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 時間を忘れて読書に没頭したオレは汗を流すべく大浴場に来ていた。
 手っ取り早く自室のシャワーで済ませてしまってもよかったのだが、就寝まで特に予定が入っている訳でもない。
 ここは大きな湯船に浸かってみたいという自分の欲に従うことにした。
 外の景色を眺めながら入る風呂はさぞかし至高だろう。

 着替えと貴重品をローカーに預け、タオルを肩から掛ける。
 これでオレの身を守るものは何も無い。
 ドアを開くとむわっという熱気が駆け抜けてきた。

「おう神楽坂。部屋にいないと思ったらお前も風呂に来てたんだな」

 風呂場へと足を進めると千炎寺に声を掛けられた。
 どうやら僅かな差ですれ違っていたようだ。

「展望浴場がどんなものか気になってな」

「あの奥に見えるのがそうらしいがまずは体を洗ってからだな」

 風呂場は大きく2箇所に分けられていた。
 手前がジェットバス、奥がガラス張りになっていて外の景色を眺めながらゆっくり浸かることができる造りのようだ。

 お湯に浸かる前に千炎寺に連れられて体を軽く洗い流すことに。
 多くの利用者が訪れるため、できる限り綺麗な体で入らなくてはならない。温泉や銭湯に入る際の基本的なルールだ。

 人のことを言える立場ではないが千炎寺の体は傷だらけで戦闘の凄まじさが聞かずとも伝わってくる。
 刀を武器にして戦っているからか刀傷があちこちに見て取れる。

「よし、行こうぜ」

 濡れた赤髪を掻き上げた千炎寺が風呂場の奥に向かって歩いていく。
 それにオレも続く。

「うお!」

 窓から見える景色はまさに絶景。
 無人島の周りには建物などの人工物が無いため、ライトアップされた夜景こそ楽しめないが日が落ちて海全体が深い青に染まっていた。
 遠目に見える島々が良いアクセントになっている。

 外の景色と合わせてなのか、たまたまなのかは分からないが湯船も青く透き通っている。
 オレは左手で湯加減を確かめてからゆっくりと湯船に浸かった。
 疲労し切った体が芯から温められていく。
 あまりの気持ち良さに思わず溜息が漏れる。

「神楽坂、なんかおじいちゃんみたいだな」

「極楽極楽、だな」

 背中を壁に預け、タオルを頭の上に乗せる。
 正面には絶景が広がっている。まさに至福のひとときだ。

「浮谷さん、ここって混浴とかないんですかね?」

「知るか。あったとしても俺たちが使える訳ねーだろ」

「マジすか。俺結構楽しみにしてたんすよ。お! ジェットバスあるじゃないすか!」

 背後から一際大きな声が聞こえてきたので顔だけそちらに向けると、浮谷と門倉がジェットバスに入っていた。
 浮谷の取り巻き程度の認識だった門倉だが、集団序列戦では5位に食い込んでいる。
 180センチを超える身長に筋肉質な肉体。普段は浮谷が先陣を切っているためボディーガードのような印象だ。

 門倉は女湯に興味があるらしくどうにかして潜入できないものかと浮谷に相談しているが浮谷は全く相手にしていない。

「なんか騒がしくなってきたな」

「そうだな」

 程よく体も温まってきたので千炎寺と共に湯船から上がることに。
 それと入れ替わるように岩渕が湯船に飛び込んだ。
 大量の水飛沫が他の生徒に飛び散る。

「実に良い湯加減だねー。これならビーチで泳ぎ足りなかった分を補えそうだ」

 岩渕は他の生徒の迷惑など一切考えずにバタフライで泳ぎ始めた。
 岩渕に何を言っても効果がないことはすでに周知の事実。
 風呂を楽しんでいた生徒は仕方なくジェットバスに移動したり、展望浴場から去って行った。

「岩渕くん、泳ぎたいならプールに行ってみたらどうかな? 他の生徒が入れなくて困っているよ」

 一部始終を見ていた西城が岩渕を呼び止める。
 それに応じて岩渕も一時的に泳ぐのをやめた。

「学級委員ボーイ、他の生徒というのは一体誰のことを指しているのかな? 私は誰からも困っているなどと言われてはいないのだがね。それよりも学級委員ボーイも一緒にどうだい?」

「遠慮しておくよ。岩渕くん、僕たちは団体行動をしているんだ。今は自由行動だけど最低限他人の迷惑になる行動は控えた方がいいと思うよ」

 自分よりも周りのため。
 西城は1ミリも引く様子を見せない。

「クックックッ、そんなに熱くならないでくれたまえ。冗談に決まっているじゃないか。長湯でもしてのぼせてしまったのかな?」

 岩渕は湯船から勢い良く上がると西城の肩を軽く2回叩いて展望浴場を後にした。
 ドアが閉まり再び平和な時間が訪れた。