—1—
僕は茂みの隙間から神楽坂くんと糸巻くんが戦っている様子を見ていた。
序列戦という学院の行事の1つのはずだが、2人が放つ気迫は常軌を逸している。
まるで戦場に足を踏み入れたかのような緊張感が漂っている。
鉛のように重い足。
大事な場面でいつも僕は傍観者だった。
僕を慕ってくれている人たちはそんなことないと否定してくれるだろう。
しかし、僕が無力なことは誰よりも僕自身が理解している。
周囲を活かす異能力・『鼓舞』。
強力過ぎる能力のあまり、対象者が制御不能になってしまうリスクを伴う。
自分の力が大切な人を傷つけてしまうんじゃないかと思うと足が竦む。
中学時代の七草先輩の出来事が脳裏にこびりついているのだろう。
あの体育館での光景が今でも時々フラッシュバックする。
恐怖。
罪悪感。
後悔。
不安。
友人の未来を奪う権利は僕にはない。それを背負う覚悟もない。
それでも学院に入って新しい仲間を作り、守りたい場所ができた。
僕の悩みを真剣に受け止めてアドバイスをくれた友もいる。
そんな大切な友達が目の前でピンチに陥っている。
僕が動かなければ他に助けてくれる人はいない。
他の誰でもない。僕が動かなければ大切な友人が命を落とすかもしれない。
「僕が動いて本当に変わるのか?」
こんな場面でも無意識に逃げるための言い訳を探している自分に嫌気が差す。
色々な感情が混ざり合って脳内はショート寸前。
迷ったら自分が後悔しない選択肢を取れ。
きっと七草先輩なら笑顔でそう言うに違いない。
七草先輩が僕のことを忘れたとしても、先輩の存在が僕の道標になっていることは変わらない。
「七草先輩、僕に力を貸して下さい」
すぐ目の前では糸巻くんが拳を振り上げて神楽坂くんにトドメを刺そうとしていた。
校章を砕けば勝敗がつくというのに糸巻くんの狙いは頭部に向けられている。
動け僕の足。怖がるな。僕ならできる。頑張れ、負けるな。
「や、やめるんだ糸巻くん!!」
恐怖で声が震えていたかもしれない。
でも、これが今の僕の精一杯だ。
—2—
「西城か……?」
「神楽坂くん、遅くなってごめん。僕が勇気を出してもっと早く来ていれば君はこんなにも酷く——」
言い掛けて下唇を噛む。
神楽坂くんの体から流れる赤い血が、痛々しい傷口が、心に刺さる。
神楽坂くんは前期中間考査のときも、僕が異能力で悩んでいるときも真っ直ぐ救いの手を差し伸べてくれた。
それなのに僕は一体何をごちゃごちゃ考えていたんだ。
目の前に傷ついている仲間がいるなら自分が盾になるくらいの覚悟で飛び込まなくちゃ漢じゃない。
このままじゃ僕が思い描く理想の姿に反する。
「西城、今更お前1人増えようが何も結果は変わらないぞ」
糸巻くんが指でピストルの形を作ると人差し指の先をこちらに向けてきた。
「落ち着け。大丈夫だ。僕ならできる。今までやってきたことを信じろ。絶対に気持ちで負けるな」
刹那、白い暖かな光が優しく浮かび上がり僕の身体を包み込んだ。
「鋼糸の弾丸」
糸巻くんの指先から発射された糸の弾丸。
神楽坂くんを苦しめた厄介な攻撃だ。
武器も使えなければ特別な力を持っているわけでもない僕なんかが防げるはずがない。
だが、おかしい。
なんだこれは。この感覚は。
「なにッ!?」
飛躍的な動体視力の向上。
いや、そんな意味の分からない言葉では説明がつかない。
端的に言うと、僕は弾丸を避けていた。
勘でかわしたわけではない。
しっかりと目で見た上で避けたのだ。
「なんだ? 何が起きてる? と、とにかくお落ち着け僕。やるんだ。やれるぞ」
再び白い暖かな光が僕の身体を包む。
僕自身何が起きているのかさっぱり分からない。
「まぐれか?」
僕の力量を測りかねているのか糸巻くんが眉間にしわを寄せる。
だが、考えている時間が惜しいとすぐに地面を蹴る。
僕を倒すことなど、蟻を踏み潰すことと同義。
そう思われていても何ら不思議ではない。
これまでソロ序列戦にしても異能力実技の授業にしても大した実績は残せていない。
僕の異能力は戦闘向きではないから。
そう理由を付けて、負けることに対してどこか割り切っていた。
でも、心の中ではそれじゃダメだということも理解していた。
だからこそ葛藤し、ひとしきり悩んだ末、神楽坂くんに相談したんだ。
「神楽坂くん、そういうことだったんだね」
糸巻くんの拳をかわしてカウンターを繰り出す。
手に伝わる確かな感触。
僕の拳は糸巻くんの腹を撃ち抜いていた。
拳の風圧で周囲の木々が激しく揺れる。
糸巻くんは水切りのように地面に何度もバウンドして転がっていった。
後方で構えていた敷島さんの足元でようやく止まる。
「大丈夫。僕はちゃんと強い。負けない」
奮い立て、雄叫びを上げろ、自分を鼓舞しろ。
神楽坂くんは会話の中でヒントをくれていた。
鼓舞する対象を自分自身に向けたとき、人間本来の能力の底上げに加えて超人的なパワーを発揮する。
初めての経験で思考と体が完全に追いついていないけど、これなら僕でも十分に戦える。
「ふさぎ、援護を頼む」
糸巻くんが起き上がり、砂埃を払う。
そこに蟻を見下ろすような目つきはもうない。
僕を自分と同格の敵と認識した証拠だ。
「いつでも準備はいいよ」
敷島さんの言葉を合図に僕と糸巻くんはほぼ同時に飛び出していた。
僕は茂みの隙間から神楽坂くんと糸巻くんが戦っている様子を見ていた。
序列戦という学院の行事の1つのはずだが、2人が放つ気迫は常軌を逸している。
まるで戦場に足を踏み入れたかのような緊張感が漂っている。
鉛のように重い足。
大事な場面でいつも僕は傍観者だった。
僕を慕ってくれている人たちはそんなことないと否定してくれるだろう。
しかし、僕が無力なことは誰よりも僕自身が理解している。
周囲を活かす異能力・『鼓舞』。
強力過ぎる能力のあまり、対象者が制御不能になってしまうリスクを伴う。
自分の力が大切な人を傷つけてしまうんじゃないかと思うと足が竦む。
中学時代の七草先輩の出来事が脳裏にこびりついているのだろう。
あの体育館での光景が今でも時々フラッシュバックする。
恐怖。
罪悪感。
後悔。
不安。
友人の未来を奪う権利は僕にはない。それを背負う覚悟もない。
それでも学院に入って新しい仲間を作り、守りたい場所ができた。
僕の悩みを真剣に受け止めてアドバイスをくれた友もいる。
そんな大切な友達が目の前でピンチに陥っている。
僕が動かなければ他に助けてくれる人はいない。
他の誰でもない。僕が動かなければ大切な友人が命を落とすかもしれない。
「僕が動いて本当に変わるのか?」
こんな場面でも無意識に逃げるための言い訳を探している自分に嫌気が差す。
色々な感情が混ざり合って脳内はショート寸前。
迷ったら自分が後悔しない選択肢を取れ。
きっと七草先輩なら笑顔でそう言うに違いない。
七草先輩が僕のことを忘れたとしても、先輩の存在が僕の道標になっていることは変わらない。
「七草先輩、僕に力を貸して下さい」
すぐ目の前では糸巻くんが拳を振り上げて神楽坂くんにトドメを刺そうとしていた。
校章を砕けば勝敗がつくというのに糸巻くんの狙いは頭部に向けられている。
動け僕の足。怖がるな。僕ならできる。頑張れ、負けるな。
「や、やめるんだ糸巻くん!!」
恐怖で声が震えていたかもしれない。
でも、これが今の僕の精一杯だ。
—2—
「西城か……?」
「神楽坂くん、遅くなってごめん。僕が勇気を出してもっと早く来ていれば君はこんなにも酷く——」
言い掛けて下唇を噛む。
神楽坂くんの体から流れる赤い血が、痛々しい傷口が、心に刺さる。
神楽坂くんは前期中間考査のときも、僕が異能力で悩んでいるときも真っ直ぐ救いの手を差し伸べてくれた。
それなのに僕は一体何をごちゃごちゃ考えていたんだ。
目の前に傷ついている仲間がいるなら自分が盾になるくらいの覚悟で飛び込まなくちゃ漢じゃない。
このままじゃ僕が思い描く理想の姿に反する。
「西城、今更お前1人増えようが何も結果は変わらないぞ」
糸巻くんが指でピストルの形を作ると人差し指の先をこちらに向けてきた。
「落ち着け。大丈夫だ。僕ならできる。今までやってきたことを信じろ。絶対に気持ちで負けるな」
刹那、白い暖かな光が優しく浮かび上がり僕の身体を包み込んだ。
「鋼糸の弾丸」
糸巻くんの指先から発射された糸の弾丸。
神楽坂くんを苦しめた厄介な攻撃だ。
武器も使えなければ特別な力を持っているわけでもない僕なんかが防げるはずがない。
だが、おかしい。
なんだこれは。この感覚は。
「なにッ!?」
飛躍的な動体視力の向上。
いや、そんな意味の分からない言葉では説明がつかない。
端的に言うと、僕は弾丸を避けていた。
勘でかわしたわけではない。
しっかりと目で見た上で避けたのだ。
「なんだ? 何が起きてる? と、とにかくお落ち着け僕。やるんだ。やれるぞ」
再び白い暖かな光が僕の身体を包む。
僕自身何が起きているのかさっぱり分からない。
「まぐれか?」
僕の力量を測りかねているのか糸巻くんが眉間にしわを寄せる。
だが、考えている時間が惜しいとすぐに地面を蹴る。
僕を倒すことなど、蟻を踏み潰すことと同義。
そう思われていても何ら不思議ではない。
これまでソロ序列戦にしても異能力実技の授業にしても大した実績は残せていない。
僕の異能力は戦闘向きではないから。
そう理由を付けて、負けることに対してどこか割り切っていた。
でも、心の中ではそれじゃダメだということも理解していた。
だからこそ葛藤し、ひとしきり悩んだ末、神楽坂くんに相談したんだ。
「神楽坂くん、そういうことだったんだね」
糸巻くんの拳をかわしてカウンターを繰り出す。
手に伝わる確かな感触。
僕の拳は糸巻くんの腹を撃ち抜いていた。
拳の風圧で周囲の木々が激しく揺れる。
糸巻くんは水切りのように地面に何度もバウンドして転がっていった。
後方で構えていた敷島さんの足元でようやく止まる。
「大丈夫。僕はちゃんと強い。負けない」
奮い立て、雄叫びを上げろ、自分を鼓舞しろ。
神楽坂くんは会話の中でヒントをくれていた。
鼓舞する対象を自分自身に向けたとき、人間本来の能力の底上げに加えて超人的なパワーを発揮する。
初めての経験で思考と体が完全に追いついていないけど、これなら僕でも十分に戦える。
「ふさぎ、援護を頼む」
糸巻くんが起き上がり、砂埃を払う。
そこに蟻を見下ろすような目つきはもうない。
僕を自分と同格の敵と認識した証拠だ。
「いつでも準備はいいよ」
敷島さんの言葉を合図に僕と糸巻くんはほぼ同時に飛び出していた。



