—1—
日曜日の午前11時。
寮を出ると肌に纏わりつくような熱気に襲われる。
この日の最高気温は35度。太陽の光を浴びると一瞬にして汗が吹き出してきた。
これから秋が来るまで毎日暑さと戦わなければならないことを考えると足取りも重くなる。
行き先はショッピングモール。
恐らく店内は空調が効いているから涼しいはずだ。
期末考査の家庭科の調理実習の概要が発表され、今日はその対策をすることになっている。
提案者は西城だ。
調理実習の班はランダムで4人が選出された。
オレ、西城、氷堂、火野がグループとなる。
授業時間内に課題料理である肉じゃがと餃子を作り、出来栄えと味、調理中の連携などが評価項目となっている。
いきなり本番を迎えるには不安要素が残る為、西城が日程を調整して家庭科室を借りてくれた。
「おはよう神楽坂くん」
待ち合わせ場所に指定されたショッピングモールの入口で西城と氷堂が待っていた。
「おはよう。待たせたか?」
「ううん、僕たちも今来たところだし、ちょうど火野さんも来たみたいだね」
背後から火野が小走りでやって来た。
「暑過ぎて溶ける。氷堂さん、早く中に行こ」
「ちょ、ちょっと火野さん!?」
着くなり、ヘトヘトな火野は一刻も早く冷気を感じるべく氷堂の腕をぐいぐいと引っ張って店内に入っていった。
オレと西城もそれに続く。
「快適快適。氷堂さんの腕も冷たいね」
「恥ずかしいから手を離して欲しいんだけど」
子供のように絡みつく火野の手を氷堂が振り解く。
周囲の目を気にしてのことだろう。
火野と氷堂の組み合わせはあまり見ないがコミュニケーションという面ではとりあえず問題は無さそうだ。
西城は誰とでも合わせることができるリーダータイプだし、オレは全員と接点がある。
いつも通りサポートに徹していれば問題なさそうだ。
「それじゃあ、必要な物をカートに入れていこう。肉じゃがの具材と餃子の具材で手分けをした方がいいと思うんだけどどう分けようか?」
早速、西城が仕切り始める。
話を聞きながら火野と氷堂がカートを手にしたため、自然と2人は分かれる形に。
「神楽坂くんはどっちがいいとか希望はあるかな?」
「いや、特にはないな」
「じゃあ、僕と火野さんは餃子を神楽坂くんと氷堂さんには肉じゃがの具材をお願いするね」
「分かったわ。神楽坂くん、行きましょ」
氷堂が頷き、野菜コーナーに向かってカートを押して行く。
「氷堂は普段自炊とかしてるのか?」
「基本的には自分で作るようにはしてるわね。そういう神楽坂くんはどうなの?」
「オレは作ったり作らなかったりだな。作るのが面倒だったら外食で済ませることも多い」
袋に入ったじゃがいもを手に取り、カートに入れる。
4人分となると分量がイマイチわからないが、1袋で十分だろう。
「この辺りでオススメのご飯屋さんってある?」
「オレが何回か通ってるのは1階のラーメン屋だな。後はフードコートのオムライスも美味かったぞ」
「ラーメンとオムライスね。今度機会があれば行ってみるわ」
氷堂がにんじんと玉ねぎをカートに入れていく。
他の個体と見比べてなるべく大きい物を選んでいるあたり普段からそうしていることが窺える。
その後も砂糖、みりん、醤油などの調味料を次々とカートに入れ、最後に牛こま切れ肉を手に取った。
「ライフポイントは後から送金するから」
バトルポイントの譲渡は禁止されているがライフポイントの受け渡しに制限は無い。
会計を済ませて食料を袋に詰めていると氷堂からライフポイントが送金されてきた。
「ねえ神楽坂くん」
「どうした?」
氷堂が近寄って声を掛けてきた。
遠くのレジで会計を終えた西城と火野がこちらに気付き手を上げて近づいてくる。
「今度時間があったら手合わせして欲しいんだけどいい?」
「それは下剋上システムでってことか?」
「ううん、個人的なお願い。どうしても倒さなければならない人がいるの。もし負けたら私は学院を去らなきゃいけない。そういう決まりだから」
「複雑な事情がありそうだな。オレでよければ手は貸すが今はテスト対策で忙しい。夏休みに入ってからでもいいか?」
「ありがとう。じゃあ日程はまた後日に合わせましょう」
氷堂の倒さなければならない相手とは一体。
負けたら学院を去るという契約を結んでいる点から家庭の事情という線が1番濃厚だろうな。
テスト期間が終わり、学院の闇と対峙した後であれば予定は空いている。
オレ自身、戦闘面において氷堂の氷の異能力から学ぶことは多い。実戦形式で戦うことによってまた何か新しい発見があるかもしれない。
—2—
場所を家庭科室に移し、購入してきた材料をテーブルに並べる。
フライパンやボールなどの調理器具は家庭科室に備え付けられているため、出費を最小限に抑えることができた。
「基本的にはレシピ通りに作ればいいと思うんだけど、恥ずかしい話僕はあまり料理が得意じゃ無いんだ。だから代わりに誰か指揮してくれないかな」
家事全般を親に任せていたと以前西城は話していた。
レシピ通りとは言え、段取りが頭に入っている人間が統率する方がスムーズに進むだろう。
「私でよければ」
自炊している氷堂がオレと火野の顔色を窺ってから口を開いた。
「ありがとう。じゃあ氷堂さんにお願いするね」
進行が西城から氷堂に移り変わる。
「火野さん、普段料理は?」
「ぼちぼち」
「となると、火野さんと西城くんがそのまま餃子担当。神楽坂くんが肉じゃが担当ね」
「オレも得意って訳じゃないんだが」
「私もフォローに入るから心配しなくていいわ」
そう言って氷堂がテキパキと場を仕切り始めた。
餃子は練ったひき肉に細かく切った野菜を混ぜ、冷蔵庫で1時間ほど寝かせる。後は餃子の皮に包んでフライパンで焼いたら完成だ。
工程としてはそれほど難しくはない。
まあ肉じゃがも肉と野菜を炒めて煮るだけだから難易度的には同じようなものか。
「そういえばみんなは美術の課題は進んでる?」
ひき肉を練りながら西城が全体に話題を投げる。
期末考査の美術のテーマは『夏』。自身が思う夏について1ヶ月間を掛けて制作する。
すでに7月上旬から制作に取り掛かっているため、そろそろ完成が見えている頃だろう。
「八割型完成してるわ」
「氷堂さんは何を描いたのかな?」
「花火。空に浮かぶ大きな花火とそれが水面にも反射している様子を描いてるわ。これから仕上げに入るところ」
「いいね。情景が浮かんでくるよ。神楽坂くんは?」
「オレは木に止まってる蝉を描いてる」
「毎日うるさいもんね」
火野がうんざりした顔で言う。
この時期はどこに行っても蝉の鳴き声が聞こえるからな。
山奥で育ったオレにとっては海水浴なんかのレジャーよりは虫とか川の方が親近感がある。
「僕はお祭りの屋台の絵を描いてるよ。提灯とか風鈴とか細かい所の描き込みが結構大変で締め切りギリギリまで掛かるかもしれない」
自虐的に西城が笑った。
西城の性格上、妥協しないだろうから時間が掛かりそうだ。
「私はこれ」
火野が作業していた手を止め、球体状に膨らんだビニール袋を持ってきた。
「じゃーん!」
セルフで効果音を付けると袋からスイカを取り出した。
「デザートで最後に食べよ」
「ずっと隠してると思ったらそれだったのか」
「西城くんと話して夏だしせっかくだからデザートに良いんじゃないかって」
「うーん、ほぼ火野さんの意見だけどね」
どうやら火野の記憶と西城の記憶が食い違っているみたいだ。
こんな調子で雑談をしながら順調に作業は進み、調理実習の練習は幕を閉じた。
火野の餃子の形が少々独創的だったが、味は問題無かったから良しとしよう。
肉じゃがも氷堂が味付けの調整を担当したため大きく失敗することはなかった。
もちろん、スイカも美味かった。
日曜日の午前11時。
寮を出ると肌に纏わりつくような熱気に襲われる。
この日の最高気温は35度。太陽の光を浴びると一瞬にして汗が吹き出してきた。
これから秋が来るまで毎日暑さと戦わなければならないことを考えると足取りも重くなる。
行き先はショッピングモール。
恐らく店内は空調が効いているから涼しいはずだ。
期末考査の家庭科の調理実習の概要が発表され、今日はその対策をすることになっている。
提案者は西城だ。
調理実習の班はランダムで4人が選出された。
オレ、西城、氷堂、火野がグループとなる。
授業時間内に課題料理である肉じゃがと餃子を作り、出来栄えと味、調理中の連携などが評価項目となっている。
いきなり本番を迎えるには不安要素が残る為、西城が日程を調整して家庭科室を借りてくれた。
「おはよう神楽坂くん」
待ち合わせ場所に指定されたショッピングモールの入口で西城と氷堂が待っていた。
「おはよう。待たせたか?」
「ううん、僕たちも今来たところだし、ちょうど火野さんも来たみたいだね」
背後から火野が小走りでやって来た。
「暑過ぎて溶ける。氷堂さん、早く中に行こ」
「ちょ、ちょっと火野さん!?」
着くなり、ヘトヘトな火野は一刻も早く冷気を感じるべく氷堂の腕をぐいぐいと引っ張って店内に入っていった。
オレと西城もそれに続く。
「快適快適。氷堂さんの腕も冷たいね」
「恥ずかしいから手を離して欲しいんだけど」
子供のように絡みつく火野の手を氷堂が振り解く。
周囲の目を気にしてのことだろう。
火野と氷堂の組み合わせはあまり見ないがコミュニケーションという面ではとりあえず問題は無さそうだ。
西城は誰とでも合わせることができるリーダータイプだし、オレは全員と接点がある。
いつも通りサポートに徹していれば問題なさそうだ。
「それじゃあ、必要な物をカートに入れていこう。肉じゃがの具材と餃子の具材で手分けをした方がいいと思うんだけどどう分けようか?」
早速、西城が仕切り始める。
話を聞きながら火野と氷堂がカートを手にしたため、自然と2人は分かれる形に。
「神楽坂くんはどっちがいいとか希望はあるかな?」
「いや、特にはないな」
「じゃあ、僕と火野さんは餃子を神楽坂くんと氷堂さんには肉じゃがの具材をお願いするね」
「分かったわ。神楽坂くん、行きましょ」
氷堂が頷き、野菜コーナーに向かってカートを押して行く。
「氷堂は普段自炊とかしてるのか?」
「基本的には自分で作るようにはしてるわね。そういう神楽坂くんはどうなの?」
「オレは作ったり作らなかったりだな。作るのが面倒だったら外食で済ませることも多い」
袋に入ったじゃがいもを手に取り、カートに入れる。
4人分となると分量がイマイチわからないが、1袋で十分だろう。
「この辺りでオススメのご飯屋さんってある?」
「オレが何回か通ってるのは1階のラーメン屋だな。後はフードコートのオムライスも美味かったぞ」
「ラーメンとオムライスね。今度機会があれば行ってみるわ」
氷堂がにんじんと玉ねぎをカートに入れていく。
他の個体と見比べてなるべく大きい物を選んでいるあたり普段からそうしていることが窺える。
その後も砂糖、みりん、醤油などの調味料を次々とカートに入れ、最後に牛こま切れ肉を手に取った。
「ライフポイントは後から送金するから」
バトルポイントの譲渡は禁止されているがライフポイントの受け渡しに制限は無い。
会計を済ませて食料を袋に詰めていると氷堂からライフポイントが送金されてきた。
「ねえ神楽坂くん」
「どうした?」
氷堂が近寄って声を掛けてきた。
遠くのレジで会計を終えた西城と火野がこちらに気付き手を上げて近づいてくる。
「今度時間があったら手合わせして欲しいんだけどいい?」
「それは下剋上システムでってことか?」
「ううん、個人的なお願い。どうしても倒さなければならない人がいるの。もし負けたら私は学院を去らなきゃいけない。そういう決まりだから」
「複雑な事情がありそうだな。オレでよければ手は貸すが今はテスト対策で忙しい。夏休みに入ってからでもいいか?」
「ありがとう。じゃあ日程はまた後日に合わせましょう」
氷堂の倒さなければならない相手とは一体。
負けたら学院を去るという契約を結んでいる点から家庭の事情という線が1番濃厚だろうな。
テスト期間が終わり、学院の闇と対峙した後であれば予定は空いている。
オレ自身、戦闘面において氷堂の氷の異能力から学ぶことは多い。実戦形式で戦うことによってまた何か新しい発見があるかもしれない。
—2—
場所を家庭科室に移し、購入してきた材料をテーブルに並べる。
フライパンやボールなどの調理器具は家庭科室に備え付けられているため、出費を最小限に抑えることができた。
「基本的にはレシピ通りに作ればいいと思うんだけど、恥ずかしい話僕はあまり料理が得意じゃ無いんだ。だから代わりに誰か指揮してくれないかな」
家事全般を親に任せていたと以前西城は話していた。
レシピ通りとは言え、段取りが頭に入っている人間が統率する方がスムーズに進むだろう。
「私でよければ」
自炊している氷堂がオレと火野の顔色を窺ってから口を開いた。
「ありがとう。じゃあ氷堂さんにお願いするね」
進行が西城から氷堂に移り変わる。
「火野さん、普段料理は?」
「ぼちぼち」
「となると、火野さんと西城くんがそのまま餃子担当。神楽坂くんが肉じゃが担当ね」
「オレも得意って訳じゃないんだが」
「私もフォローに入るから心配しなくていいわ」
そう言って氷堂がテキパキと場を仕切り始めた。
餃子は練ったひき肉に細かく切った野菜を混ぜ、冷蔵庫で1時間ほど寝かせる。後は餃子の皮に包んでフライパンで焼いたら完成だ。
工程としてはそれほど難しくはない。
まあ肉じゃがも肉と野菜を炒めて煮るだけだから難易度的には同じようなものか。
「そういえばみんなは美術の課題は進んでる?」
ひき肉を練りながら西城が全体に話題を投げる。
期末考査の美術のテーマは『夏』。自身が思う夏について1ヶ月間を掛けて制作する。
すでに7月上旬から制作に取り掛かっているため、そろそろ完成が見えている頃だろう。
「八割型完成してるわ」
「氷堂さんは何を描いたのかな?」
「花火。空に浮かぶ大きな花火とそれが水面にも反射している様子を描いてるわ。これから仕上げに入るところ」
「いいね。情景が浮かんでくるよ。神楽坂くんは?」
「オレは木に止まってる蝉を描いてる」
「毎日うるさいもんね」
火野がうんざりした顔で言う。
この時期はどこに行っても蝉の鳴き声が聞こえるからな。
山奥で育ったオレにとっては海水浴なんかのレジャーよりは虫とか川の方が親近感がある。
「僕はお祭りの屋台の絵を描いてるよ。提灯とか風鈴とか細かい所の描き込みが結構大変で締め切りギリギリまで掛かるかもしれない」
自虐的に西城が笑った。
西城の性格上、妥協しないだろうから時間が掛かりそうだ。
「私はこれ」
火野が作業していた手を止め、球体状に膨らんだビニール袋を持ってきた。
「じゃーん!」
セルフで効果音を付けると袋からスイカを取り出した。
「デザートで最後に食べよ」
「ずっと隠してると思ったらそれだったのか」
「西城くんと話して夏だしせっかくだからデザートに良いんじゃないかって」
「うーん、ほぼ火野さんの意見だけどね」
どうやら火野の記憶と西城の記憶が食い違っているみたいだ。
こんな調子で雑談をしながら順調に作業は進み、調理実習の練習は幕を閉じた。
火野の餃子の形が少々独創的だったが、味は問題無かったから良しとしよう。
肉じゃがも氷堂が味付けの調整を担当したため大きく失敗することはなかった。
もちろん、スイカも美味かった。



