―1―
これまでの試合で暗空さんが見せた技は3つ。
1つ目が別空間へのワープ。
2つ目が漆黒の刀で敵を斬る『月影一閃』。
最後に自分の分身を作り出すというもの。
これだけ攻撃のパターンを見せているにもかかわらず、未だに暗空さんの異能力が何なのかわからない。
一方で私は、明智さんとの試合で温存していた氷柱吹雪まで使ってしまった。
技自体は脳内でイメージを明確化すれば無限に作り出すことができるけれど、大会の本番でいきなり新技を使うのはリスクが高い。
最悪の場合、不発ということもあり得る。
でも、暗空さんに勝つにはそれくらいしないとダメだ。
今、彼女と対峙してみてわかる。
彼女からは、三大財閥の鷲崎家と暁家にも引けを取らないオーラを感じる。
一体どれだけの修羅場を潜り抜けたらこれだけのオーラが出せるのか。
幼い頃から厳しい訓練を受けてきた私でさえ想像できない。
『お待たせしました。準決勝第1試合が始まります! 今試合は初の特待生対決ということもあり、ここドームスペードも超満員となっております!』
『氷堂も暗空も試合開始と同時に攻撃を仕掛けるタイプだからどちらが先に動くか注目だな』
『対応次第で明暗が分かれそうですね。それはそうと私は会長と2日連続で実況できるなんてまるで夢のようで――』
『始まるみたいだぞ』
滝壺書記と馬場会長の軽快な掛け合いを聞き流しながら、観戦用巨大モニターの隣にある時計に目をやる。
試合開始は、9時30分。
試合まで30秒を切り、審判の鞘師先生も定位置に着いてそのときを待つ。
秒針が10から12の間を一定のリズムで進む。
3、
2、
1——
「ソロ序列戦準決勝第1試合、バトルスタート!」
場を制した者がバトルを制する。
周りから同じ攻撃ばかりでつまらないと思われてもいい。実際に勝利を重ねているのだから私の考えは間違っていないはず。
「凍てつく花弁」
ステージに複数の氷の花が咲き誇り、花びらから強烈な冷気を発する。あっという間に地面が氷で覆われた。
「非常に拘束能力が高い一撃ですけど」
「わかっていればかわすのにそれほど苦労はしません」
2人の暗空さんが交互に言葉を発した。
どうやら私が技を発動している間に分身したみたいだ。見た目では本物か偽物か区別がつかない。
「相手が氷堂さんですから出し惜しみはしませんよ。影吸収」
2人の暗空さんの右手目掛けてステージの至る所から黒い染みのような物が集まってくる。飛んできた染みがみるみる膨れ上がる。
ステージに配置した氷の花びら、私の足元からも黒い染みが飛んでいく。
「まさか、影?」
「フフッ」
暗空さんの口元が緩んだ。
「月影、力を貸ります」
膨れ上がった黒い染みが凝縮され、漆黒の刀へと姿を変えた。
暗空さんは月影の柄を右手で掴むと、猛然と突っ込んできた。
「氷剣!」
即座に氷剣を手にして呼吸を整える。
ここはいったん距離を取りたい。
「氷柱吹雪」
吹雪を味方につけ、周囲に数十の氷柱を展開する。
射程圏内まで迫ったタイミングで氷剣を振り下ろし、一斉に氷柱を撃ち放つ。
2人の暗空さんは縦に並んで走り、氷柱を刀の腹で器用に弾いていく。
吹雪で向かい風だというのにスピードも全く落ちる気配がない。
全ての氷柱を斬り伏せた暗空さんは追撃が無いと見るや横に展開し、紫の双眸を光らせた。
上半身を低く屈めて、スピードを落とさず突っ込んでくる。
「月影一閃・双撃」
目にも留まらぬ速さで2人の暗空さんが連続で襲い掛かってくる。
タイミングをわざとずらすことで、回避不可能な一撃になっている。
強くなるためには常に進化し続けなくてはならない。昨日の自分より今日の自分。
回避不可能な一撃を相殺する新技をコンマ数秒で考え、瞬時に繰り出すしかない。
暗空さんの攻撃は分身と合わせて二撃。
私もなんとかして二回攻撃を放つことができれば防げるかもしれない。
イメージだ。
イメージ。
私の頭の中に地上を素早く回転する氷の華と肉食動物が獲物を狩る際に見せる鋭い牙の画が浮かんだ。
回転しながら2回剣を振るう新技。
「氷華連牙ッ!」
初撃で1人目の暗空さんの刀、月影を弾き上げる。
2撃目で氷剣を大きく横に薙ぎ、2人目の暗空さんを斬り伏せる。薙ぎ払った刹那、暗空さんが黒い染みとなって辺りに弾け飛んだ。
ということは、本物は1人目。
「影拘束」
宙に浮かんでいた月影が2つの手錠に形を変え、私の両手両足を拘束した。
バランスを崩してその場に倒れる私。不意を突かれたせいで氷盾が間に合わなかった。
「分身が倒されたのは随分と久しぶりだったので驚きました」
「暗空さん、あなたの異能力は影を操るものだったのね」
「わかったところでもう遅いと思いますけど」
暗空さんの言う通り、手錠で拘束されてしまっては反撃のしようがない。
反撃どころかまず立つことすらできない。
それでも、私にもプライドというものがある。
無様に倒れたまま試合終了だなんて私のプライドが許さない。
「何を!?」
とどめを刺そうと近づいてきた暗空さんが私の異変に気がつき大きく後ろに跳んだ。
「氷拳打破」
影で作り出した刀・月影も暗空さんの分身も影とはいえ触れることができた。
それなら私の自由を奪っているこの手錠も壊すことができるのではないか。
もうこれに賭けるしかない。
私の拳を氷が纏う。
巨大化する氷拳にとうとう耐えきれなくなった手錠が音を立てて壊れた。
次に自分の足に拳を振り下ろす。
足を巻き込む形にはなってしまったが、足を拘束していた手錠も破壊することに成功した。
「氷堂さんって意外と思い切りが良いんですね。驚きました」
「ここまで来たら負けたくないからね」
じんじんと足が痛むが、顔には出さないように堪える。もう体力的にも余裕が無い。次の攻撃で最後になりそうだ。
「ッ!?」
地面を蹴った瞬間、足に電流が走ったかのような痛みが。
自分で殴っておきながらもう少し加減をしておけばよかっただなんて思ってももう遅い。
これで終わりだ。
私はこの拳で自由を掴む。
「氷拳打破!!!!」
「影繋ぎ」
私の拳が空を切る。
次の瞬間、首に強烈な痛みを感じ、意識が遠くなっていくのを感じた。
地面に吸い寄せられていく最中、私の影の上に暗空さんが立っているのが見えた。
「バトル終了! 勝者、暗空玲於奈!」
「氷堂さん、傷を負いながらも立ち向かって来るその姿には敬意を表します。ですが、それだけでは私には届きません」
次に戦うときを楽しみにしています。暗空さんがそう言った後、靴音が遠くなっていくのを感じた。
これまでの試合で暗空さんが見せた技は3つ。
1つ目が別空間へのワープ。
2つ目が漆黒の刀で敵を斬る『月影一閃』。
最後に自分の分身を作り出すというもの。
これだけ攻撃のパターンを見せているにもかかわらず、未だに暗空さんの異能力が何なのかわからない。
一方で私は、明智さんとの試合で温存していた氷柱吹雪まで使ってしまった。
技自体は脳内でイメージを明確化すれば無限に作り出すことができるけれど、大会の本番でいきなり新技を使うのはリスクが高い。
最悪の場合、不発ということもあり得る。
でも、暗空さんに勝つにはそれくらいしないとダメだ。
今、彼女と対峙してみてわかる。
彼女からは、三大財閥の鷲崎家と暁家にも引けを取らないオーラを感じる。
一体どれだけの修羅場を潜り抜けたらこれだけのオーラが出せるのか。
幼い頃から厳しい訓練を受けてきた私でさえ想像できない。
『お待たせしました。準決勝第1試合が始まります! 今試合は初の特待生対決ということもあり、ここドームスペードも超満員となっております!』
『氷堂も暗空も試合開始と同時に攻撃を仕掛けるタイプだからどちらが先に動くか注目だな』
『対応次第で明暗が分かれそうですね。それはそうと私は会長と2日連続で実況できるなんてまるで夢のようで――』
『始まるみたいだぞ』
滝壺書記と馬場会長の軽快な掛け合いを聞き流しながら、観戦用巨大モニターの隣にある時計に目をやる。
試合開始は、9時30分。
試合まで30秒を切り、審判の鞘師先生も定位置に着いてそのときを待つ。
秒針が10から12の間を一定のリズムで進む。
3、
2、
1——
「ソロ序列戦準決勝第1試合、バトルスタート!」
場を制した者がバトルを制する。
周りから同じ攻撃ばかりでつまらないと思われてもいい。実際に勝利を重ねているのだから私の考えは間違っていないはず。
「凍てつく花弁」
ステージに複数の氷の花が咲き誇り、花びらから強烈な冷気を発する。あっという間に地面が氷で覆われた。
「非常に拘束能力が高い一撃ですけど」
「わかっていればかわすのにそれほど苦労はしません」
2人の暗空さんが交互に言葉を発した。
どうやら私が技を発動している間に分身したみたいだ。見た目では本物か偽物か区別がつかない。
「相手が氷堂さんですから出し惜しみはしませんよ。影吸収」
2人の暗空さんの右手目掛けてステージの至る所から黒い染みのような物が集まってくる。飛んできた染みがみるみる膨れ上がる。
ステージに配置した氷の花びら、私の足元からも黒い染みが飛んでいく。
「まさか、影?」
「フフッ」
暗空さんの口元が緩んだ。
「月影、力を貸ります」
膨れ上がった黒い染みが凝縮され、漆黒の刀へと姿を変えた。
暗空さんは月影の柄を右手で掴むと、猛然と突っ込んできた。
「氷剣!」
即座に氷剣を手にして呼吸を整える。
ここはいったん距離を取りたい。
「氷柱吹雪」
吹雪を味方につけ、周囲に数十の氷柱を展開する。
射程圏内まで迫ったタイミングで氷剣を振り下ろし、一斉に氷柱を撃ち放つ。
2人の暗空さんは縦に並んで走り、氷柱を刀の腹で器用に弾いていく。
吹雪で向かい風だというのにスピードも全く落ちる気配がない。
全ての氷柱を斬り伏せた暗空さんは追撃が無いと見るや横に展開し、紫の双眸を光らせた。
上半身を低く屈めて、スピードを落とさず突っ込んでくる。
「月影一閃・双撃」
目にも留まらぬ速さで2人の暗空さんが連続で襲い掛かってくる。
タイミングをわざとずらすことで、回避不可能な一撃になっている。
強くなるためには常に進化し続けなくてはならない。昨日の自分より今日の自分。
回避不可能な一撃を相殺する新技をコンマ数秒で考え、瞬時に繰り出すしかない。
暗空さんの攻撃は分身と合わせて二撃。
私もなんとかして二回攻撃を放つことができれば防げるかもしれない。
イメージだ。
イメージ。
私の頭の中に地上を素早く回転する氷の華と肉食動物が獲物を狩る際に見せる鋭い牙の画が浮かんだ。
回転しながら2回剣を振るう新技。
「氷華連牙ッ!」
初撃で1人目の暗空さんの刀、月影を弾き上げる。
2撃目で氷剣を大きく横に薙ぎ、2人目の暗空さんを斬り伏せる。薙ぎ払った刹那、暗空さんが黒い染みとなって辺りに弾け飛んだ。
ということは、本物は1人目。
「影拘束」
宙に浮かんでいた月影が2つの手錠に形を変え、私の両手両足を拘束した。
バランスを崩してその場に倒れる私。不意を突かれたせいで氷盾が間に合わなかった。
「分身が倒されたのは随分と久しぶりだったので驚きました」
「暗空さん、あなたの異能力は影を操るものだったのね」
「わかったところでもう遅いと思いますけど」
暗空さんの言う通り、手錠で拘束されてしまっては反撃のしようがない。
反撃どころかまず立つことすらできない。
それでも、私にもプライドというものがある。
無様に倒れたまま試合終了だなんて私のプライドが許さない。
「何を!?」
とどめを刺そうと近づいてきた暗空さんが私の異変に気がつき大きく後ろに跳んだ。
「氷拳打破」
影で作り出した刀・月影も暗空さんの分身も影とはいえ触れることができた。
それなら私の自由を奪っているこの手錠も壊すことができるのではないか。
もうこれに賭けるしかない。
私の拳を氷が纏う。
巨大化する氷拳にとうとう耐えきれなくなった手錠が音を立てて壊れた。
次に自分の足に拳を振り下ろす。
足を巻き込む形にはなってしまったが、足を拘束していた手錠も破壊することに成功した。
「氷堂さんって意外と思い切りが良いんですね。驚きました」
「ここまで来たら負けたくないからね」
じんじんと足が痛むが、顔には出さないように堪える。もう体力的にも余裕が無い。次の攻撃で最後になりそうだ。
「ッ!?」
地面を蹴った瞬間、足に電流が走ったかのような痛みが。
自分で殴っておきながらもう少し加減をしておけばよかっただなんて思ってももう遅い。
これで終わりだ。
私はこの拳で自由を掴む。
「氷拳打破!!!!」
「影繋ぎ」
私の拳が空を切る。
次の瞬間、首に強烈な痛みを感じ、意識が遠くなっていくのを感じた。
地面に吸い寄せられていく最中、私の影の上に暗空さんが立っているのが見えた。
「バトル終了! 勝者、暗空玲於奈!」
「氷堂さん、傷を負いながらも立ち向かって来るその姿には敬意を表します。ですが、それだけでは私には届きません」
次に戦うときを楽しみにしています。暗空さんがそう言った後、靴音が遠くなっていくのを感じた。



