—1—
誰かに後をつけられている。
オレが最初にそう感じたのは月曜日のこと。今日が水曜日だから3日間つけられているということになる。
朝、寮を出てから放課後下校するまで、常に何者かの視線を浴びせられている。
その視線は好意によるものではない。どちらかといえば敵意に近いだろう。
直接声を掛けてくるわけでもなく、常に一定の距離を保ちこちらの様子を窺う謎の人物。
一体誰がこんな手間のかかることをしているのか。
考えられる人物は今のところ2人だが、まだ確証はない。ソロ序列戦も近いし厄介事はなるべく早く片付けておきたいところだ。
「じゃあ、また後でね。神楽坂くんっ」
「ああ、来るときは一応連絡してくれ」
授業終了のチャイムが鳴り、明智とそんな短いやり取りを交わしてから教室を後にした。
行先は寮だ。
今日は明智の提案で勉強会を開くことになった。
場所はなぜかオレの部屋。
参加メンバーは、オレ、明智、千代田、西城の4人。
明智との別れ際「もう少し他の人にも声を掛けてみるね」と、言われたのだが、面識の無い人にいきなり来られても気まずいだけなのでできれば勘弁してほしい。
まあ、明智のことだからそこは気を遣ってくれるだろう。
という訳で一足先に寮に帰って部屋の掃除を済ませておかねばならない。
特に散らかっているという訳ではないのだが、一応客人を招く立場として最低限のことはしておきたい。
飲み物とかも買っておいた方が良さそうだな。
「ついて来てるな」
下駄箱で靴を履き替え、校舎の前を歩いていると背後に怪しい気配を感じた。どうやら今日も尾行されているみたいだ。全くどれだけ暇なんだか。
勢いよくバッと振り返るが誰もいない。
が、次の瞬間、空からオレの頭上目掛けて何かが降ってきた。
反射的に飛び込み前転をしてなんとか逃れる。
「っぶね、間一髪ってやつだな」
ゆっくりと立ち上がり、状況を整理する。
先ほどまでオレが立っていた場所には花瓶だろうか? が、粉々に砕け散っていた。
あと一歩遅れていたら今頃、頭に直撃していただろう。言葉通り本当に間一髪だった。
「大丈夫か神楽坂! 怪我は無いか?」
花瓶が割れた音を聞きつけ、鞘師先生が駆け付けてくれた。
1階の窓からも何人かの生徒が顔を覗かせている。
「なんとか無事みたいです」
制服の汚れを手ではたきながらそう答えた。
「ならよかった。でもどうして空から花瓶が降って来たんだ? 上級生の教室のベランダからでも飛んできたのか?」
鞘師先生が校舎の2階と3階を見上げる。
「どこから飛んできたのかはオレにもわかりません。ただ、この土の量だと花瓶を持ち上げてベランダから身を乗り出さないと外に落とすことはできなさそうですけどね」
そんなことをしていたら落とす前に第3者の目に触れてしまう。
よってこの線はほぼ無いだろう。
「それもそうだな。何にせよ神楽坂が無事でよかった。今後このようなことが無いように目を光らせておくが、もし何かあったら遠慮せず私や保坂にでも報告してくれ」
「わかりました」
ここは素直に頷いておく。
急いでいるときに限って面倒事に巻き込まれるとはな。とんだ災難だ。
散らかった花瓶の破片や土をそのままにしておくわけにもいかないので、オレは掃除用具を取りに校舎の中へと向かうことにした。
鞘師先生も手伝ってくれるらしく一緒についてきた。
鞘師先生との会話の中でオレは何もわからない風を演じていたが、実際には犯人の目星は付いていた。
花瓶が降ってきたとき、オレは花瓶そのものは見ていなかったが、花瓶の影は視界に入っていた。
と言っても地面に落下するほんの一瞬だけだったが。
しかし、その一瞬の情報が重要だったりする。
オレを狙った犯人は十中八九オレの後を付けていた人物で間違いない。
オレが振り返ったあの瞬間、姿を完璧に隠すことはできていたが、肝心の気配までは消せていなかった。
すぐに鞘師先生が駆け付けたため接触することは叶わなかったが。
この学院に物を浮かせる異能力を持った人間なんて限られている。
—2—
「ごめんね神楽坂くん、遅くなっちゃって」
玄関のドアを開けるとそこには絶世の美女こと、明智ひかりがいた。謝る姿も安定して可愛い。
「いいや、問題ない。オレもついさっき帰ってきたところだ。遠慮なく入ってくれ」
カップルがデートの待ち合わせのときにするやり取りみたいだなと思いながら明智を部屋の中に招き入れる。
あの後、鞘師先生と割れた花瓶の片付けをしていたため、帰宅するのがすっかり遅くなってしまった。
ハイスピードで部屋の掃除は終わらせたが、オレの休む時間までは取れなかった。
改めて振り返ると今日は掃除しかしてないな。
「お、お邪魔します」
千代田が控えめな声でそう言い、明智の後に続く。
「神楽坂くん、僕まで押しかけるような形になってしまってなんだか申し訳ないね」
「そんなに気にしないでくれ西城。オレもちょうど数学でわからない問題があったところだったんだ。教えてもらえたら助かる」
「もちろん。僕でよければ喜んで協力するよ」
西城が爽やかな笑顔を見せる。やはり頼りになるのは頭のいいイケメンの友人だな。
そんな西城が部屋に入ると、意外な2人が玄関の前に姿を見せた。
「明智さんに誘われて来ちゃいました!」
「私はちゆの付き添い。ちゆ1人だと心配だから」
6日前、図書室で遭遇した浅香と火野のコンビがオレの許可を取る前に部屋の中にずかずかと入ってきた。
勉強会のメンバーは明智に一任しているからオレがどうこう言う話じゃないが、一応ここはオレの部屋なわけで。
まあ、もうどうでもいいか。
「適当に座っててくれ」
明智たちが勉強用具を広げている間にオレは1人キッチンで飲み物の用意を始める。
コンビニで買ってきた麦茶をこれまたコンビニで買ってきた紙コップに注いでいく。
「ありがとう神楽坂くん、いただきます」
全員にお茶が行き渡り、ようやくオレも床に座ることができた。
「どうしたの? なんか浮かない顔してる」
オレの顔を見て火野がそう訊いてきた。
「いや、1人部屋に6人となると結構狭いなと思ってな」
部屋に唯一あるテーブルは明智と千代田が使っている。ベッドに腰を掛けて教科書を眺めているのが西城。浅香と火野はオレと同じく床に座っている形だ。
「あはは、そんなことかー。こうすれば全然問題無いよ」
火野の隣にいた浅香が体育座りをして膝の上に教科書を乗せてみせた。
確かにそれならスペースを有効活用できそうだが、その態勢では浅香の健康的な太股が露わになってしまう。
浅香本人は全く気にしていないようだが、正面に座っているこちらからしたらスカートの中が見えてしまいそうで目のやり場に困る。
「西城、さっき言ってた数学の問題なんだが早速教えてもらってもいいか?」
「うん、僕がそっちに行けばいいかな?」
「いいや、大丈夫だ。オレがそっちに移動する」
自然な流れでなんとかこの場から脱出することができた。
図書室でよだれを垂らしている姿を見ただけで怒ってきた浅香のことだから、パンツなんて見た日にはどうなるかわかったもんじゃない。
その後、オレたちは2時間以上ぶっ続けでテスト勉強をした。
人間、集中していると2時間ぐらいあっという間に感じるものなんだな。
時計を見つめながらそんなことを思っていると、少し休憩をしようと明智が提案してきた。
流れのままオレたちは雑談をすることに。話題は4日後に迫ったソロ序列戦についてだ。
「西城くんは誰が優勝すると思う?」
明智が西城に話を振る。
「そうだね。僕は、氷堂さんかな。総当たり戦でも今のところ全勝だし、確率はかなり高いと思う」
「で、でもそれで言ったら、千炎寺くんも全勝だよね?」
氷堂と同じく特待生として入学した千炎寺正隆。千代田の言う通り彼もまだ負けを知らない。
「うーん、確かにその2人が決勝で当たりそうだね。神楽坂くんはどう思う?」
全員の意見を満遍なく聞きたいのか明智からパスが回ってきた。
「ダークホース的な感じで岩渕なんかはどうだ?」
いまいち掴みどころのない男、岩渕周。鞘師先生と保坂先生など、教師陣に対しても怯まず自分を突き通す男だ。
1回目の総当たり戦では仮病を使ってサボってみせたが、2回目にはちゃんと姿を見せた。
まあ、姿を見せただけで真面目に授業に取り組んでいたかと言われれば何とも言えないが。
ある意味1学年の中では1番未知数な存在と言ってもいいかもしれない。
「岩渕くんかー、岩渕くんは気分に左右されることが多いからなー。それよりみんな! いのりんのことを忘れてもらっちゃ困るよ!」
浅香が火野の肩を組んでギュッと引き寄せた。
「ちゆ、ちょっと痛い」
「あはは、ごめんごめん。いのりんが可愛いからついつい力が入っちゃったよ」
「もう」
火野が浅香のことをジト目で睨む。
「ごめん、僕が言えたことじゃないんだけど、火野さんの成績ってそこまでよくないように思えたんだけど」
自身も負け越しが多い西城が率直な疑問を口にする。
「間違ってない。2勝4敗」
「西城くん、総当たり戦はあくまでも総当たり戦だよ。いのりんが本気を出したらこの学院で敵う相手なんていないんじゃないかなー」
「ちゆ、それは言い過ぎ」
「ありゃ、怒られちゃった」
浅香がチロッと舌を出して笑う。
「でもいのりんが強いのは本当だよ」
「浅香さんがそこまで言うと、火野さんの戦ってる姿が早く見たくなってきたよ」
優勝者を氷堂と予想していた西城も火野の実力が気になり始めたようだ。
明日はソロ序列戦前最後の総当たり戦だ。
おそらくどの生徒も調整程度で本気を出すことは無いと思うが、浅香がそこまでプッシュする火野の異能力や戦闘スタイルに注目して見てもいいかもしれないな。
誰かに後をつけられている。
オレが最初にそう感じたのは月曜日のこと。今日が水曜日だから3日間つけられているということになる。
朝、寮を出てから放課後下校するまで、常に何者かの視線を浴びせられている。
その視線は好意によるものではない。どちらかといえば敵意に近いだろう。
直接声を掛けてくるわけでもなく、常に一定の距離を保ちこちらの様子を窺う謎の人物。
一体誰がこんな手間のかかることをしているのか。
考えられる人物は今のところ2人だが、まだ確証はない。ソロ序列戦も近いし厄介事はなるべく早く片付けておきたいところだ。
「じゃあ、また後でね。神楽坂くんっ」
「ああ、来るときは一応連絡してくれ」
授業終了のチャイムが鳴り、明智とそんな短いやり取りを交わしてから教室を後にした。
行先は寮だ。
今日は明智の提案で勉強会を開くことになった。
場所はなぜかオレの部屋。
参加メンバーは、オレ、明智、千代田、西城の4人。
明智との別れ際「もう少し他の人にも声を掛けてみるね」と、言われたのだが、面識の無い人にいきなり来られても気まずいだけなのでできれば勘弁してほしい。
まあ、明智のことだからそこは気を遣ってくれるだろう。
という訳で一足先に寮に帰って部屋の掃除を済ませておかねばならない。
特に散らかっているという訳ではないのだが、一応客人を招く立場として最低限のことはしておきたい。
飲み物とかも買っておいた方が良さそうだな。
「ついて来てるな」
下駄箱で靴を履き替え、校舎の前を歩いていると背後に怪しい気配を感じた。どうやら今日も尾行されているみたいだ。全くどれだけ暇なんだか。
勢いよくバッと振り返るが誰もいない。
が、次の瞬間、空からオレの頭上目掛けて何かが降ってきた。
反射的に飛び込み前転をしてなんとか逃れる。
「っぶね、間一髪ってやつだな」
ゆっくりと立ち上がり、状況を整理する。
先ほどまでオレが立っていた場所には花瓶だろうか? が、粉々に砕け散っていた。
あと一歩遅れていたら今頃、頭に直撃していただろう。言葉通り本当に間一髪だった。
「大丈夫か神楽坂! 怪我は無いか?」
花瓶が割れた音を聞きつけ、鞘師先生が駆け付けてくれた。
1階の窓からも何人かの生徒が顔を覗かせている。
「なんとか無事みたいです」
制服の汚れを手ではたきながらそう答えた。
「ならよかった。でもどうして空から花瓶が降って来たんだ? 上級生の教室のベランダからでも飛んできたのか?」
鞘師先生が校舎の2階と3階を見上げる。
「どこから飛んできたのかはオレにもわかりません。ただ、この土の量だと花瓶を持ち上げてベランダから身を乗り出さないと外に落とすことはできなさそうですけどね」
そんなことをしていたら落とす前に第3者の目に触れてしまう。
よってこの線はほぼ無いだろう。
「それもそうだな。何にせよ神楽坂が無事でよかった。今後このようなことが無いように目を光らせておくが、もし何かあったら遠慮せず私や保坂にでも報告してくれ」
「わかりました」
ここは素直に頷いておく。
急いでいるときに限って面倒事に巻き込まれるとはな。とんだ災難だ。
散らかった花瓶の破片や土をそのままにしておくわけにもいかないので、オレは掃除用具を取りに校舎の中へと向かうことにした。
鞘師先生も手伝ってくれるらしく一緒についてきた。
鞘師先生との会話の中でオレは何もわからない風を演じていたが、実際には犯人の目星は付いていた。
花瓶が降ってきたとき、オレは花瓶そのものは見ていなかったが、花瓶の影は視界に入っていた。
と言っても地面に落下するほんの一瞬だけだったが。
しかし、その一瞬の情報が重要だったりする。
オレを狙った犯人は十中八九オレの後を付けていた人物で間違いない。
オレが振り返ったあの瞬間、姿を完璧に隠すことはできていたが、肝心の気配までは消せていなかった。
すぐに鞘師先生が駆け付けたため接触することは叶わなかったが。
この学院に物を浮かせる異能力を持った人間なんて限られている。
—2—
「ごめんね神楽坂くん、遅くなっちゃって」
玄関のドアを開けるとそこには絶世の美女こと、明智ひかりがいた。謝る姿も安定して可愛い。
「いいや、問題ない。オレもついさっき帰ってきたところだ。遠慮なく入ってくれ」
カップルがデートの待ち合わせのときにするやり取りみたいだなと思いながら明智を部屋の中に招き入れる。
あの後、鞘師先生と割れた花瓶の片付けをしていたため、帰宅するのがすっかり遅くなってしまった。
ハイスピードで部屋の掃除は終わらせたが、オレの休む時間までは取れなかった。
改めて振り返ると今日は掃除しかしてないな。
「お、お邪魔します」
千代田が控えめな声でそう言い、明智の後に続く。
「神楽坂くん、僕まで押しかけるような形になってしまってなんだか申し訳ないね」
「そんなに気にしないでくれ西城。オレもちょうど数学でわからない問題があったところだったんだ。教えてもらえたら助かる」
「もちろん。僕でよければ喜んで協力するよ」
西城が爽やかな笑顔を見せる。やはり頼りになるのは頭のいいイケメンの友人だな。
そんな西城が部屋に入ると、意外な2人が玄関の前に姿を見せた。
「明智さんに誘われて来ちゃいました!」
「私はちゆの付き添い。ちゆ1人だと心配だから」
6日前、図書室で遭遇した浅香と火野のコンビがオレの許可を取る前に部屋の中にずかずかと入ってきた。
勉強会のメンバーは明智に一任しているからオレがどうこう言う話じゃないが、一応ここはオレの部屋なわけで。
まあ、もうどうでもいいか。
「適当に座っててくれ」
明智たちが勉強用具を広げている間にオレは1人キッチンで飲み物の用意を始める。
コンビニで買ってきた麦茶をこれまたコンビニで買ってきた紙コップに注いでいく。
「ありがとう神楽坂くん、いただきます」
全員にお茶が行き渡り、ようやくオレも床に座ることができた。
「どうしたの? なんか浮かない顔してる」
オレの顔を見て火野がそう訊いてきた。
「いや、1人部屋に6人となると結構狭いなと思ってな」
部屋に唯一あるテーブルは明智と千代田が使っている。ベッドに腰を掛けて教科書を眺めているのが西城。浅香と火野はオレと同じく床に座っている形だ。
「あはは、そんなことかー。こうすれば全然問題無いよ」
火野の隣にいた浅香が体育座りをして膝の上に教科書を乗せてみせた。
確かにそれならスペースを有効活用できそうだが、その態勢では浅香の健康的な太股が露わになってしまう。
浅香本人は全く気にしていないようだが、正面に座っているこちらからしたらスカートの中が見えてしまいそうで目のやり場に困る。
「西城、さっき言ってた数学の問題なんだが早速教えてもらってもいいか?」
「うん、僕がそっちに行けばいいかな?」
「いいや、大丈夫だ。オレがそっちに移動する」
自然な流れでなんとかこの場から脱出することができた。
図書室でよだれを垂らしている姿を見ただけで怒ってきた浅香のことだから、パンツなんて見た日にはどうなるかわかったもんじゃない。
その後、オレたちは2時間以上ぶっ続けでテスト勉強をした。
人間、集中していると2時間ぐらいあっという間に感じるものなんだな。
時計を見つめながらそんなことを思っていると、少し休憩をしようと明智が提案してきた。
流れのままオレたちは雑談をすることに。話題は4日後に迫ったソロ序列戦についてだ。
「西城くんは誰が優勝すると思う?」
明智が西城に話を振る。
「そうだね。僕は、氷堂さんかな。総当たり戦でも今のところ全勝だし、確率はかなり高いと思う」
「で、でもそれで言ったら、千炎寺くんも全勝だよね?」
氷堂と同じく特待生として入学した千炎寺正隆。千代田の言う通り彼もまだ負けを知らない。
「うーん、確かにその2人が決勝で当たりそうだね。神楽坂くんはどう思う?」
全員の意見を満遍なく聞きたいのか明智からパスが回ってきた。
「ダークホース的な感じで岩渕なんかはどうだ?」
いまいち掴みどころのない男、岩渕周。鞘師先生と保坂先生など、教師陣に対しても怯まず自分を突き通す男だ。
1回目の総当たり戦では仮病を使ってサボってみせたが、2回目にはちゃんと姿を見せた。
まあ、姿を見せただけで真面目に授業に取り組んでいたかと言われれば何とも言えないが。
ある意味1学年の中では1番未知数な存在と言ってもいいかもしれない。
「岩渕くんかー、岩渕くんは気分に左右されることが多いからなー。それよりみんな! いのりんのことを忘れてもらっちゃ困るよ!」
浅香が火野の肩を組んでギュッと引き寄せた。
「ちゆ、ちょっと痛い」
「あはは、ごめんごめん。いのりんが可愛いからついつい力が入っちゃったよ」
「もう」
火野が浅香のことをジト目で睨む。
「ごめん、僕が言えたことじゃないんだけど、火野さんの成績ってそこまでよくないように思えたんだけど」
自身も負け越しが多い西城が率直な疑問を口にする。
「間違ってない。2勝4敗」
「西城くん、総当たり戦はあくまでも総当たり戦だよ。いのりんが本気を出したらこの学院で敵う相手なんていないんじゃないかなー」
「ちゆ、それは言い過ぎ」
「ありゃ、怒られちゃった」
浅香がチロッと舌を出して笑う。
「でもいのりんが強いのは本当だよ」
「浅香さんがそこまで言うと、火野さんの戦ってる姿が早く見たくなってきたよ」
優勝者を氷堂と予想していた西城も火野の実力が気になり始めたようだ。
明日はソロ序列戦前最後の総当たり戦だ。
おそらくどの生徒も調整程度で本気を出すことは無いと思うが、浅香がそこまでプッシュする火野の異能力や戦闘スタイルに注目して見てもいいかもしれないな。



