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 ソロ序列戦当日。
 オレたち1学年の生徒154人は異能力者育成学院ドームスペードに集まり、校長の陣内(じんない)による大会の開会挨拶に耳を傾けていた。

「皆さんが異能力者育成学院に入学してから約1カ月が経ちます。入学式のあの日のことを思い出して下さい。夢や希望を抱き、他者には譲れない願いを持っていたはずです」

 ステージの壇上で白髪混じりの陣内が生徒に語りかける。

「我が校では卒業式を迎えたその日、序列上位7名のどんな願いでも叶えることを約束しています。但し願いを叶える優先権は序列上位者にあり、3年生のみが対象者となります」

 陣内の口から改めて序列上位者の特権について説明された。
 その口調は自信に満ち溢れ、聞く者を惹きつける。

「今回の大会は皆さんの願いに近づく第一歩となる大会です。そのことを胸に深く刻んで全力で臨んでもらいたいと思っています。夢や願いは誰かに叶えてもらうものではなくて自分で掴み取るものです。皆さんの熱い試合を楽しみにしています」

 会場の熱気が今日1番に高まる。
 夢や願いという単語を出されたら気持ちが高ぶらない者などいない。

 どうやら陣内は言葉とジェスチャーを巧みに操り、人の心を掴むことに長けているようだな。
 それらのテクニックは上に立つ人間、指導者などに多く見られる。

 陣内剛紀(じんないこうき)という男はなるべくして学院の頂点に立っているということだろう。
 開会挨拶を終えた陣内は一礼すると、ステージから降壇した。

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 ソロ序列戦の試合に関する概要を確認する。
 まず4月26日から4月30日までの5日間は、4ブロックに分かれて『予選』を行う。予選は決勝戦を残して終了する。

 翌日の5月1日が休み。
 そして、各ブロックの決勝を『本戦』の準々決勝という形に置き換えて5月2日から2日間行われる。この試合で各ブロックの優勝者が決定する。

 5月4日には、対戦相手の抽選を改めて行い、そのまま準決勝の2試合が執り行われる。
 大会最終日、5月5日に決勝戦という流れだ。

 その1番初めの試合は生徒の間で開幕試合と呼ばれているのだが、オレは運悪くこの開幕試合に選ばれてしまった。

 ちなみにオレ以外の人の組み合わせはというと、氷堂(ひょうどう)明智(あけち)がAブロック、千炎寺(せんえんじ)火野(ひの)がBブロック、千代田(ちよだ)西城(さいじょう)岩渕(いわぶち)がCブロック、暗空(あんくう)浅香(あさか)浮谷(うきや)がDブロックとなっている。
 特待生が綺麗にバラける形になった。

 組み合わせによっては、初戦が明日の者もいる。
 そんな人たちは2回戦以降でぶつかることになるかもしれない同ブロックの試合を観戦したり、他ブロックの友人を応援したりと割と自由に行動している。

 暗空が特待生ということもあり、ここDブロックの会場にもそれなりに人が集まっていた。

 どのブロックも試合開始時刻は午前10時と決まっている。

 オレは体育館Dブロックのステージ中央で、対戦相手の暗空玲於奈(あんくうれおな)とそのときを待っていた。

 大会のためだけに改修工事された体育館。
 2〜3メートル級の鋭利な岩が床から顔を覗かせている。
 対戦中に一時身を潜めたり、砕いて武器にしたり色々応用が効きそうだ。

「昨日の夜は眠れましたか?」

 大会まで5分少々。
 時間潰しに暗空が話し掛けてきた。

「そうだな。普段と変わらずだな」

「私はダメです。ワクワクしてあまり寝れませんでした」

「そんな、幼稚園の遠足じゃないんだから。寝不足は体に毒だぞ」

「フフッ、それほど楽しみにしていたということですよ」

 暗空が手で口を覆う。
 試合直前だというのに随分とリラックスしているように見える。

「時間だ。審判は私が務める。両者前へ」

 鞘師(さやし)先生が印の付いた白線まで出るようにと指示を出す。
 さすがに大会の審判ともなると、生徒会などの学生ではないようだ。

 短い黒髪が僅かに揺れ、小柄な暗空が前に進む。
 体格だけ見ればとても特待生とは思えない。つまり、それだけ暗空の異能力が群を抜いているということだろう。

「試合の勝敗はどちらかが戦闘不能になるか降参を宣言するかの2つ。総当たり戦と同じだ。問題無いな?」

 暗空とオレが白線の上に立ち、視線を合わせる。

「ええ、問題ありません」

「大丈夫です」

 それぞれ頷く。

「それでは、ソロ序列戦予選第1試合、バトルスタート!」

 先に動いたのは暗空。
 それと同時に会場内に驚きの声が上がった。

 一体何が起きたのか。目の前に立っていたオレでさえわからない。
 鞘師先生の合図の直後、暗空が一瞬でその場から消えたのだ。

「高速で移動して岩陰に隠れたのか?」

 だとしたらオレが目で追えないはずがない。
 そもそも、この会場から暗空の気配そのものが消えている。気配を消しているのか殺しているのかはわからないが、神経を集中させても暗空玲於奈という存在を見つけることができない。

「これで引っ掛からないとなると、残すは空間を移動しているくらいか」

 空間転移系の異能力ならばこの状況に全ての説明がつく。
 自ら作り出した別空間にワープし、死角から敵を討つ。ちょうど会場には死角となりやすい岩が数多くあるしな。

 暗空の異能力とは相性が良い。
 だとしたら死角を潰すだけ。

 背後の岩を砕こうと振り返った瞬間、待っていたかのように別の死角から暗空が飛び出してきた。

「逆をつかれたッ!」

月影一閃(つきかげいっせん)

 オレが暗空の姿を捉えるべく、再び振り向こうとした僅か1秒にも満たない間に背中を大きく斜めに斬られた。
 衝撃と痛みで地面に吸い寄せられる。

「さすがは神楽坂くんです。あの数秒で私の異能力が何であるかほとんど理解したようですね。ですが、残念ながら神楽坂くんが想像している異能力とは違います」

「そうみたいだな」

 コツコツと靴の音を響かせながら暗空が近づいてくる。
 その手には何色にも染まらない漆黒の刀が握られている。どうやらオレはあの刀で斬られたらしい。

 暗空は試合開始時にあんな刀は持っていなかった。
 つまり、予め別空間に刀を仕込んでいたのだろう。用意周到。完全に暗空の作戦勝ちだ。

「神楽坂くんとならもう少し楽しめると思っていたのですが。さあ、降参と言って下さい」

 暗空が黒刀の先を倒れているオレの頭へと向ける。

「降参する。オレの負けだ」

 背中からドクドクと血が流れている。これ以上は動けない。

「バトル終了! 勝者、暗空玲於奈!」

 鞘師先生がバトル終了を告げる。
 オレはその言葉を最後に意識が途切れた。