—1—

 集団序列戦から1週間が経過した7月14日火曜日。
 1学年の序列1位となり、上級生からの視線も日に日に集まっているように感じるがだからといって何かが大きく変わったわけではない。

 明智や千代田たちと授業を受け、放課後は前期期末考査の対策に時間を費やしていた。
 今回は中間考査の7科目に加えて情報、家庭科、美術、異能力実技の4科目が追加となる。

 学力が求められる7科目とは異なり、いずれも専門的な技術が必要だ。
 情報は筆記試験とパソコンのタイピング。
 家庭科は調理実習形式で時間内に課題料理を作らなくてはならない。
 美術はテーマに沿った絵を1ヶ月間で制作。
 異能力実技は集団序列戦の結果と授業内のペア総当たり戦の戦績が反映されるらしい。

 テストは7月27日〜7月30日に行われる。
 それが終われば待ちに待った夏休みだ。

 集団序列戦が終わったばかりで次の序列戦の情報も解禁されていないため、生徒の照準は期末考査に向いている。

 オレはそれと並行する形で生徒会への報告事項をまとめていた。
 というのも学院に戻ってきた翌日に生徒会室へ訪れたのだが、タイミング悪く生徒会長の馬場が取り込み中だったため日を改めることとなったのだ。

 暗空の掲示板問題。
 犯人が明智と判明した以上、このカードを利用して学院にどう揺さぶりをかけていくか。
 生半可な脅しは効かないだろうが踏み込み過ぎても危険度は増してしまう。

 だが、リスク無しでは得られるリターンも少ない。
 目立たないように裏でコソコソ立ち回るのはもう終わりだ。ここからは学院の闇を暴くために行動に移すときだ。

—2—

 その日の午後、1度家に帰ったオレは豪華客船で購入したクッキーとバームクーヘンが入った紙袋を手に取り、生徒会室に向かっていた。
 真夏の日差しを避けるように昇降口に入ると、事前に呼び出していた明智の姿を見つける。

「悪い、待たせたな」

「ううん、私も今来たところだから平気だよっ。えっと、それは?」

「生徒会へのお土産だ。手ぶらで行くのもどうかと思ってな」

「そこまで気を回してるなんて偉いね」

 数日前、さり気なく暗空にお土産の件で探りを入れたのだが暗空は何も買っていないと言っていた。
 持っていくべきか迷ったが、仮に生徒会のメンバーが食べなくても来賓用として出せば問題ないだろう。

「ねぇ、神楽坂くん聞いた?」

「何をだ?」

 靴を履き替え、明智と並んで廊下を歩く。

「私たちが集団序列戦をしていたとき、学院で大きな騒ぎがあったんだって」

「詳しいことまでは分からないがそうらしいな」

 生徒会長と生徒会副会長、馬場と榊原(さかきばら)が派手に衝突したらしい。
 身近に詳細を知っている人物がいなくて真相を掴み損ねていたが、流石は明智の情報収集能力だ。

「上級生には2つの派閥があって保守派と革命派って呼んでるみたいなんだけど、保守派のリーダーが生徒会長で革命派のリーダーが副会長なんだって」

「学院の伝統を重んじる馬場会長が保守派なのは理解できるが、榊原先輩が革命派っていうのはピンとこないな」

 榊原先輩と深く関わっていないから内面までは計りかねるが、会話の端々や態度から馬場会長を敵対視しているような点はあった。
 だが、それと同時に尊敬していたのも確かだ。
 反対に馬場会長も榊原先輩のことは信頼していた。

「私も直接会って話したことがあるわけじゃないからアレだけど、先輩たちの話では過激的な言動は前々からあったみたい。今回の件も3年生の数人の不正を知った副会長が会長に詰め寄ったことがきっかけなんだって」

「馬場会長がバタバタしていたのもこの件が原因かもな」

 理由はどうであれ報告まで1週間の猶予が生まれ、明智や暗空と念入りに打ち合わせをすることができた。

「神楽坂」

 何の偶然か背後から馬場会長に呼び止められた。

「お疲れ様です」

「ああ、この間は悪かったな」

「いえ、大丈夫です。馬場会長、よかったらこれを。集団序列戦のお土産です」

 紙袋を馬場会長に渡した。

「ありがとう。気を遣わせたみたいですまないな。そちらは明智さんだったかな?」

「明智ひかりです」

 明智が愛想良くぺこりと頭を下げる。

「今日は会議をする日だが彼女も一緒なのか?」

「はい、すみません。詳しくは中に入ってから説明します」

「そうか」

 生徒会室に辿り着いたことで一旦会話は中断。
 今ここで明智の説明をしたとしても室内でもう1度説明することになる。
 単純に二度手間だ。

「失礼します」

 室内には生徒会のメンバーが揃っていた。
 どことなく重苦しい雰囲気が流れている。
 顔を合わせているのに誰一人として口を開いていないからそう感じるのかもしれない。

「すみません、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 オレは馬場会長が所定の位置に座ったことを確認してから発言権を求めるべく手を挙げた。
 その声に反応して全てを知っている暗空もこちらに視線を向けてきた。

「ああ、構わない」

「暗空の掲示板の件ですが犯人を特定することに成功しました」

 生徒会のメンバーの視線がオレから明智へと注がれる。

「1年の明智ひかりです。暗空さんに関する書き込みをしたのは私で間違いありません。暗空さんはもちろんのこと生徒会の皆さんにはご迷惑をお掛けしてしまい本当に申し訳ございませんでした」

「事を起こした目的はなんだ?」

 馬場会長が冷静に問い掛ける。

「嫉妬です」

「嫉妬?」

「特待生で入学してソロ序列戦では優勝。学院の序列上位者しか踏み入ることが許されない生徒会に所属。順調に、そして着実に階段を上る暗空さんの姿を近くで見ていたら嫉妬心が湧いてきてしまって。今ではなんて愚かな行為を働いてしまったのかと悔いています」

「なるほど。暗空の足を引っ張ることが目的だったと」

 馬場会長が明智の言葉を整理する。

「理由としては珍しく無いごくありきたりなものだな。常に他者と比べられ、それが数字として可視化される学院では嫉妬、怒り、憎しみなんかの負の感情は湧きやすい。だからと言ってやって良いことと悪いことがある」

 榊原の鋭い視線が明智を捉える。

「他者を陥れるその行為が罪無き人間の人生を奪うところだったんだぞ。この学院には負のエネルギーを自己研鑽の熱量に変換している生徒も多い。他人に嫉妬している暇があるならまずは自分自身を磨け」

「はい、本当にすみませんでした」

 榊原の正論を前に明智が頭を下げた。
 馬場会長を始めとする他のメンバーも概ね榊原に肯定といった様子だ。

「会長、明智の処遇はどうしますか?」

「明智は自らの罪を認めて謝罪をした。被害者の暗空次第でもあるが生徒会としては今のところ明智に対して何か要求することは考えていない」

「私はこれで問題が解決するのであれば何も言うつもりはありません」

 暗空としても事態が収まるに越したことはないだろう。

「分かった。この事実が生徒の耳に入れば明智はこれまで通りの生活を送ることができなくなるはずだ。強いて言うならそれこそが自分が起こした行動の責任だな」

「馬場会長は甘すぎます。ついこの間の小南(こみなみ)先輩と百瀬(ももせ)先輩の件もそうですが、問題を起こした生徒は即刻退学させるべきです」

 榊原の口調が強くなる。

「榊原、誰にでも過ちはある。程度はあるが1度問題を起こしたからといってその度に退学させていたらキリがない。過ちを犯した生徒に対して反省する機会を設け、償ってもらう。俺たち生徒会は生徒を取り纏める者としてその過程を見届ける義務がある。ただ切り捨てるだけでは切り捨てられた人間は別の場所でまた罪を犯す。そうなったら結果的に学院の名前に泥を塗ることになるだろ」

「甘い。やはり馬場会長とは意見が合わないです」

 何を言っても無駄といった具合に榊原が口をキツく閉じた。
 オレとしては馬場会長の考えも正しいと感じたんだがな。

「掲示板の件もこれで区切りがついた。次回の会議の議題は文化祭だ。今年の文化祭も例年同様『聖帝虹(せいていこう)学園』と『私立鳳凰(しりつほうおう)学院』と我が校の3校合同で行う方向で調整している。詳細はまた後日——」

 秋のビッグイベントの1つ文化祭。
 反異能力者ギルドのメンバーが在籍している2校と合同となれば緊張感があるな。
 学院の警備にも人時を割かなければならないだろう。

 そして、表向きでは決着した暗空の掲示板問題。
 明智には少々損な役回りを演じてもらうことになったが仕方がない。
 馬場会長の言葉を借りる訳ではないが「行動の責任」と捉えて飲み込んでもらうしかない。

 あとは明智を慕う磯峯(いそみね)丸岡(まるおか)に情報を拡散させて事態を収束させる。
 学院の上層部に全て丸く収まったと思い込ませてからが本番だ。