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 豪華客船の9階。
 生徒がレストランで夕飯を楽しむ中、同階最奥にひっそりと佇むバーには鞘師と保坂の姿があった。
 酒を取り扱うバーに未成年が入ることはできない。
 生徒に聞かせられない裏の会話をするのにここほど適した場所は無いだろう。

 照明も抑えられ、落ち着いた店内の雰囲気。
 カウンターに並んで座る2人は真剣な面持ちで集団序列戦を振り返っていた。

「保坂、また刀を使ったのか?」

「1回だけね」

「体は大丈夫なのか?」

 鞘師の顔が曇り、不安そうな表情で保坂の顔色を窺う。

「そんな顔しないでよ環奈ちゃん。青鬼化(デモニゼーション)は使ってないから心配ないよ」

「そうか。あまり無茶はしないでくれよ。これ以上お前に何かあったら私の心臓が持たないからな」

「でも環奈ちゃんは私のこの姿も好きでしょ?」

 保坂が両腕で胸を寄せ、上目遣いで誘惑するようなポーズを見せた。
 酔いが回ったのか目がとろんとしていて頬も赤い。

「茶化すな。というか中身は26でも体は小学生と変わらないんだから酒は飲むなと言っただろうが」

 鞘師が保坂の脳天にチョップを繰り出す。

「オレンジジュースだと思ったらアルコールが入ってたみたい」

「ほら水だ。もうお前は水以外飲むな」

「ありがとう、環奈ちゃん」

 保坂は両手でコップを握り締め、一気に水を飲み干した。

「環奈ちゃんと笑いながらお酒を飲む未来もあったのかな?」

 保坂の口からポロリとそんな言葉が溢れる。

「すまない。保坂がこうなったのは全部私のせいだったな」

「謝らないで。私は私がそうしたくて呪いを受け入れたんだから」

「だが——」

「環奈ちゃん、これからも2人で支え合って生きていこう。呪われた私たちの役目は次の世代を守り抜くことでしょ?」

 保坂が鞘師の手を取り包み込んだ。

「ああ、私たちのような被害者を出さないためにも最善を尽くすぞ」

 児童養護施設・マザーパラダイスを経て異能力者育成学院を卒業。
 空白の数年の後、2人は異能力者育成学院の教師として帰ってきた。
 確かな信念を持って。

 この世に3振り存在する妖刀。
 保坂が所有する刀がその1振り、時を司る妖刀・黄昏(たそがれ)だ。
 妖刀には鬼が宿っており、使用者に強力な力を与える引き換えに呪いを付与する。

 保坂の容姿が幼いのもその呪いのせいだ。
 黄昏は時を司る青鬼の力と引き換えに使用者の生命エネルギーを要求する。
 つまり、保坂は妖刀を使えば使うほど若返ってしまうのだ。
 最終的には赤子まで遡り、存在自体が消滅してしまう。
 それが保坂にかけられた呪いの全てだ。

紫龍(しりゅう)さんと溝端(みぞばた)くん、玲於奈(れおな)ちゃんが来たらどこかに行っちゃったね」

「生徒同士見られたら不都合なことでもあるんだろうな」

 神楽坂が糸巻に操られた暗空と戦っている最中、2人は目と鼻の先まで迫っていたのだが紫龍と溝端に足止めを食らっていた。
 戦闘にこそ発展しなかったが鞘師と紫龍を中心に緊張感のあるやり取りが行われた。

 神楽坂に敗北した暗空が2人の下に駆けつけ助けを求めると気が付けば紫龍と溝端は姿を消していた。

「私と話したときは教師の監視役って言ってたけどね」

「神器シリーズ、あの2人なら玲於奈を排除することくらい造作もなかったはずだ。そうしなかったということはあながち嘘はついていないのかもしれないな」

 鞘師は「今となっては分からないがな」と付け加えた。

「環奈ちゃんはあの2人に勝てる?」

「どうだろうな。あれは私たちとは別種の生き物だからな。想像の話になるが左腕を解放して五分といったところだろうな。いや、六だな」

「ハハッ、環奈ちゃんの負けず嫌いなところが出てるね」

「うるさい。負けたらそこで全てが終わりだ。違うか?」

「そうだね。それに環奈ちゃんで六割なら私も加われば八割くらいにはなりそうだね」

「まあ、ここでいくら確率論を話したところで実践になればわからんがな」

 鞘師の言うように対峙する環境や疲労具合からも戦況は大きく左右される。
 力が拮抗していれば一瞬の隙が命取りになる。
 そう言った意味では集中力を持続させることも必要な要素だ。

 その後、2人は他愛もない雑談に時間を忘れ、鞘師の目の前に置かれたグラスの水滴がテーブルに垂れ落ちた。