―1—
5月2日。準々決勝1日目。
試合直前、私はこれまでと同じように観客席に足を運んでいた。
「あっ! 明智さん、次の試合も頑張ってね!」
「うん、みんな応援よろしくねっ!」
準々決勝を観戦するためにわざわざ集まってくれた私の可愛いファンたちに今日も偽物の笑顔を向ける。
もう疲れた。
皆に良い顔をするのも、誰彼構わず愛想を振り撒くのも。
勉強ができて、人当たりが良くて、学年問わず全員から慕われる。
私が想像する完璧な人間を演じ続けて1カ月が経とうとしていた。
初めの頃は、朝起きて鏡で自分の顔を見る度に吐き気を催していた。
だけど、それも月日が流れれば慣れていった。人間って何に対しても耐性、みたいなものがつくみたい。
本物の自分を捨てて、偽物を演じ続ける私の人生。
もう本物の自分が何なのかすらわからなくなってしまった。
いつもニコニコしていて誰からも好かれそう。
「あなたは誰?」
いつだか、鏡に映った私がそう呟いていた。
気を抜いちゃダメだ。
これも全ては私の目的のため。目的を果たすその日まで、私は偽物を演じ続けなければならない。
そうだ。
私は復讐のためにこの学院に来たのだから。
―2―
『準々決勝1日目、第1試合。先に姿を現したのは明智ひかり選手です! 明智選手はこれまでの試合、光を操る異能力で対戦相手を圧倒してきました』
『準々決勝は各ブロックの決勝戦でもある。つまり、今回はAブロックの優勝者が決まるということだな』
異能力者育成学院ドームスペードに実況の滝壺水蓮と橋場哲也の声が流れる中、私は静かにステージの中央に向かって歩く。
『おっ、そして、氷堂真冬選手も姿を現しました! 氷堂選手は特待生ということもあり、事前に行われた勝利予想でも大きくリードしていました』
『氷を操る異能力だったな。多彩な攻撃が多方面で評価されている。光と氷の対決とはこれは面白い試合になりそうだ』
実況の滝壺さんも言っていたように観戦している大半の人は私が勝つとは思っていないだろう。
私のことを応援しに集まってくれたファンでさえ本気で私が勝つと思っているかどうかはわからない。
それほど氷堂さんは強いのだ。
しかし、私はその壁を越えなくてはならない。
『審判は鞘師環奈先生が務めて下さいます!』
目の前に立つ氷堂さんの冷たい視線が私の心臓に突き刺さる。なんでも見透かしたような冷たい目。怖い。
氷堂さんは多分私なんか眼中にない。彼女にとってこの試合は通過点でしかないんだ。
「準備はいいか?」
私も氷堂さんも動かない。それが答えになった。
「ソロ序列戦準々決勝第1試合、バトルスタート!」
「凍てつく花弁!」
氷堂さんの必勝パターン。
バトル開始早々、フィールド全体に氷の花弁がいくつも咲き誇り、吹き荒れる冷気が対戦相手を氷漬けにして動きそのものを封じる。
今までの試合も全て同じパターンで勝ち上がってきている。
来る攻撃がわかっていても止められない。それが氷堂さんの凄いところだ。
でも。
「追跡する5つの光線」
神楽坂くんとの自主練習で編み出した私の新技。本来の使い方とはちょっと違うけど、氷堂さん相手なら仕方ない。
大会で見せるのはこれが初めてだ。
5つの光球の内2つが私を覆っている氷を抉る。
これで私は自由の身になった。
残りの3つでステージを覆っている氷をできる限り砕く。
相手に考える隙を与えるな。何度も神楽坂くんに言われた言葉だ。
ここは一気に私の最大火力で押し切る。
「大光線!」
私が放った渾身の一撃が轟音を響かせ、地面の氷を吹き飛ばしながら真っ直ぐに進む。
「氷柱吹雪!」
突如、吹雪が吹き荒れ、氷堂さんの周囲に大量の氷柱が浮かび上がった。
その大量の氷柱が暴風に乗って飛んでくる。そのまま私の大光線とぶつかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴと衝突音が響いた後、煙が上がった。
私の攻撃は氷堂さんに相殺されてしまった。
「ッ!?」
煙を切り裂き、間髪入れずに氷堂さんが突っ込んできた。
近距離で繰り出す技といったらあれしかない。私は両手を前に出し防御の態勢を取った。
「氷拳打破」
「光輝な大盾」
氷を纏った彼女の拳が私が出現させた光の盾に阻まれる。
この盾はそうそう破られることは無いはず。
しかし。
「うっ」
盾にヒビが入った。
なんていう重さと硬さだ。このままじゃ崩れるのも時間の問題。
だったら次の一手を打つだけ。
私の最後の一手。
「光剣ッ!」
光の盾が剣へと姿を変え、私の手の中に集約される。
バランスを崩した氷堂さん目掛けて勢いよく振り下ろす。
「氷剣」
氷堂さんが初めに放った凍てつく花弁の残り、地面に咲き残っていた小さな氷の花弁が氷の剣へと姿を変える。
態勢を低くしてその剣を掴むと、私の一撃を受け止めた。
「まだ、まだ負けたくない!」
その刹那、私の剣が激しく光った。
ごく稀に人の強い思いが異能力に影響を与えることがある。そんな話を聞いたことがある。
この予想外の現象にさすがの氷堂さんも目を閉じざるをえなかった。
「うああああああああああああ!!!!」
この隙を逃したらこの勝負で私が勝てる瞬間は2度とやってこない。
光速で斜めに剣を振り下ろす。
「な、んで……」
次の瞬間、斬られていたのは私の方だった。
「氷盾、私の防御技よ」
私の剣は氷の盾によって阻まれたのだ。
そういえば総当たり戦で神楽坂くんも攻撃を防がれていたっけ。
「でもなんで? 氷堂さんは目を閉じていたはずでしょ」
「相手の姿が見えていなくても動きを教えてくれる情報はいくらでもあるわ。例えば動きによって生じる風や影や音。バトルの最中はあらゆる感覚を研ぎ澄ませていた者が勝つのよ」
完敗だ。
姿が見えなくても攻撃を防ぐ術があるなんて。
私もまだまだ特訓が必要みたい。
「バトル終了! 勝者、氷堂真冬!」
私の大会が終わった。
5月2日。準々決勝1日目。
試合直前、私はこれまでと同じように観客席に足を運んでいた。
「あっ! 明智さん、次の試合も頑張ってね!」
「うん、みんな応援よろしくねっ!」
準々決勝を観戦するためにわざわざ集まってくれた私の可愛いファンたちに今日も偽物の笑顔を向ける。
もう疲れた。
皆に良い顔をするのも、誰彼構わず愛想を振り撒くのも。
勉強ができて、人当たりが良くて、学年問わず全員から慕われる。
私が想像する完璧な人間を演じ続けて1カ月が経とうとしていた。
初めの頃は、朝起きて鏡で自分の顔を見る度に吐き気を催していた。
だけど、それも月日が流れれば慣れていった。人間って何に対しても耐性、みたいなものがつくみたい。
本物の自分を捨てて、偽物を演じ続ける私の人生。
もう本物の自分が何なのかすらわからなくなってしまった。
いつもニコニコしていて誰からも好かれそう。
「あなたは誰?」
いつだか、鏡に映った私がそう呟いていた。
気を抜いちゃダメだ。
これも全ては私の目的のため。目的を果たすその日まで、私は偽物を演じ続けなければならない。
そうだ。
私は復讐のためにこの学院に来たのだから。
―2―
『準々決勝1日目、第1試合。先に姿を現したのは明智ひかり選手です! 明智選手はこれまでの試合、光を操る異能力で対戦相手を圧倒してきました』
『準々決勝は各ブロックの決勝戦でもある。つまり、今回はAブロックの優勝者が決まるということだな』
異能力者育成学院ドームスペードに実況の滝壺水蓮と橋場哲也の声が流れる中、私は静かにステージの中央に向かって歩く。
『おっ、そして、氷堂真冬選手も姿を現しました! 氷堂選手は特待生ということもあり、事前に行われた勝利予想でも大きくリードしていました』
『氷を操る異能力だったな。多彩な攻撃が多方面で評価されている。光と氷の対決とはこれは面白い試合になりそうだ』
実況の滝壺さんも言っていたように観戦している大半の人は私が勝つとは思っていないだろう。
私のことを応援しに集まってくれたファンでさえ本気で私が勝つと思っているかどうかはわからない。
それほど氷堂さんは強いのだ。
しかし、私はその壁を越えなくてはならない。
『審判は鞘師環奈先生が務めて下さいます!』
目の前に立つ氷堂さんの冷たい視線が私の心臓に突き刺さる。なんでも見透かしたような冷たい目。怖い。
氷堂さんは多分私なんか眼中にない。彼女にとってこの試合は通過点でしかないんだ。
「準備はいいか?」
私も氷堂さんも動かない。それが答えになった。
「ソロ序列戦準々決勝第1試合、バトルスタート!」
「凍てつく花弁!」
氷堂さんの必勝パターン。
バトル開始早々、フィールド全体に氷の花弁がいくつも咲き誇り、吹き荒れる冷気が対戦相手を氷漬けにして動きそのものを封じる。
今までの試合も全て同じパターンで勝ち上がってきている。
来る攻撃がわかっていても止められない。それが氷堂さんの凄いところだ。
でも。
「追跡する5つの光線」
神楽坂くんとの自主練習で編み出した私の新技。本来の使い方とはちょっと違うけど、氷堂さん相手なら仕方ない。
大会で見せるのはこれが初めてだ。
5つの光球の内2つが私を覆っている氷を抉る。
これで私は自由の身になった。
残りの3つでステージを覆っている氷をできる限り砕く。
相手に考える隙を与えるな。何度も神楽坂くんに言われた言葉だ。
ここは一気に私の最大火力で押し切る。
「大光線!」
私が放った渾身の一撃が轟音を響かせ、地面の氷を吹き飛ばしながら真っ直ぐに進む。
「氷柱吹雪!」
突如、吹雪が吹き荒れ、氷堂さんの周囲に大量の氷柱が浮かび上がった。
その大量の氷柱が暴風に乗って飛んでくる。そのまま私の大光線とぶつかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴと衝突音が響いた後、煙が上がった。
私の攻撃は氷堂さんに相殺されてしまった。
「ッ!?」
煙を切り裂き、間髪入れずに氷堂さんが突っ込んできた。
近距離で繰り出す技といったらあれしかない。私は両手を前に出し防御の態勢を取った。
「氷拳打破」
「光輝な大盾」
氷を纏った彼女の拳が私が出現させた光の盾に阻まれる。
この盾はそうそう破られることは無いはず。
しかし。
「うっ」
盾にヒビが入った。
なんていう重さと硬さだ。このままじゃ崩れるのも時間の問題。
だったら次の一手を打つだけ。
私の最後の一手。
「光剣ッ!」
光の盾が剣へと姿を変え、私の手の中に集約される。
バランスを崩した氷堂さん目掛けて勢いよく振り下ろす。
「氷剣」
氷堂さんが初めに放った凍てつく花弁の残り、地面に咲き残っていた小さな氷の花弁が氷の剣へと姿を変える。
態勢を低くしてその剣を掴むと、私の一撃を受け止めた。
「まだ、まだ負けたくない!」
その刹那、私の剣が激しく光った。
ごく稀に人の強い思いが異能力に影響を与えることがある。そんな話を聞いたことがある。
この予想外の現象にさすがの氷堂さんも目を閉じざるをえなかった。
「うああああああああああああ!!!!」
この隙を逃したらこの勝負で私が勝てる瞬間は2度とやってこない。
光速で斜めに剣を振り下ろす。
「な、んで……」
次の瞬間、斬られていたのは私の方だった。
「氷盾、私の防御技よ」
私の剣は氷の盾によって阻まれたのだ。
そういえば総当たり戦で神楽坂くんも攻撃を防がれていたっけ。
「でもなんで? 氷堂さんは目を閉じていたはずでしょ」
「相手の姿が見えていなくても動きを教えてくれる情報はいくらでもあるわ。例えば動きによって生じる風や影や音。バトルの最中はあらゆる感覚を研ぎ澄ませていた者が勝つのよ」
完敗だ。
姿が見えなくても攻撃を防ぐ術があるなんて。
私もまだまだ特訓が必要みたい。
「バトル終了! 勝者、氷堂真冬!」
私の大会が終わった。



