—1—
「どうした? マザーパラダイスの生き残りと言ってもこの程度なのか?」
「そんなわけ……ないじゃ……ないですか……」
期待外れだったと大袈裟な仕草を見せる糸巻に、暗空は荒い息混じりでそう言い返した。
周囲に張り巡らされた糸巻の糸。
先手を仕掛けた糸巻の包囲網が暗空の行動範囲を狭めていた。
1度糸に触れてしまうと強力な粘着力に動きを封じられてしまう。
暗空は月影で目の前の糸を斬り裂き、糸巻に刃を振るうが、対する糸巻は暗空の攻撃を完全に見切り、バックステップで回避した。
そして、すぐさま糸を張り直す。
このままでは埒が明かないと判断した暗空は左手に影を集めた。
糸巻はポーカーフェイスを崩さず、落ち着いた様子で両手を前に出す。
「手影砲撃」
「蜘蛛の巣」
暗空が放った影の砲撃は前方の糸を片っ端から蹴散らし、そのまま糸巻に襲い掛かる。
が、糸巻が直前に展開した円形状の糸の盾によって阻まれた。
しかし、そんなことは初めから想定済み。
暗空の目的は糸巻への直接攻撃ではなく、目の前の障害を取り除くこと。
「粘った甲斐がありました」
下半身に力を込め、前傾姿勢で地面を蹴る。
グンッと加速すると、暗空が2つに分裂した。
もちろん残像の類ではない。『影分身』ソロ序列戦でも見せた自身の影を実体化させる分身技だ。
「分身か。2つに1つならどっちも叩けばいいだけだ」
太陽が沈み、夜が顔を出し始めている。
序盤で糸巻の糸をやり過ごし、悟られるか悟られないかのギリギリのところで粘っていた暗空。
暗空は夜を待っていた。
暗空の特殊体質。それは夜が深まれば深まるほど、全ステータスが上昇するというもの。
攻撃力、防御力、身体能力、治癒能力など身体的機能のあらゆる能力が上昇し続ける。
「月影一閃・双撃!」
「動きが変わったが追いつけないほどではない」
左右から挟み込むようにして繰り出された刃が糸巻の拳によって止められた。
よく見ると、糸巻の拳には糸が何重にも纏わりついてボクシングのグローブのようになっていた。
1度防がれたからといって攻撃の手は緩めない。
すぐさま上段から斬り下ろす暗空と、反対に下段から斬り上げる分身暗空。
糸巻は校章を守るように上体を逸らしながら左右に拳を突き出す。
驚異的な瞬発力でまたしても両方の攻撃を防いでみせた。
「消えてもらうが恨まないでくれ」
糸巻の拳に巻き付いていた糸が暗空の眉間目掛けて高速で放たれる。
至近距離では為す術もなく、糸巻の糸は暗空の頭を貫通した。
瞬間、暗空は黒い影となり、ドロドロに溶けて地面へと崩れ落ちた。
本体の暗空はというと、月影の腹を顔の前に構えてなんとか防いでいた。
これには堪らず距離を取る暗空。
今の一撃を受けて糸巻は容赦無く命を奪いに来たことを理解した。
暗殺ギルド血影時代を思い出す。
常に殺らなければ殺られる世界に身を置いていた。
あの頃が懐かしいなんて感情を覚えてしまってはおかしいのだろう。
それでも。
「ありがとうございます。大切なことを思い出させて下さって」
暗空は感謝の言葉を口にしていた。
復讐をするために学院に入学したのに、覚悟を決めたはずなのに、平穏な日々を送っていたらいつの間にか気持ちが緩んでいた。
平穏な日々なんていらない。
そんなものを手にする資格は私にはない。
失った家族、残された家族のためにも私は命懸けで刃を振るう。
刹那、暗空の双眼が紫に輝き、強烈な殺気が糸巻に向けられた。
「紫黒影忍」
アサシンとは暗殺者という意味。
暗空の中で暗殺は忍者やクノイチを連想させていた。
闇夜に紛れて速やかにターゲットを討つ狩人。
自身が影の異能力者だから連想に繋がりやすかったのかもしれない。
暗空は一瞬にして紫と黒を基調としたクノイチの服装を身に纏った。
腰に下げた袋の中には手裏剣が入っており、手にはクナイが握られている。どちらも影から生み出した物だ。
月影は腰に下げた鞘に収めた。
「前言撤回する必要がありそうだな」
暗空の跳ね上がったオーラを前にして糸巻の目の色が変わる。
陣内から事前に与えられた情報の中に暗空がここまで出力の高い技を持っているという説明はなかった。
だが、それも無理はない。
暗空が『紫黒影忍』を完成させたのはソロ序列戦以降の話なのだから。
反異能力者ギルド・ガインとの決戦後、改めて自分を見つめ直し、必殺と呼べる技を生み出した。
「——ッ」
暗空の素早い動き出しに糸巻が10の指先から一斉に糸を放つ。
相手を捕縛するための粘着タイプではなく、仕留めるための鋼化タイプ。
命中すれば腕の1本や2本、軽々吹き飛ばす威力を持つ。
暗空は両手に持つクナイで応戦。
危なげなく完璧に処理すると、手にしていたクナイを糸巻目掛けて投げ放つ。
瞬時に横に跳んでクナイをかわした糸巻は着地と同時に暗空へ向かって駆け出した。
2人を取り囲んでいる木には糸が張られているが、触れさえしなければ暗空が捕まることはない。
正面から迫る糸巻にもう1つのクナイを投げ、鞘から月影を引き抜く暗空。
跳躍した糸巻の拳と暗空の月影が衝突する。
通常であれば勢いに押し負けて弾き飛ばされてもおかしくない暗空だったが、特殊体質と『紫黒影忍』発動中ということもあって持ち堪えた。
いや、持ち堪えるどころか上回った。
糸巻を押し返し、間髪入れずに月影で糸巻の心臓を突く。
糸巻は両足が浮いた状態で、あやとりのように右と左の手のひらに糸を這わせて刀を受け止めた。
「その力は薬の力か?」
糸巻が暗空の目を見てボソリと呟く。
言葉の意味を探ろうと一瞬眉をひそめた暗空だったが特に心当たりはない。
「その反応から察するに何も知らないみたいだな。そうか。俺たちとは根底から違うのか」
自己解決したのか糸巻が拳を握る。
糸に絡め取った月影を後方に投げ飛ばし、暗空の懐に入り込む。
その踏み込みは格段と鋭い。
「んっ!」
警戒していても尚、深く踏み込まれた暗空。
咄嗟に身体を半身にして裏拳を繰り出す。
拳がぶつかる鈍い音が響くと同時にお互い次の選択肢を迫られる。
暗空は逆の拳をアッパー気味に振り上げ、糸巻は木の間に張られている糸に向かって跳躍した。
暗空の拳は空振り。
糸巻は空中の糸に飛び乗ると、糸がゴムのように伸縮した。
反動をつけて勢いを最大限までつけると弾丸のような速度で暗空に襲い掛かった。
「粘着化、鋼化、弾力化と言ったところでしょうか」
暗空は地面を転がりながら糸巻をかわす。
転がりながら腰袋に手を入れ、手裏剣を取り出すと糸巻が足場にしていた糸に向かって投げつけた。
命中した糸はゴムが切れたときのようなバチンという音を立てて弾けた。
「これは流石に予想以上だな。これだけの実力があれば利用する価値くらいはありそうだ」
暗空の後方に伸びていた糸を掴んだ糸巻はくるりと回転して糸の上に立った。
糸巻の目的は暗空と神楽坂を消すこと。
この場で暗空を消してしまうつもりだったが、思いの外暗空が動けることを知り、利用することを思いついた。
「何を訳のわからないことを」
「悪いがこれは決定事項だ。お前に逆らう権利はない。今からその証拠を見せてやる。跪け」
「なッ!?」
糸巻が暗空にジェスチャーを送ると、暗空の意思を無視して両膝が地面に吸い寄せられた。
立ち上がろうと力を込めるが磁石にくっ付いているかのように膝が地面から離れない。
「絶対服従の操り人形」
暗空には見えない透明な糸が暗空の体から糸巻の指先に伸びていた。
粘着化、鋼化、弾力化、透明化。
この4種類の糸の能力を糸巻は使い分けている。
暗空を操り、神楽坂とぶつける。
そして、消耗した2人をまとめて消し去る。
これが糸巻の立てた計画だった。
「どうした? マザーパラダイスの生き残りと言ってもこの程度なのか?」
「そんなわけ……ないじゃ……ないですか……」
期待外れだったと大袈裟な仕草を見せる糸巻に、暗空は荒い息混じりでそう言い返した。
周囲に張り巡らされた糸巻の糸。
先手を仕掛けた糸巻の包囲網が暗空の行動範囲を狭めていた。
1度糸に触れてしまうと強力な粘着力に動きを封じられてしまう。
暗空は月影で目の前の糸を斬り裂き、糸巻に刃を振るうが、対する糸巻は暗空の攻撃を完全に見切り、バックステップで回避した。
そして、すぐさま糸を張り直す。
このままでは埒が明かないと判断した暗空は左手に影を集めた。
糸巻はポーカーフェイスを崩さず、落ち着いた様子で両手を前に出す。
「手影砲撃」
「蜘蛛の巣」
暗空が放った影の砲撃は前方の糸を片っ端から蹴散らし、そのまま糸巻に襲い掛かる。
が、糸巻が直前に展開した円形状の糸の盾によって阻まれた。
しかし、そんなことは初めから想定済み。
暗空の目的は糸巻への直接攻撃ではなく、目の前の障害を取り除くこと。
「粘った甲斐がありました」
下半身に力を込め、前傾姿勢で地面を蹴る。
グンッと加速すると、暗空が2つに分裂した。
もちろん残像の類ではない。『影分身』ソロ序列戦でも見せた自身の影を実体化させる分身技だ。
「分身か。2つに1つならどっちも叩けばいいだけだ」
太陽が沈み、夜が顔を出し始めている。
序盤で糸巻の糸をやり過ごし、悟られるか悟られないかのギリギリのところで粘っていた暗空。
暗空は夜を待っていた。
暗空の特殊体質。それは夜が深まれば深まるほど、全ステータスが上昇するというもの。
攻撃力、防御力、身体能力、治癒能力など身体的機能のあらゆる能力が上昇し続ける。
「月影一閃・双撃!」
「動きが変わったが追いつけないほどではない」
左右から挟み込むようにして繰り出された刃が糸巻の拳によって止められた。
よく見ると、糸巻の拳には糸が何重にも纏わりついてボクシングのグローブのようになっていた。
1度防がれたからといって攻撃の手は緩めない。
すぐさま上段から斬り下ろす暗空と、反対に下段から斬り上げる分身暗空。
糸巻は校章を守るように上体を逸らしながら左右に拳を突き出す。
驚異的な瞬発力でまたしても両方の攻撃を防いでみせた。
「消えてもらうが恨まないでくれ」
糸巻の拳に巻き付いていた糸が暗空の眉間目掛けて高速で放たれる。
至近距離では為す術もなく、糸巻の糸は暗空の頭を貫通した。
瞬間、暗空は黒い影となり、ドロドロに溶けて地面へと崩れ落ちた。
本体の暗空はというと、月影の腹を顔の前に構えてなんとか防いでいた。
これには堪らず距離を取る暗空。
今の一撃を受けて糸巻は容赦無く命を奪いに来たことを理解した。
暗殺ギルド血影時代を思い出す。
常に殺らなければ殺られる世界に身を置いていた。
あの頃が懐かしいなんて感情を覚えてしまってはおかしいのだろう。
それでも。
「ありがとうございます。大切なことを思い出させて下さって」
暗空は感謝の言葉を口にしていた。
復讐をするために学院に入学したのに、覚悟を決めたはずなのに、平穏な日々を送っていたらいつの間にか気持ちが緩んでいた。
平穏な日々なんていらない。
そんなものを手にする資格は私にはない。
失った家族、残された家族のためにも私は命懸けで刃を振るう。
刹那、暗空の双眼が紫に輝き、強烈な殺気が糸巻に向けられた。
「紫黒影忍」
アサシンとは暗殺者という意味。
暗空の中で暗殺は忍者やクノイチを連想させていた。
闇夜に紛れて速やかにターゲットを討つ狩人。
自身が影の異能力者だから連想に繋がりやすかったのかもしれない。
暗空は一瞬にして紫と黒を基調としたクノイチの服装を身に纏った。
腰に下げた袋の中には手裏剣が入っており、手にはクナイが握られている。どちらも影から生み出した物だ。
月影は腰に下げた鞘に収めた。
「前言撤回する必要がありそうだな」
暗空の跳ね上がったオーラを前にして糸巻の目の色が変わる。
陣内から事前に与えられた情報の中に暗空がここまで出力の高い技を持っているという説明はなかった。
だが、それも無理はない。
暗空が『紫黒影忍』を完成させたのはソロ序列戦以降の話なのだから。
反異能力者ギルド・ガインとの決戦後、改めて自分を見つめ直し、必殺と呼べる技を生み出した。
「——ッ」
暗空の素早い動き出しに糸巻が10の指先から一斉に糸を放つ。
相手を捕縛するための粘着タイプではなく、仕留めるための鋼化タイプ。
命中すれば腕の1本や2本、軽々吹き飛ばす威力を持つ。
暗空は両手に持つクナイで応戦。
危なげなく完璧に処理すると、手にしていたクナイを糸巻目掛けて投げ放つ。
瞬時に横に跳んでクナイをかわした糸巻は着地と同時に暗空へ向かって駆け出した。
2人を取り囲んでいる木には糸が張られているが、触れさえしなければ暗空が捕まることはない。
正面から迫る糸巻にもう1つのクナイを投げ、鞘から月影を引き抜く暗空。
跳躍した糸巻の拳と暗空の月影が衝突する。
通常であれば勢いに押し負けて弾き飛ばされてもおかしくない暗空だったが、特殊体質と『紫黒影忍』発動中ということもあって持ち堪えた。
いや、持ち堪えるどころか上回った。
糸巻を押し返し、間髪入れずに月影で糸巻の心臓を突く。
糸巻は両足が浮いた状態で、あやとりのように右と左の手のひらに糸を這わせて刀を受け止めた。
「その力は薬の力か?」
糸巻が暗空の目を見てボソリと呟く。
言葉の意味を探ろうと一瞬眉をひそめた暗空だったが特に心当たりはない。
「その反応から察するに何も知らないみたいだな。そうか。俺たちとは根底から違うのか」
自己解決したのか糸巻が拳を握る。
糸に絡め取った月影を後方に投げ飛ばし、暗空の懐に入り込む。
その踏み込みは格段と鋭い。
「んっ!」
警戒していても尚、深く踏み込まれた暗空。
咄嗟に身体を半身にして裏拳を繰り出す。
拳がぶつかる鈍い音が響くと同時にお互い次の選択肢を迫られる。
暗空は逆の拳をアッパー気味に振り上げ、糸巻は木の間に張られている糸に向かって跳躍した。
暗空の拳は空振り。
糸巻は空中の糸に飛び乗ると、糸がゴムのように伸縮した。
反動をつけて勢いを最大限までつけると弾丸のような速度で暗空に襲い掛かった。
「粘着化、鋼化、弾力化と言ったところでしょうか」
暗空は地面を転がりながら糸巻をかわす。
転がりながら腰袋に手を入れ、手裏剣を取り出すと糸巻が足場にしていた糸に向かって投げつけた。
命中した糸はゴムが切れたときのようなバチンという音を立てて弾けた。
「これは流石に予想以上だな。これだけの実力があれば利用する価値くらいはありそうだ」
暗空の後方に伸びていた糸を掴んだ糸巻はくるりと回転して糸の上に立った。
糸巻の目的は暗空と神楽坂を消すこと。
この場で暗空を消してしまうつもりだったが、思いの外暗空が動けることを知り、利用することを思いついた。
「何を訳のわからないことを」
「悪いがこれは決定事項だ。お前に逆らう権利はない。今からその証拠を見せてやる。跪け」
「なッ!?」
糸巻が暗空にジェスチャーを送ると、暗空の意思を無視して両膝が地面に吸い寄せられた。
立ち上がろうと力を込めるが磁石にくっ付いているかのように膝が地面から離れない。
「絶対服従の操り人形」
暗空には見えない透明な糸が暗空の体から糸巻の指先に伸びていた。
粘着化、鋼化、弾力化、透明化。
この4種類の糸の能力を糸巻は使い分けている。
暗空を操り、神楽坂とぶつける。
そして、消耗した2人をまとめて消し去る。
これが糸巻の立てた計画だった。



