―1―
私、千代田風花には、いじめを受けていた過去がある。
あれは私がまだ6歳の頃。
当時小学1年生だった私は今以上に人と話すことが苦手だった。
人の目を見て話すことが恥ずかしくて、常に下を向いていたことを覚えている。
そんな私に立ち塞がったのが自己紹介という高い壁。
新しい環境に身を置く際、自分のことを知ってもらうために必ずと言っていいほど行われる恒例行事だ。
私にとっては人前で話すというだけでかなりのハードル。恥ずかしさのあまり本気でこの場から消えてしまいたいと思っていた。
どんどん自分の順番が近づいてくる。
他の人が話しているときは、自分が何を話すのかだけを考え、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返した。
とにかくこの時間を乗り切ることだけを考えよう。
自分の名前と趣味、必要最小限の情報を言うだけでいい。目立たず無難に終わらせられればそれでいい。
前の席の人の自己紹介が終わり、とうとう私の順番がやって来た。
咄嗟に立ち上がったところまでは良かったが、緊張のあまり頭が真っ白になって言葉に詰まってしまった。
小学生低学年くらいの子は第一印象が全てと言っても過言ではない。
自己紹介で噛みまくった上に地味な見た目の私は、当然友達作りに失敗した。
それからというもの、学校にいるときはいつも1人で行動をするようになった。
教室の隅で本を読んだり、プリントの裏に絵を描いたり。
1人で遊ぶこともそれなりに楽しかったけれど、やっぱり私もみんなの輪に入りたかった。友達が欲しかった。
誰かと一緒に遊ぶってどんな気持ちなんだろう。
きっと楽しいに違いない。
私の友達に対する憧れは日に日に強くなっていった。
友達が欲しいという思いがピークに達したある日、私は自分の持っている勇気を全て振り絞って、教室で楽しそうに会話をしていた女子2人に声を掛けた。
「えっ?」
返ってきたのは困ったような笑顔だけ。
2人は無言のまま顔を見合わせて何かを示し合わせた。
そして、1人が口を開く。
「私たち今から行くところがあるから」
学校で行くところなんて限られている。
要するに私と一緒にいたくはなかったのだろう。地味な私と一緒にいるところを誰かに見られたくはなかったのだろう。
私は1人でいる運命なのだと6歳ながらに悟った。
次の日、クラスメイトから何の前触れも無く私に対する攻撃が始まった。
「気持ちが悪い」、「何が言いたいのかわからない」、「はっきり話せよ陰キャラ」、「千代田さんと話してるとなんかイライラするんだよね」など、言葉のナイフが容赦なく私を突き刺した。
その中には、私が前日声を掛けた女子2人も含まれていた。
私が勇気を出して起こした行動がクラスメイトの心を逆撫でしてしまったようだ。
大人しく過ごしていればよかったのに私が馬鹿な真似をしたからみんなが怒ってしまった。
友達が欲しいなんて思わなければよかったんだ。
悪口を言われても暴力を振るわれても私は何もやり返さなかった。
できる限り感情を殺した。
私が何か反応したところで相手が喜ぶだけだから。
そんな生活を半月ほど過ごしていると、言葉による攻撃も一時の流行のようにパタリと止み、そのうち私は無視されるようになった。
私という存在が初めからクラスにいなかったかのように扱われた。教室で私は空気そのものだった。
もう傷つきたくない。
傷つくくらいだったら友達なんていらない。
私は自分の殻に閉じこもることを選んだ。
中学生になり、目が悪い訳でもないのに眼鏡をかけて自分の地味さ加減に磨きをかけた。
初めから話し掛けずらい雰囲気を作っていれば厄介事に巻き込まれることも無い。
いつしか眼鏡は私の心を守る鎧になった。
その鎧が今壊れた。
―2—
異能力者育成学院ドームスペード、選手専用通路。
「それじゃあ、俺は行くから後は自分の好きなタイミングで来るといい」
私をここまで送り届けてくれた馬場生徒会長が優しくそう言い、ステージに向かった。
『おっと、ご覧下さい! 選手専用通路から生徒会長が出てきました!』
湧き上がる会場。
観戦用特大モニターに馬場生徒会長の姿が映し出された。
この盛り上がりと熱気、改めて大勢の人が私と岩渕くんの試合を観に来ているのだと実感させられる。
『遅くなってすまない。実はここに来る途中に千代田に会ってな。試合に対する意気込みを聞かせてもらっていたんだ』
『岩渕選手の対戦相手になる千代田選手と、ですか。千代田選手は何と言って――』
私が心の準備をする時間を稼ぐためなのか、数秒ではあるけれど会長がトークで繋いでくれた。
「もう私は1人じゃない」
神楽坂くんが貸してくれた服に目を落とす。雨で濡れているけれど温かい。
優しい神楽坂くんの匂いが私を包んでいる。
私は自分を変えるためにこの学院にやって来た。
しかし、それを阻むかのように次々とトラブルに巻き込まれた。
入学式当日に乗ってきたバスでは、財布を忘れてお金を払えなくなった。まあ、これに関しては完璧に私の不注意だけど。
同乗していた浮谷くんに怒鳴られ、いじめられていた過去の記憶が蘇り取り乱してしまった。
でも、そんな私を明智さんが助けてくれた。友達だと言ってくれた。
私に初めて友達ができた瞬間だった。
入学式の後、土浦先輩に絡まれたときは、明智さんと神楽坂くんが助けてくれた。
今振り返ればこの1カ月間、私は助けられてばっかりだ。
人は1人では生きていけない。
今まで1人で過ごしてきた私にとって、この学院に来てからの日々はとても刺激的だった。
ソロ序列戦の前、神楽坂くんと特訓をしていたとき、私はこの学院にやって来た理由を話した。
神楽坂くんは、「千代田は千代田のペースでやればいいと」と言ってくれた。
自分を変えたいと焦っていた私に神楽坂くんの言葉がどれだけ救われたことか。
「よし」
ヒビの入ったピンク色の眼鏡を外して通路の端に置いた。
今の私には頼れる友達がいる。
だからもう鎧が無くてもきっと大丈夫。
過去を変えることはできない。
でも、だからこそ、過去の経験を踏まえて、今の、これからの行動を変えることができる。
―3—
『さてさて、試合開始時間ちょうどになり、両者出揃いました! 会長、この試合どう見ますか?』
『実力差だけで見れば岩渕が優勢と言えるだろう。しかし、異能力の相性を見ると千代田にも勝機が無い訳じゃ無い。この勝負はいかに自分の異能力を操れるかにかかってるだろうな』
『岩渕選手は前回の試合で敷島選手の強固な盾をいとも簡単に砕いています。そのことから硬化だと思われていた異能力も考え直さなくてはなりません』
『物体の硬さを自在にコントロールできる異能力といったところだろうな。だが、千代田の異能力は風を操るものだ。岩渕の異能力の影響は受けないと考えていいだろう』
『そうですね! さて、試合が始まります! 本日の審判は保坂先生が務めて下さいます!』
滝壺さんと馬場会長の分析タイムが終わり、試合開始の合図を保坂先生に委ねた。
「それでは、ソロ序列戦準々決勝第3試合を始めます」
「やれやれ、待ちくたびれてしまったよ」
岩渕くんが地面に座り込み、目を閉じた。
「岩渕くん、試合を始めてもいいですか?」
試合の放棄とも取れる行動に保坂先生が確認を取る。
「ああ、好きにしたまえ保坂ティーチャー。どちらにせよ私の勝ちは揺らがない」
会場が騒つく。
いくら自分の腕に自信があるからといってこれでは相手に対して失礼だ。
まあ、それだけ私が下に見られているということなのだろう。
「バトルスタート!」
保坂先生が試合開始を告げた直後、私の体は地面に吸い込まれていた。
底なし沼にハマったかのようにもがけばもがくほど体が地面の底に落ちていく。
試合開始数秒で私の体の半分が地面の中に沈んでいた。
『これはどういうことでしょうか! 千代田選手の体が地面の中に吸い込まれていきます! さすがの千代田選手もこれには為す術無しといったところか!』
『硬さのコントロールにこんな使い方があるとはな。千代田の周囲の地面だけ液体に近い形状に変化させたようだ』
岩渕くんはこれまでの試合を全て1分で決着をつけている。
私との試合も例外ではないだろう。
「思い通りにはさせません。突風の息吹」
大きく息を吐きだし、突風を起こす。
体の身動きが取れなくても顔さえ自由だったら反撃のチャンスはある。
岩渕くんは自身のパフォーマンスの一環として座ってみせたけど、実はその行動こそが念密に練られた作戦だった。
座ることで地面に手をつき、異能力を発動させた。私はその瞬間を見逃さなかった。
「いやいや、なかなか面白い」
突風でステージの端まで追いやられた岩渕くんが言葉とは裏腹に鋭い視線を向けてきた。
岩渕くんは風を防ぐために立ち上がらざるを得なかった。それによって地面から手が離れ、底なし沼も解除された。
また異能力を使われたら今度こそ決着がついてしまう。
試合時間的にも岩渕くんが本気を出してくるタイミングだ。
それなら私が最大技を放つしかない。
神楽坂くんとの特訓では成功しなかったけど、なぜか今なら成功できるという確信がある。
今の私なら。
「殻破りの大竜巻」
ステージ中央に巨大な竜巻が発生した。
ドームの天井や観客席に展開された防御障壁が凄まじい音を立てて震える。
竜巻はステージのあらゆるものを飲み込み、さらに大きく成長していく。
今まで1度も成功したことが無かった大技が遂に発動できた。
心の成長が異能力に与える影響は計り知れない。
私も入学前と比べて少しは成長しているみたいだ。
視線をステージの奥に向けると、岩渕くんが物凄い速さでこちらに向かって走ってきていた。
竜巻に飲み込まれたら一巻の終わり。
岩渕くんは態勢を低くしてなるべく竜巻から離れたところを進む。
竜巻の中から地面の破片がいくつも岩渕くん目掛けて飛んでいくが、岩渕くんは驚異の身体能力でその全てを回避する。
まるでアクロバットを見ているかのようだ。
私も竜巻をコントロールしてなるべく近づかれないようにしようとするが、竜巻の規模が大きくなりすぎて細かいコントロールが利かない。
その間にも岩渕くんが私の目の前に迫る。
「!?」
避ける暇もなく、首を掴まれた。
地面から足が浮き、喉が絞まる。
「残念ながら1分経ってしまったようだねー」
このまま異能力を使われてしまったら私の頭は簡単に吹き飛んでしまうだろう。
「こ、降参します」
ねえ、心を塞いでしまった昔の私、少しは自分の殻を破れたかな?
「勝者、岩渕周!」
私、千代田風花には、いじめを受けていた過去がある。
あれは私がまだ6歳の頃。
当時小学1年生だった私は今以上に人と話すことが苦手だった。
人の目を見て話すことが恥ずかしくて、常に下を向いていたことを覚えている。
そんな私に立ち塞がったのが自己紹介という高い壁。
新しい環境に身を置く際、自分のことを知ってもらうために必ずと言っていいほど行われる恒例行事だ。
私にとっては人前で話すというだけでかなりのハードル。恥ずかしさのあまり本気でこの場から消えてしまいたいと思っていた。
どんどん自分の順番が近づいてくる。
他の人が話しているときは、自分が何を話すのかだけを考え、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返した。
とにかくこの時間を乗り切ることだけを考えよう。
自分の名前と趣味、必要最小限の情報を言うだけでいい。目立たず無難に終わらせられればそれでいい。
前の席の人の自己紹介が終わり、とうとう私の順番がやって来た。
咄嗟に立ち上がったところまでは良かったが、緊張のあまり頭が真っ白になって言葉に詰まってしまった。
小学生低学年くらいの子は第一印象が全てと言っても過言ではない。
自己紹介で噛みまくった上に地味な見た目の私は、当然友達作りに失敗した。
それからというもの、学校にいるときはいつも1人で行動をするようになった。
教室の隅で本を読んだり、プリントの裏に絵を描いたり。
1人で遊ぶこともそれなりに楽しかったけれど、やっぱり私もみんなの輪に入りたかった。友達が欲しかった。
誰かと一緒に遊ぶってどんな気持ちなんだろう。
きっと楽しいに違いない。
私の友達に対する憧れは日に日に強くなっていった。
友達が欲しいという思いがピークに達したある日、私は自分の持っている勇気を全て振り絞って、教室で楽しそうに会話をしていた女子2人に声を掛けた。
「えっ?」
返ってきたのは困ったような笑顔だけ。
2人は無言のまま顔を見合わせて何かを示し合わせた。
そして、1人が口を開く。
「私たち今から行くところがあるから」
学校で行くところなんて限られている。
要するに私と一緒にいたくはなかったのだろう。地味な私と一緒にいるところを誰かに見られたくはなかったのだろう。
私は1人でいる運命なのだと6歳ながらに悟った。
次の日、クラスメイトから何の前触れも無く私に対する攻撃が始まった。
「気持ちが悪い」、「何が言いたいのかわからない」、「はっきり話せよ陰キャラ」、「千代田さんと話してるとなんかイライラするんだよね」など、言葉のナイフが容赦なく私を突き刺した。
その中には、私が前日声を掛けた女子2人も含まれていた。
私が勇気を出して起こした行動がクラスメイトの心を逆撫でしてしまったようだ。
大人しく過ごしていればよかったのに私が馬鹿な真似をしたからみんなが怒ってしまった。
友達が欲しいなんて思わなければよかったんだ。
悪口を言われても暴力を振るわれても私は何もやり返さなかった。
できる限り感情を殺した。
私が何か反応したところで相手が喜ぶだけだから。
そんな生活を半月ほど過ごしていると、言葉による攻撃も一時の流行のようにパタリと止み、そのうち私は無視されるようになった。
私という存在が初めからクラスにいなかったかのように扱われた。教室で私は空気そのものだった。
もう傷つきたくない。
傷つくくらいだったら友達なんていらない。
私は自分の殻に閉じこもることを選んだ。
中学生になり、目が悪い訳でもないのに眼鏡をかけて自分の地味さ加減に磨きをかけた。
初めから話し掛けずらい雰囲気を作っていれば厄介事に巻き込まれることも無い。
いつしか眼鏡は私の心を守る鎧になった。
その鎧が今壊れた。
―2—
異能力者育成学院ドームスペード、選手専用通路。
「それじゃあ、俺は行くから後は自分の好きなタイミングで来るといい」
私をここまで送り届けてくれた馬場生徒会長が優しくそう言い、ステージに向かった。
『おっと、ご覧下さい! 選手専用通路から生徒会長が出てきました!』
湧き上がる会場。
観戦用特大モニターに馬場生徒会長の姿が映し出された。
この盛り上がりと熱気、改めて大勢の人が私と岩渕くんの試合を観に来ているのだと実感させられる。
『遅くなってすまない。実はここに来る途中に千代田に会ってな。試合に対する意気込みを聞かせてもらっていたんだ』
『岩渕選手の対戦相手になる千代田選手と、ですか。千代田選手は何と言って――』
私が心の準備をする時間を稼ぐためなのか、数秒ではあるけれど会長がトークで繋いでくれた。
「もう私は1人じゃない」
神楽坂くんが貸してくれた服に目を落とす。雨で濡れているけれど温かい。
優しい神楽坂くんの匂いが私を包んでいる。
私は自分を変えるためにこの学院にやって来た。
しかし、それを阻むかのように次々とトラブルに巻き込まれた。
入学式当日に乗ってきたバスでは、財布を忘れてお金を払えなくなった。まあ、これに関しては完璧に私の不注意だけど。
同乗していた浮谷くんに怒鳴られ、いじめられていた過去の記憶が蘇り取り乱してしまった。
でも、そんな私を明智さんが助けてくれた。友達だと言ってくれた。
私に初めて友達ができた瞬間だった。
入学式の後、土浦先輩に絡まれたときは、明智さんと神楽坂くんが助けてくれた。
今振り返ればこの1カ月間、私は助けられてばっかりだ。
人は1人では生きていけない。
今まで1人で過ごしてきた私にとって、この学院に来てからの日々はとても刺激的だった。
ソロ序列戦の前、神楽坂くんと特訓をしていたとき、私はこの学院にやって来た理由を話した。
神楽坂くんは、「千代田は千代田のペースでやればいいと」と言ってくれた。
自分を変えたいと焦っていた私に神楽坂くんの言葉がどれだけ救われたことか。
「よし」
ヒビの入ったピンク色の眼鏡を外して通路の端に置いた。
今の私には頼れる友達がいる。
だからもう鎧が無くてもきっと大丈夫。
過去を変えることはできない。
でも、だからこそ、過去の経験を踏まえて、今の、これからの行動を変えることができる。
―3—
『さてさて、試合開始時間ちょうどになり、両者出揃いました! 会長、この試合どう見ますか?』
『実力差だけで見れば岩渕が優勢と言えるだろう。しかし、異能力の相性を見ると千代田にも勝機が無い訳じゃ無い。この勝負はいかに自分の異能力を操れるかにかかってるだろうな』
『岩渕選手は前回の試合で敷島選手の強固な盾をいとも簡単に砕いています。そのことから硬化だと思われていた異能力も考え直さなくてはなりません』
『物体の硬さを自在にコントロールできる異能力といったところだろうな。だが、千代田の異能力は風を操るものだ。岩渕の異能力の影響は受けないと考えていいだろう』
『そうですね! さて、試合が始まります! 本日の審判は保坂先生が務めて下さいます!』
滝壺さんと馬場会長の分析タイムが終わり、試合開始の合図を保坂先生に委ねた。
「それでは、ソロ序列戦準々決勝第3試合を始めます」
「やれやれ、待ちくたびれてしまったよ」
岩渕くんが地面に座り込み、目を閉じた。
「岩渕くん、試合を始めてもいいですか?」
試合の放棄とも取れる行動に保坂先生が確認を取る。
「ああ、好きにしたまえ保坂ティーチャー。どちらにせよ私の勝ちは揺らがない」
会場が騒つく。
いくら自分の腕に自信があるからといってこれでは相手に対して失礼だ。
まあ、それだけ私が下に見られているということなのだろう。
「バトルスタート!」
保坂先生が試合開始を告げた直後、私の体は地面に吸い込まれていた。
底なし沼にハマったかのようにもがけばもがくほど体が地面の底に落ちていく。
試合開始数秒で私の体の半分が地面の中に沈んでいた。
『これはどういうことでしょうか! 千代田選手の体が地面の中に吸い込まれていきます! さすがの千代田選手もこれには為す術無しといったところか!』
『硬さのコントロールにこんな使い方があるとはな。千代田の周囲の地面だけ液体に近い形状に変化させたようだ』
岩渕くんはこれまでの試合を全て1分で決着をつけている。
私との試合も例外ではないだろう。
「思い通りにはさせません。突風の息吹」
大きく息を吐きだし、突風を起こす。
体の身動きが取れなくても顔さえ自由だったら反撃のチャンスはある。
岩渕くんは自身のパフォーマンスの一環として座ってみせたけど、実はその行動こそが念密に練られた作戦だった。
座ることで地面に手をつき、異能力を発動させた。私はその瞬間を見逃さなかった。
「いやいや、なかなか面白い」
突風でステージの端まで追いやられた岩渕くんが言葉とは裏腹に鋭い視線を向けてきた。
岩渕くんは風を防ぐために立ち上がらざるを得なかった。それによって地面から手が離れ、底なし沼も解除された。
また異能力を使われたら今度こそ決着がついてしまう。
試合時間的にも岩渕くんが本気を出してくるタイミングだ。
それなら私が最大技を放つしかない。
神楽坂くんとの特訓では成功しなかったけど、なぜか今なら成功できるという確信がある。
今の私なら。
「殻破りの大竜巻」
ステージ中央に巨大な竜巻が発生した。
ドームの天井や観客席に展開された防御障壁が凄まじい音を立てて震える。
竜巻はステージのあらゆるものを飲み込み、さらに大きく成長していく。
今まで1度も成功したことが無かった大技が遂に発動できた。
心の成長が異能力に与える影響は計り知れない。
私も入学前と比べて少しは成長しているみたいだ。
視線をステージの奥に向けると、岩渕くんが物凄い速さでこちらに向かって走ってきていた。
竜巻に飲み込まれたら一巻の終わり。
岩渕くんは態勢を低くしてなるべく竜巻から離れたところを進む。
竜巻の中から地面の破片がいくつも岩渕くん目掛けて飛んでいくが、岩渕くんは驚異の身体能力でその全てを回避する。
まるでアクロバットを見ているかのようだ。
私も竜巻をコントロールしてなるべく近づかれないようにしようとするが、竜巻の規模が大きくなりすぎて細かいコントロールが利かない。
その間にも岩渕くんが私の目の前に迫る。
「!?」
避ける暇もなく、首を掴まれた。
地面から足が浮き、喉が絞まる。
「残念ながら1分経ってしまったようだねー」
このまま異能力を使われてしまったら私の頭は簡単に吹き飛んでしまうだろう。
「こ、降参します」
ねえ、心を塞いでしまった昔の私、少しは自分の殻を破れたかな?
「勝者、岩渕周!」



