—1—
人生は試練の連続だ。
入学直後の序列戦で優勝し、バトルポイント目当てで襲ってきた先輩を返り討ちにし、やがて生徒会長になった。
地位と名声を獲得する度に周囲から向けられる羨望の眼差しがプレッシャーへと変わった。
称賛の声が上がる一方で陰で悪口を囁かれていたことも知っている。
「未来が見えてるなら勝って当然」
「魔剣士が異能力者と戦うのはフェアじゃない」
「生徒会長だからって偉そうに語るな」
「魔剣が無ければ何もできないくせに」
結果だけを見てそこに至るまでの背景を知ろうともしない。
そういった連中を相手にする必要はない。
否定から入る人間に歩み寄るほど、こちらも暇ではない。
実害を与えてくるようであれば実力で黙らせる。それに尽きる。
だってここは序列主義の異能学院なのだから。
俺が発現した『未来視』の異能力には2つの能力がある。
1.目で見た対象物の数秒先の未来が見えるというもの。
2.寝ている最中に遠い未来の映像を断片的に見ることがあるというもの。
前者は対人戦でアドバンテージになり得るが後者は違う。
遠い未来の映像は決まって誰かが不幸になる瞬間だった。
記憶に新しいのは反異能力者ギルドの学院襲撃。
夢の中では滝壺が命を落としていた。
最悪の未来を回避するべくあの手この手を使って未来を捻じ曲げた訳だが、事態が落ち着いたある日、俺はまた夢を見た。
俺の目の前に立つのは銀髪の青年。
手には闇の魔剣・悪魔剣。
直接対面したことは無かったが生徒会の資料を閲覧した際に写真を見たことがあった為、その青年の名前を知っていた。
天魔咲夜。
俺は夢の中で彼に殺された。
夢を見てから2ヶ月間、天魔咲夜に関する情報を秘密裏に調べていた俺は学院がひた隠しにしていた暗部に辿り着いた。
学院の地下施設。
そこには決して表沙汰にはできない闇が眠っている。
—2—
「うおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!」
柄にも無く雄叫びを上げ、サタンが放つ光線の雨と天魔の猛攻を防ぎ切る。
『未来視』による先読み。
こちらを狙う攻撃の芽を全て摘み取り、反対に天魔が防御で固めた箇所を僅かに外して剣戟を加える。
常人の比にならない情報量が更新され続けているため、いつ脳が焼き切れてもおかしくはない。
「最高だなぁー! 馬場裕二ー!!」
「人の命を何だと思っている! 天魔咲夜ー!!」
蒼蛇剣の剣身に刻まれる蛇の紋様が青く輝きを放つ。
悪魔剣との衝突で生まれた衝撃波が屋台の瓦礫を吹き飛ばす。
「もっとだ! もっとハイになるぞ!!」
天魔が一足飛びで間合いを詰めると地面を削りながら悪魔剣を振り上げた。
避けることもできたが俺は正面から蒼蛇剣で受け止めた。
その反動を利用して両足を浮かせ、天魔の胸に蹴りを入れる。
瞬時に体を逸らすことで衝撃を可能な限り受け流した天魔は俺の右足を掴もうと手を伸ばすが、その手は空を切る。
『未来視』を全開させてこの攻防。
脳に酸素を回したいが水の魔剣の代償がそれを許さない。
蒼蛇剣を振るっている間は呼吸ができなくなるのだ。
地面に足が付き、息継ぎのように大きく息を吸い込む。
そして、叫ぶ。
「八岐大蛇!」
序盤の激しい戦闘で消滅した『八岐大蛇』を再顕現。
8つの大蛇の口から水の波動砲が一斉に発射される。
「深淵から覗く暴食魔・強制合体!」
天魔の足元から湧き出た異形の化物がゴミに群がる蝿の如く密集するとその体が1つに混ざり合った。
サタンも合流し、2体で水の波動砲を受け止める形に。
後ろに控える天魔には届かないものの青白く光る波動砲がサタンの両腕を焼き、異形の化物もジリジリと塵になっていく。
そうだ。
運命に抗い続ければ未来は改変できる。
俺はここで死ぬ訳にはいかない。
「サタン、特攻だ! 守りに入った方が殺られるぞ!!」
悪魔剣の鍔に付いている赤い水晶体が光る。
大きい一撃が来る。
天魔とサタン、一挙手一投足を見逃さないようこの瞳にその姿を焼き付ける。
天魔の指示を受けたサタンは合体した異形の化物を自身の盾とするべく抱え上げると、前傾姿勢で八岐大蛇に向かって突進してきた。
為す術無く水の波動砲をモロに受けた化物は塵へと帰り、サタンも正面から攻撃を喰らう。
だが、道は開いた。
「降魔神殺の剣戟ッ!」
闇の魔剣・悪魔剣から溢れ出る闇の奔流。
俺の双眸にはサタンの背後から突撃してくる天魔の姿が見えていた。
悪魔剣を打ち砕くイメージを脳内で固め、最大技を詠唱する。
「その鋭き牙で己が欲を満たせ。水牙大蛇の剣戟!」
持ち得る全てを振り絞って繰り出した一閃。
世界の終末を予感させる悍ましい地鳴り。
魔剣同士の衝突がまさかここまでとは。
体が酸素を欲している。
視界が狭まる。
遠のく意識の中で対峙する天魔の顔が見えた。
「笑っているだと」
何かに取り憑かれたかのような醜悪な笑みに恐怖心を抱く。
が、その歪んだ笑みごと斬り刻む。
幾重にも剣と剣が重なる。
息が苦しいのに心地良い。
己の全てを賭けて永遠とも思える時間の中で互いの剣技をぶつけ合う。
あの日、水の魔剣・蒼蛇剣を師匠から受け継いだあの日から積み上げてきた技の集大成で目の前の敵を打ち砕く。
『未来視』がある限り、勝利へのビジョンは揺らがない。
「うがッ……!?」
頭が真っ白になった。
テレビの電源を落としたように『未来視』の異能力が強制切断された。
気付けば天魔の悪魔剣が腹に突き刺さっていて。
俺は大量の血を吐いていた。
「嵐山、余計な真似してんじゃねぇー!」
悪魔剣を腹から引き抜き、天魔が振り返る。
「助けてあげたのにその言い方は傷つくなー。あなたの役目は魔剣を回収することでしょ。なんでバトルを楽しんでるのかな?」
金髪の少女が近づくにつれてその容姿が明らかになる。
「君は、1年生の嵐山姫華か?」
No.1ヒーロー『無限』の娘。
目立った活躍が無かったからマークしていなかったが学院暗部に所属していたのなら納得だ。
意図的に実力を隠していたという訳か。
「会長の異能は厄介だったので無効化させてもらいました。異能力無効化を発動している間、私の前では誰であっても異能力は使えません」
「なぜ、君が学院暗部の味方について、いるんだ。ガハッ」
ダメだ。血を流し過ぎて身体の感覚が無くなってきた。
俺1人では未来は変えられなかった。
「馬場会長!」
「神楽坂……」
倒れかけた俺の体を駆けつけた神楽坂が支える。
「千炎寺先生を連れて来ました。他のみんなは鞘師先生と保坂先生と合流済みです。馬場会長、この怪我は」
世界最強の剣士の称号を持つ千炎寺正嗣が天魔に刃を向けていた。
天魔は嵐山を守りながら後退して行く。
「神楽坂、巨悪に立ち向かう勇気はあるか?」
「巨悪ですか?」
「俺は争いは好まない。平和を望んでいた。夢や希望を抱く生徒が安心して過ごせるように環境を整えてきた。生徒の悩みを取り除き、生活に不安を抱かないようにと」
「知っています。馬場会長が生徒会長として守ってきたものを」
「それが大きく揺らごうとしている……」
「馬場会長? しっかりして下さい」
口に血が溜まり、上手く喋れない。
頭も回らない。
いよいよ、だな。
「神楽坂、俺の代わりに学院を守ってくれ。生徒会室の机の中にUSBがある。こんな時の為に詳細はそこに書き込んでおいた」
頭の整理が追いつかない後輩に全てを託すのは先輩としてどうかと思うが、今思えば神楽坂と出会ったのも何かの縁だ。
短い期間しか関わることができなかったが、彼が内に何かを秘めていることも知っている。
俺は足元に転がっていた蒼蛇剣を持ち上げ、神楽坂の手に握らせた。
「水の魔剣・蒼蛇剣の所有権を神楽坂春斗に譲渡する」
水の魔剣は所有者の意思で後継者を定めることができる。
もちろん魔剣がそれを認ない場合は後継者に触れられまいとどこか遠くへ飛んで行ってしまうのだが、神楽坂の手に収まったということはつまりそういうことだろう。
「馬場会長、オレはこれからどうしたら」
「すまない、後は頼んだ」
どうかこの世界から無益な争いが無くなることを切に願う。
人生は試練の連続だ。
入学直後の序列戦で優勝し、バトルポイント目当てで襲ってきた先輩を返り討ちにし、やがて生徒会長になった。
地位と名声を獲得する度に周囲から向けられる羨望の眼差しがプレッシャーへと変わった。
称賛の声が上がる一方で陰で悪口を囁かれていたことも知っている。
「未来が見えてるなら勝って当然」
「魔剣士が異能力者と戦うのはフェアじゃない」
「生徒会長だからって偉そうに語るな」
「魔剣が無ければ何もできないくせに」
結果だけを見てそこに至るまでの背景を知ろうともしない。
そういった連中を相手にする必要はない。
否定から入る人間に歩み寄るほど、こちらも暇ではない。
実害を与えてくるようであれば実力で黙らせる。それに尽きる。
だってここは序列主義の異能学院なのだから。
俺が発現した『未来視』の異能力には2つの能力がある。
1.目で見た対象物の数秒先の未来が見えるというもの。
2.寝ている最中に遠い未来の映像を断片的に見ることがあるというもの。
前者は対人戦でアドバンテージになり得るが後者は違う。
遠い未来の映像は決まって誰かが不幸になる瞬間だった。
記憶に新しいのは反異能力者ギルドの学院襲撃。
夢の中では滝壺が命を落としていた。
最悪の未来を回避するべくあの手この手を使って未来を捻じ曲げた訳だが、事態が落ち着いたある日、俺はまた夢を見た。
俺の目の前に立つのは銀髪の青年。
手には闇の魔剣・悪魔剣。
直接対面したことは無かったが生徒会の資料を閲覧した際に写真を見たことがあった為、その青年の名前を知っていた。
天魔咲夜。
俺は夢の中で彼に殺された。
夢を見てから2ヶ月間、天魔咲夜に関する情報を秘密裏に調べていた俺は学院がひた隠しにしていた暗部に辿り着いた。
学院の地下施設。
そこには決して表沙汰にはできない闇が眠っている。
—2—
「うおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!」
柄にも無く雄叫びを上げ、サタンが放つ光線の雨と天魔の猛攻を防ぎ切る。
『未来視』による先読み。
こちらを狙う攻撃の芽を全て摘み取り、反対に天魔が防御で固めた箇所を僅かに外して剣戟を加える。
常人の比にならない情報量が更新され続けているため、いつ脳が焼き切れてもおかしくはない。
「最高だなぁー! 馬場裕二ー!!」
「人の命を何だと思っている! 天魔咲夜ー!!」
蒼蛇剣の剣身に刻まれる蛇の紋様が青く輝きを放つ。
悪魔剣との衝突で生まれた衝撃波が屋台の瓦礫を吹き飛ばす。
「もっとだ! もっとハイになるぞ!!」
天魔が一足飛びで間合いを詰めると地面を削りながら悪魔剣を振り上げた。
避けることもできたが俺は正面から蒼蛇剣で受け止めた。
その反動を利用して両足を浮かせ、天魔の胸に蹴りを入れる。
瞬時に体を逸らすことで衝撃を可能な限り受け流した天魔は俺の右足を掴もうと手を伸ばすが、その手は空を切る。
『未来視』を全開させてこの攻防。
脳に酸素を回したいが水の魔剣の代償がそれを許さない。
蒼蛇剣を振るっている間は呼吸ができなくなるのだ。
地面に足が付き、息継ぎのように大きく息を吸い込む。
そして、叫ぶ。
「八岐大蛇!」
序盤の激しい戦闘で消滅した『八岐大蛇』を再顕現。
8つの大蛇の口から水の波動砲が一斉に発射される。
「深淵から覗く暴食魔・強制合体!」
天魔の足元から湧き出た異形の化物がゴミに群がる蝿の如く密集するとその体が1つに混ざり合った。
サタンも合流し、2体で水の波動砲を受け止める形に。
後ろに控える天魔には届かないものの青白く光る波動砲がサタンの両腕を焼き、異形の化物もジリジリと塵になっていく。
そうだ。
運命に抗い続ければ未来は改変できる。
俺はここで死ぬ訳にはいかない。
「サタン、特攻だ! 守りに入った方が殺られるぞ!!」
悪魔剣の鍔に付いている赤い水晶体が光る。
大きい一撃が来る。
天魔とサタン、一挙手一投足を見逃さないようこの瞳にその姿を焼き付ける。
天魔の指示を受けたサタンは合体した異形の化物を自身の盾とするべく抱え上げると、前傾姿勢で八岐大蛇に向かって突進してきた。
為す術無く水の波動砲をモロに受けた化物は塵へと帰り、サタンも正面から攻撃を喰らう。
だが、道は開いた。
「降魔神殺の剣戟ッ!」
闇の魔剣・悪魔剣から溢れ出る闇の奔流。
俺の双眸にはサタンの背後から突撃してくる天魔の姿が見えていた。
悪魔剣を打ち砕くイメージを脳内で固め、最大技を詠唱する。
「その鋭き牙で己が欲を満たせ。水牙大蛇の剣戟!」
持ち得る全てを振り絞って繰り出した一閃。
世界の終末を予感させる悍ましい地鳴り。
魔剣同士の衝突がまさかここまでとは。
体が酸素を欲している。
視界が狭まる。
遠のく意識の中で対峙する天魔の顔が見えた。
「笑っているだと」
何かに取り憑かれたかのような醜悪な笑みに恐怖心を抱く。
が、その歪んだ笑みごと斬り刻む。
幾重にも剣と剣が重なる。
息が苦しいのに心地良い。
己の全てを賭けて永遠とも思える時間の中で互いの剣技をぶつけ合う。
あの日、水の魔剣・蒼蛇剣を師匠から受け継いだあの日から積み上げてきた技の集大成で目の前の敵を打ち砕く。
『未来視』がある限り、勝利へのビジョンは揺らがない。
「うがッ……!?」
頭が真っ白になった。
テレビの電源を落としたように『未来視』の異能力が強制切断された。
気付けば天魔の悪魔剣が腹に突き刺さっていて。
俺は大量の血を吐いていた。
「嵐山、余計な真似してんじゃねぇー!」
悪魔剣を腹から引き抜き、天魔が振り返る。
「助けてあげたのにその言い方は傷つくなー。あなたの役目は魔剣を回収することでしょ。なんでバトルを楽しんでるのかな?」
金髪の少女が近づくにつれてその容姿が明らかになる。
「君は、1年生の嵐山姫華か?」
No.1ヒーロー『無限』の娘。
目立った活躍が無かったからマークしていなかったが学院暗部に所属していたのなら納得だ。
意図的に実力を隠していたという訳か。
「会長の異能は厄介だったので無効化させてもらいました。異能力無効化を発動している間、私の前では誰であっても異能力は使えません」
「なぜ、君が学院暗部の味方について、いるんだ。ガハッ」
ダメだ。血を流し過ぎて身体の感覚が無くなってきた。
俺1人では未来は変えられなかった。
「馬場会長!」
「神楽坂……」
倒れかけた俺の体を駆けつけた神楽坂が支える。
「千炎寺先生を連れて来ました。他のみんなは鞘師先生と保坂先生と合流済みです。馬場会長、この怪我は」
世界最強の剣士の称号を持つ千炎寺正嗣が天魔に刃を向けていた。
天魔は嵐山を守りながら後退して行く。
「神楽坂、巨悪に立ち向かう勇気はあるか?」
「巨悪ですか?」
「俺は争いは好まない。平和を望んでいた。夢や希望を抱く生徒が安心して過ごせるように環境を整えてきた。生徒の悩みを取り除き、生活に不安を抱かないようにと」
「知っています。馬場会長が生徒会長として守ってきたものを」
「それが大きく揺らごうとしている……」
「馬場会長? しっかりして下さい」
口に血が溜まり、上手く喋れない。
頭も回らない。
いよいよ、だな。
「神楽坂、俺の代わりに学院を守ってくれ。生徒会室の机の中にUSBがある。こんな時の為に詳細はそこに書き込んでおいた」
頭の整理が追いつかない後輩に全てを託すのは先輩としてどうかと思うが、今思えば神楽坂と出会ったのも何かの縁だ。
短い期間しか関わることができなかったが、彼が内に何かを秘めていることも知っている。
俺は足元に転がっていた蒼蛇剣を持ち上げ、神楽坂の手に握らせた。
「水の魔剣・蒼蛇剣の所有権を神楽坂春斗に譲渡する」
水の魔剣は所有者の意思で後継者を定めることができる。
もちろん魔剣がそれを認ない場合は後継者に触れられまいとどこか遠くへ飛んで行ってしまうのだが、神楽坂の手に収まったということはつまりそういうことだろう。
「馬場会長、オレはこれからどうしたら」
「すまない、後は頼んだ」
どうかこの世界から無益な争いが無くなることを切に願う。



