—1—
「ねぇ紅翼剣、あなたは戦いたい?」
自室の壁にひっそりと寄りかかる私のパートナーに向かって優しく問いかける。
ちょっとクールな彼は刀身を紅に淡く輝かせた。
「そう」
どうやら戦いたくてうずうずしているようだ。
そういえばこの学院に来てからは、貸し出し用の刀や剣ばかりを使っていたから今日がこの子にとってのデビュー戦になるのか。
戦うために生まれてきたこの子にとっては少し退屈だったかもしれない。
「魔剣」
この世界には魔剣と呼ばれる特別な力を持った剣が7振り存在している。
魔剣それぞれに属性が付与されていると言われていて、その属性は火、水、木、光、闇、雷、毒の7種類。
魔剣が7振り揃ったところを誰も見たことが無いから確かな情報かはわからないけれど。
その中でも紅翼剣は、火の魔剣にあたる。
ちなみに生徒会長の馬場裕二が使っていた魔剣・蒼蛇剣は水の魔剣だ。
一般的に自分が使う武器は自分で決めるというのが普通だろう。
しかし、魔剣にはそれが当てはまらない。
人間が魔剣を選ぶのではなく、魔剣が自分に相応しい人間かどうかを選ぶのだ。
選ばれなかった人間が魔剣に触れようとすると、激しい拒絶反応が起きてしまうとかなんとか。
また、魔剣を使いこなせるようになればあらゆる異能力者をも凌駕できると言われている。魔剣にはそれだけの力が秘められているのだ。
だが、その一方で力を与えてくれる代償として使用者に対して激しい副作用をもたらす。
強烈な副作用によって使用者が命を落としたという例も珍しくない。
私も何度か命を落としかけている。
最後に、魔剣は魔剣を引き寄せる。
それ故に魔剣を所持している人間同士は巡り巡って必ず出会うようになっている。どれだけの時間がかかっても必ず、だ。
出会ってしまったら最後。決着がつくまで戦わなくてはならない。
その勝負で万が一負けてしまった場合、魔剣に見放されてしまう可能性がある。
魔剣を手にするということは、悪魔と契約を交わすということに似ているのかもしれない。
それでも私にはどうしても悪魔の力を借りなければならない理由がある。
―2—
『さてさて、準々決勝第2試合! 千炎寺正隆選手の登場です! ステージ中央では火野いのり選手が待ち構えます!』
第1試合から引き続き、滝壺水蓮のハイテンションな実況を聞きながら、対戦相手である千炎寺くんの到着を待つ。
彼が手にしているのは、神楽坂くんとの総当たり戦で見せた刀だろう。名前は確か緋鉄だったかな。
『千炎寺の異能力は物体生成だったな。異能力で作りだした刀、緋鉄は相手の刀さえも打ち砕くと聞いた。それに対して火野が持っている武器は剣だな。これは千炎寺の方がやや有利かもしれない。でも、なんだあれは?』
実況の橋場哲也が目を細める。
『橋場さん、どうかしましたか?』
『いいや、火野が持っている剣から禍々しいオーラのようなものを感じたんだが、どうやら気のせいだったようだ』
異能力者育成学院ドームスペードに備えられている観戦用特大モニターに私の剣、紅翼剣がアップで映し出された。
『剣の両端に赤色のラインが入っていますね。私もあんな模様の剣は初めて見ます。おっと試合が始まるようです!』
審判の鞘師先生が私と千炎寺くんに視線を配る。
「ソロ序列戦準々決勝第2試合、バトルスタート!」
決戦が始まり、会場中が息を呑んでいるのがわかった。
そして、それはやがて騒めきへと変わる。
「まさか、これだけの実力者がまだ隠れていたとはな。化け物レベルだ」
「向かい合っただけでそれがわかる千炎寺くんもどうかと思うけど」
お互い正面に剣と刀を構えたまま動かない。
「どんな相手にでも立ち向かうのが俺の道だ」
千炎寺くんが一足飛びで踏み込んでくる。
「いくよ紅翼剣」
小さくそう呟く。
すると、紅翼剣に刻まれている2本の赤色のラインが輝いた。
脇腹目掛けて斬り込んできた千炎寺くんの刀を紅翼剣で受け止める。
次の瞬間、相手の刀をも打ち砕くと言われていた緋鉄が真っ二つに折れた。
『な、なんていうことでしょう! 千炎寺選手の刀がいとも簡単に折れてしまいました!!』
刀を折られた千炎寺くんの表情が驚愕の色に染まる。
今まで幾度となく戦闘を繰り返してきた千炎寺くんでも緋鉄を折られたのは初めてのことだったのかもしれない。
だが、さすがは特待生。
すぐさま異能力、物体生成で再び緋色の刀、緋鉄を作り出した。
正面に刀を構えて私の出方を窺っている。どことなく目つきも鋭くなっている。
今度は私が攻める番だ。
ぐっと地面を踏み込み、千炎寺くんの正面に入り込む。
フェイントをいくつか混ぜて緩急をつけた後、鋭く剣を振り上げる。
「くそっ」
「逃がさない」
後ろに飛ぶことでなんとか攻撃を掻い潜った千炎寺くんに追撃を仕掛ける。
これには千炎寺くんも刀で受けるしかない。
再び剣と刀がぶつかる。
『またもや千炎寺選手の刀が折れてしまいました! 橋場さん、これは一体どういうことでしょう?』
『まさかとは思うが、火野が使っている剣は馬場会長と同じ魔剣の一振り、紅翼剣かもしれない』
『魔剣ですか!? これは驚きました! つまりは火野選手はここまで魔剣無しで勝ち上がってきたということになります!』
『相手が特待生の千炎寺ということもあって魔剣を使用することを選んだんだろう。自慢の武器が使えないとなると、千炎寺はかなり厳しい戦いになるだろう』
実況の2人から魔剣という単語が飛び交い、会場が一層盛り上がりを見せる。
魔剣・紅翼剣は、あらゆる物体を焼き斬るという特殊能力がある。
つまり、千炎寺くんがいくら硬くて鋭い刀を作り出そうと、紅翼剣の前では意味が無いのだ。
「やられたな」
千炎寺が溜息交じりに赤髪を掻いた。
「降参する?」
「いや、しないさ。まだ決着がついていないのに諦めるなんて真似は格好悪いだろ。やるなら全部出し切ってからだ」
絶望的な状況に追い込まれたというのに千炎寺くんの目には諦めの色が無い。
まだ何か隠しているというのか。
「緋鉄!」
「何かと思えば、いい加減それはもう見飽きた」
律儀に刀を生成するまで待ってやる必要は無い。
距離を詰めて一気に叩き斬る。
「かかったな」
「えッ?」
千炎寺くんは刀を生成する構えを解き、真っ直ぐ突っ込んできた私に向かって左腕を向けた。
プスプスと音を立てて千炎寺くんの左腕が燃え上がる。
背筋に悪寒が走る。まずい。この距離ではかわせない。
「掌炎の業火道」
千炎寺くんの瞳が赤に輝いた刹那、私の視界は炎に包まれた。
彼の左腕から吹き出す膨大な量の炎。
服や髪、肌が焼けていく。
「ぐっ、息が……」
炎の中では呼吸もままならない。
でも、魔剣を手にしたあの日からこれ以上の苦痛を何度も味わってきた。
これくらいじゃ私は倒れない。
「ふんッ!」
向かってくる炎を紅翼剣で斬り裂く。
「炎も斬り裂くのか」
三度緋鉄を手にした千炎寺くんが深い溜息をついた。私が炎に閉じ込められている間に生成したのだろう。
「どういうこと?」
千炎寺くんの異能力は物体生成のはず。
これでは左腕から発現した炎の説明がつかない。
「俺、実は特殊体質ってやつらしくてな。異能力が2つ使えるんだ。巷では多重能力者って呼ばれてたりするらしいな」
『多重能力者とは、数十万人に一人、数百万人に一人という極めて稀なケースとして近年報告されている事例だな』
『そういえば、一時期ニュースでも取り上げられていましたね! テレビなどでは、都市伝説的な形になっていましたが、ここにいる会場の全員が目撃した以上、真実だったと言わざるを得ません!』
滝壺が興奮気味に捲し立てる。
「多重能力者か」
世界は広い。
私の知らないことが、想像できないことが次々と起こる。
千炎寺くんの話を信じるとすると、千炎寺くんは物体を生成する異能力と体から炎を生み出す異能力の2つを持っているということになる。
「でも、紅翼剣には関係無い」
刀も炎も斬り裂くこの魔剣の前では全てが無に等しい。
「そうと決めつけるには少し早いんじゃないか?」
千炎寺くんが意味深なセリフを吐き、両手で緋鉄の柄を掴むと、緋鉄の刀身がメラメラと燃え上がった。千炎寺くんの両腕からももの凄い量の炎が噴き出している。
やがて、炎が収まると緋鉄の刀身に炎の模様のようなものが刻まれた。
「緋炎、この刀の名前だ」
「……どうしたの紅翼剣?」
緋炎を前にして紅翼剣が震えている。
まさかとは思うけど、魔剣と互角に渡り合えるなんてことは無いよね。
「手数で押し切る!」
ここにきて千炎寺くんのギアが一段階上がった。
一太刀一太刀が正確で、何よりも素早い。空振りこそ多いものの言葉通り手数で押し切る作戦のようだ。
「ッ!?」
そして、何より厄介なのが紅翼剣と刀を合わせても焼き斬ることができなくなったということだ。
刀が炎で纏われているからなのかはわからないが、こんな経験は私も初めてだ。
でも、攻撃自体は防ぎきれる。いずれ絶対に隙は生まれる。その瞬間を一撃で仕留めてみせる。
「円炎斬!」
距離を取った千炎寺くんが大きく一回転して炎の斬撃を飛ばしてきた。
私は向かえ討つ態勢を取り、炎の斬撃の中心を紅翼剣で叩き斬る。
攻撃の威力こそ大きいが防ぎきれないほどじゃない。
が、しかし、私もそろそろ限界が近いみたいだ。
頬を汗が伝る。熱い。熱すぎる。
紅翼剣の副作用。
それは、魔剣を使用している間、己の体を燃やし続けるというものだ。
戦闘が長引けば長引くほどその症状は悪化していく。
皮膚の火傷から始まり、最終的には体の内側にある臓器まで焼き切ってしまう。そうなってしまえば最悪死が待っている。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
「大丈夫。この痛みには慣れてるから」
「全然そういう風には見えないけど――」
一気に決めるしかない。
残りの力を振り絞り、今日1番の速さで千炎寺くんの前に飛び出す。
「炎残刃隠れ斬りッ!」
緋炎から炎が上がり、その切っ先が私の顔に迫る。
頭で考えるよりも早く体が動いていた。いや、紅翼剣が助けてくれたのかもしれない。
『両者共になんという反応速度でしょう! 火野選手の突撃に合わせて千炎寺選手がカウンターを仕掛けるも攻撃は通りません!』
「炎残刃隠れ斬りは連鎖する」
「!?」
次の瞬間、何も無いはずの空間から無数の炎の斬撃が飛んできた。
「これは、さっき空振りをした場所からか」
咄嗟に体を翻し、全方向から飛んでくる炎の斬撃を高速で焼き斬る。剣を振るう度に体が焼けるように熱くなる。
それに合わせて紅翼剣の輝きもより一層増していく。
あつい、熱い。
全身から吹き出す汗がそのまま蒸気に変わる。
「ふぅ、ふぅー、んッ、かはっ」
攻撃を防ぐことに全神経を集中していたため呼吸をすることも忘れていた。
『火野選手は立っていることでやっとといった様子。一方の千炎寺選手は次の攻撃を仕掛けるべく距離を取ります!』
『おそらく次の一撃で決着がつくぞ』
余力はもうない。千炎寺くんの攻撃を防ぐために魔剣を使い過ぎた。
それでも、私には負けられない理由がある。
『なんだあの光は!』
『火野選手の魔剣が赤く輝き、その光が天に向かって伸びています!』
剣に意思があるのかはわからない。
けれど、確かに剣を通して紅翼剣の想いのようなものが伝わってきた。
「そうだよね紅翼剣。あなたもやられっぱなしじゃ悔しいよね」
「これで最後だ! 炎焔十字架剣ッ!!」
千炎寺くんが炎に包まれた緋炎を遥か上空へ投げる。
上空に投げ出された緋炎がみるみる巨大化し、その先端が私に狙いを定めた。
「行けッ!」
今大会最大級の一撃。
会場の気温が一気に上昇し、試合開始直後同様、静寂に包まれた。
「万物を焼き払う不死鳥よ。今封印から目を覚ませ! 永遠の炎を纏う不死鳥!」
魔剣に封印されていた赤き不死鳥が翼を広げ、巨大化した緋炎へと飛び立つ。
サイズはフェニックスの方がやや大きいくらい。
燃え上がる翼に鋭いくちばし、魅力的な長い尾羽。
伝説上の生き物が今まさにこの世に顕現した。
「お願いフェニックス」
私の言葉に応えるようにフェニックスが翼を羽ばたかせる。
「くっ」
フェニックスの赤い炎が緋炎を飲み込み、千炎寺くんが声を漏らした。
そして、フェニックスの次なる標的が千炎寺くんに向く。
「俺の負けだ」
「バトル終了! 勝者、火野いのり!」
試合を見守っていた生徒から歓声が上がる。
「勝った。あれっ?」
体の力が抜け、私はその場に崩れ落ちた。
「いのりん!!」
遠くからちゆの声が近づいてくる。いつもちゆには心配を掛けてばっかりだな。
後でお礼を言わないと。
「大丈夫か?」
千炎寺くんが倒れた私に手を貸してくれた。
「うん、全部出し切っただけ」
「ふっ、これじゃあどっちが勝ったかわからないな」
千炎寺くんがそう呟くと、駆け付けたちゆと入れ替わった。
かなりギリギリだったけど、これで準々決勝突破だ。
「ねぇ紅翼剣、あなたは戦いたい?」
自室の壁にひっそりと寄りかかる私のパートナーに向かって優しく問いかける。
ちょっとクールな彼は刀身を紅に淡く輝かせた。
「そう」
どうやら戦いたくてうずうずしているようだ。
そういえばこの学院に来てからは、貸し出し用の刀や剣ばかりを使っていたから今日がこの子にとってのデビュー戦になるのか。
戦うために生まれてきたこの子にとっては少し退屈だったかもしれない。
「魔剣」
この世界には魔剣と呼ばれる特別な力を持った剣が7振り存在している。
魔剣それぞれに属性が付与されていると言われていて、その属性は火、水、木、光、闇、雷、毒の7種類。
魔剣が7振り揃ったところを誰も見たことが無いから確かな情報かはわからないけれど。
その中でも紅翼剣は、火の魔剣にあたる。
ちなみに生徒会長の馬場裕二が使っていた魔剣・蒼蛇剣は水の魔剣だ。
一般的に自分が使う武器は自分で決めるというのが普通だろう。
しかし、魔剣にはそれが当てはまらない。
人間が魔剣を選ぶのではなく、魔剣が自分に相応しい人間かどうかを選ぶのだ。
選ばれなかった人間が魔剣に触れようとすると、激しい拒絶反応が起きてしまうとかなんとか。
また、魔剣を使いこなせるようになればあらゆる異能力者をも凌駕できると言われている。魔剣にはそれだけの力が秘められているのだ。
だが、その一方で力を与えてくれる代償として使用者に対して激しい副作用をもたらす。
強烈な副作用によって使用者が命を落としたという例も珍しくない。
私も何度か命を落としかけている。
最後に、魔剣は魔剣を引き寄せる。
それ故に魔剣を所持している人間同士は巡り巡って必ず出会うようになっている。どれだけの時間がかかっても必ず、だ。
出会ってしまったら最後。決着がつくまで戦わなくてはならない。
その勝負で万が一負けてしまった場合、魔剣に見放されてしまう可能性がある。
魔剣を手にするということは、悪魔と契約を交わすということに似ているのかもしれない。
それでも私にはどうしても悪魔の力を借りなければならない理由がある。
―2—
『さてさて、準々決勝第2試合! 千炎寺正隆選手の登場です! ステージ中央では火野いのり選手が待ち構えます!』
第1試合から引き続き、滝壺水蓮のハイテンションな実況を聞きながら、対戦相手である千炎寺くんの到着を待つ。
彼が手にしているのは、神楽坂くんとの総当たり戦で見せた刀だろう。名前は確か緋鉄だったかな。
『千炎寺の異能力は物体生成だったな。異能力で作りだした刀、緋鉄は相手の刀さえも打ち砕くと聞いた。それに対して火野が持っている武器は剣だな。これは千炎寺の方がやや有利かもしれない。でも、なんだあれは?』
実況の橋場哲也が目を細める。
『橋場さん、どうかしましたか?』
『いいや、火野が持っている剣から禍々しいオーラのようなものを感じたんだが、どうやら気のせいだったようだ』
異能力者育成学院ドームスペードに備えられている観戦用特大モニターに私の剣、紅翼剣がアップで映し出された。
『剣の両端に赤色のラインが入っていますね。私もあんな模様の剣は初めて見ます。おっと試合が始まるようです!』
審判の鞘師先生が私と千炎寺くんに視線を配る。
「ソロ序列戦準々決勝第2試合、バトルスタート!」
決戦が始まり、会場中が息を呑んでいるのがわかった。
そして、それはやがて騒めきへと変わる。
「まさか、これだけの実力者がまだ隠れていたとはな。化け物レベルだ」
「向かい合っただけでそれがわかる千炎寺くんもどうかと思うけど」
お互い正面に剣と刀を構えたまま動かない。
「どんな相手にでも立ち向かうのが俺の道だ」
千炎寺くんが一足飛びで踏み込んでくる。
「いくよ紅翼剣」
小さくそう呟く。
すると、紅翼剣に刻まれている2本の赤色のラインが輝いた。
脇腹目掛けて斬り込んできた千炎寺くんの刀を紅翼剣で受け止める。
次の瞬間、相手の刀をも打ち砕くと言われていた緋鉄が真っ二つに折れた。
『な、なんていうことでしょう! 千炎寺選手の刀がいとも簡単に折れてしまいました!!』
刀を折られた千炎寺くんの表情が驚愕の色に染まる。
今まで幾度となく戦闘を繰り返してきた千炎寺くんでも緋鉄を折られたのは初めてのことだったのかもしれない。
だが、さすがは特待生。
すぐさま異能力、物体生成で再び緋色の刀、緋鉄を作り出した。
正面に刀を構えて私の出方を窺っている。どことなく目つきも鋭くなっている。
今度は私が攻める番だ。
ぐっと地面を踏み込み、千炎寺くんの正面に入り込む。
フェイントをいくつか混ぜて緩急をつけた後、鋭く剣を振り上げる。
「くそっ」
「逃がさない」
後ろに飛ぶことでなんとか攻撃を掻い潜った千炎寺くんに追撃を仕掛ける。
これには千炎寺くんも刀で受けるしかない。
再び剣と刀がぶつかる。
『またもや千炎寺選手の刀が折れてしまいました! 橋場さん、これは一体どういうことでしょう?』
『まさかとは思うが、火野が使っている剣は馬場会長と同じ魔剣の一振り、紅翼剣かもしれない』
『魔剣ですか!? これは驚きました! つまりは火野選手はここまで魔剣無しで勝ち上がってきたということになります!』
『相手が特待生の千炎寺ということもあって魔剣を使用することを選んだんだろう。自慢の武器が使えないとなると、千炎寺はかなり厳しい戦いになるだろう』
実況の2人から魔剣という単語が飛び交い、会場が一層盛り上がりを見せる。
魔剣・紅翼剣は、あらゆる物体を焼き斬るという特殊能力がある。
つまり、千炎寺くんがいくら硬くて鋭い刀を作り出そうと、紅翼剣の前では意味が無いのだ。
「やられたな」
千炎寺が溜息交じりに赤髪を掻いた。
「降参する?」
「いや、しないさ。まだ決着がついていないのに諦めるなんて真似は格好悪いだろ。やるなら全部出し切ってからだ」
絶望的な状況に追い込まれたというのに千炎寺くんの目には諦めの色が無い。
まだ何か隠しているというのか。
「緋鉄!」
「何かと思えば、いい加減それはもう見飽きた」
律儀に刀を生成するまで待ってやる必要は無い。
距離を詰めて一気に叩き斬る。
「かかったな」
「えッ?」
千炎寺くんは刀を生成する構えを解き、真っ直ぐ突っ込んできた私に向かって左腕を向けた。
プスプスと音を立てて千炎寺くんの左腕が燃え上がる。
背筋に悪寒が走る。まずい。この距離ではかわせない。
「掌炎の業火道」
千炎寺くんの瞳が赤に輝いた刹那、私の視界は炎に包まれた。
彼の左腕から吹き出す膨大な量の炎。
服や髪、肌が焼けていく。
「ぐっ、息が……」
炎の中では呼吸もままならない。
でも、魔剣を手にしたあの日からこれ以上の苦痛を何度も味わってきた。
これくらいじゃ私は倒れない。
「ふんッ!」
向かってくる炎を紅翼剣で斬り裂く。
「炎も斬り裂くのか」
三度緋鉄を手にした千炎寺くんが深い溜息をついた。私が炎に閉じ込められている間に生成したのだろう。
「どういうこと?」
千炎寺くんの異能力は物体生成のはず。
これでは左腕から発現した炎の説明がつかない。
「俺、実は特殊体質ってやつらしくてな。異能力が2つ使えるんだ。巷では多重能力者って呼ばれてたりするらしいな」
『多重能力者とは、数十万人に一人、数百万人に一人という極めて稀なケースとして近年報告されている事例だな』
『そういえば、一時期ニュースでも取り上げられていましたね! テレビなどでは、都市伝説的な形になっていましたが、ここにいる会場の全員が目撃した以上、真実だったと言わざるを得ません!』
滝壺が興奮気味に捲し立てる。
「多重能力者か」
世界は広い。
私の知らないことが、想像できないことが次々と起こる。
千炎寺くんの話を信じるとすると、千炎寺くんは物体を生成する異能力と体から炎を生み出す異能力の2つを持っているということになる。
「でも、紅翼剣には関係無い」
刀も炎も斬り裂くこの魔剣の前では全てが無に等しい。
「そうと決めつけるには少し早いんじゃないか?」
千炎寺くんが意味深なセリフを吐き、両手で緋鉄の柄を掴むと、緋鉄の刀身がメラメラと燃え上がった。千炎寺くんの両腕からももの凄い量の炎が噴き出している。
やがて、炎が収まると緋鉄の刀身に炎の模様のようなものが刻まれた。
「緋炎、この刀の名前だ」
「……どうしたの紅翼剣?」
緋炎を前にして紅翼剣が震えている。
まさかとは思うけど、魔剣と互角に渡り合えるなんてことは無いよね。
「手数で押し切る!」
ここにきて千炎寺くんのギアが一段階上がった。
一太刀一太刀が正確で、何よりも素早い。空振りこそ多いものの言葉通り手数で押し切る作戦のようだ。
「ッ!?」
そして、何より厄介なのが紅翼剣と刀を合わせても焼き斬ることができなくなったということだ。
刀が炎で纏われているからなのかはわからないが、こんな経験は私も初めてだ。
でも、攻撃自体は防ぎきれる。いずれ絶対に隙は生まれる。その瞬間を一撃で仕留めてみせる。
「円炎斬!」
距離を取った千炎寺くんが大きく一回転して炎の斬撃を飛ばしてきた。
私は向かえ討つ態勢を取り、炎の斬撃の中心を紅翼剣で叩き斬る。
攻撃の威力こそ大きいが防ぎきれないほどじゃない。
が、しかし、私もそろそろ限界が近いみたいだ。
頬を汗が伝る。熱い。熱すぎる。
紅翼剣の副作用。
それは、魔剣を使用している間、己の体を燃やし続けるというものだ。
戦闘が長引けば長引くほどその症状は悪化していく。
皮膚の火傷から始まり、最終的には体の内側にある臓器まで焼き切ってしまう。そうなってしまえば最悪死が待っている。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
「大丈夫。この痛みには慣れてるから」
「全然そういう風には見えないけど――」
一気に決めるしかない。
残りの力を振り絞り、今日1番の速さで千炎寺くんの前に飛び出す。
「炎残刃隠れ斬りッ!」
緋炎から炎が上がり、その切っ先が私の顔に迫る。
頭で考えるよりも早く体が動いていた。いや、紅翼剣が助けてくれたのかもしれない。
『両者共になんという反応速度でしょう! 火野選手の突撃に合わせて千炎寺選手がカウンターを仕掛けるも攻撃は通りません!』
「炎残刃隠れ斬りは連鎖する」
「!?」
次の瞬間、何も無いはずの空間から無数の炎の斬撃が飛んできた。
「これは、さっき空振りをした場所からか」
咄嗟に体を翻し、全方向から飛んでくる炎の斬撃を高速で焼き斬る。剣を振るう度に体が焼けるように熱くなる。
それに合わせて紅翼剣の輝きもより一層増していく。
あつい、熱い。
全身から吹き出す汗がそのまま蒸気に変わる。
「ふぅ、ふぅー、んッ、かはっ」
攻撃を防ぐことに全神経を集中していたため呼吸をすることも忘れていた。
『火野選手は立っていることでやっとといった様子。一方の千炎寺選手は次の攻撃を仕掛けるべく距離を取ります!』
『おそらく次の一撃で決着がつくぞ』
余力はもうない。千炎寺くんの攻撃を防ぐために魔剣を使い過ぎた。
それでも、私には負けられない理由がある。
『なんだあの光は!』
『火野選手の魔剣が赤く輝き、その光が天に向かって伸びています!』
剣に意思があるのかはわからない。
けれど、確かに剣を通して紅翼剣の想いのようなものが伝わってきた。
「そうだよね紅翼剣。あなたもやられっぱなしじゃ悔しいよね」
「これで最後だ! 炎焔十字架剣ッ!!」
千炎寺くんが炎に包まれた緋炎を遥か上空へ投げる。
上空に投げ出された緋炎がみるみる巨大化し、その先端が私に狙いを定めた。
「行けッ!」
今大会最大級の一撃。
会場の気温が一気に上昇し、試合開始直後同様、静寂に包まれた。
「万物を焼き払う不死鳥よ。今封印から目を覚ませ! 永遠の炎を纏う不死鳥!」
魔剣に封印されていた赤き不死鳥が翼を広げ、巨大化した緋炎へと飛び立つ。
サイズはフェニックスの方がやや大きいくらい。
燃え上がる翼に鋭いくちばし、魅力的な長い尾羽。
伝説上の生き物が今まさにこの世に顕現した。
「お願いフェニックス」
私の言葉に応えるようにフェニックスが翼を羽ばたかせる。
「くっ」
フェニックスの赤い炎が緋炎を飲み込み、千炎寺くんが声を漏らした。
そして、フェニックスの次なる標的が千炎寺くんに向く。
「俺の負けだ」
「バトル終了! 勝者、火野いのり!」
試合を見守っていた生徒から歓声が上がる。
「勝った。あれっ?」
体の力が抜け、私はその場に崩れ落ちた。
「いのりん!!」
遠くからちゆの声が近づいてくる。いつもちゆには心配を掛けてばっかりだな。
後でお礼を言わないと。
「大丈夫か?」
千炎寺くんが倒れた私に手を貸してくれた。
「うん、全部出し切っただけ」
「ふっ、これじゃあどっちが勝ったかわからないな」
千炎寺くんがそう呟くと、駆け付けたちゆと入れ替わった。
かなりギリギリだったけど、これで準々決勝突破だ。



