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部屋に戻り荷物を下ろしたオレはバスや船の移動時間に読み進めていた本を手に取りカフェへと向かった。
ジャンルに関係無く月に5冊ペースで読んでいるのだが、最近はあまり手をつけていなかった恋愛やSFにも手を出している。
これには文芸部に所属すると決めたことが大きく関係している。
文芸部は毎年文化祭で文芸誌を販売している。
その売り上げの一部を部活の運営費として当てているんだとか。
オレは入部届を提出していないので正式にはまだ文芸部員ではない。
だが、遅かれ早かれ入部することに変わりはないので文芸誌に掲載する短編を書かなければならない。
文芸部への入部は紫龍に近づくということが狙いとして大きいが部活に所属するからには部のルールは絶対遵守だ。
物語を1から作ることは初めてなので大量にインプットしておくに越したことはないだろう。
カフェに入り、受付で抹茶クリームカプチーノのMサイズを注文する。
明智とカフェに行ってからというもの割と頻繁に口にするようになった。
抹茶の味が恋しくなると言っていた明智の言葉が今では理解できる。
「お待たせしました」
カップを受け取り店内をぐるりと見回す。
時刻は夕方。外はまだ明るいがビーチの開放時間が夕方までということもあり、早めに切り上げた生徒も多い。
カフェに向かう道中もタオルを首から下げた生徒とすれ違った。
「意外と混んでるな」
1人でテーブル席を占領するのもどうかと思い、カウンターに目を向けると眼鏡がトレードマークの少女、千代田の姿を見つけた。
何やら書き物をしているようでスラスラとノートにペンを走らせている。
かなり集中しているのかオレが近くまでやって来ても気付く気配がない。
仕方が無いのでテーブルを2回ノックする。
「千代田、隣いいか?」
「神楽坂くん? は、はいどうぞ」
千代田が慌ててペンを置き「どうぞどうぞ」と隣の席に両手を差し出した。
許可を得たので遠慮無く腰を下ろす。
「勉強してたのか?」
テーブルの上には数学の教科書とノートが広げてあった。
少し覗いてみると数字と記号の羅列が綺麗にノートにまとめられていた。
綺麗なノートは後で見返した際にも復習しやすいからな。オレもお手本にしたいものだ。
「はい、私は初日で脱落してしまいましたし、期末試験も近いので対策をしておこうと思いまして」
自由時間と言われたら真っ先に遊ぶことを考えそうなものだが。
その考えに至らないところがなんとも千代田らしい。
実際店内にいる生徒は楽しそうに雑談をしている。真面目に勉強をしているのは千代田くらいだ。
「神楽坂くんは読書ですか?」
「ああ、残り4分の1くらいだから読み切ってしまおうと思ってな」
「バスの中でも読んでましたもんね」
オレと千代田は行きのバスで座席が隣だった。
そういえば寝不足からかクマが目立っていたが今はそこまで酷くは無さそうだ。
「明智とはどうだったんだ?」
「えっと、私なりに全力でぶつかってみましたが届きませんでした」
千代田が力無く首を横に振る。
集団序列戦初日に木の影から2人の戦闘を見ていたが戦った本人にしか分からないこともある。
オレは千代田がどう感じたのか直接聞いてみたかった。
「明智にとって、千代田のように正面からぶつかってきてくれる存在は必要だと思うぞ」
「そうですかね?」
周囲に敵を作らない性格。
接したときの感じの良さから相手に好印象を持たれやすい。
愛嬌のある笑顔と仕草。
学園のアイドル的存在の明智を囲んでいる生徒は基本的に明智の発言に肯定しかしない。
そんな空間にいたら真の友人は生まれにくいだろう。
しかし、千代田と戦っていた明智は限りなく素に近いように見えた。
それは紛れも無く本気でぶつかった千代田が引き出したものだろう。
「ああ、きっと千代田の気持ちは届いてるはずだ」
「だといいんですけど」
千代田が自信無さげに顔を伏せると背後から誰かが近づいてきた。
噂をすればというやつだな。
「風花ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」
「明智さん……わかりました」
カフェにいる生徒の視線が明智に集まったが千代田を誘ったことで散り散りになった。
人を惹きつけるオーラもここまでくると考えものだな。
その間、千代田は勉強セットをせっせと鞄に詰めていた。
「神楽坂くん、ごめんねっ」
「どうせ読書をしようと思っていたんだ。気にしなくて大丈夫だ」
手を合わせて謝罪のポーズを見せた明智に「問題ない」と答えた。
千代田は知らない。
明智が暗空と戦い、天魔咲夜を倒すという新しい目標を立てたことを。
今まで孤独に戦ってきた明智に初めて同じ目標を持つ仲間ができた。
ほんの僅かかもしれないが心にも余裕が生まれたはずだ。
自分と向き合おうとしている人間を拒絶するのではなく、受け入れる。
明智の行動がそれを表していた。
明智も変わろうとしている。
オレはカフェから出て行く2人の背中を黙って見送るのだった。
部屋に戻り荷物を下ろしたオレはバスや船の移動時間に読み進めていた本を手に取りカフェへと向かった。
ジャンルに関係無く月に5冊ペースで読んでいるのだが、最近はあまり手をつけていなかった恋愛やSFにも手を出している。
これには文芸部に所属すると決めたことが大きく関係している。
文芸部は毎年文化祭で文芸誌を販売している。
その売り上げの一部を部活の運営費として当てているんだとか。
オレは入部届を提出していないので正式にはまだ文芸部員ではない。
だが、遅かれ早かれ入部することに変わりはないので文芸誌に掲載する短編を書かなければならない。
文芸部への入部は紫龍に近づくということが狙いとして大きいが部活に所属するからには部のルールは絶対遵守だ。
物語を1から作ることは初めてなので大量にインプットしておくに越したことはないだろう。
カフェに入り、受付で抹茶クリームカプチーノのMサイズを注文する。
明智とカフェに行ってからというもの割と頻繁に口にするようになった。
抹茶の味が恋しくなると言っていた明智の言葉が今では理解できる。
「お待たせしました」
カップを受け取り店内をぐるりと見回す。
時刻は夕方。外はまだ明るいがビーチの開放時間が夕方までということもあり、早めに切り上げた生徒も多い。
カフェに向かう道中もタオルを首から下げた生徒とすれ違った。
「意外と混んでるな」
1人でテーブル席を占領するのもどうかと思い、カウンターに目を向けると眼鏡がトレードマークの少女、千代田の姿を見つけた。
何やら書き物をしているようでスラスラとノートにペンを走らせている。
かなり集中しているのかオレが近くまでやって来ても気付く気配がない。
仕方が無いのでテーブルを2回ノックする。
「千代田、隣いいか?」
「神楽坂くん? は、はいどうぞ」
千代田が慌ててペンを置き「どうぞどうぞ」と隣の席に両手を差し出した。
許可を得たので遠慮無く腰を下ろす。
「勉強してたのか?」
テーブルの上には数学の教科書とノートが広げてあった。
少し覗いてみると数字と記号の羅列が綺麗にノートにまとめられていた。
綺麗なノートは後で見返した際にも復習しやすいからな。オレもお手本にしたいものだ。
「はい、私は初日で脱落してしまいましたし、期末試験も近いので対策をしておこうと思いまして」
自由時間と言われたら真っ先に遊ぶことを考えそうなものだが。
その考えに至らないところがなんとも千代田らしい。
実際店内にいる生徒は楽しそうに雑談をしている。真面目に勉強をしているのは千代田くらいだ。
「神楽坂くんは読書ですか?」
「ああ、残り4分の1くらいだから読み切ってしまおうと思ってな」
「バスの中でも読んでましたもんね」
オレと千代田は行きのバスで座席が隣だった。
そういえば寝不足からかクマが目立っていたが今はそこまで酷くは無さそうだ。
「明智とはどうだったんだ?」
「えっと、私なりに全力でぶつかってみましたが届きませんでした」
千代田が力無く首を横に振る。
集団序列戦初日に木の影から2人の戦闘を見ていたが戦った本人にしか分からないこともある。
オレは千代田がどう感じたのか直接聞いてみたかった。
「明智にとって、千代田のように正面からぶつかってきてくれる存在は必要だと思うぞ」
「そうですかね?」
周囲に敵を作らない性格。
接したときの感じの良さから相手に好印象を持たれやすい。
愛嬌のある笑顔と仕草。
学園のアイドル的存在の明智を囲んでいる生徒は基本的に明智の発言に肯定しかしない。
そんな空間にいたら真の友人は生まれにくいだろう。
しかし、千代田と戦っていた明智は限りなく素に近いように見えた。
それは紛れも無く本気でぶつかった千代田が引き出したものだろう。
「ああ、きっと千代田の気持ちは届いてるはずだ」
「だといいんですけど」
千代田が自信無さげに顔を伏せると背後から誰かが近づいてきた。
噂をすればというやつだな。
「風花ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」
「明智さん……わかりました」
カフェにいる生徒の視線が明智に集まったが千代田を誘ったことで散り散りになった。
人を惹きつけるオーラもここまでくると考えものだな。
その間、千代田は勉強セットをせっせと鞄に詰めていた。
「神楽坂くん、ごめんねっ」
「どうせ読書をしようと思っていたんだ。気にしなくて大丈夫だ」
手を合わせて謝罪のポーズを見せた明智に「問題ない」と答えた。
千代田は知らない。
明智が暗空と戦い、天魔咲夜を倒すという新しい目標を立てたことを。
今まで孤独に戦ってきた明智に初めて同じ目標を持つ仲間ができた。
ほんの僅かかもしれないが心にも余裕が生まれたはずだ。
自分と向き合おうとしている人間を拒絶するのではなく、受け入れる。
明智の行動がそれを表していた。
明智も変わろうとしている。
オレはカフェから出て行く2人の背中を黙って見送るのだった。



