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「糸巻、部活見学のときにお前は言ってたよな。敷島と目的が一致していたからグループを組んだって。その目的を果たすためだったら関係のないオレや暗空の命を奪うのか?」

 敷島がいるこの場で気になっていた話題を掘り返す。
 糸巻を突き動かしている核となる部分、それがまだ見えてこない。

「今から死ぬ相手にそれを答える意味はない。ふさぎにも忠告されたんじゃないのか? 俺と戦わない方がいい。死ぬことになるってな」

 オレと敷島が会っていたことまで知っているのか。
 ただ、横で話を聞いていた敷島も驚いた表情を見せたため、敷島が糸巻に漏らしたわけでは無さそうだ。
 カマをかけたか、気配を消してどこかで見ていたか。

「オレは最初から死ぬつもりなんてない。オレが死ぬとき、それは自ら命を投げ出すと覚悟を決めたときだ」

 他人にオレの生き死には決めさせない。
 今もどこかで生きている夏蓮を助け出すまでは何がなんでも死ぬ訳にはいかない。

「人にはそれぞれ事情がある。如何なる理由があろうとそこに大小は存在しない。俺は俺の目的のために戦う」

 糸巻の指先から糸が噴き出し、高速で拳に絡みついていく。
 オレは身体強化を発動させたまま、両方の拳を前に構えて戦闘態勢を取る。
 右の拳から血が流れ落ちるが、そこに意識を割く余裕はない。

「まるで別人だな」

 糸巻が異能力を発動させたその瞬間、負のエネルギーを凝縮させたかのような禍々しいオーラの波が周囲に放たれた。
 これまで対峙してきた人間とは明らかに別格。

「真に才能がある者とは自身の才能を隠す才能がある者だ。神楽坂、お前はどうだ?」

 踏み込みと共に突風が巻き起こり、糸巻が大地を駆け抜ける。
 一瞬の瞬きの間に左から拳が襲い掛かる。
 糸が覆われて強化された拳。太陽の光を受けて眩しい程に輝く。

 オレの顔面を射程圏内に捕らえたその拳をかわすことは最早不可能。
 オレは血で赤く染まる右拳を全力で振るった。

「ッ!!」

 刹那、脳に危険信号が流れる。
 糸巻の拳を覆う糸がオレの右拳を深く切り裂いたのだ。
 糸ではあり得ない切れ味。

 痛みで叫びそうになるが歯を食い縛ってなんとか堪える。
 敵に弱みを見せてはいけない。

「お、今ので右腕が使い物にならなくなったか?」

 続けざまに鳩尾目掛けて渾身の突きが放たれる。
 オレは瞬時に左拳に冷気を纏い、地面に対して垂直に拳を振り下ろす。

氷拳打破(フリーズンブレイク)ッ!」

 糸巻の拳ごと地面に思い切り叩き付けると、ヒビが入りながら陥没し、巨大なクレーターを穿つ。

影繋ぎ(シャドー・コネクト)

 現状、右手は再生不能。一度この場を離脱する必要がある。
 オレは自身の影の中に沈み込み、糸巻と敷島の背後に広がっている森から飛び出た。

光粒光線(シャイン・カノン)

全方位の透明盾(オール・シールド)

 2人の背後に向かって細かい光の粒を乱れ撃ちする。
 気配を感じ取った敷島が咄嗟に全体防御を発動。
 透明な盾に覆われた糸巻は光線を弾きながら前進する。

 糸巻の攻と敷島の守が上手く噛み合っている。
 崖から森へフィールドを移したのはオレだが、森には糸巻が仕掛けたと思われる糸が至る所に見て取れる。

「その表情は万事休すってところか神楽坂?」

「正直、ここまで追い詰められたのは初めてかもしれないな」

 対反異能力者ギルドのときは生徒会が駆け付けてくれることが確定していた。
 しかし、現状数少ない生存者の中でオレの味方となり、糸巻と同等の実力を持っている生徒はいない。
 それこそ教師が偶然通り掛かりでもすれば状況が変わるかもしれないが、入念に準備を重ねてきた糸巻のことだ。
 その辺りも対策しているのだろう。

「緋氷ッ」

 糸巻の鋭い糸に対抗するには氷で強化した刀くらいしかない。
 『氷拳打破(フリーズンブレイク)』で氷が有効であることはすでに確かめている。

「氷の刀か。まあ、そうくるしかないだろうな」

 そう呟き、再び加速する糸巻。
 オレは緋氷を握る左手に力を込め、左右から繰り出される猛攻を死に物狂いで弾き返す。
 触れた対象物を凍らせる緋氷の能力を意にも介さず、糸巻は攻撃の手を緩めない。

 糸で覆われた拳に氷が纏い始めるが、緋氷と衝突する度に砕けて宙に舞う。
 そして、新しく氷を帯びる。
 時間が経てばある程度氷が侵食していくのだが、目にも留まらない速さで攻撃を撃ち合っているため、致命傷にはならない。

 一方でこちらが攻撃を撃ち込もうとすると、カウンターの機会を窺っている敷島が目を光らせるのでなかなか踏み込むことができない。

 まあ、左腕だけでは糸巻の攻撃を防ぐことで手一杯だが。

「3年生との下剋上システムに始まり、反異能力者ギルド襲撃、無名・クロム・イレイナとの戦闘。少し手の内を晒しすぎたんじゃないか?」

「どういうことだ?」

 真っ直ぐ伸びてくる正拳突きを緋氷で受け止めた刹那、糸巻の逆の拳が小さく、それでいて素早く、何もない空間を突いた。

鋼糸の弾丸(ワイヤー・ショット)

 拳に絡み付いていた糸が一斉に襲い掛かる。
 異変を感じて警戒はしていたが、片方の拳が緋氷に触れるほど近い距離感だ。
 とてもじゃないが間に合うはずがない。

氷盾(アイスシールド)

 それでも的を絞って校章と心臓と頭だけは死守した。
 扇状に広がるような軌道で放たれた糸巻の糸は、オレの肩、腕、脇腹、足を容赦無く貫いた。

 朦朧とする意識の中で立っていられたのは体中に刺すような痛みが走っていたからだろう。

「神楽坂、下剋上システムの映像や無名の戦闘を通してお前の戦闘スタイルを徹底的に分析させてもらった。複数の異能力を再現できる力は確かに強力だ。だが、それはどこまで行ってもコピーであってオリジナルではない。もう気付いているんだろうが、コピーでは本物に勝つことはできない」

 そんなことは随分前から理解している。
 その場その場で最も適したピースをはめるようにバトルを丁寧に組み立てて戦ってきた。
 しかし、それもいずれは限界がくる。
 だから、コピーした異能力を土台にしてオリジナル技を開発してきた。この緋氷だってその1つだ。

「ストックを増やした弊害なのかは知らないが、お前は追い込まれると同じ異能力を連続して使うことを無意識に避けていることがわかった。Aが通用しないならBをといった具合にな。何もそれ自体が悪手だとは思わない。でもな、既存の技を磨いて精度を上げていれば変わっていた展開なんていくらでもあったはずだ」

 糸巻がオレの目の前に立ち、腰を落として拳を後ろに引いた。

「少なくても俺にはその選択肢しか無かった。この落ちこぼれと言われた異能力を鍛え上げることしかな」

 最大限に溜めを作った糸巻が一気に拳を振り抜く。

氷盾(アイスシールド)

 一点集中で盾を展開するが中心からヒビが入り、粉々に吹き飛んだ。
 腹に糸巻の拳がめり込み、オレは衝撃で地面を転がり、背後の木にぶつかってようやく停止した。

 オレの視界に映るのは地面。
 体中傷だらけで顔を上げる余力も残っていない。

 足音が2人分近づいてくる。
 糸巻と敷島だろう。

「神楽坂、最後に聞きたいことを思い出した。神楽坂夏蓮(かぐらざかかれん)はお前の妹か?」

「……夏蓮? なんでお前が夏蓮の名前を——」

 首を曲げて糸巻を見上げる。
 糸巻はオレの頭上で拳を静止していた。

「そうか。お前が学院に来た理由はそれか。今ので全部繋がった。聞きたいことはそれだけだ。じゃあな」

 冷酷な視線を向けて拳を振り下ろす糸巻。

「や、やめるんだ糸巻くん!!」

 茂みの中から姿を現した西城の声で糸巻の動きが止まった。