―1—

 ソロ序列戦3日目、オレはグラウンドAまで足を運んでいた。
 初戦で暗空(あんくう)に敗れてしまったため、大会期間中はすっかりやることが無くなってしまった。

 まあ、全くやることが無いという訳でもないのだが、早急に手を打たなければならない事態が発生しているという訳でもない。
 現状、相手の出方を窺っている段階だ。

 今は大会を楽しむとしよう。

 今朝、家を出る前に浅香(あさか)に電話を掛けて試合の観戦に誘ってみたのだが、浅香はBブロックの火野(ひの)の応援に行くらしくやんわりと断られた。

 浅香と火野はセットみたいなものだからな。
 総当たり戦で対戦した千炎寺(せんえんじ)もBブロックだし、Bブロックの会場にも後で顔を出してみるか。
 そのときに火野の異能力もわかるかもしれない。さすがに大会ともなれば異能力を使用しているはずだ。

 試合の勝敗は学院のウェブサイトにリアルタイムで反映される仕組みらしい。
 最新の情報によると、オレの知り合いは浅香を除いて全員2回戦進出を決めたようだ。

 今回はオレも浅香を見習って応援に徹するとしよう。残っている人数からして応援だけでも結構忙しくなりそうだ。

 大会は順調に進行しているようで、2日目までに1回戦の全試合が終了し、今日はどのブロックでも2回戦が行われている。

『バトル終了! 勝者、明智(あけち)ひかり!』

 明智が対戦相手の女子に一礼すると、試合を観戦していた生徒から拍手が起こった。

「みんな、応援ありがとうっ!」

 試合を終えたばかりの明智の元に多くの明智ファンが集まる。
 高いルックスと人当たりの良さから1学年の間ではトップアイドル並みに人気がある明智。

 それに加えて戦闘の面でも相当な実力者だということが大会を通して明るみになり、明智の人気はさらに高まっている。

「あっ、ちょっとごめんねっ」

 そんな明智の様子を遠目で見ていると、明智がオレの視線に気がつき、わざわざ駆け寄って来てくれた。

神楽坂(かぐらざか)くん、試合見に来てたんだね」

「まあな、自主練習を一緒にしてきた仲だし気になってな」

「神楽坂くんのお陰で2回戦も突破することができました。えへへっ」

 改まった口調で明智がそう言い、柔らかい笑みを浮かべた。
 試合を見ていたが、明智はまだ本来の実力を出していない。要所要所で異能力を使った鋭い攻めを見せたもののまだまだ温存しているといった印象だ。
 この調子なら3回戦、4回戦も順調に勝ち進むだろう。

 問題は同じブロックに特待生の氷堂(ひょうどう)がいるということだが、そこは明智が自らの殻を破るしかない。
 氷堂はトーナメント表の反対の山にいるから当たるとしたらAブロックの決勝戦になる。

 それまでに明智がどれだけ成長できるかがカギだな。

「オレは何もしていない。オレがアドバイスを送らなくても明智は強くなるために努力をしていただろ」

「そう、かな? それでも私にとって神楽坂くんの存在は大きかったよ。3回戦も応援してね!」

「ああ、そのつもりだ。それで、次は千代田(ちよだ)の試合を見に行こうと思うんだが」

 千代田はCブロック、会場は体育館だ。
 千代田の活躍ももちろん気になるところだが、CブロックとDブロックとでは会場の造りが異なるという話を小耳に挟んだので、そこも楽しみの1つとしてある。

「確か風花(ふうか)ちゃんの試合は夕方だったよね」

「最終試合の午後6時からだな」

「6時かー」

 明智が眉を寄せて考える仕草を見せた。

「どうかしたのか?」

「えっとね、風花ちゃんの応援にも行きたいんだけど、その時間は皆からご飯に誘われてて」

 人気者はあちこちから声が掛かっているらしい。
 昨日から1人で自由行動しているオレとは大違いだな。
 明智は人気と引き換えに自由を失ったみたいだ。

「そういうことなら千代田にはオレの方から伝えておくよ。明智はご飯を食べて明日の試合に備えてゆっくり休むといい」

 明智の背後にいる明智ファンズの視線にもそろそろ耐えられない。いつまでも明智を独り占めするわけにはいかない。

「うん、ありがとう。風花ちゃんに本選で戦おうって伝えてほしいなっ」

「わかった」

「それじゃ行くねっ! またね、神楽坂くん」

 明智が手を振り、待たせていたファンの元に小走りで戻って行った。
 戻ってきた明智の姿に目を輝かせる明智ファンの面々。
 その中の1人、気の強そうな女子が明智に近づいて声を掛けた。

「明智さん、今の人って誰?」

「神楽坂くんだよ」

「神楽坂? そんな人いたっけ? ねぇ、知ってる人いる?」

 そんな会話が薄っすらとだが聞こえてきた。
 総当たり戦での負け越し、大会初戦敗退など自分の存在を薄めるために色々策を講じてきたがようやく効果が表れてきたようだ。

 それかただ単に少女の目には明智しか映っていないのかもしれない。

 いずれにせよオレという存在が認知されないに越したことはない。

―2—

 千代田の試合が始まる30分前。
 オレは会場となる体育館Cの外に千代田を呼び出していた。

 試合の直前で集中したいということは十分理解しているつもりだが、明智から預かった言葉はどうしても試合の前に伝えた方がいいと判断した。

「試合前に呼び出して悪かったな」

「いえいえ、そんなことないです。か、神楽坂くん、その、背中を斬られるほどの大怪我を負ったと聞きましたけど、もう大丈夫なんですか?」

 千代田(ちよだ)が恐る恐るといった様子でオレの背後に回る。
 ソロ序列戦が始まってからメールでのやり取りはしていたものの実際に顔を合わせるのは久し振りな気がする。

「ああ、見ての通りもう完治してる。浅香が治してくれたんだ」

「な、なるほど。そういえば浅香さんは回復系統の異能力を持っていると言ってましたね」

 千代田は浅香の名前を聞き、この回復速度にも納得したようだ。

「千代田を呼び出したのには理由があってな、明智から伝言を頼まれたんだ」

「明智さんが? 明智さんは何と仰っていたんですか?」

 千代田が首を傾げる。

「『風花ちゃん、本選で戦おう』だそうだ」

「明智さんらしいですね」

 緊張していた千代田の目が少し優しくなった。

「伝えて頂きありがとうございます。お陰で負けられない理由ができました」

「そうか。オレも応援してるからな」

「はい。それではそろそろ試合が始まるので私は行きます。わざわざありがとうございました」

 千代田が頭を下げて体育館の中に入って行った。
 明智と千代田は、この大会以降も良いライバル関係になりそうだ。