろう。
人目につく場所では、決して弱い部分を見せなかった西城が涙を流していた。
これはオレの想像になるが、西城はこの学院に入学してから記憶を失う前の七草先輩のようになるべく一生懸命振る舞ってきたのではないだろうか。
誰よりも優しく、皆をまとめるリーダーシップを持っていた七草先輩のようになるために。
胸を張って堂々と生きていける人間になるために。
そんな西城の姿をどこかで七草先輩が目にしたら記憶を取り戻すこともあるかもしれない。
記憶が戻るきっかけがどこにあるかなんて医者にもわからないことだ。
「本人が望んでいるかもわからないのに、やっぱりわがままかな?」
「いいや、そんなことはないと思うぞ。人に何かしてやりたいと思うのは誰しもが抱く感情だ。それが大切な人だったら尚更そう思って当然だろ」
「神楽坂くん」
「それに七草先輩は、西城と過ごした記憶を取り戻したとして、思い出さなければよかっただなんて言うような人なのか?」
「ううん、七草先輩ならきっと笑ってくれると思う」
「ならそういうことだろ」
男2人、貸し切りの屋上で話をするというのも悪くはないな。



