—1—
「鬱陶しいな」
「雨っすか?」
「ああ、足元もだいぶぬかるんできてやがる。この調子だと夜に動くのは危ないかもな」
西エリアから北エリアに向かっていた浮谷と門倉は、泥に塗れながら急斜面を登っていた。
足を滑らせれば崖下まで一気に落ちてしまう危険性があるが、北エリアを目指すとなるとこのルートが最短だ。
最悪万が一足を滑らせても浮谷の異能力で落下を防ぐことはできる。
だが、誰しも異能力を永久に使い続けられる訳ではない。
異能力は体力と同じでエネルギーそのものが底をついたら発動できない。
基礎体力強化や異能力を用いた訓練を積むことで、持続時間を伸ばすことは可能だがこれにもやはり個人差は出てくる。
いつ敵と遭遇するかわからないことを踏まえると、できる限り無駄遣いは避けるべきだろう。
「どうした門倉?」
門倉が崖の頂上で手を開いては閉じるという行為を繰り返していた。
「いや、昨日の戦いが夢にまで出てきたんで忘れられなくて」
「そうか。氷堂の異能力はどうだった?」
「攻撃も防御も使い勝手が良くて最高でしたね。本当に自分の力にできたらいいんすけどね」
門倉が腰を落として、拳を前に突き出す。
『氷拳打破』を放ったときと同じフォームだが、今回は拳に氷は纏っていない。
門倉の異能力は強奪。
相手に直接打撃攻撃を加えることで1分間の間、異能力を奪うことができる。
その間、相手は奪われた異能力は使えない。
体格に恵まれている門倉は幼少の頃から肉弾戦の戦闘スタイルを取っていた。
周囲の人間は個性の強い異能力を発現する中、門倉の異能力は特殊なモノ。
まず相手に一撃拳を叩き込まなくては異能力が発動しない。
発動したとしても制限時間付き。
中には強奪の異能力を羨ましがる友人もいたが、幼い門倉にはとても使いこなせる代物ではなかった。
炎や水が飛び交う中、防御の術も無い人間が身一つで特攻する。
剣や槍などの武器を使うことも試してはみたが性に合わなかった。
そもそも打撃攻撃を加えなくては異能力が発動しないため、剣術や槍術を極めたところで限界がある。
他を圧倒する才能があったなら話は別だが。
氷堂戦で口にしていた「俺は昔から馬鹿で自分に取り柄が無いことをわかってたから他人のカッコイイ異能力を見ると、自分のモノになったらいいのになってよく妄想をしてたんだ」という言葉は門倉の本心だった。
強者の異能力を実際に使ってみて、その憧れはさらに強くなっていた。
「くそっ、また蜘蛛の巣が顔に」
崖を下っていた門倉が顔についた蜘蛛の糸を手で払う。
「おい、止まれ門倉。罠だ」
無人島で人間の手が入っていないから野生生物が多いことは頷ける。
ましてや蜘蛛の巣なんてものはそこら中にあっても不思議ではない。
だから浮谷も門倉も気にすらしていなかった。
ついこの瞬間までは。
「なんすかこれ」
「誰かの異能力だろうな。人の侵入を感知するためのものだ」
崖の下には至る所に糸が張られていた。
侵入者を察知するためのレーザーセンサーのように複雑に張り巡らされている。
「昨日までは景色と同化してたが、雨で糸が浮かび上がったってところだな」
「浮谷さん、逃げなくて大丈夫なんすか?」
「もう遅ぇーよ」
門倉が周囲を見渡していると、ピチャピチャと靴音が近づいてきた。
「お前たちは引っ掛かるのは2度目だな」
崖の下に糸巻渚が現れた。
濡れた緑髪で目が若干隠れているが、しっかりと2人を捉えている。
「てことは、これはテメェーの異能力ってことだな糸巻」
「いきなりテメェー呼ばわりとは随分と気性が荒いな。その割に実力は大したことがない」
糸巻が爽やかな笑みを浮かべる。
「おい! 誰の実力が大したことないって?」
糸巻の発言に腹を立てた門倉が距離を詰めようとズカズカと前進する。
「よせ門倉、挑発に乗るな」
「でも浮谷さん」
浮谷に呼び止められて足を止める門倉。
怒りが抑えきれないのか拳を強く握り締める。
「安心しろ。お前たちが弱いんじゃない。俺が強すぎる。ただそれだけのことだ」
糸巻が指先から網状の糸を放出する。
浮谷と門倉の頭上に放たれたそれは2人を捕らえるべくゆっくりと襲い掛かる。
「進むか、戻るかだったら進むしかねぇーな!」
戦闘が始まってしまったのならやるしかない。
浮谷は自身と門倉に異能力を使い、糸巻目掛けて突っ込むことにした。
宙に浮かび、高速で網の範囲から抜ける。
そして、右から門倉、左から浮谷が同時に糸巻に対して拳を振り抜いた。
「蜘蛛の巣」
糸巻は左右に腕を伸ばし、それぞれ蜘蛛の巣の形をした円形の盾を展開して攻撃を防いだ。
それだけではない。
「!?」
「なんだこれ?」
糸に強力な粘着性があり、2人の拳を捕らえて離さない。
反対の手で引き剥がしにかかるが、ベトベトに絡み付いて思うようにいかない。
「ぐはっ」
そうこうしている間に門倉の腹部に強烈な膝蹴りが入った。
氷堂と良い勝負を繰り広げた門倉の校章がたった一撃で砕け散る。
「浮谷さ、ん」
門倉の掠れた声が浮谷の耳に届くも浮谷は糸から逃れるので必死だった。
全体重をかけて糸を地面まで引き伸ばし、拳を地面に擦り付けて徐々に粘着性を薄めていく。
浮遊の異能力を糸巻とは逆方向に全開で発動する。
すると、なんとか糸が引き千切れて脱出することができた。
「ったく、何なんだあいつ」
細身の体格にしては門倉に放った蹴りの威力が異常だった。
筋肉質な門倉を一撃で沈める生徒はなかなかいない。
それも異能力を使ってならまだしも生身で、だ。
浮谷は空中で反転して来た道を戻る。
浮谷の唯一の利点である空中戦に持ち込んだとしても粘着性のある糸で捕らえられてしまったら身動きが取れなくなってしまう。
門倉で対抗できないなら近距離戦も難しい。
となれば距離を取ってから岩や木を集中砲火するしかない。
「稼げる得点は稼いでおくに越したことはない。そうだろ?」
糸巻が周囲に張り巡らされた糸を足場にし、あっという間に浮谷に追いついた。
浮谷の足を掴み、地面に投げ落とす。
「くそッ、こんなのデタラメだ」
仰向けに倒れた浮谷がそう漏らす。
その横に糸巻が降り立った。
「ウォーミングアップにもならなかったな」
糸巻が浮谷の校章にジャブを入れて校章を砕く。
「まとめて明日処理してもよかったが、少し早めても問題ないか」
糸巻がスマホを操作し、マップ上から暗空玲於奈を選択する。
そして、3得点を支払い、GPSサーチを発動した。
倒れている浮谷と門倉には見向きもせず、糸巻は薄暗い森の中に消えていくのだった。
「鬱陶しいな」
「雨っすか?」
「ああ、足元もだいぶぬかるんできてやがる。この調子だと夜に動くのは危ないかもな」
西エリアから北エリアに向かっていた浮谷と門倉は、泥に塗れながら急斜面を登っていた。
足を滑らせれば崖下まで一気に落ちてしまう危険性があるが、北エリアを目指すとなるとこのルートが最短だ。
最悪万が一足を滑らせても浮谷の異能力で落下を防ぐことはできる。
だが、誰しも異能力を永久に使い続けられる訳ではない。
異能力は体力と同じでエネルギーそのものが底をついたら発動できない。
基礎体力強化や異能力を用いた訓練を積むことで、持続時間を伸ばすことは可能だがこれにもやはり個人差は出てくる。
いつ敵と遭遇するかわからないことを踏まえると、できる限り無駄遣いは避けるべきだろう。
「どうした門倉?」
門倉が崖の頂上で手を開いては閉じるという行為を繰り返していた。
「いや、昨日の戦いが夢にまで出てきたんで忘れられなくて」
「そうか。氷堂の異能力はどうだった?」
「攻撃も防御も使い勝手が良くて最高でしたね。本当に自分の力にできたらいいんすけどね」
門倉が腰を落として、拳を前に突き出す。
『氷拳打破』を放ったときと同じフォームだが、今回は拳に氷は纏っていない。
門倉の異能力は強奪。
相手に直接打撃攻撃を加えることで1分間の間、異能力を奪うことができる。
その間、相手は奪われた異能力は使えない。
体格に恵まれている門倉は幼少の頃から肉弾戦の戦闘スタイルを取っていた。
周囲の人間は個性の強い異能力を発現する中、門倉の異能力は特殊なモノ。
まず相手に一撃拳を叩き込まなくては異能力が発動しない。
発動したとしても制限時間付き。
中には強奪の異能力を羨ましがる友人もいたが、幼い門倉にはとても使いこなせる代物ではなかった。
炎や水が飛び交う中、防御の術も無い人間が身一つで特攻する。
剣や槍などの武器を使うことも試してはみたが性に合わなかった。
そもそも打撃攻撃を加えなくては異能力が発動しないため、剣術や槍術を極めたところで限界がある。
他を圧倒する才能があったなら話は別だが。
氷堂戦で口にしていた「俺は昔から馬鹿で自分に取り柄が無いことをわかってたから他人のカッコイイ異能力を見ると、自分のモノになったらいいのになってよく妄想をしてたんだ」という言葉は門倉の本心だった。
強者の異能力を実際に使ってみて、その憧れはさらに強くなっていた。
「くそっ、また蜘蛛の巣が顔に」
崖を下っていた門倉が顔についた蜘蛛の糸を手で払う。
「おい、止まれ門倉。罠だ」
無人島で人間の手が入っていないから野生生物が多いことは頷ける。
ましてや蜘蛛の巣なんてものはそこら中にあっても不思議ではない。
だから浮谷も門倉も気にすらしていなかった。
ついこの瞬間までは。
「なんすかこれ」
「誰かの異能力だろうな。人の侵入を感知するためのものだ」
崖の下には至る所に糸が張られていた。
侵入者を察知するためのレーザーセンサーのように複雑に張り巡らされている。
「昨日までは景色と同化してたが、雨で糸が浮かび上がったってところだな」
「浮谷さん、逃げなくて大丈夫なんすか?」
「もう遅ぇーよ」
門倉が周囲を見渡していると、ピチャピチャと靴音が近づいてきた。
「お前たちは引っ掛かるのは2度目だな」
崖の下に糸巻渚が現れた。
濡れた緑髪で目が若干隠れているが、しっかりと2人を捉えている。
「てことは、これはテメェーの異能力ってことだな糸巻」
「いきなりテメェー呼ばわりとは随分と気性が荒いな。その割に実力は大したことがない」
糸巻が爽やかな笑みを浮かべる。
「おい! 誰の実力が大したことないって?」
糸巻の発言に腹を立てた門倉が距離を詰めようとズカズカと前進する。
「よせ門倉、挑発に乗るな」
「でも浮谷さん」
浮谷に呼び止められて足を止める門倉。
怒りが抑えきれないのか拳を強く握り締める。
「安心しろ。お前たちが弱いんじゃない。俺が強すぎる。ただそれだけのことだ」
糸巻が指先から網状の糸を放出する。
浮谷と門倉の頭上に放たれたそれは2人を捕らえるべくゆっくりと襲い掛かる。
「進むか、戻るかだったら進むしかねぇーな!」
戦闘が始まってしまったのならやるしかない。
浮谷は自身と門倉に異能力を使い、糸巻目掛けて突っ込むことにした。
宙に浮かび、高速で網の範囲から抜ける。
そして、右から門倉、左から浮谷が同時に糸巻に対して拳を振り抜いた。
「蜘蛛の巣」
糸巻は左右に腕を伸ばし、それぞれ蜘蛛の巣の形をした円形の盾を展開して攻撃を防いだ。
それだけではない。
「!?」
「なんだこれ?」
糸に強力な粘着性があり、2人の拳を捕らえて離さない。
反対の手で引き剥がしにかかるが、ベトベトに絡み付いて思うようにいかない。
「ぐはっ」
そうこうしている間に門倉の腹部に強烈な膝蹴りが入った。
氷堂と良い勝負を繰り広げた門倉の校章がたった一撃で砕け散る。
「浮谷さ、ん」
門倉の掠れた声が浮谷の耳に届くも浮谷は糸から逃れるので必死だった。
全体重をかけて糸を地面まで引き伸ばし、拳を地面に擦り付けて徐々に粘着性を薄めていく。
浮遊の異能力を糸巻とは逆方向に全開で発動する。
すると、なんとか糸が引き千切れて脱出することができた。
「ったく、何なんだあいつ」
細身の体格にしては門倉に放った蹴りの威力が異常だった。
筋肉質な門倉を一撃で沈める生徒はなかなかいない。
それも異能力を使ってならまだしも生身で、だ。
浮谷は空中で反転して来た道を戻る。
浮谷の唯一の利点である空中戦に持ち込んだとしても粘着性のある糸で捕らえられてしまったら身動きが取れなくなってしまう。
門倉で対抗できないなら近距離戦も難しい。
となれば距離を取ってから岩や木を集中砲火するしかない。
「稼げる得点は稼いでおくに越したことはない。そうだろ?」
糸巻が周囲に張り巡らされた糸を足場にし、あっという間に浮谷に追いついた。
浮谷の足を掴み、地面に投げ落とす。
「くそッ、こんなのデタラメだ」
仰向けに倒れた浮谷がそう漏らす。
その横に糸巻が降り立った。
「ウォーミングアップにもならなかったな」
糸巻が浮谷の校章にジャブを入れて校章を砕く。
「まとめて明日処理してもよかったが、少し早めても問題ないか」
糸巻がスマホを操作し、マップ上から暗空玲於奈を選択する。
そして、3得点を支払い、GPSサーチを発動した。
倒れている浮谷と門倉には見向きもせず、糸巻は薄暗い森の中に消えていくのだった。



