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 千炎寺(せんえんじ)との対決を終えたオレは、グラウンドの脇に置いていたタオルで汗を拭いていた。
 と、そこに自身のバトルを終えたのか浅香(あさか)ちゆが近づいてきた。

「いやいや、惜しかったねー神楽坂(かぐらざか)くん」

「なんだ、見てたのか?」

「私は戦闘向きの異能力じゃないから観戦専門みたいなところがあるんだよ。他の人もみんな神楽坂くんと千炎寺くんの対戦を見てたと思うよ。というかあれだけ派手にやってたら見ずにはいられないってば」

 手で口を押さえながら浅香が笑う。
 オレとしては、千炎寺に斬られまいと必死で周りに気を配る余裕など無かった。千炎寺は本当に斬りにきていたからな。
 勝負だから当たり前だが、今思えば腕の1本や2本斬られていてもおかしくはなかった。

「自分で言うのもなんだが、途中までは善戦していたと思ったんだけどな。まさか千炎寺の異能力が物質を造り出すものだったとは。完璧に不意を突かれた」

「千炎寺くんも今回が初めて異能力を使ったみたいだし、しょうがないよ。それで言うなら神楽坂くんだって異能力を使ってないでしょ。特待生相手に異能力無しであそこまで戦えるって一体何者?」

 浅香が両膝に手をついてオレの顔を覗き込む。

「あっ!」

 オレの顔に何かゴミでも付いていたのか短く声を上げると、オレの顔の前に右手を向けた。

「ちょ、どうした浅香?」

「あはは、ごめんごめん。急でビックリしたよね。多分さっきのバトルでだと思うんだけど、頬っぺたから血が出てたから私の異能力で治してあげようかなと思って。いいかな?」

「浅香の異能力は回復系なのか?」

「うん、だから戦闘面に関しては全然なんだよね」

 浅香は度々自分の異能力が戦闘向きではないと言っていた。
 入学当初、第1回目の総当たり戦のときも保健委員に入る予定だと言い、岩渕のことを保健室まで送っていたな。
 それらの発言が今繋がった。

 数多くの異能力が存在するが、その中でも回復系統の異能力所有者は珍しい。
 一般社会においても医療関係などでかなり重宝されている。
 オレも実際に回復系統の異能力者を見るのは初めてだ。

「じゃあいくね!」

「頼む」

 オレが頷くと、浅香の右手が淡く光を放った。
 その光がオレの頬を優しく包む。温かい。言葉にするのは難しいが、心地よくてどこか懐かしい感じだ。

「はい、おしまい! 完璧に治ったよ」

 満足そうに笑う浅香。

「あ、でもこの能力使うと眠くなるんだよね。ふぁーあ……」

 大きな欠伸をして眠たげに瞬きをした。
 強力な異能力を使用した反動で体に何らかの負荷がかかることがあると聞いたことがある。
 浅香の場合は眠気が襲ってくるようだ。となると、異能力を連発することは無理そうだな。

「助かったよ」

 浅香に感謝の言葉を伝える。

「そう思ってるなら次の総当たり戦は私と組んでね。私の負けでいいからさ」

「ああ、浅香がそれでいいならオレは問題ないけど、いいのか?」

「いいも何もどっちにしろ私じゃ神楽坂くんには勝てないよ」

「そういうことならわかった」

 浅香の申し出を承諾し、オレたちはなんとなくグラウンドに目を向けた。

 グラウンドではまだ数組のペアが戦っていた。
 その中に火野(ひの)の姿があった。

 オレや千炎寺が使っていた刀を振るい、連続攻撃を仕掛けている。
 しなやかで伸びのある動き。
 なぜ今まで2勝しかできていないのか不思議なくらいだ。

「なあ浅香」

「ん?」

「火野の異能力が何かわかるか?」

「いくら神楽坂くんでもその質問には答えられないかなー。いのりんに直接訊いてみたらいいんじゃない? いのりんのことだから多分教えてくれると思うよ」

「そうだな。浅香の言う通りだ。今度訊いてみるよ」

 自分の異能力については何も明かしていないくせに火野のことまでとは、さすがに虫が良すぎたか。反省だな。

 火野のバトルはというと、相手の男が接近戦に持ち込んだところを火野が上手くかわし、カウンターを決めた。
 結局、火野は終始異能力を使うことなく勝利を収めた。

 最後まで実力を隠し通した者、初めから全力で飛ばした者、未だ陰に隠れている者。

 約1カ月の間、それぞれがそれぞれの思う最善の戦略のもとで動き、土台を築き上げてきた。

 全ては3日後から行われるソロ序列戦のために。
 そして、序列1位を勝ち取るために。

 いよいよ、その第1歩となる大会の幕が上がる。