—1—
押し寄せる破滅の大津波。
波に巻き込まれればその瞬間から物体として形の維持ができなくなる。
つまり地上に逃げ場は無い。
鞘師が『破滅伝播の両腕・無限大』を発動する前、その予兆を感じ取った紫龍と溝端は互いに示し合わせ、奥の手を使う決断を下した。
紫龍が刀で自身の腹部を貫き、溝端も同じように槍で腹を貫いた。
側から見れば自ら命を絶ったかのように見える光景は正に異様そのもの。
しかし、神の器である神器の真の力を解放する上では必要な手順だった。
死に直面する痛みと引き換えに絶大な力を手にする。
それゆえに紫龍も溝端も序列戦では1度も神器を解放したことはない。
生徒同士の戦闘では死を覚悟させられる展開が訪れなかったから。
だが、今は違う。
死が目の前まで迫っている。
「神器解放・冥界龍!」
「神器解放・鷲獅子!」
2人の体に突き刺さる神器が激しく発光し、紫龍が冥界龍に溝端が鷲獅子の姿に変化した。
神器の正体。
それは異能力・獣化を宿した武器のことである。
黒と紫が混ざり合った翼を羽ばたかせ、ドラゴンの巨大な体躯が浮かび上がる。
反異能力者ギルドのガインと同等かそれ以上のサイズ感。
腕を広げて胸を張り、赤い双眸で鞘師と保坂を見下ろしている。
その隣に飛び立ったのは獅子の胴体に鷲の頭と翼を持つ幻獣・鷲獅子。
風を切り裂くほどの素早さを持っており、風そのものを操ることができる。
鋭い爪は強固な鎧や鱗であっても削り取ってしまう。
「学院暗部の隠し玉がここまでとはな」
鞘師が地面から手を離したことで崩壊が止まった。
ドラゴンと幻獣。
敵が空にいては鞘師も有効打を与えることができない。
逆に紫龍と溝端は大地を焼き払い続ければいずれ勝機が見えてくる。
「混沌なる火炎砲」
冥界龍が口を大きく開き、紫炎を吐き出す。
地上で待ち構える鞘師は右腕を空に掲げ、左腕で支える。
鞘師の右手に触れた紫炎が打ち消され、一気に冥界龍の口元まで紫炎が消えていく。
枷を外した鞘師に破壊できないモノはない。
例え炎であっても手で触れることさえできれば破壊の対象となる。
形勢が逆転したかのように思えたが戦いは振り出しに戻った。
—2—
天魔が振り下ろした悪魔剣の剣先が火野を捉える寸前。
オレは身体強化の異能力を限界突破させて地面を蹴り、天魔の懐に飛び込んでいた。
衝撃に耐え切れなかった両足が悲鳴を上げ、膝が笑っている。
が、ここで踏ん張らなくては最悪な事態が起きてしまう。
集中すべきは悪魔剣の軌道を逸らすこと。
魔剣が相手だ。コピーした異能力をただ放つだけでは不十分だ。
現状1日に1回しか使えないという制限付きだがここは融合の異能力しかない。
狭いスペースで爆発的な威力を出すにはどの組み合わせが最適か。
コンマ数秒という一瞬で最適解を導き出す。
全力正拳突き×氷拳打破=全力氷拳突き。
絞り出した結果、過去にガインの突撃を止めた一撃を繰り出した。
前回は正面からガインを受け止めたが、今回は悪魔剣の軌道を逸らすだけ。
すでに振り下ろされている悪魔剣に合わせてサイドから全力で拳を叩き込む。
拳が悪魔剣に触れ、初めて天魔がオレの存在を認識した。
意識の外から突然瞬間移動のように現れたのだから当然だ。
悪魔剣を大きく押し込み、剣先が火野を避けるように地面へと突き刺さった。
「テメェ、殺されたいのか? あぁ!?」
凄む天魔に真っ向から視線を合わせる。
オレが1番聞きたかったこと。それをぶつけるなら今しかない。
「天魔咲夜、神楽坂夏蓮を知ってるか?」
「あ? 神楽坂夏蓮? ああ、あいつか。異能力者にしてはなかなか厄介だったから覚えてるぜ。あれは確か2年くらい前だったな。俺が殺した」
「殺した……?」
「もしかしてお前、あいつの親族か何かか? 憐れだなァ、いない奴の残像を追い掛けて人生を棒に振ってよぉ。同情するぜ、お兄ちゃん」
天魔が馬鹿にするようにわざとらしく腹を抱えて笑う。
「天魔咲夜ぁーー!!!!」
「雑魚が吠えるな!」
拳に氷を纏い、天魔の顎目掛けて全力で振るう。
対する天魔も悪魔剣を上段から振り下ろす。
常に冷静でいることを心掛けていたがこの時だけは頭に血が上ってしまった。
悪魔剣がオレの拳を切り裂き、オレの体が真っ二つに切断される未来が頭を過ぎる。
「神楽坂、冷静さを欠くなんてお前らしくないな。とはいえ、この状況で冷静でいられる方がおかしいか」
「馬場会長」
馬場会長が蒼蛇剣で悪魔剣を受け止めていた。
少しでもタイミングが遅れていたら氷を纏ったオレの腕は斬られていただろう。
「水の魔剣・蒼蛇剣の使い手か。魔剣同士が引き寄せられるってーのは本当みたいだなぁ」
鍔迫り合いになり、天魔が馬場会長を押し込んだ。
「八岐大蛇ッ!」
押し込まれた馬場会長は追撃される隙を与えず蒼蛇剣を振るい、八岐大蛇を顕現させる。
八つの頭を持つ青い大蛇が天魔を喰らおうと襲い掛かる。
天魔の危機を察知したのか後方でフェニックスを撃ち落としたサタンが接近しながら漆黒の光線を放つ。
光線は天魔に食らいつこうと牙を剥いていた八岐大蛇に直撃。
続けて2匹目の大蛇が天魔を襲うが、これは悪魔剣によって防がれてしまう。
三撃、四撃、五撃、六撃、七撃、八撃、九撃、十撃。
八岐大蛇と入れ替わりで馬場会長も蒼蛇剣を振るって畳み掛けるが、天魔もサタンとのコンビネーションで耐え凌いでいる。
「チッ、鬱陶しいな」
火野との戦闘と比べて天魔が攻め切れていないように感じるのは馬場会長の『未来視』の異能力が大きく関係している。
天魔とサタン、それぞれの少し先の未来を視た上で攻撃と防御に反映させているのだ。
「神楽坂、今のうちに逃げろ。こいつは俺が食い止める」
「先輩をこいつ呼ばわりとは酷いじゃねーか。生徒会長さんよぉ」
悪魔剣と蒼蛇剣が衝突し、火花が飛び散る。
「奥に鞘師先生と保坂先生がいるはずだ。状況を伝えて判断を仰げ!」
「分かりました」
オレも戦闘に加わりたいところだが融合の異能力の反動ですぐに異能力は使えそうにない。
魔剣同士の戦いに異能力者が入ったところで足手纏いになる。
悔しいが明智や千代田たちを安全な場所まで避難させることが最優先事項だ。
馬場会長のおかげで冷静さを取り戻した今、そこの優先順位を間違えるほどオレも愚かではない。
「火野、立てるか?」
「うん、大丈夫」
膝をついていた火野に肩を貸して立ち上がる。
本来であれば魔剣所有者同士の戦闘は決着がつくまで離脱できない決まりだが、水の魔剣を所有している馬場会長が現れたことで状況が変わった。
火VS闇→水VS闇となり、火野の離脱が可能となったのだ。
火野が天魔に敗北していた場合、フェニックスが完全に倒されていた場合、このどちらかが成立してしまったら離脱も叶わなかったがフェニックスは不死だ。
地に落ちたとしても何度でも復活する。
それは過去に暗空が検証している。
火野は助かった。
その代わり馬場会長は逃げ道を失った。
押し寄せる破滅の大津波。
波に巻き込まれればその瞬間から物体として形の維持ができなくなる。
つまり地上に逃げ場は無い。
鞘師が『破滅伝播の両腕・無限大』を発動する前、その予兆を感じ取った紫龍と溝端は互いに示し合わせ、奥の手を使う決断を下した。
紫龍が刀で自身の腹部を貫き、溝端も同じように槍で腹を貫いた。
側から見れば自ら命を絶ったかのように見える光景は正に異様そのもの。
しかし、神の器である神器の真の力を解放する上では必要な手順だった。
死に直面する痛みと引き換えに絶大な力を手にする。
それゆえに紫龍も溝端も序列戦では1度も神器を解放したことはない。
生徒同士の戦闘では死を覚悟させられる展開が訪れなかったから。
だが、今は違う。
死が目の前まで迫っている。
「神器解放・冥界龍!」
「神器解放・鷲獅子!」
2人の体に突き刺さる神器が激しく発光し、紫龍が冥界龍に溝端が鷲獅子の姿に変化した。
神器の正体。
それは異能力・獣化を宿した武器のことである。
黒と紫が混ざり合った翼を羽ばたかせ、ドラゴンの巨大な体躯が浮かび上がる。
反異能力者ギルドのガインと同等かそれ以上のサイズ感。
腕を広げて胸を張り、赤い双眸で鞘師と保坂を見下ろしている。
その隣に飛び立ったのは獅子の胴体に鷲の頭と翼を持つ幻獣・鷲獅子。
風を切り裂くほどの素早さを持っており、風そのものを操ることができる。
鋭い爪は強固な鎧や鱗であっても削り取ってしまう。
「学院暗部の隠し玉がここまでとはな」
鞘師が地面から手を離したことで崩壊が止まった。
ドラゴンと幻獣。
敵が空にいては鞘師も有効打を与えることができない。
逆に紫龍と溝端は大地を焼き払い続ければいずれ勝機が見えてくる。
「混沌なる火炎砲」
冥界龍が口を大きく開き、紫炎を吐き出す。
地上で待ち構える鞘師は右腕を空に掲げ、左腕で支える。
鞘師の右手に触れた紫炎が打ち消され、一気に冥界龍の口元まで紫炎が消えていく。
枷を外した鞘師に破壊できないモノはない。
例え炎であっても手で触れることさえできれば破壊の対象となる。
形勢が逆転したかのように思えたが戦いは振り出しに戻った。
—2—
天魔が振り下ろした悪魔剣の剣先が火野を捉える寸前。
オレは身体強化の異能力を限界突破させて地面を蹴り、天魔の懐に飛び込んでいた。
衝撃に耐え切れなかった両足が悲鳴を上げ、膝が笑っている。
が、ここで踏ん張らなくては最悪な事態が起きてしまう。
集中すべきは悪魔剣の軌道を逸らすこと。
魔剣が相手だ。コピーした異能力をただ放つだけでは不十分だ。
現状1日に1回しか使えないという制限付きだがここは融合の異能力しかない。
狭いスペースで爆発的な威力を出すにはどの組み合わせが最適か。
コンマ数秒という一瞬で最適解を導き出す。
全力正拳突き×氷拳打破=全力氷拳突き。
絞り出した結果、過去にガインの突撃を止めた一撃を繰り出した。
前回は正面からガインを受け止めたが、今回は悪魔剣の軌道を逸らすだけ。
すでに振り下ろされている悪魔剣に合わせてサイドから全力で拳を叩き込む。
拳が悪魔剣に触れ、初めて天魔がオレの存在を認識した。
意識の外から突然瞬間移動のように現れたのだから当然だ。
悪魔剣を大きく押し込み、剣先が火野を避けるように地面へと突き刺さった。
「テメェ、殺されたいのか? あぁ!?」
凄む天魔に真っ向から視線を合わせる。
オレが1番聞きたかったこと。それをぶつけるなら今しかない。
「天魔咲夜、神楽坂夏蓮を知ってるか?」
「あ? 神楽坂夏蓮? ああ、あいつか。異能力者にしてはなかなか厄介だったから覚えてるぜ。あれは確か2年くらい前だったな。俺が殺した」
「殺した……?」
「もしかしてお前、あいつの親族か何かか? 憐れだなァ、いない奴の残像を追い掛けて人生を棒に振ってよぉ。同情するぜ、お兄ちゃん」
天魔が馬鹿にするようにわざとらしく腹を抱えて笑う。
「天魔咲夜ぁーー!!!!」
「雑魚が吠えるな!」
拳に氷を纏い、天魔の顎目掛けて全力で振るう。
対する天魔も悪魔剣を上段から振り下ろす。
常に冷静でいることを心掛けていたがこの時だけは頭に血が上ってしまった。
悪魔剣がオレの拳を切り裂き、オレの体が真っ二つに切断される未来が頭を過ぎる。
「神楽坂、冷静さを欠くなんてお前らしくないな。とはいえ、この状況で冷静でいられる方がおかしいか」
「馬場会長」
馬場会長が蒼蛇剣で悪魔剣を受け止めていた。
少しでもタイミングが遅れていたら氷を纏ったオレの腕は斬られていただろう。
「水の魔剣・蒼蛇剣の使い手か。魔剣同士が引き寄せられるってーのは本当みたいだなぁ」
鍔迫り合いになり、天魔が馬場会長を押し込んだ。
「八岐大蛇ッ!」
押し込まれた馬場会長は追撃される隙を与えず蒼蛇剣を振るい、八岐大蛇を顕現させる。
八つの頭を持つ青い大蛇が天魔を喰らおうと襲い掛かる。
天魔の危機を察知したのか後方でフェニックスを撃ち落としたサタンが接近しながら漆黒の光線を放つ。
光線は天魔に食らいつこうと牙を剥いていた八岐大蛇に直撃。
続けて2匹目の大蛇が天魔を襲うが、これは悪魔剣によって防がれてしまう。
三撃、四撃、五撃、六撃、七撃、八撃、九撃、十撃。
八岐大蛇と入れ替わりで馬場会長も蒼蛇剣を振るって畳み掛けるが、天魔もサタンとのコンビネーションで耐え凌いでいる。
「チッ、鬱陶しいな」
火野との戦闘と比べて天魔が攻め切れていないように感じるのは馬場会長の『未来視』の異能力が大きく関係している。
天魔とサタン、それぞれの少し先の未来を視た上で攻撃と防御に反映させているのだ。
「神楽坂、今のうちに逃げろ。こいつは俺が食い止める」
「先輩をこいつ呼ばわりとは酷いじゃねーか。生徒会長さんよぉ」
悪魔剣と蒼蛇剣が衝突し、火花が飛び散る。
「奥に鞘師先生と保坂先生がいるはずだ。状況を伝えて判断を仰げ!」
「分かりました」
オレも戦闘に加わりたいところだが融合の異能力の反動ですぐに異能力は使えそうにない。
魔剣同士の戦いに異能力者が入ったところで足手纏いになる。
悔しいが明智や千代田たちを安全な場所まで避難させることが最優先事項だ。
馬場会長のおかげで冷静さを取り戻した今、そこの優先順位を間違えるほどオレも愚かではない。
「火野、立てるか?」
「うん、大丈夫」
膝をついていた火野に肩を貸して立ち上がる。
本来であれば魔剣所有者同士の戦闘は決着がつくまで離脱できない決まりだが、水の魔剣を所有している馬場会長が現れたことで状況が変わった。
火VS闇→水VS闇となり、火野の離脱が可能となったのだ。
火野が天魔に敗北していた場合、フェニックスが完全に倒されていた場合、このどちらかが成立してしまったら離脱も叶わなかったがフェニックスは不死だ。
地に落ちたとしても何度でも復活する。
それは過去に暗空が検証している。
火野は助かった。
その代わり馬場会長は逃げ道を失った。



