序列主義の異能学院

—1—

「あっ? なんでお前がここにいんだよ」

 序列1位の予期せぬ登場に動揺を隠せない土浦(つちうら)
 それでもオレに怯んでいる様子を見られたく無いのか、馬場に向かってガンを飛ばす。

「深い理由は無い。たまたま通りかかっただけだ」

 馬場がオレと土浦の間に入り、距離を取るようにジェスチャーする。

 序列1位の馬場が審判をすることになるとは、オレ自身も考えていなかった。
 しかし、この学院で序列1位を目指すということは、いずれ馬場とも戦うことになるはずだ。

 いくらオレが異能力を隠そうとしても遅かれ早かれバレるときが来る。
 それならば、ここで全力を出しても問題は無い、か。

「審判を買っては出たが、生憎俺も時間が無くてな。とっとと始めるぞ」

「勝手に来ておいて仕切ってんじゃねぇーよ」

 口ではそう言いつつも土浦が戦闘態勢に入った。
 オレも迎え撃つ構えを取る。


「下剋上システム、バトルスタート」


大地の怒り(アース・クラック)

 開始早々、土浦は地面を勢いよく踏みつけ、最大技を放ってきた。
 雨で水を含んだ地面が至る方向に裂け、死の闇が顔を覗かせる。

 さすがのオレでも足場が無ければ戦いようがない。
 それなら足場を作ればいいだけの話。

凍てつく花弁(フリーズンペタル)

 地面に咲いた複数の氷の花びらから強烈な冷気が噴き出し、亀裂と亀裂との間に氷の橋が架かる。
 崩れ行く足場からなんとか跳躍し、氷の橋に飛び乗る。
 そして、土浦の出方を窺う。

「俺を見下してんじゃねー! 土柱の螺旋(アース・スパイラル)

 先端が鋭く尖った巨大な土柱が素早く螺旋回転を描きながら飛んできた。
 どうやらこの氷の橋ごと破壊する気のようだ。

 圧倒的力の差でねじ伏せると決めた以上、オレに回避の選択肢はない。

光輝な大盾(ブリリアント・シルド)

 土浦が繰り出した土柱にも負けない、大きな光の盾を形成し、攻撃を防ぐ。
 土柱とぶつかった瞬間、光の破片が左右に飛び散ったが、盾が砕ける気配はない。

「おい、ちょっと待て。おかしいだろ」

 ようやく土浦も異変に気が付いたみたいだ。
 2種類の異能力を見せられて気がつかないほど馬鹿ではなかったらしい。

「今のは準々決勝の女2人が使っていた技じゃねーか。なんで神楽坂(おまえ)が使えるんだよ」

「人に聞く前に自分の少ない脳みそで考えるんだな」

 オレは橋の下にいる土浦にそう言い放ち、足を進める。
 対戦相手に訊いている時点で土浦という人間のレベルが知れている。

「誰の脳みそが少ないだと。1年の餓鬼(がき)が舐めやがって」

 人は頭に血が(のぼ)ると攻撃が単調になるというデータがある。
 戦闘中に冷静さを欠いてしまっては、その途端勝ち筋も見えなくなるのだ。

土槍(つちやり)ッ!」

 橋から下りたオレの元へ走りながら武器名を叫ぶ土浦。
 勢いそのまま土から形成した槍を体の中心目掛けて突いてくる。

緋鉄(ひてつ)

 オレは盾で攻撃を防いだ後に作っておいた千炎寺の武器・緋鉄を振るう。

「くそがっ」

 凄まじい切れ味。
 高級な包丁でトマトをスライスするかのように土槍を2つに切断した。
 槍を折られた土浦は、距離を取るために土を巻き上げた。最後の足掻きといったところか。

 しかし、オレには通用しない。

突風の息吹(ガストブレス)

 千代田の異能力である風による攻撃技。
 本来は人を吹き飛ばすほど威力の高い攻撃技なのだが、今回は視界をクリアにするためだけに使用した。

「な、なんだよ、なんなんだよお前」

 戦意を削がれた土浦が口を震わせる。
 それでも目が死んでいないのは、序列24位という高い位置に居続けた経験からなのだろう。

「なんだそのゴミを見るような目は、来るな、来るんじゃねー! ああああああああああああああああああああああ!!!!」

 獣のような咆哮を上げ、バスケットボール大の土の塊を次々と放つ。
 大声を出すことで己の恐怖心を打ち消す作戦のようだ。

「避ける価値も無い」

 オレは避ける素振りも反撃する素振りも見せずに正面から土の塊を食らった。

「へ、へへ、どうだ! 調子に乗った態度ばっか取ってっからこうなんだよ。神楽坂、今日からお前は俺の奴隷にしてやる」

「残念だが、オレは人の下につく趣味など持っていない」

 自身の体を身体強化させ、迫り来る土の塊の間を縫うように走る。余裕ぶっている土浦の胸ぐらを掴むと、雨でぐちょぐちょに濡れた地面に叩きつけた。

「ウガッ、あれを食らって無傷だと……」

 無傷だった訳では無い。
 攻撃を受けた刹那、浅香の異能力・治癒で体を回復させたのだ。

 無傷だったように見せることで、精神的にダメージを与える。
 序列上位者ならやっていそうなものだが。

「これは千代田が受けた痛みだ」

 こういう相手には頭でわからせるよりも痛みでわからせた方が早い。
 オレは右の拳を握り締めると、躊躇なく土浦の顔面に振り抜いた。

「いてぇ、いてぇなクソ」

 続けざまに左から拳を振り抜く。

「ッ!」

 身体強化させた拳だ。
 これ以上攻撃を繰り返したら土浦の意識が飛んでしまう。

 オレは再び土浦の胸ぐらを掴んで自分の顔に引き寄せた。

「なんだよ、なんなんだよ」

 恐怖で震える土浦の瞳。
 その瞳に金色に変化したオレの双眸がしっかりと映っていた。

「いいか、2度とオレの仲間に手を出すな。もし、今後オレの仲間に危害を加えた場合、今回とは比べものにならない苦痛を味合わせてやる。わかったな?」

「降参だ」

 絞り出したような小さな声で土浦が敗北を認めた。

「バトル終了。勝者、神楽坂春斗(かぐらざかはると)

―2—

「神楽坂くん、助けて頂きありがとうございました」

「ああ、それより服は大丈夫そうか? デカくないか?」

「は、はい。ちょっと大きいですけど大丈夫です。それに、なんだか神楽坂くんの良い匂いもしますし……」

 後半はよく聞き取れなかったが、千代田の服が服としての機能を果たさなくなってしまったので、急遽オレが着ていた服を千代田に貸すことになった。
 着ている本人が大丈夫だと言っているのだから問題ないとみてよさそうだ。

 土浦とのバトル終了後、オレは浅香(あさか)の治癒の異能力を使って千代田(ちよだ)の傷を回復させた。
 衣服や眼鏡のヒビまでは治せなかったが、目につく傷は全て治したはずだ。

 準々決勝の試合開始まで残り17秒。
 身体強化させたオレが全力で走ればギリギリ間に合わないことも無いが、浅香の異能力を使用した反動で睡魔に襲われている。

 ちょっとでも気を抜くと夢の世界に意識が持っていかれそうだ。

「会長」

「どうした?」

 公園を去ろうとしていた馬場を呼び止める。

「会長は準々決勝の実況をされると聞いたんですが」

「ああ、だからもう行くつもりだ。生徒会長が皆を待たせる訳にはいかないからな」

「実は、ここにいる千代田が第1試合の出場者なんです」

「ほう」

「無理を承知でお願いします。千代田をドームまで連れて行ってくれませんか?」

「なるほど。このまま俺だけ間に合ったとしても出場者がいないのでは試合は行われないな。それに今回は上級生による妨害行為が原因。わかった。いいだろう。俺が責任を持ってドームまで送り届けよう」

「ありがとうございます」

 馬場が「礼には及ばない」と言い、土浦に視線を向けた。

「土浦、昨年に続き問題行動を引き起こしたとなればさすがに見過ごすわけにはいかない。大会後にペナルティーを課すから覚悟しておけ」

「……」

 土浦は何も言わなかった。

「さあ、行くか。飛ばすから振り落とされないように俺に掴まってくれ」

「は、はい」

 魔剣を構えた馬場の背中に千代田がしがみつく。

「神楽坂、大会が終わったら君とも是非話がしたい」

「わかりました。会長の都合の良いときにでも」

 馬場が頷くと、次の瞬間その場から姿が消えていた。

―3—

「神楽坂、それだけの実力がありながらなんで表舞台に上がってこなかったんだ?」

 馬場と千代田がドームに向かった直後、仰向けに倒れていた土浦が話し掛けてきた。

「オレにはオレのやり方がある。それと、人前に出るのはあまり得意じゃない」

「ふっ、なんだそりゃ」

 まだ顔が痛むのか力なく笑う。

「お前の能力、初めは複数の異能力持ちの多重能力者かと思ったが、あの再現度と数だ。コピー能力ってところか?」

「ああ、オレは他人の異能力をコピーすることができる」

 自分で言うのもなんだが、コピー能力というのは数ある異能力の中でも最強クラスの異能力だと思う。

 しかし、この異能力にはオレしか知らない致命的な欠点がある。
 それによって、オレはこの1カ月間もの間、行動に大きな制限がかけられていた。

 総当たり戦やソロ序列戦でひたすら負け続けていたのもこの欠点が大きく関係している。

 その欠点というのが、オレ自身の体で受けた異能力しかコピーできないということだ。

 総当たり戦で対戦した氷堂(ひょうどう)千炎寺(せんえんじ)
 特訓を一緒にしていた明智(あけち)千代田(ちよだ)
 総当たり戦の後に傷の手当てをしてくれた浅香(あさか)
 ソロ序列戦で戦った暗空(あんくう)
 そして、ついさっき下剋上システムによるバトルで土浦(つちうら)の異能力もコピーすることができた。

 条件を満たして獲得した異能力は、まるで自分が生まれてきたときから備わっていたかのように自然に操ることができる。

 異能力育成学院の序列24位を相手にしてあれだけの力の差があった。
 今使える異能力を最大限駆使すれば序列上位に入ることも夢じゃないだろう。

 だが、もっと上、序列1桁まで上がるためにはまだストックが足りない。

 それこそ序列5位以内で構成されている生徒会を相手にしたらどうなるかわからない。

 オレの目的は学院が隠している妹の情報を引き出すことだ。
 確実性が無いのに挑戦して「ダメだった」では済まされない。

 だから、なるべく目立たないように曖昧なポジションを取ってきた。
 特待生と互角に戦うこともあるけれど、勝率を見れば勝ち星ゼロ。
 ソロ序列戦も初戦敗退。

 1学年の間では、有象無象の中の1人に過ぎない。
 そのはずだった。

「序列24位の俺に勝ったんだ。神楽坂、この大会が終わったら死ぬほど忙しくなるぞ。それこそ、俺に負けておいた方がよかったと思えるほどにな」

「それはない。自分で決めた選択肢に対する結果なら全力で受け止めるだけだ」

「そうか」

 激しく降りしきる雨が、今後オレの身に降りかかる未来を予兆しているかのようだった。