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調理実習の練習から数日。
前期期末考査まで1週間を切り、オレたちは課題の提出や勉強に明け暮れていた。
とはいえ、勉強ばかりに時間を割いている余裕はない。
これまで明智の噂の拡散に文芸部所属と立て続けに行動に移してきたがどちらも学院の暗部に繋がる決定打とはならない。
今、圧倒的に足りていないもの。
それは情報だ。
最も欲しているのは学院の悪事を暴く上での証拠だが、長期にわたって隠し通していることから一学生が辿り着けるとは思えない。
それでも夏蓮を誘拐した紫龍と溝端。
夏蓮を知っていた糸巻。糸巻と連携を図っていた無名。
集団序列戦でオレを危険視していたクロムとイレイナなど、背後に学院の影がチラつく人物も多い。
接触したところで空振りに終わることは目に見えているが可能性があるのなら試してみるのは悪くない。
ただ、迂闊に近づくのは禁物だ。
相手を警戒させてしまうからな。
上記に挙げた面々に近しい距離にいながらオレがまだ関係を構築していない人物。
その人に会うべくオレは第二校舎の3階に足を運んでいた。
「また君か。何回来ても答えは同じだ。ワシにはなんのことだかさっぱり分からん」
「海藤ティーチャー、この契約書を見たまえ。このサインはあなたのものではないのかな?」
「どれどれ、ロックエンジニアリング? どうして君がこれを持っているんだ?」
クロムとイレイナの生みの親である海藤さねみ。
その研究室から興味深い会話が聞こえてきた。
ドアが半開きになっているため、こちらからでも中の様子が窺える。
どうやら海藤と話しているのは岩渕のようだ。
「ロックエンジニアリングは私の会社だからねー。正確には私が継ぐ予定となっている会社だがこの際細かい話は置いておこう」
スマホの検索機能に『ロックエンジニアリング』と入力する。
検索結果から詳細が書かれていそうな記事へアクセス。
『ロボットが生活を豊かに』というキャッチコピーがデカデカと表示され、製品の紹介ページが複数開かれた。
その中にはクロムとイレイナに似た機種もある。
会話の中心となっている『ロックエンジニアリング』は自律型のロボットを開発する会社みたいだ。
「なるほど。それで? このサインがワシのサインだったとしてどうだと言うんだ?」
白衣姿に眼鏡をかけ、ボサボサ頭の海藤が机に広げられた機械を触り始めた。
「少し前に匿名でタレコミが入ったんだ。我が社の製品が悪用されているとね」
「君はどこの誰かも分からんタレコミを信じるのか?」
「いずれ会社のトップに立つ者として従業員が安心して仕事に取り組める環境を作るのは当然だろう?」
普段適当な発言をしているだけあって岩渕が正論を言っていると違和感がある。
「見ての通りワシは研究で忙しい。手短に話すぞ。結論から言うとそんな事実は無い。確かに君の会社から製品番号966と1017を購入した。それは認めよう」
「集団序列戦では随分と派手に暴れていたみたいだねー。でも2体を知る私からしたら不思議でならない。元々あの2体には戦闘機能は備えていないはずだからねー」
「簡単な話だ。ワシが2体を改造したからな。学院を外敵から守るという名目でな。社長から許可も貰っているから決して悪用ではないぞ」
「名目ということは口実に過ぎないと白状しているようなものだがいいのかい?」
「どう受け取るかは個人の自由だ。ただ先月の反異能力者ギルドによる学院襲撃事件のように学院の防衛機能を強化させる必要があることも事実。そういった意味でもワシの研究は非常に意味のあることだと思うがね」
海藤は作業の手を止め、ぶつぶつと独り言を呟きながらパソコンに何かを打ち込み始めた。
自分を曲げずマイペースを貫く岩渕にとって似たタイプの人種と相対するのは貴重な経験だろう。
その証拠に海藤に話し掛けることを放棄したようにも見える。
「どうやら聞き耳を立てているネズミがいるみたいだねー」
なぜ気づかれたのかは分からないが岩渕がこちらに視線を向けていた。
身を隠す時間も無く、廊下に出てきた岩渕と目が合う。
「ナンバーワンボーイ、盗み聞きとはナンセンスだねー」
相変わらず壊滅的なあだ名のセンスだが、いちいち突っ込んだりはしない。
「海藤先生に用があったんだが先に岩渕が話していたみたいだから待ってたんだ。もう話は終わったのか?」
あえて堂々とすることで怪しさを払拭する。
「老人とコミュニケーションを取っていたんだがそういうことなら君に譲ろう。どうやら私を待っているガールがいるみたいだしねー」
廊下の角に3年の小南と百瀬の姿があった。
そういえばつい先日の生徒会会議でも2人の名前が出ていたな。
「先輩とは仲が良いのか?」
「気になるのかい?」
「いや、以前ショッピングモールで一緒にいる所を見かけたから聞いてみただけだ」
「なるほど。残念ながら同学年には話の合いそうな生徒がいなくてね。それに比べて3年生は未来を見据えている生徒が多い。だからスムーズにトークできるというわけだ。2人は私の良きパートナーさ」
「そうか」
まさか答えが返ってくるとは思わずそう相槌を打つと岩渕は2人の下に歩いて行った。
調理実習の練習から数日。
前期期末考査まで1週間を切り、オレたちは課題の提出や勉強に明け暮れていた。
とはいえ、勉強ばかりに時間を割いている余裕はない。
これまで明智の噂の拡散に文芸部所属と立て続けに行動に移してきたがどちらも学院の暗部に繋がる決定打とはならない。
今、圧倒的に足りていないもの。
それは情報だ。
最も欲しているのは学院の悪事を暴く上での証拠だが、長期にわたって隠し通していることから一学生が辿り着けるとは思えない。
それでも夏蓮を誘拐した紫龍と溝端。
夏蓮を知っていた糸巻。糸巻と連携を図っていた無名。
集団序列戦でオレを危険視していたクロムとイレイナなど、背後に学院の影がチラつく人物も多い。
接触したところで空振りに終わることは目に見えているが可能性があるのなら試してみるのは悪くない。
ただ、迂闊に近づくのは禁物だ。
相手を警戒させてしまうからな。
上記に挙げた面々に近しい距離にいながらオレがまだ関係を構築していない人物。
その人に会うべくオレは第二校舎の3階に足を運んでいた。
「また君か。何回来ても答えは同じだ。ワシにはなんのことだかさっぱり分からん」
「海藤ティーチャー、この契約書を見たまえ。このサインはあなたのものではないのかな?」
「どれどれ、ロックエンジニアリング? どうして君がこれを持っているんだ?」
クロムとイレイナの生みの親である海藤さねみ。
その研究室から興味深い会話が聞こえてきた。
ドアが半開きになっているため、こちらからでも中の様子が窺える。
どうやら海藤と話しているのは岩渕のようだ。
「ロックエンジニアリングは私の会社だからねー。正確には私が継ぐ予定となっている会社だがこの際細かい話は置いておこう」
スマホの検索機能に『ロックエンジニアリング』と入力する。
検索結果から詳細が書かれていそうな記事へアクセス。
『ロボットが生活を豊かに』というキャッチコピーがデカデカと表示され、製品の紹介ページが複数開かれた。
その中にはクロムとイレイナに似た機種もある。
会話の中心となっている『ロックエンジニアリング』は自律型のロボットを開発する会社みたいだ。
「なるほど。それで? このサインがワシのサインだったとしてどうだと言うんだ?」
白衣姿に眼鏡をかけ、ボサボサ頭の海藤が机に広げられた機械を触り始めた。
「少し前に匿名でタレコミが入ったんだ。我が社の製品が悪用されているとね」
「君はどこの誰かも分からんタレコミを信じるのか?」
「いずれ会社のトップに立つ者として従業員が安心して仕事に取り組める環境を作るのは当然だろう?」
普段適当な発言をしているだけあって岩渕が正論を言っていると違和感がある。
「見ての通りワシは研究で忙しい。手短に話すぞ。結論から言うとそんな事実は無い。確かに君の会社から製品番号966と1017を購入した。それは認めよう」
「集団序列戦では随分と派手に暴れていたみたいだねー。でも2体を知る私からしたら不思議でならない。元々あの2体には戦闘機能は備えていないはずだからねー」
「簡単な話だ。ワシが2体を改造したからな。学院を外敵から守るという名目でな。社長から許可も貰っているから決して悪用ではないぞ」
「名目ということは口実に過ぎないと白状しているようなものだがいいのかい?」
「どう受け取るかは個人の自由だ。ただ先月の反異能力者ギルドによる学院襲撃事件のように学院の防衛機能を強化させる必要があることも事実。そういった意味でもワシの研究は非常に意味のあることだと思うがね」
海藤は作業の手を止め、ぶつぶつと独り言を呟きながらパソコンに何かを打ち込み始めた。
自分を曲げずマイペースを貫く岩渕にとって似たタイプの人種と相対するのは貴重な経験だろう。
その証拠に海藤に話し掛けることを放棄したようにも見える。
「どうやら聞き耳を立てているネズミがいるみたいだねー」
なぜ気づかれたのかは分からないが岩渕がこちらに視線を向けていた。
身を隠す時間も無く、廊下に出てきた岩渕と目が合う。
「ナンバーワンボーイ、盗み聞きとはナンセンスだねー」
相変わらず壊滅的なあだ名のセンスだが、いちいち突っ込んだりはしない。
「海藤先生に用があったんだが先に岩渕が話していたみたいだから待ってたんだ。もう話は終わったのか?」
あえて堂々とすることで怪しさを払拭する。
「老人とコミュニケーションを取っていたんだがそういうことなら君に譲ろう。どうやら私を待っているガールがいるみたいだしねー」
廊下の角に3年の小南と百瀬の姿があった。
そういえばつい先日の生徒会会議でも2人の名前が出ていたな。
「先輩とは仲が良いのか?」
「気になるのかい?」
「いや、以前ショッピングモールで一緒にいる所を見かけたから聞いてみただけだ」
「なるほど。残念ながら同学年には話の合いそうな生徒がいなくてね。それに比べて3年生は未来を見据えている生徒が多い。だからスムーズにトークできるというわけだ。2人は私の良きパートナーさ」
「そうか」
まさか答えが返ってくるとは思わずそう相槌を打つと岩渕は2人の下に歩いて行った。



