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 文化祭準備の雑務と文芸誌掲載作品の執筆をこなしながら迎えた8月12日水曜日。
 オレはショッピングモールの自動ドアの脇で1人開店時間を待っていた。
 夏休みだからかオレの他にも開店を待つ若者の姿が見える。
 恐らく学院の生徒だろう。

「春斗くん、お待たせ!」

「おはようございます」

 開店と同時に待ち合わせをしていた天童先輩がやって来た。
 短く切り揃えられた金髪が太陽の光を受けて輝きを放つ。
 今日も快晴。外は茹だるような暑さだ。

「今日はありがとね。無理言って急に付き添いお願いしちゃって」

「いえ、自分もCDショップに興味があったのでちょうどよかったです」

 店内に入り、エスカレーターを使って2階へ。
 ショッピングモールには結構な頻度で足を運んでいるが、まだCDショップには立ち寄ったことがなかった。
 今の時代、配信サイトに登録すればスマホで音楽が聴き放題になる。
 熱狂的なアーティストのファンでもない限りCDを購入すること自体珍しくなってきているような気がする。

 本も紙書籍から電子書籍に移行し始めているくらいだからな。
 とはいえ、形の無いデータに比べて実際に手に取って楽しむことができるCDの良さ、紙書籍の良さもある。
 オレもどちらかといえば触れて楽しみたいタイプの人間だ。

「あ! HIBIKIの特設ブースだ!」

 CDショップの店頭に展開されていた特設コーナーを見つけて子供のようにはしゃぐ天童先輩。
 今回の新曲は人気アニメ映画とのコラボ楽曲らしい。
 特設コーナーにはアニメのキャラとHIBIKIのイラストが散りばめられていてとても華やかに飾られていた。

「凄いですね」

 中央の特大モニターには新曲のMVが流れている。
 圧倒されてありきたりな感想しか出てこない。
 素顔を公表していなくてこの人気ということはそれだけ彼女の歌声が魅力的である証拠だ。

「CDの中に応募券が入ってて当たると直筆サイン入り色紙が当たるんだよねー」

 と言いながら天童先輩は異なるジャケットのCDを複数枚手に取っていく。
 序列も上位で生徒会にも所属しているからライフポイントにはかなり余裕があると思っていたが、案外HIBIKI関連のグッズに注ぎ込んでいてそうではないのかもしれない。

「春斗くんにも後で1枚あげるね」

「いいんですか?」

「うん、今日付き合ってくれたお礼!」

「そういうことなら、ありがとうございます」

 記念に1枚買ってみようかと考えていたら天童先輩に奢って貰えることになった。
 レジで会計を済ませて店内の奥へと向かう。
 どうやら新曲のリリースイベントが行われるらしい。
 50席ほど椅子が用意され、前方のスクリーンにはカウントダウンが表示されている。

「あらあら、神楽坂くんと天童さん、2人もHIBIKIのファンなんですか?」

 たまたま隣の席に座っていた保健の鳴宮先生がオレたちに気付いて声を掛けてきた。

「はい! もうめちゃくちゃファンです! 新曲のMVも毎日聴いてます!」

 共通の推しが見つかり、天童先輩のテンションが上がる。

「ありがとね〜。こんなに応援して貰えたらHIBIKIもきっと喜ぶと思うわ」

「なんだか知り合いのような口調ですね」

 天童先輩と鳴宮先生との温度感に違和感を感じたため、探りを入れてみる。

「知り合いというか、HIBIKIは私の娘なの。小さい頃から歌うことが大好きでね。ここまで有名になるとは私も思わなかったわ」

「え、HIBIKIが鳴宮先生の娘さん……先生、今度お家に遊びに行ってもいいですか!! HIBIKIがどういうお家で育ったのか気になります!!」

「あらあら、機会があったらね」

 なかなかに衝撃的な事実がサラッと明かされ、勢いのまま天童先輩は鳴宮先生の家に訪問する約束を取り付けた。
 というか鳴宮先生もHIBIKIの素性を明かして大丈夫なのか?
 一応、顔出しNGで私生活も謎に包まれているはずだったが。
 まあ、オレが心配することじゃないか。

『みんな! 今日は新曲リリースイベントに来てくれてありがとう♪ もちろんもう新曲は聴いてくれたよね?』

 カウントダウンが0になり、スクリーンにHIBIKIのイラストが映し出された。
 明るくて耳心地の良い声だ。

『今日来てくれたみんなに私から重大発表があります! 9月27日にHIBIKI初となる顔出しライブを行います!! 場所は異能力者育成学院のドームスペード! 当日は異能力者育成学院と聖帝虹学園と私立鳳凰学院の3校合同文化祭も開催されるから是非文化祭にも行ってみてね!!』

 派手な効果音と共にスクリーンに【9月27日 HIBIKI・顔出し解禁!】と表示された。

「嘘……」

 あまりのビックニュースに天童先輩も口を開いて放心状態になっている。

「鳴宮先生、HIBIKIは聖帝虹学園の1年生だと聞いたことがあるんですけど」

「ええ、そうよ。文化祭を盛り上げるためにライブをすることにしたみたい」

 文化祭の運営をしている天童先輩もオレも知らなかったということは聖帝虹学園側の独断の可能性がある。
 或いは馬場会長が聖帝虹学園に訪問した際にライブの話が進められていたのか。
 何はともあれ、かなりの知名度を誇るHIBIKIが文化祭の告知を打ったとなればその宣伝効果は計り知れない。

 ライブ会場の設営、警護などの仕事も山のように増えるだろう。

『それでは最後に聴いて下さい! 新曲、芽吹き』

 曲が始まり可愛らしい地声から一変。ダークな重々しい歌声へ。

 かつて魔族に襲われていた村を救い英雄と呼ばれた青年は敵の本陣を潰すべく仲間を率いて魔王城に訪れる。
 死闘の果てに魔王との戦闘で英雄は命を落とす。
 人類は魔族の襲撃から逃れるべく土地を捨て、大陸を南下。

 そんな絶望な状況でも魔族に復讐を誓う新しい世代が台頭してくる。
 この曲のタイトルは映画に登場する新世代から取っているのだろう。

 『芽吹き』。
 顔出しを決断したHIBIKIにとっても相応しいタイトルかもしれない。
 新曲リリースイベントは全国のCDショップや配信サイトで同時放送されていたらしく、瞬く間にSNSのトレンド入りを果たした。

 ライブチケットは一般応募による抽選。
 詳細はHIBIKIの公式ホームページで公開された。

 曲のラストのサビの疾走感が新たな時代の幕開けを表現しているような気がした。