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 一方、女子風呂にはわだかまりが解けた明智と千代田が訪れていた。
 脱衣所で次々に服を脱いでいく明智に対して千代田は裸を見られることに抵抗があるのかキョロキョロと周囲を見回している。

「風花ちゃん、どうしたの? 早くお風呂入りに行こ?」

「明智さん、えっとやっぱり私は……」

 タオルで前身を隠している明智だが出るところはしっかり強調されている。
 千代田はそんな明智の姿を見て、ますます周囲からの視線を気にしてしまう。

「中はみんな裸だから大丈夫だよ」

 千代田の不安を少しでも取り除こうと明智が優しく囁く。
 そして、背後から千代田の服に手を掛けた。

「ひゃ!?」

「それに風花ちゃんはこんなに立派な武器を持ってるんだからもっと堂々としてていいと思うよ」

 下着の上から千代田の胸を持ち上げた明智が悪戯っぽく笑う。
 他の生徒には見せない明智の素の表情を見た千代田は嬉しさもあったが、それよりも驚きと恥ずかしさで頬が紅潮していた。
 今にも頭から湯気が出そうだ。

「あ、明智さん、怒りますよ」

 わなわなと声を震わせる千代田。

「ごめんごめん、でもいつまでもその格好でいるわけにはいかないでしょ?」

 明智の言うように千代田は上も下も下着だけを着けた状態だ。
 お風呂に入るにしても入らないにしても中途半端な格好になっている。

「う、う……わかりました。明智さん、下着を脱ぎたいのであまりこっちを見ないでもらってもいいですか?」

「了解っ! 私もそこまで意地悪じゃないよ」

 明智がくるりと回転して千代田に背を向けた。
 千代田を待っている間にも複数人の生徒から声を掛けられ、笑顔でそれに応える明智。
 体型を褒められそれを柔らかく否定しつつも相手の体型を褒める。
 そんなラリーを数回続けていると白いタオルを体に巻きつけた千代田がやって来た。

「お待たせしました」

 すらっとした細い足に体の大半はタオルで隠れてしまっているがボディーラインはしっかりと確認することができる。
 何より目を引くのはタオルでも隠し切れていない破壊力のある胸元だろう。
 明智もスタイルでは負けていないが千代田の武器を前にしては白旗を上げざるを得ない。

「じゃあ、行こっか」

「はい」

 ドアを開き、モワッという熱気を肌で感じる。

「結構人がいますね」

「うん、読みが外れちゃったね」

 船内には異能力者育成学院の生徒しか乗っていないため、展望浴場の利用者が少ないと予想していた2人だったが時間帯が夕飯前ということもあって20人以上の生徒で賑わっていた。

 風呂場は大きく分けて2箇所。
 手前が円形のジェットバス。10人くらいが入っても余裕がありそうな広々とした造りになっている。

 奥が外の景色を眺めながら入れるお風呂になっているがこちらは人気が高く、新規で入るスペースは無さそうだ。

 明智と千代田は軽くお湯で体を流してからジェットバスに入ることに。

「あ、氷堂さん、隣に入るね」

「どうぞ」

 先客の氷堂に声を掛けてから湯船に体を浸ける明智。
 ジェットバスの泡が背中と腰を刺激する。

「氷堂さん、肌白くて綺麗だねっ」

「ちょっと、勝手に触らないでもらってもいい?」

「ごめんね。すべすべで気持ち良さそうだなって思ったらつい」

 氷堂の腕をムニムニと触っていた明智が名残惜しそうに手を離した。
 2人がそんなやり取りをしている間、急に大人しくなった千代田。
 明智が隣に視線を向けると千代田は目を閉じていた。

「風花ちゃん?」

「あ、起きてますよ。大丈夫です。泡が気持ちよくて眠くなってきただけです」

「それだけ体が疲れてたってことだね」

「それだけのものをつけてたら疲れるのもわからなくはないわね」

 氷堂の視線が千代田の胸に注がれる。
 集団序列戦の疲労もあるが千代田の場合は日常生活で掛かる負荷も大きい。

「えっと、何のことですか?」

 当の本人は心当たりが無いらしく首を傾げている。

「おー、あれは明智さんと千代田さんと氷堂さんだね。なんか珍しい組み合わせだね。いのりん、私たちも混ぜてもらおっか!」

「ちゆ、はしゃぎすぎ。お風呂場で走ったら転ぶよ」

 小走りでジェットバスにやって来た浅香とそれを注意する火野。
 明智たち3人も浅香が転ばないかとハラハラしていたが、その視線はすぐに浅香を追いかける火野に向けられた。

「ひ、火野さん、その、全部見えてますけど」

「見えてるんじゃなくて見せてる。私はみんなと違って隠すものがないから」

 火野はタオルを頭に巻いていて生まれたままの姿になっていた。
 それを見た千代田が自分のことのように恥ずかしがり、両手で顔を覆う。

「私からすれば千代田さんが隠してるのもなんか違うと思う。えいっ!」

 火野がお湯に浸かるなり、千代田の体を隠していたタオルを剥ぎ取った。

「ちょ、ちょっと、返して下さい」

 千代田は咄嗟に首までお湯に潜り込む。

「いのりん、返してあげなさい。悪戯はダメだよ」

「別に悪戯じゃない」

「だとしてもダメなものはダメ。ごめんね千代田さん」

 浅香が火野からタオルを取り返して千代田に渡した。
 大人らしい体つきの浅香と幼児体型の火野が並ぶと保護者と子供と言われても違和感がない。

「みんなは何を話してたの?」

 1番端に腰を下ろした浅香が話題を振る。
 「みんな」と言いつつ、さりげなく明智に視線を向けることで明智が話しやすい空気を作った。

「私も風花ちゃんもまだ来たばかりだから決まったテーマで話はしてないかな」

「そっか。じゃあ私からみんなに聞いてみたいことがあるんだけどいい?」

「うんっ、いいよ」

 明智と同時に他のメンバーも頷く。

「夏と言えばお祭りとか海とか花火とかイベントがいっぱいあると思うんだけど、異性の人とそういった場所に出掛けるなら誰と出掛けたい?」

「ちゆ、何その質問」

 火野が呆れたような視線を浅香に向ける。

「なんかみんなの恋愛事情が気になるなと思って。明智さんはどうかな?」

「私?」

 とんでもないパスが回ってきて流石の明智も拳を顎に当てて考え込む仕草を見せる。
 だが、時間を掛けてもリアル感が増すだけなのであまり猶予はない。

「うーん、神楽坂くんかな」

「神楽坂くんか。でも確かに学院でも一緒にいることが多いよね」

「神楽坂くんとは入学初日から色々あって。そこから仲良くなったんだよね。ね? 風花ちゃん?」

「は、はい!」

 同意を求められた千代田が強く頷く。

「そういえば序列戦前に神楽坂くんと話したとき、夏になったらお祭りとか海に行きたいねって話をしてたんだった。風花ちゃんも一緒に行こうねっ」

「い、いいんですか?」

「もちろんっ」

「ありがとうございます!」

 嬉しさ全開といった感じで千代田の笑みが溢れる。

「もう約束までしてるとは。明智さんはやっぱり一歩先に進んでるねー」

「勘違いされたら困るから一応言っておくけど、神楽坂くんを選んだのは友達としてだからね?」

 特定の名前を出してしまった以上濁しておく必要がある。
 それぞれがお風呂を楽しんでいるとはいえ、誰が会話を聞いているかはわからない。
 周囲に敵を作らない明智なりの配慮だった。

「そういう浅香さんは?」

 浅香にトークの矢を向けることで自分のターンを強制的に終わらせた明智。

「私は気になってるのが神楽坂くんで興味があるのは岩渕くんなんだけど。出掛けるとしたら神楽坂くんかな。純粋に楽しそう」

 意外な人物の名前が挙がってリアクションに困った面々だったがその空気をすぐに火野が打ち消した。

「私は恋愛はよくわからない。1年生の男子は常識からズレてる人が多い気がする」

「火野さんって何気に辛辣だよね」

 明智が苦笑する。

「あはは、いのりんは思ったことを遠慮無く言っちゃうところがあるからね」

「悪い?」

「ううん、それがいのりんの良いところだと思うよ」

「えっへん!」

 浅香に褒められた火野が小さな胸を張る。

「これって私も言わなきゃダメ?」

 順番に発表する流れができてしまい、やり過ごすことが難しいと判断した氷堂がトークテーマを提案した浅香に確認を取る。

「人のを聞いて自分だけ逃げるのは無しだよ氷堂さん♪」

 浅香が人差し指を氷堂に向けて楽しそうにくるくると回す。

「まったく、望んでもないのに勝手に話し出したのはあなたたちでしょうが」

 氷堂が小声で本音を呟いた。

「えっ? ごめん氷堂さん聞こえなかったからもう1回いい?」

「私は神楽坂くんか千炎寺くん」

 仕方なく2人の名前を絞り出した。

「神楽坂くんモテモテだねー」

「女子は男子のミステリアスな部分に惹かれるって言うからねっ。言われてみれば1年生で序列1位だし、普段とのギャップも強いかも」

 浅香と明智が神楽坂の話題で盛り上がると、全員の視線が千代田に集まった。

「わ、わ、私は……」

 恥ずかしさで一気に顔が赤くなる千代田。

「ま、風花ちゃんは聞かなくてもわかるかなっ」

「なんでですか!?」

 明智の発言に驚いた千代田がオーバーリアクションを取った影響でバサッとしぶきが上がる。

「というか千代田さんは隠せてるつもりだったの?」

「普段の行動を見てれば一目瞭然」

「浅香さんと火野さんまで!?」

「ちょっと千代田さん、お湯が全部こっちにかかってるんだけど」

 氷堂が両手で顔を拭う。

「す、すみません氷堂さん。取り乱しました」

 耳まで赤くした千代田が正面を向いてゆっくり肩までお湯に浸かった。

「ごめんね、千代田さんの反応が可愛かったから私たちも少しからかい過ぎちゃった」

「ごめんね風花ちゃん、氷堂さん」

「やりすぎた」

 浅香に続いて明智と火野も謝る。

「い、いえ、大丈夫です。でも、どうして私が、か、神楽坂くんとお出掛けしたいってわかったんですか?」

「あ、やっぱり神楽坂くんだったんだ」

「!?」

「よしよし」

 あまりの恥ずかしさでぶくぶくぶくとお湯の中に頭まで沈んだ千代田の頭を火野は優しく撫でるのだった。