—1—
あのとき、糸巻がオレにトドメを刺せなかった時点でオレの勝利は確定した。
この場に西城が現れたことは完全に予想外だったが、結果として詰みかけていた戦況を引っくり返す策を練る時間が取れた。
1番の問題は糸巻を倒した後にある。
教師、または学院内部の関係者と手を組んでいる線が高いことから、糸巻や無名などといった集団序列戦参加者という正当なカードを失ってしまえば強硬手段に出てくる可能性が生まれる。
そうなったら負傷しているオレでは太刀打ちできない。
融合の異能力も温存しているが、現状1日に1回しか使えないため、初めから無いものとして考えておいた方がいいだろう。
窮地に追い込まれた西城が覚醒。
敷島の撃破に続いて糸巻にダメージを与えたのは大きい。
敵が1人に絞られればいくらでもやりようがある。
オレは入学してから一貫して何も変わっていない。
それは同じ相手に2度負けていないということだ。
「しぶといな神楽坂」
「昔から身体だけは鍛えてるからな。糸巻の方こそ西城にだいぶやられたんじゃないか?」
超人的なパワーを発揮した西城と近接戦闘を行った代償は少なくない。
例え攻撃を防いだとしても確実にダメージは蓄積されていく。
目に見える傷は少ないが連戦に次ぐ連戦で疲労も溜まってきているはずだ。
「問題無い。ふさぎが落とされたのは計算外だったが、倒された時点であいつも敗者。俺は敗者には興味が無い。神楽坂、お前も1度負けているんだ。無謀だと分かっていてどうしてまた立ち上がる?」
「負けることが絶対悪かのように語っているが、別に敗北を恐れる必要はない。敗北から何も学ばず同じことを繰り返す。それこそが本当の敗者なんじゃないか?」
糸巻が馬鹿にしたように鼻で笑う。
「お前とは交わりそうにないな。そもそも住む世界が違う。もう1回が無い世界で同じことが言えるか?」
会話の最中、オレは後ろに回していた手でスマホを操作していた。
集団序列戦アプリから『SOSボタン』をタップする。
これでしばらくすれば教師が駆けつけるはずだ。
糸巻を行動不能にして教師に回収させる。
それと同時に新手からの奇襲を牽制する。
複数人の教師が居合わせれば下手な動きはできないだろう。
となれば後は迅速に糸巻を処理するだけだ。
「お前がどういう環境で育ったのかは知らないが、オレは最後に立っていた方が勝者だと思うけどな」
そこに至るまでの過程はあまり重要ではない。
叶えたいモノ、譲れないモノがあるのなら1度や2度倒れたくらいで諦められるはずがない。
身を削ってでも掴みたいモノがある。
だから、勝者になるための敗北ならオレは受け入れる。
「緋氷ッ!」
物体生成で生み出した刀に氷を纏わせる。
周囲に張り巡らされた糸を断ち切るべく、下から上に氷の斬撃を飛ばす。
すぐに能力を解除して地面を蹴る。
緋氷は霧散してその場で消滅した。
怪我で右腕が使えない今、左腕はなるべくフリーにさせておいた方がいい。
「蜘蛛の巣」
斬撃を回避した糸巻がオレを捕獲しようと円形の糸を放つ。
盾を展開すれば容易に防げるが『SOSボタン』を押した手前悠長に戦っている暇はない。
糸巻に敗北したことで得た力で圧倒する。
それが糸巻の考えを否定する上で最も合理的なやり方だ。
「鋼糸の鞭」
切れ味抜群の鞭を振るい、糸巻の網状の糸を切り払う。
糸巻が繰り出した技は粘着性の高い糸。
鞭の先に若干糸が纏わり付いたが十分許容範囲だ。
オレは鞭を思い切り振り回して、周囲の木々を薙ぎ倒していく。
盤面を派手に荒らせば荒らすほど、オレと糸巻の位置が第三者に筒抜けとなる。
一方で糸巻は弾力化させた糸で跳躍し、上空からの攻撃態勢に入った。
「俺の異能力をコピーしてオリジナル技まで発動するとはな。それも1度も試さないでこの威力と正確性。こっちは地獄のような日々を生き抜いてようやく習得したというのにな」
糸巻の声には怒気が孕んでいた。
だが、態度には出ていない。
あくまで冷静に次の攻撃の一手に入っている。
倒れてくる木に糸を這わせて体を固定。
右腕を思い切り引いて、糸の弾丸を放った。
「鋼糸の弾丸!」
貫通力の高い攻撃。
オレの肩、腕、脇腹、足を貫いた厄介な技だ。
あのときは近距離だったから防御が間に合わなかった。
しかし、今回は地上と空中で距離がある。
とはいえ、そこまで猶予は無いが。
「影吸収」
瞬時に巨大な影の壁を形成する。
防ぎ切れないなら全て跳ね返せばいい。
「漆黒の影が覆う世界」
影が糸の弾丸を次々と飲み込んでいく。
そして、弾丸は反転する。
「漆黒の影が覆う世界・反射」
空に向かって放たれた糸の弾丸が糸巻に襲い掛かる。
糸巻は射程外に生えていた木に糸を伸ばし、反動をつけて一気に飛び移った。
糸の弾力化の応用だろう。
糸であってゴムのような伸縮性を持つ弾力化は移動する際や勢いをつける際に適している。
「終わらせる」
オレは木に飛び移った糸巻に狙いを定め、左腕を頭上に掲げる。
コピー能力の真の恐ろしさ。
糸巻は「複数の異能力を再現できる力」と表現していたが、それは表面上でしか捉えることができていない。
実際はそんなに生半可なモノじゃない。
1度コピーされたら最後。
異能力のタネが全て割れてしまうということだ。
タネが割れれば対策を打つことも簡単になる。
つまりはこれまでの攻撃パターンが途端に通用しなくなるのだ。
逆にこちらは今まで蓄積してきた異能力の知識を活かして新たな技を生み出すことができる。
相手に合わせて苦手としている異能力をぶつけることも可能だ。
糸の弱点は炎系統とされているが、まだ千炎寺の炎の異能力はコピーできていない。
しかし、これまでの戦闘で氷がやや有効であることが分かっている。
あまりにも威力が強すぎてまだ誰にも使っていない氷属性のオリジナル技を発動する。
「零龍の隻腕!!」
氷を纏った巨大な龍の片腕。
その大きさは無人島に生えている木と同等。10メートルは優に超える。
「まだこんなモノを隠していたのか。だが——」
高速で木から木へ飛び移り、一気に『零龍の隻腕』を目下に捉えられる位置まで上昇する糸巻。
両方の指先から勢い良く噴出した糸が巨大な斧の形を成していく。
「砕け飛べ。鋼糸の大戦斧!」
振り下ろされた斧を隻腕で掴む。
刹那、体の芯にまで響く衝撃が脳を揺らす。
「はああああああああああああ!!!!!!」
傷口が開き、一瞬視界が暗転したがすぐに意識が戻る。
目の奥に焼けるような痛みが走り、金色の電撃が眼球から左右に散った。
隻腕で斧を握り潰し、宙に浮いていた糸巻に対して氷の鉤爪を振りかざす。
まるで隕石が降り注ぐかの如く、糸巻は地面に叩きつけられた。
オレは能力を解除して陥没した地面の中心に横たわる糸巻を見下ろす。
左胸に目をやると、校章は跡形も無くなっていた。
「糸巻、お前は『コピーでは本物に勝つことはできない』と言ってたな。じゃあ、コピーに敗北したお前は何者なんだ?」
意識を失っている糸巻にはオレの皮肉は届かない。
まだ聞きたいことがあったのだが、そろそろ時間らしい。
「神楽坂! 神楽坂はいるか!」
茂みの中から鞘師先生と保坂先生、それから暗空が飛び出してきた。
校章を割らずに安全圏まで蹴り飛ばしたのだが、上手く教師をここまで導いてくれたようだ。
「鞘師先生、糸巻と西城をお願いします。それから森の中に敷島も倒れてるはずです」
「ああ、分かった。神楽坂、お前も酷い怪我だが大丈夫か?」
「もう序列戦も終わりですし、オレは自分の足で歩けます」
「そうか。船で鳴宮先生が待機してる。早く戻って治療を受けた方がいい」
「そうさせてもらいます」
オレと鞘師先生がそんなやり取りをしていると、千炎寺の父・正嗣も駆けつけた。
これでこの場はひとまず安全だろう。
こちらの様子を窺う影が2つあるが、集団序列戦ももう数分で終わる。
ここは気づかないフリをして教師と船を目指すとしよう。
あのとき、糸巻がオレにトドメを刺せなかった時点でオレの勝利は確定した。
この場に西城が現れたことは完全に予想外だったが、結果として詰みかけていた戦況を引っくり返す策を練る時間が取れた。
1番の問題は糸巻を倒した後にある。
教師、または学院内部の関係者と手を組んでいる線が高いことから、糸巻や無名などといった集団序列戦参加者という正当なカードを失ってしまえば強硬手段に出てくる可能性が生まれる。
そうなったら負傷しているオレでは太刀打ちできない。
融合の異能力も温存しているが、現状1日に1回しか使えないため、初めから無いものとして考えておいた方がいいだろう。
窮地に追い込まれた西城が覚醒。
敷島の撃破に続いて糸巻にダメージを与えたのは大きい。
敵が1人に絞られればいくらでもやりようがある。
オレは入学してから一貫して何も変わっていない。
それは同じ相手に2度負けていないということだ。
「しぶといな神楽坂」
「昔から身体だけは鍛えてるからな。糸巻の方こそ西城にだいぶやられたんじゃないか?」
超人的なパワーを発揮した西城と近接戦闘を行った代償は少なくない。
例え攻撃を防いだとしても確実にダメージは蓄積されていく。
目に見える傷は少ないが連戦に次ぐ連戦で疲労も溜まってきているはずだ。
「問題無い。ふさぎが落とされたのは計算外だったが、倒された時点であいつも敗者。俺は敗者には興味が無い。神楽坂、お前も1度負けているんだ。無謀だと分かっていてどうしてまた立ち上がる?」
「負けることが絶対悪かのように語っているが、別に敗北を恐れる必要はない。敗北から何も学ばず同じことを繰り返す。それこそが本当の敗者なんじゃないか?」
糸巻が馬鹿にしたように鼻で笑う。
「お前とは交わりそうにないな。そもそも住む世界が違う。もう1回が無い世界で同じことが言えるか?」
会話の最中、オレは後ろに回していた手でスマホを操作していた。
集団序列戦アプリから『SOSボタン』をタップする。
これでしばらくすれば教師が駆けつけるはずだ。
糸巻を行動不能にして教師に回収させる。
それと同時に新手からの奇襲を牽制する。
複数人の教師が居合わせれば下手な動きはできないだろう。
となれば後は迅速に糸巻を処理するだけだ。
「お前がどういう環境で育ったのかは知らないが、オレは最後に立っていた方が勝者だと思うけどな」
そこに至るまでの過程はあまり重要ではない。
叶えたいモノ、譲れないモノがあるのなら1度や2度倒れたくらいで諦められるはずがない。
身を削ってでも掴みたいモノがある。
だから、勝者になるための敗北ならオレは受け入れる。
「緋氷ッ!」
物体生成で生み出した刀に氷を纏わせる。
周囲に張り巡らされた糸を断ち切るべく、下から上に氷の斬撃を飛ばす。
すぐに能力を解除して地面を蹴る。
緋氷は霧散してその場で消滅した。
怪我で右腕が使えない今、左腕はなるべくフリーにさせておいた方がいい。
「蜘蛛の巣」
斬撃を回避した糸巻がオレを捕獲しようと円形の糸を放つ。
盾を展開すれば容易に防げるが『SOSボタン』を押した手前悠長に戦っている暇はない。
糸巻に敗北したことで得た力で圧倒する。
それが糸巻の考えを否定する上で最も合理的なやり方だ。
「鋼糸の鞭」
切れ味抜群の鞭を振るい、糸巻の網状の糸を切り払う。
糸巻が繰り出した技は粘着性の高い糸。
鞭の先に若干糸が纏わり付いたが十分許容範囲だ。
オレは鞭を思い切り振り回して、周囲の木々を薙ぎ倒していく。
盤面を派手に荒らせば荒らすほど、オレと糸巻の位置が第三者に筒抜けとなる。
一方で糸巻は弾力化させた糸で跳躍し、上空からの攻撃態勢に入った。
「俺の異能力をコピーしてオリジナル技まで発動するとはな。それも1度も試さないでこの威力と正確性。こっちは地獄のような日々を生き抜いてようやく習得したというのにな」
糸巻の声には怒気が孕んでいた。
だが、態度には出ていない。
あくまで冷静に次の攻撃の一手に入っている。
倒れてくる木に糸を這わせて体を固定。
右腕を思い切り引いて、糸の弾丸を放った。
「鋼糸の弾丸!」
貫通力の高い攻撃。
オレの肩、腕、脇腹、足を貫いた厄介な技だ。
あのときは近距離だったから防御が間に合わなかった。
しかし、今回は地上と空中で距離がある。
とはいえ、そこまで猶予は無いが。
「影吸収」
瞬時に巨大な影の壁を形成する。
防ぎ切れないなら全て跳ね返せばいい。
「漆黒の影が覆う世界」
影が糸の弾丸を次々と飲み込んでいく。
そして、弾丸は反転する。
「漆黒の影が覆う世界・反射」
空に向かって放たれた糸の弾丸が糸巻に襲い掛かる。
糸巻は射程外に生えていた木に糸を伸ばし、反動をつけて一気に飛び移った。
糸の弾力化の応用だろう。
糸であってゴムのような伸縮性を持つ弾力化は移動する際や勢いをつける際に適している。
「終わらせる」
オレは木に飛び移った糸巻に狙いを定め、左腕を頭上に掲げる。
コピー能力の真の恐ろしさ。
糸巻は「複数の異能力を再現できる力」と表現していたが、それは表面上でしか捉えることができていない。
実際はそんなに生半可なモノじゃない。
1度コピーされたら最後。
異能力のタネが全て割れてしまうということだ。
タネが割れれば対策を打つことも簡単になる。
つまりはこれまでの攻撃パターンが途端に通用しなくなるのだ。
逆にこちらは今まで蓄積してきた異能力の知識を活かして新たな技を生み出すことができる。
相手に合わせて苦手としている異能力をぶつけることも可能だ。
糸の弱点は炎系統とされているが、まだ千炎寺の炎の異能力はコピーできていない。
しかし、これまでの戦闘で氷がやや有効であることが分かっている。
あまりにも威力が強すぎてまだ誰にも使っていない氷属性のオリジナル技を発動する。
「零龍の隻腕!!」
氷を纏った巨大な龍の片腕。
その大きさは無人島に生えている木と同等。10メートルは優に超える。
「まだこんなモノを隠していたのか。だが——」
高速で木から木へ飛び移り、一気に『零龍の隻腕』を目下に捉えられる位置まで上昇する糸巻。
両方の指先から勢い良く噴出した糸が巨大な斧の形を成していく。
「砕け飛べ。鋼糸の大戦斧!」
振り下ろされた斧を隻腕で掴む。
刹那、体の芯にまで響く衝撃が脳を揺らす。
「はああああああああああああ!!!!!!」
傷口が開き、一瞬視界が暗転したがすぐに意識が戻る。
目の奥に焼けるような痛みが走り、金色の電撃が眼球から左右に散った。
隻腕で斧を握り潰し、宙に浮いていた糸巻に対して氷の鉤爪を振りかざす。
まるで隕石が降り注ぐかの如く、糸巻は地面に叩きつけられた。
オレは能力を解除して陥没した地面の中心に横たわる糸巻を見下ろす。
左胸に目をやると、校章は跡形も無くなっていた。
「糸巻、お前は『コピーでは本物に勝つことはできない』と言ってたな。じゃあ、コピーに敗北したお前は何者なんだ?」
意識を失っている糸巻にはオレの皮肉は届かない。
まだ聞きたいことがあったのだが、そろそろ時間らしい。
「神楽坂! 神楽坂はいるか!」
茂みの中から鞘師先生と保坂先生、それから暗空が飛び出してきた。
校章を割らずに安全圏まで蹴り飛ばしたのだが、上手く教師をここまで導いてくれたようだ。
「鞘師先生、糸巻と西城をお願いします。それから森の中に敷島も倒れてるはずです」
「ああ、分かった。神楽坂、お前も酷い怪我だが大丈夫か?」
「もう序列戦も終わりですし、オレは自分の足で歩けます」
「そうか。船で鳴宮先生が待機してる。早く戻って治療を受けた方がいい」
「そうさせてもらいます」
オレと鞘師先生がそんなやり取りをしていると、千炎寺の父・正嗣も駆けつけた。
これでこの場はひとまず安全だろう。
こちらの様子を窺う影が2つあるが、集団序列戦ももう数分で終わる。
ここは気づかないフリをして教師と船を目指すとしよう。



