序列主義の異能学院

—1—

「うおおおおおおおおおーーーーーー!!!!」

 向かってくる全てを真正面から粉砕する。
 武術も体術も学んだことが無い僕にできることは、全体重を拳に乗せて振るうことくらいだ。

白羽の円盾(フェザー・シールド)

 目の前に円形の盾が出現するも一撃で木端微塵に吹き飛ばす。
 僕と敷島さんはソロ序列戦の予選で戦っている。
 あのときは全く歯が立たなかったけれど、今の僕には僕にも信じ難い力が宿っている。

「僕が神楽坂くんを守る」

 周囲に浮かぶ白い暖かな光が僕を優しく包む。
 その度に打撃の威力が上がる。
 身体能力が上がる。
 動体視力が上がる。
 聴力が。
 嗅覚が。
 感覚が研ぎ澄まされる。

「無敵のヒーローにでもなったつもりか?」

 地面を駆けながら膝の高さに張られていた糸を踏み付け、バネのように加速する糸巻くん。
 続けざまにもう1本の糸を蹴ってさらに加速する。

 一気に間合いを詰めると、僕の心臓目掛けて拳を伸ばしてきた。
 加速に加速を重ねたことでほとんど瞬間移動のような速度。
 普通であれば目で追うのがやっとだろう。

 だが、僕は糸巻くんが突き出した拳を右の手のひらで包み込んでいた。
 止めたとはいえ、物凄い衝撃に手のひらが震える。

「どうだ? 今の気分は?」

 糸巻くんの冷え切った眼が僕を覗き込んでくる。
 目を合わせただけで瞳の奥に垣間見える闇に吸い込まれそうになる。

「自分でも驚いてるよ。僕にこんな力があったなんてね。これなら僕でも大切な人を守ることができる」

「そうか」

 瞬間、左から強烈な蹴りが襲い掛かる。
 僕は蹴りを防ぐために掴んでいた拳を離した。
 いくら身体機能が向上したとしても戦闘技術そのものが身についたわけではない。
 僕はただ我武者羅に降り掛かる火の粉を払い続けるだけだ。

 拳を横に振るうことで発生した爆風が糸巻くんの蹴りを押し返す。

「初めて力を持った人間ほど恐ろしいものは無い。体の内側から沸き上がるエネルギーに限界が無いと錯覚し、後先考えないで爆発的に放出させてしまう。俺は何人もそういう奴を見てきた。西城、お前が立っていられるのは後何秒だ?」

 突きつけられた制限時間という現実。
 それだけじゃない。僕の異能力は対象者に暴走を引き起こしてしまう危険性を孕んでいる。
 僕自身、経験したことが無いため、タイムリミットが来たらどうなってしまうのかわからない。

 でも。
 だとしたら、残された時間で決着をつけるしかない。

 僕が唯一手に入れた矛で敷島さんの盾を打ち破り、糸巻くんを倒す。

「1つ盾を砕いたくらいで調子に乗るなッ!」

 糸巻くんと入れ替わるように敷島さんが前衛に飛び出してきた。
 手にしていた白い盾を前に突き出し、足を開いて重心を落とす。

報復の白金盾(リフレクション・シールド)

「うぐっ」

 激しく発光する盾の前に初めて拳が止まる。
 重心を下げて拳に力を伝えるがびくともしない。

 難攻不落の要塞に拳1つで立ち向かうことは愚かだったのか。
 あまりの無力さ故、頭の中にそんな考えが過るが、それでも突き進むしかない。

 ダメージを吸収した盾から不気味な音が上がる。
 次の瞬間、盾の中心から無数のガラス片が吹き出した。

 音を感知した際に一気に後方へ跳んでいた僕はガラス片の間を縫うように走り、再び糸巻くんと激突する。

「西城、お前に用は無い」

「何を言われてもここを通すことはできないよ」

 糸巻くんの拳が顔面を掠めるが、それと同時に僕も攻めの姿勢を崩さない。
 殴り合いの最中、右腕を掴んで全力で引き寄せると腹に膝蹴りを入れた。
 と、思ったが糸巻くんは反対の手でそれを防いでいた。

「わかった。どうしても邪魔をすると言うのならお前もここで消えてもらう」

 糸巻くんの拳に糸が何重にも巻きついていく。
 拳に触れたら最後。
 肉体がズタズタに引き裂かれてしまう。

反撃の狼盾(カウンター・ウルフェイド)

 背後に回った敷島さんが退路を断つためにカウンターの盾で壁を作る。
 お互いに合図を出していないにもかかわらずこの連携。
 完全に詰みの一手だ。

「!?」

 糸巻くんの拳が通り過ぎ、頬から血が流れる。
 どんな攻撃でも見切ることができていたが、今の一撃は体が追いつかなかった。
 慌てて両方の拳を目線の高さまで上げる。

 敏感になり過ぎたあらゆる感覚が悲鳴を上げている。
 視界が揺らぎ、嗅覚味覚はすでに正常に働いていない。
 ついでに耳鳴りまで起こしている。

 体は正直だ。
 もうとっくに限界を迎えていたのだ。

 僕にしてはよく頑張った方かな?

 頭を左右に強く振る。

「すぐ弱気になるところは僕の悪い癖だ。僕はまだ何も成せていないじゃないか」

 敷島さんの盾を突破することができればまだ戦える。
 『報復の白金盾(リフレクション・シールド)』さえ破れなかった僕の力が通用するかはさておき、やる前から諦めてしまっては何のために立ち上がったのかわからない。

 切れかけているエネルギーを集めるんだ。
 搾りカスでも何でもいい。一滴残らず全てのエネルギーをこの拳に乗せるんだ。

「何をぶつぶつと——」

「負けるかーーーーーー!!!!」

 反転して、敷島さんの盾に全力で拳を叩きつける。
 瞬間、盾から狼の牙が飛び出し、上半身を噛まれた。
 滲み出る血。

 それでも僕は夢中で盾に食らいついていた。
 盾にヒビが入り、敷島さんから苦し紛れの声が漏れる。
 後一息であることは間違いない。

 しかし、僕ももう意識が飛びそうだ。
 目が霞んで焦点が定まらない。
 声を張り上げて正気を保っていたがそれももう限界だ。

 限界を超えて、尚限界。
 事実上の敗北。

「うっ!?」

 心臓が強く脈を打つ。
 自分の鼓動で耳が張り裂けそうだ。
 目の奥が熱い。

 あれだけ体を酷使したんだ。
 普段、使ったことのない神経をフルで使った。
 その反動が来ても何ら不思議ではない。

 下ろした拳に白い淡い光が収束していく。
 ここまで身を削ってまだ戦えって言うのか?
 いや、違うな。戦うかどうかは僕の意思で決めることだ。

 守るべきモノを守るために人は立ち上がり、拳を振るう。
 話し合いで解決しないのであれば結局は武器を手に取るしかない。
 僕の武器は拳だ。
 この手で、守るべきモノを守る。

「正真正銘これで最後だッ!! うおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 盾を破壊し、螺旋状の爆風が敷島さんを一瞬で飲み込む。
 文字通り全てを出し切った一撃。
 僕の手にはもう何も残っていない。

 体の力が抜けて、膝が地面に吸い寄せられる。
 ぼやける瞳で手のひらを眺める。

「余計なことしやがって」

 背後から糸巻くんの声が聞こえた次の瞬間、背中に激痛が走った。
 北エリアで見た13人の生徒のように僕も糸で切られてしまうのだろうか。
 そして僕の次は神楽坂くんが。

 神楽坂くんが?

 大木の前にいるはずの神楽坂くんの姿がそこには無かった。

「西城、助かった。お前が繋いでくれた時間は無駄にはしない」

「神楽坂くん……」

 双眸を金色に輝かせた神楽坂くんが優しく僕の肩に触れた。