序列主義の異能学院

—1—

 放課後。時刻は6時を回った。
 異能力者育成学院ドームスペードには大勢の学生が押し寄せていた。
 入り口の混雑具合も人酔いするほど凄いものだったが、中に入っても見渡す限り人、人、人。これでは空席を見つけるのも一苦労しそうだ。

 人混みに流されながら足を進めていると、飲み物を売り歩く学生売り子、フランクフルトやポテトフライなどの軽食を販売している人の姿が目に入ってきた。

 もうこれはちょっとしたお祭りだな。

「ふっ」

 想像以上の規模だったため、柄にも無く思わず笑いが零れてしまった。
 さて、視線をドーム後方へ向けると、立見スペースをいくつか発見することができた。

 しかし、当然ながらそこもすでに人でごった返している。
 とはいえ、椅子が設置されている前方の席は満席状態なので、立見席に向かうしか選択肢はない。通路に立っていても邪魔になるだけだしな。

 仕方ない。
 大人しく立見席へ向かうとしよう。

『さて、そろそろお時間の方も近づいて参りました! 本日は序列1位にして我らが生徒会長馬場裕二(ばばゆうじ)VS新入生浮谷直哉(うきやなおや)の試合をお送り致します! 実況は私、生徒会書記序列4位の滝壺水蓮(たきつぼすいれん)と』

『同じく生徒会会計序列2位橋場哲也(はしばてつや)がお送りします』

 なんとかして立ち見スペースに辿り着いたオレは、先客の男女にちょっとだけ横に詰めてもらい、ようやく観戦場所の確保に成功した。

 手すりに寄り掛かりステージを見下ろす。
 かなり後方の席のため、肉眼でバトルの攻防を確認するには少々難しいようにも思えるが、ステージ脇に設置されている巨大なモニターがバトルの様子をリアルタイムで映し出す仕組みらしい。これなら立見席からでも問題なく観戦できそうだ。

 現在そのスクリーンには、実況席の滝壺(たきつぼ)橋場(はしば)の姿が映し出されている。

『橋場さん、新入生はドームで試合を見ること自体が初めてだと思います。今日の試合のポイントなど何かございますか?』

『そうだな、何と言っても馬場生徒会長の異能力と武器には注目した方がいいと思うな』

 スキンヘッドの橋場の言葉に滝壺がうんうんと頷く。

『やっぱり橋場さんはわかっていらっしゃいますね。会長の異能力はかなり強力なものなので、大会などではやはり異能力ばかりに注目されがちですが、今回のバトルでは是非武器の方にも注目して頂きたいものです』

 序列戦などの大会や下剋上システムでの戦闘には武器の使用が認められている。
 剣、刀、槍、弓、ナイフ、盾など、使用できる武器は多岐にわたり、併用も許可されている。

 実況の2人がバトルの展開を予想していると、青色の剣を持った馬場と挑戦者浮谷がステージに姿を現した。
 その瞬間、会場が歓声と熱気に包まれる。

『両選手入場です。審判は生徒会庶務序列5位の天童雷葉(てんどうらいは)が務めます』

 金髪ショートカットの天童が馬場と浮谷の後に続く。

「天童です! よろしくお願いしまーす!」

 天童が観客席の両サイドに礼をした。
 その間に馬場と浮谷は互いに距離を取り、試合開始の合図を待つ。

 いよいよ始まる。

 審判の天童は2人の表情を確認した後、深く息を吸い込む。

『下剋上システム、バトルスタート!』

—2—

 試合開始直後、浮谷が馬場の元に駆け出した。
 どうやら浮谷は接近戦に持ち込みたいようだ。

「新入生相手だからって余裕ぶっこいてると痛い目見るぜ」

「面白い」

 1位の余裕なのかゆったりと歩みを前に進める馬場。
 右手に持っている剣の剣先は地面を向いている。

「オラッ!」

 浮谷が馬場の顔面目掛けて拳を振るう。体の回転を使ったなかなかスピードのある一撃。
 その拳が馬場の顔面を捉えた。

『うおーーー!!!!』

 いきなりの先制攻撃に会場が沸き立つ。

『挑戦者浮谷選手の一撃は決まったように見えましたが、橋場さんどうでしょう?』

『あくまでもそう見えただけの話。会長のことだからおそらくノーダメージだろうな』

 橋場の言うように馬場はダメージを受けていなかった。それどころか拳が顔面に触れてさえいなかった。
 馬場は浮谷の拳に合わせて首を高速で横に曲げたのだ。

「どうした、もう終わりか?」

 正面を向いて挑発する馬場。

「くそがっ!」

 浮谷がフェイントを混ぜながら殴る蹴るの攻撃を仕掛ける。浮谷と馬場は手を伸ばせば届くほどの超至近距離にいる。
 しかし、なぜか馬場には攻撃が当たらない。

 馬場は浮谷が次に何の攻撃を仕掛けてくるのか見えているかの如く、華麗にかわし続ける。
 その姿はとても戦っている最中とは思えない。どこか美しささえ感じる。

「先輩が言っていた通りだ。未来視、それがあんたの異能力か」

 1度距離を取った浮谷が馬場に話し掛ける。

「先輩というのが誰かはわからないが、その通りだ。俺の目は少し先の未来が見える」

「ったくチートじゃねーか。そりゃあ、負けたことがないってのも納得だ。でもな、それも今日までの話だッ!」

 浮谷が両手を地面に向ける。
 すると、ステージ上に転がっていた巨大な岩が次々と宙に浮いた。その数は全部で5つ。1つあたり3~5メートルはあるだろう。

「食らえ!」

 浮谷が腕を振り下ろすと、大岩が次々と馬場目掛けて落ちていく。

「無駄だ。俺には未来が見えていると言っただろ」

 馬場は慌てることなく、最小限の動きだけで大岩の1つを回避する。
 浮谷もそこまでは計算していたようだ。再び腕を振り上げると、素早く交差させた。

 すると、今度は空中で大岩同士が激しくぶつかった。
 砕けた大岩の破片が雨となり、ステージ上に降り注ぐ。聞いたことのない凄まじい音を立てながら地面に深々と突き刺さる鋭利な岩。
 その岩の雨に馬場が飲み込まれる。
 が。

「近接戦闘が通じないとわかると距離を取って数で押す。今まで対戦した相手も散々同じ手を使ってきた」

 馬場は大岩の破片に向かって剣を振るう。
 その瞬間を待っていたとばかりに浮谷の口角が僅かに上がった。

「そっちは囮だ馬鹿が」

 浮谷は大岩から天に向かって剣を振るう馬場本人に狙いを変更すると、手前から奥へ一気に腕を押し込んだ。

 馬場の足は地面を離れ、物凄い速さで後方の壁目掛けて飛んでいく。
 さらに、おまけとばかりに砕いた岩の破片で追撃した。

「くだらない」

 このまま壁に衝突かと思われたそのとき、馬場は逆手のまま壁に剣を突いた。
 その衝撃でドームがビリビリと震える。

「実にくだらない」

 馬場が手に持つ剣が青く光を放つ。

「折角これだけの人が集まったんだ。生徒会長として少しはサービス精神というものを見せなくてはな」

 馬場と浮谷は数十メートル離れている。
 しかし、この距離で馬場は剣を横に薙いだ。

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)ッ!」

 馬場がそう叫ぶと、8つの頭と8つの尾を持つ巨大な青い大蛇のような怪物が出現した。
 その怪物は宙を泳ぐように進み、巨大な鋭い歯で浮谷のことを噛み殺そうと襲い掛かる。

「こ、降参ッ! 降参だ!」

『バトル終了! 勝者、馬場裕二!』

 天童がバトル終了の声を上げ、観客席から拍手と大歓声が沸き起こった。
 馬場が手を振って応える。

—3—

「あれが異能力者育成学院の序列1位……」

 立見席で試合を見ていたオレは、あまりの迫力に言葉を失っていた。
 バトル終了から数分経ったいうのにドーム内は未だ拍手が鳴り止まない。

「魔剣・蒼蛇剣(オロチ)……そう、あなたが私を呼んだのね……」

 オレの隣で試合を観戦していた赤髪の少女がボソッと独り言を呟いたかと思うと、そのまま背を向けて立ち去ってしまった。

 チラッと見えた制服のリボンは青色だった。
 同級生で間違い無いとは思うが、肝心な名前はわからない。

 彼女は馬場が使っていた剣のことを魔剣と言っていた。大蛇を出現させるあの剣について何か知っているに違いない。

 機会があれば今度訊いてみるか。機会があれば。