—1—
3校合同文化祭会議の翌週、8月22日土曜日。
オレはショッピングモールの雑貨屋で頭を悩ませていた。
「誕生日プレゼントか」
夕方から行われる明智の誕生日会の前にプレゼントを選びに来たのだが、あまりの選択肢の多さに決めきれないでいた。
同性へのプレゼントだったら筆記用具やギフトカードやマグカップなど、意外とすんなり候補が出てくるが異性となると話は変わってくる。
一応、下調べとして文芸誌の作品作りの合間に『異性が喜ぶ誕生日プレゼント』というネット記事を見てみたが、1位が化粧品、2位がスキンケアグッズ、3位がコスメグッズ、4位が文房具、5位に日用雑貨と続いていた。
1位〜3位に関しては全くと言っていいほど知識が無いため、早々に候補から除外した。
無難に店頭で押されている商品を選んでもいいが、人気商品だとすでに明智が持っている可能性もある。
とはいえ、アクセサリーのような形に残って尚且つ身につける物だと重すぎる。
以前、千代田にはハンカチをプレゼントしたが誕生日にハンカチはどうなんだ?
ハンカチだけだと味気ないような気もする。
そもそも誕生日会の企画者が千代田だからハンカチは選べない。
ぐるぐると店内を回り、マグカップを手に取って棚に戻す。
あまり経験が無いだけにプレゼントを考えるのは難しいな。
結局、何も決まらないままオレは雑貨屋を後にするのだった。
—2—
約束の16時になり明智の家へと向かう。
「はーいっ!」
インターホンを押すと室内から明智の元気の良い声が聞こえてきた。
「誕生日おめでとう明智」
ドアを開いた明智にお祝いの言葉を送る。
「うんっ、ありがとう♪」
「千代田はもう来てるか?」
「中にいるよ。一緒に飾り付けしてたんだっ」
どうやら自分の誕生日の飾り付けを手伝っていたらしい。
部屋に入ると壁にアルファベットの『Happy Birthday』という風船が貼り付けられていた。
「か、神楽坂くん、もし良かったら手伝ってもらってもいいですか?」
風船を膨らまし過ぎて軽く酸欠になっているのか顔を赤くした千代田が助けを求めてきた。
壁際にあるソファーの上をカラフルな風船で埋め尽くすつもりらしい。
「任せろ」
「私も手伝うねっ」
「あ、ありがとうございます」
千代田から風船を受け取って順番に膨らませていく。
『1』と『6』の風船は明智の歳を表した物だろう。
誕生日会の参加者はオレ、千代田、明智の3人で全員だ。
磯峯と丸岡が主催する誕生日会にも誘われたみたいだが、明智はオレ達を優先してくれた。
向こうは向こうで日にちをズラして開催するらしい。
「かなり賑やかになったな」
「カラフルで可愛いね」
「明智さんの誕生日会なのに手伝ってもらってすみません」
「ううん、一緒にできて楽しいよっ!」
心なしか明智も普段よりテンションが高い。
祝い事はする方もされる方も気持ちが良いからな。テンションが上がるのも分かる。
海での思い出を話したり、残り1週間ちょっとになった夏休みについて話したり、話題が次から次へと切り替わっていく。
他の人と会話をするときは多少気を遣ってトークを展開していくが、この2人と話しているときは良い意味で気を遣わなくなった。
半年間行動を共にしていればお互いの素の部分やプライベートな面も見えてくるからな。
遠慮が無くなったのだろう。
「明智さん、改めてお誕生日おめでとうございます」
千代田が小さい紙袋を明智に渡した。
「ありがとう! 開けてもいい?」
「はい、もちろんです」
紙袋から出てきたのは手のひらに収まるサイズ感の小さい箱。
明智が箱を破らないように丁寧に開けていく。
「リップだ! 真っ赤で綺麗だね!」
「明智さんに似合うかなと思って選びました」
「ありがとう風花ちゃん。今付けてみるね。どうかな?」
明智の潤いのある唇にリップの赤が重なり色っぽくなった。
「似合ってます」
「ありがとう♪」
これだけ明智が喜ぶプレゼントを渡した千代田の後となると出しにくいがオレも買ってきた物を渡さなければ。
「オレからも誕生日プレゼントだ。良かったら使ってくれ」
「ありがとう! お、ハンドクリームだね!」
雑貨屋を後にしてショッピングモールを散策していた時にふと目に付いたのがハンドクリームだった。
夏季限定商品のクールタイプで柑橘系の匂いがするらしい。
店頭に置いてあった試供品を試した感じだとベタつきが気にならないサラサラとしたタイプだったので好みが分かれるのかもしれないが個人的には好印象だった。
「ライムの良い匂い。ハンドクリームは必需品だからこれから使うね!」
喜んでもらえてひとまずホッとした。
嬉しそうな顔を見ると渡したこっちまで嬉しくなるな。
「ケーキも買ってきたのでみんなで食べましょう」
千代田が冷蔵庫からケーキを持ってきた。
クリームにイチゴが乗ってるホールケーキだ。
ろうそくを立ててライターで火を付ける。
「せっかくだし、3人で写真撮りたいな!」
「私も撮りたいです」
明智の発案でオレと千代田がソファーの前に移動する。
主役の明智を真ん中にしてオレのスマホで写真を撮ることになった。
「撮るぞ。はいチーズ」
海に行った時もそうだがこうして写真に残すことで思い出も増えていく。
写真を撮る文化は昔からあったがスマホの画質が綺麗になり、SNSが発達したことで写真を撮る頻度が昔と比べて増えたような気がする。
「よーし、食べよー」
小皿に取り分けてフォークでケーキをつつく。
こういう機会が無いとケーキを食べることもない。
寮での生活だとどうしても自分の好きな物しか買わなくなるからな。
「そういえばショッピングモールの近くでお祭りやってるみたいですね」
「言われてみれば張り紙があったな」
思い返してみればショッピングモールの至る所に宣伝のポスターが貼ってあった。
屋台が出ていて夜には花火が上がるらしい。
「もしこの後時間があるなら夜ご飯食べに行ってみない?」
今日は明智の誕生日会以外で予定は入れていない。
例え予定が入っていたとしても今日ぐらいは何も考えなくてもいいだろう。
「花火も上がるみたいだし行ってみるか」
「楽しみです」
デザートを食べている最中に夜ご飯の話をするのもどうかと思うが、世の中には別腹という言葉がある。
まあ、明智も自分の誕生日に少しでも多く思い出を作りたかったのだろう。
■■■■■
■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■
この時のオレは想像すらしていなかった。
まさか祭りであんなことが起きるなんて。
目の前で起きている出来事が現実なのかさえ分からなくなっていた。
「なんだよ。なんなんだよこれは……」
転がる死体。地面にできた血溜まり。
悲劇は唐突に訪れる。
3校合同文化祭会議の翌週、8月22日土曜日。
オレはショッピングモールの雑貨屋で頭を悩ませていた。
「誕生日プレゼントか」
夕方から行われる明智の誕生日会の前にプレゼントを選びに来たのだが、あまりの選択肢の多さに決めきれないでいた。
同性へのプレゼントだったら筆記用具やギフトカードやマグカップなど、意外とすんなり候補が出てくるが異性となると話は変わってくる。
一応、下調べとして文芸誌の作品作りの合間に『異性が喜ぶ誕生日プレゼント』というネット記事を見てみたが、1位が化粧品、2位がスキンケアグッズ、3位がコスメグッズ、4位が文房具、5位に日用雑貨と続いていた。
1位〜3位に関しては全くと言っていいほど知識が無いため、早々に候補から除外した。
無難に店頭で押されている商品を選んでもいいが、人気商品だとすでに明智が持っている可能性もある。
とはいえ、アクセサリーのような形に残って尚且つ身につける物だと重すぎる。
以前、千代田にはハンカチをプレゼントしたが誕生日にハンカチはどうなんだ?
ハンカチだけだと味気ないような気もする。
そもそも誕生日会の企画者が千代田だからハンカチは選べない。
ぐるぐると店内を回り、マグカップを手に取って棚に戻す。
あまり経験が無いだけにプレゼントを考えるのは難しいな。
結局、何も決まらないままオレは雑貨屋を後にするのだった。
—2—
約束の16時になり明智の家へと向かう。
「はーいっ!」
インターホンを押すと室内から明智の元気の良い声が聞こえてきた。
「誕生日おめでとう明智」
ドアを開いた明智にお祝いの言葉を送る。
「うんっ、ありがとう♪」
「千代田はもう来てるか?」
「中にいるよ。一緒に飾り付けしてたんだっ」
どうやら自分の誕生日の飾り付けを手伝っていたらしい。
部屋に入ると壁にアルファベットの『Happy Birthday』という風船が貼り付けられていた。
「か、神楽坂くん、もし良かったら手伝ってもらってもいいですか?」
風船を膨らまし過ぎて軽く酸欠になっているのか顔を赤くした千代田が助けを求めてきた。
壁際にあるソファーの上をカラフルな風船で埋め尽くすつもりらしい。
「任せろ」
「私も手伝うねっ」
「あ、ありがとうございます」
千代田から風船を受け取って順番に膨らませていく。
『1』と『6』の風船は明智の歳を表した物だろう。
誕生日会の参加者はオレ、千代田、明智の3人で全員だ。
磯峯と丸岡が主催する誕生日会にも誘われたみたいだが、明智はオレ達を優先してくれた。
向こうは向こうで日にちをズラして開催するらしい。
「かなり賑やかになったな」
「カラフルで可愛いね」
「明智さんの誕生日会なのに手伝ってもらってすみません」
「ううん、一緒にできて楽しいよっ!」
心なしか明智も普段よりテンションが高い。
祝い事はする方もされる方も気持ちが良いからな。テンションが上がるのも分かる。
海での思い出を話したり、残り1週間ちょっとになった夏休みについて話したり、話題が次から次へと切り替わっていく。
他の人と会話をするときは多少気を遣ってトークを展開していくが、この2人と話しているときは良い意味で気を遣わなくなった。
半年間行動を共にしていればお互いの素の部分やプライベートな面も見えてくるからな。
遠慮が無くなったのだろう。
「明智さん、改めてお誕生日おめでとうございます」
千代田が小さい紙袋を明智に渡した。
「ありがとう! 開けてもいい?」
「はい、もちろんです」
紙袋から出てきたのは手のひらに収まるサイズ感の小さい箱。
明智が箱を破らないように丁寧に開けていく。
「リップだ! 真っ赤で綺麗だね!」
「明智さんに似合うかなと思って選びました」
「ありがとう風花ちゃん。今付けてみるね。どうかな?」
明智の潤いのある唇にリップの赤が重なり色っぽくなった。
「似合ってます」
「ありがとう♪」
これだけ明智が喜ぶプレゼントを渡した千代田の後となると出しにくいがオレも買ってきた物を渡さなければ。
「オレからも誕生日プレゼントだ。良かったら使ってくれ」
「ありがとう! お、ハンドクリームだね!」
雑貨屋を後にしてショッピングモールを散策していた時にふと目に付いたのがハンドクリームだった。
夏季限定商品のクールタイプで柑橘系の匂いがするらしい。
店頭に置いてあった試供品を試した感じだとベタつきが気にならないサラサラとしたタイプだったので好みが分かれるのかもしれないが個人的には好印象だった。
「ライムの良い匂い。ハンドクリームは必需品だからこれから使うね!」
喜んでもらえてひとまずホッとした。
嬉しそうな顔を見ると渡したこっちまで嬉しくなるな。
「ケーキも買ってきたのでみんなで食べましょう」
千代田が冷蔵庫からケーキを持ってきた。
クリームにイチゴが乗ってるホールケーキだ。
ろうそくを立ててライターで火を付ける。
「せっかくだし、3人で写真撮りたいな!」
「私も撮りたいです」
明智の発案でオレと千代田がソファーの前に移動する。
主役の明智を真ん中にしてオレのスマホで写真を撮ることになった。
「撮るぞ。はいチーズ」
海に行った時もそうだがこうして写真に残すことで思い出も増えていく。
写真を撮る文化は昔からあったがスマホの画質が綺麗になり、SNSが発達したことで写真を撮る頻度が昔と比べて増えたような気がする。
「よーし、食べよー」
小皿に取り分けてフォークでケーキをつつく。
こういう機会が無いとケーキを食べることもない。
寮での生活だとどうしても自分の好きな物しか買わなくなるからな。
「そういえばショッピングモールの近くでお祭りやってるみたいですね」
「言われてみれば張り紙があったな」
思い返してみればショッピングモールの至る所に宣伝のポスターが貼ってあった。
屋台が出ていて夜には花火が上がるらしい。
「もしこの後時間があるなら夜ご飯食べに行ってみない?」
今日は明智の誕生日会以外で予定は入れていない。
例え予定が入っていたとしても今日ぐらいは何も考えなくてもいいだろう。
「花火も上がるみたいだし行ってみるか」
「楽しみです」
デザートを食べている最中に夜ご飯の話をするのもどうかと思うが、世の中には別腹という言葉がある。
まあ、明智も自分の誕生日に少しでも多く思い出を作りたかったのだろう。
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この時のオレは想像すらしていなかった。
まさか祭りであんなことが起きるなんて。
目の前で起きている出来事が現実なのかさえ分からなくなっていた。
「なんだよ。なんなんだよこれは……」
転がる死体。地面にできた血溜まり。
悲劇は唐突に訪れる。



