―1―
「——おにいちゃん、たすけて!」
少年の脇に抱えられた幼い少女が助けを求めて必死に手を伸ばす。
目には大粒の涙を浮かべている。
「夏蓮!!」
夕日に向かって走り去る謎の少年。
少年の周りには少年の仲間なのか制服を身に纏った男女数人と、少年と同年代(背丈から推測して恐らく小学校高学年だろう)の女が並走している。
当時まだ10歳だったオレは小さくなっていく妹の姿を夢中で追いかけた。
しかし、その差は一向に縮まらない。
むしろ、追いかけても追いかけてもみるみる差が開いていく。
「うぐっ」
木の根に足を取られ、頭から地面に着地した。
額を擦りむき、血が出ていた気がするが不思議と痛みは感じなかった。それどころではなかった。
「おにいちゃーん!」
夏蓮の最後の叫び声が耳に届く。
「うわぁああああああああああああーーーーーーーーっ!!!!」
自分の無力さと妹が誘拐された悲しさが爆発し、喉が枯れるまで森の中で叫び続けた。
それ以来オレは夏蓮の声も姿も見ていない。
オレが夏蓮に関して覚えている1番古い記憶だ。
妹を連れ去った者が何者なのか。1つだけ手掛かりがあった。
それは、少年の仲間が着ていた制服が『異能力者育成学院』の制服だったということ。
オレは妹を探すヒントを掴むためにこの学院にやって来た。
この学院は絶対に何か隠している。
―2—
目を開くと、オレは知らない部屋のベッドの上にいた。
「ここはどこだ?」
消毒の匂いがする白色の部屋。
首を右に曲げ、部屋の中を確認する。棚の上には消毒液、絆創膏、体温計などが並べられていた。
徐々に記憶が蘇ってくる。
オレはソロ序列戦の初戦で暗空に背中を斬られた。そのまま倒れて気を失ったのか。
それで誰かにここまで運ばれた。部屋に置いてある物からしてここは保健室だろうな。
「んっ?」
左手に何か柔らかい感触が。
「浅香」
柔らかい感触の正体は浅香の手だった。
浅香がオレの左手を両手で優しく握っていた。
「あれっ? いつの間に寝てたのか。ふぁーあ、おっ、起きたんだね神楽坂くん」
浅香が手を上に伸ばして大きな欠伸をした。
浅香は異能力を使うと反動で眠気に襲われると言っていた。
「もしかして浅香が治してくれたのか?」
「まあね、目の前で知ってる人が倒れたら当然助けるでしょ」
「助かった。浅香に助けられたのはこれで2回目だな」
「2回目って前回は頬っぺたのかすり傷を治しただけでしょ」
「あんなの数に入らないよ」と浅香が笑う。
ふと、壁にかかっていた時計に目を向けると時刻は昼の12時を回っていた。
大会が始まったのが10時だから2時間近く眠っていたことになる。それだけ傷が深かったのだろう。
「そうだ。浅香の試合はいつなんだ?」
「あー、ついさっき始まったところだね」
浅香が視線を逸らして他人事のように言った。
「ついさっきって……助けてもらった人間が言うことじゃないとは思うが、こんなところにいる場合じゃないだろ」
「いいんだよ。私の夢は多くの人を救うことだから。ううん、人だけじゃない。犬や猫、傷ついた生き物たちも私の手の届く範囲だったら全部治してあげたい。それが私がこの異能力を持って生まれてきた意味だと思うから。って言うと大袈裟かな?」
自身の夢を語る浅香の姿は何よりも美しかった。
傷を治す異能力。優しい心を持った浅香だからこそ発現した異能力なのかもしれない。
浅香の夢を聞いてオレはそう思った。
「いいや、大袈裟なんてことは無いよ。良い夢だと思う」
「そっか。ありがと。実は人に話すのはこれが初めてだったんだよね。なんでだろ? 神楽坂くんには不思議と何でも話せるような安心感? みたいなものがあるんだよね」
「勝手に安心感を持たれても困るんだが」
「もう!」
オレが冗談っぽくそう言うと、浅香が腕をポカポカ叩いてきた。
「いたたたたっ、浅香、傷口に響くから勘弁してくれ」
「聞こえませーん」
その後、しばらく浅香から叩かれ続けるのであった。
「——おにいちゃん、たすけて!」
少年の脇に抱えられた幼い少女が助けを求めて必死に手を伸ばす。
目には大粒の涙を浮かべている。
「夏蓮!!」
夕日に向かって走り去る謎の少年。
少年の周りには少年の仲間なのか制服を身に纏った男女数人と、少年と同年代(背丈から推測して恐らく小学校高学年だろう)の女が並走している。
当時まだ10歳だったオレは小さくなっていく妹の姿を夢中で追いかけた。
しかし、その差は一向に縮まらない。
むしろ、追いかけても追いかけてもみるみる差が開いていく。
「うぐっ」
木の根に足を取られ、頭から地面に着地した。
額を擦りむき、血が出ていた気がするが不思議と痛みは感じなかった。それどころではなかった。
「おにいちゃーん!」
夏蓮の最後の叫び声が耳に届く。
「うわぁああああああああああああーーーーーーーーっ!!!!」
自分の無力さと妹が誘拐された悲しさが爆発し、喉が枯れるまで森の中で叫び続けた。
それ以来オレは夏蓮の声も姿も見ていない。
オレが夏蓮に関して覚えている1番古い記憶だ。
妹を連れ去った者が何者なのか。1つだけ手掛かりがあった。
それは、少年の仲間が着ていた制服が『異能力者育成学院』の制服だったということ。
オレは妹を探すヒントを掴むためにこの学院にやって来た。
この学院は絶対に何か隠している。
―2—
目を開くと、オレは知らない部屋のベッドの上にいた。
「ここはどこだ?」
消毒の匂いがする白色の部屋。
首を右に曲げ、部屋の中を確認する。棚の上には消毒液、絆創膏、体温計などが並べられていた。
徐々に記憶が蘇ってくる。
オレはソロ序列戦の初戦で暗空に背中を斬られた。そのまま倒れて気を失ったのか。
それで誰かにここまで運ばれた。部屋に置いてある物からしてここは保健室だろうな。
「んっ?」
左手に何か柔らかい感触が。
「浅香」
柔らかい感触の正体は浅香の手だった。
浅香がオレの左手を両手で優しく握っていた。
「あれっ? いつの間に寝てたのか。ふぁーあ、おっ、起きたんだね神楽坂くん」
浅香が手を上に伸ばして大きな欠伸をした。
浅香は異能力を使うと反動で眠気に襲われると言っていた。
「もしかして浅香が治してくれたのか?」
「まあね、目の前で知ってる人が倒れたら当然助けるでしょ」
「助かった。浅香に助けられたのはこれで2回目だな」
「2回目って前回は頬っぺたのかすり傷を治しただけでしょ」
「あんなの数に入らないよ」と浅香が笑う。
ふと、壁にかかっていた時計に目を向けると時刻は昼の12時を回っていた。
大会が始まったのが10時だから2時間近く眠っていたことになる。それだけ傷が深かったのだろう。
「そうだ。浅香の試合はいつなんだ?」
「あー、ついさっき始まったところだね」
浅香が視線を逸らして他人事のように言った。
「ついさっきって……助けてもらった人間が言うことじゃないとは思うが、こんなところにいる場合じゃないだろ」
「いいんだよ。私の夢は多くの人を救うことだから。ううん、人だけじゃない。犬や猫、傷ついた生き物たちも私の手の届く範囲だったら全部治してあげたい。それが私がこの異能力を持って生まれてきた意味だと思うから。って言うと大袈裟かな?」
自身の夢を語る浅香の姿は何よりも美しかった。
傷を治す異能力。優しい心を持った浅香だからこそ発現した異能力なのかもしれない。
浅香の夢を聞いてオレはそう思った。
「いいや、大袈裟なんてことは無いよ。良い夢だと思う」
「そっか。ありがと。実は人に話すのはこれが初めてだったんだよね。なんでだろ? 神楽坂くんには不思議と何でも話せるような安心感? みたいなものがあるんだよね」
「勝手に安心感を持たれても困るんだが」
「もう!」
オレが冗談っぽくそう言うと、浅香が腕をポカポカ叩いてきた。
「いたたたたっ、浅香、傷口に響くから勘弁してくれ」
「聞こえませーん」
その後、しばらく浅香から叩かれ続けるのであった。



