—1—
午後4時前。
人目に付かないよう北エリアから西エリアに移動したオレは、木の下で雨宿りをしていた。
晴れていれば物音から敵の接近に気が付くこともできるが、打ちつける雨音がそれらを掻き消している。
「しばらくは止みそうにないな」
厚い雲に覆われた空を見上げ、濡れた髪を掻き上げる。
2日目も終盤。
教師の参加で果たして何人が脱落してしまったのか。現在無人島に残っているのは何人なのか。
2日目終了時に生存者数が発表されるが、それよりも前に知る方法が1つだけある。
GPSサーチ。
1得点を支払うことで無人島全域のサーチを行うことができる。
サーチ時間は10分間。生徒の動きをリアルタイムで確認することができる。
オレは初日に4得点獲得しているため、合計で4回使用することが可能だが、あまり使い過ぎてもランキングに支障が出てくる。
とはいえ、現状を把握するという意味でも1回くらい試しに使ってみてもいいだろう。
手にしていたスマホを操作し、集団序列戦アプリからマップを開く。
画面をスライドさせて1得点を支払う。
すると、マップ上に黒い点が複数表示された。
雨が降っていることもあり、そこまで激しく動いている様子は見受けられないが、明らかに不自然だと思われる箇所を2つ見つけた。
「どういうことだ?」
北エリアに集結している13個の点。
2日目も後3時間で終わろうとしているときに13人もの生徒が同じ場所に集まっているのはおかしい。
ルール上、グループを組むにしても上限は3人までと決められている。
教師対策で大勢で手を取り、全員で生存者ボーナスを狙っている可能性も否定できなくはないが、誰かが裏切ってしまえば簡単に脱落してしまう恐怖心は拭えない。
圧倒的なリーダーシップを持つ、西城なんかが指揮をしているのなら話は別だが。
一応、北エリアには注意をしておいたほうがよさそうだな。
そして、もう1つの不自然な点。
北エリアの方角から何者かが真っ直ぐこちらに向かって移動してきていた。
他の点と移動速度が異なるため、恐らく走っているのだろう。
オレは西エリアの外れにある砂浜に向かうことにした。
走りながらスマホに目をやると、黒い点が方向を変え、オレの後を追ってきていた。
つまり、この人物は3得点を支払ってオレ個人を対象にGPSサーチをかけていることになる。
暗空の問題はすでに解決しているから暗空絡みではないはず。
身近な人物でソロで行動しているのは、氷堂、千炎寺、西城の3人。
得点に困っていた西城は必然的に除外されるとして、氷堂も千炎寺もわざわざ3得点を支払ってまでオレを追ってくるとは考えにくい。
となると、別の誰か、第3者ということになる。
心当たりがあるとすれば昨日戦った無名くらいか。
だとすれば結構厄介だ。
ビームソードにレーザー銃。
『光輝な大盾』を破る高火力な武器を相手にするとなると、オレも力を解放する必要がある。
走る速度を緩めながら森を抜け、砂浜に出る。
いくら雨で視界が悪いとはいえ、開けた場所に出てしまえば顔を合わせるしかない。
向こうもオレと接触することが目的であれば姿を見せるはずだ。
海を背にして、そのときを待つ。
—2—
「逃げたってことはあんたもGPSサーチを使ってたってことだよね?」
森の中から白い盾を持つ、桜色の髪の少女が現れた。
「さあ、どうだろうな」
「なんでそこではぐらかすの? 意味わかんない」
下剋上システムで千炎寺を倒し、今や序列4位となった敷島ふさぎが目を細める。
そういえば異能力実技の授業で「次やるときの楽しみが増えた」と言っていたな。
「貴重な3得点を使ってまでオレに何の用だ?」
「ほら、やっぱりあんたも使ってたんじゃん」
敷島が盾を砂浜に突き刺して溜め息を吐く。
そして、真剣な眼差しをこちらに向ける。
「神楽坂、悪いことは言わないから今すぐにでも棄権しな」
海に、砂浜に、森の木々に、打ちつける雨音がこの場を繋ぐ効果音としての役割を果たす。
「それを言うためだけにわざわざ来たのか?」
オレと敷島の関係値はそこまで高くはない。
接点と言えば異能力実技の授業で1度戦ったことがあるくらい。
プライベートで遊んだことも無ければ話したことすらない。
そんな関係値であるオレに3得点支払ったということはそれなりの理由があるのだろう。
「あんたがそこそこ動けて実力があることは知ってる。でもこのままだと間違いなくあいつに殺される。あれは人間じゃない」
敷島がゆっくりと首を左右に振る。
どうやら戦闘ではなく、警告が目的らしい。
他人の身を案じて3得点を投げ捨てた行為が真実だとすればオレは敷島の評価、見方を改める必要がある。
「あいつっていうのは誰のことを指している?」
「糸巻渚。糸巻はあんたと暗空を消すって言ってた。GPSサーチを使ったなら見たでしょ? 北エリアの異常な状態を」
糸巻とは陸上部の見学の際に話したことがあるが、良い意味でどこにでもいるような普通の男子生徒というイメージだった。
別にオレが糸巻に対して恨みを買われるようなことをした覚えもない。
「北エリアにはかなりの人数が固まっているみたいだな」
「あれは糸巻に半殺しにされた生徒だよ。北エリアに足を踏み入れた生徒を片っ端から捕らえて1箇所に集めて自由を奪ってるの。酷すぎて見ていられなかった」
「すぐに得点を獲らないことから察するに3日目のGPS対策ってところか」
「へー、神楽坂って頭もキレるんだね。平凡な顔してるのになんか意外」
「顔は関係無いと思うんだが」
敷島は可愛らしい顔に似合わず、誰に対しても物怖じしない性格のようだ。
男女関係無く、思ったことをはっきり口にするようなタイプは裏表がなくてわかりやすい。
「棄権はしないんだね?」
「狙われているのがオレだけだったら考えてもよかったが、暗空も狙われているなら棄権はできないな」
理由はどうであれ、馬場会長との約束で暗空の身を守ると誓ったためオレに棄権の選択肢はない。
「わかった。私も手を貸せればいいんだけど、糸巻と無名とグループを組んでる手前そうもいかなくてね」
「いや、糸巻の件を教えてくれただけでも助かった。後はオレの方でなんとかする」
「そう。私の3点を無駄にしないでよね」
敷島が盾を掴み、踵を返す。
「いつ誰が来るかわからないから私はそろそろ行くね」
「3点分の穴埋めは序列戦が終わってからさせてくれ」
「別にいらないって」
敷島がこちらを見ずにひらひらと手を振る。
無名の裏で糸を引いている人物は糸巻なのか、それとも別に存在するのか。
謎が1つ解けて、さらに謎が深まった。
—3—
北エリアと南エリアの境。
木々が生い茂るこの地帯を拠点に糸巻渚は行動していた。
つい数時間前まで同エリアに岩渕周がいたが、糸巻はわざわざ面倒な相手に自ら絡みに行くような真似はしなかった。
糸巻には暗空玲於奈と神楽坂春斗を消すという使命がある。
その使命を果たすまで、無意味な寄り道をする必要はない。
今回の序列戦は無人島という広大なフィールドで行われている。
そのため、個人を探し出すのは容易ではない。
無名と敷島とグループを組み、探索の効率を上げてはみたが、神楽坂と遭遇した無名は返り討ちに遭った。
やはり、自分で動くしかない。
そのためには準備が必要となる。
「雨か」
糸巻の頬を赤い雨が伝う。
個人の特定にはGPSサーチが必須。
それまでに得点を貯めておかなくてはならない。
だが早まる必要はない。
ランキング上位7人に入ってしまっては、最終日に邪魔が入ってしまう。
できればそのときまでに教師陣も消しておきたい。
(陣内さんのことだからそこら辺は抜かりが無いんだろうけど。最悪、クロムとイレイナをぶつけてもいいか)
糸巻は血の雨を浴びながら思考を続ける。
「お、おい、早くここから下ろしてくれっ」
「俺たちがお前に何をしたって言うんだよ」
糸巻の頭上には無数の糸が張り巡らされていた。
木と木の間に伸びているそれは、まるで蜘蛛の糸のように獲物を捕らえて離さない。
1度捕まったら逃げ出すことは至難。
糸巻渚という強者に捕食されるのを待つだけの運命となる。
「ねぇ、このままじゃ腕が千切れちゃうよ」
ぐったりとした女子生徒が涙を浮かべて訴える。
女子生徒の腕からは絶えず血が流れ続けている。皮膚が糸で抉れてしまったのか、その傷は酷く痛々しい。
「捕らえた13人と足せば15得点か。うん、悪くはない」
確実に女子生徒の声が届いているはずだが、糸巻がそれに応えることはない。
多少の犠牲は仕方がない。
悪党に打ち勝つのは正義ではなく、悪党なのだから。
午後4時前。
人目に付かないよう北エリアから西エリアに移動したオレは、木の下で雨宿りをしていた。
晴れていれば物音から敵の接近に気が付くこともできるが、打ちつける雨音がそれらを掻き消している。
「しばらくは止みそうにないな」
厚い雲に覆われた空を見上げ、濡れた髪を掻き上げる。
2日目も終盤。
教師の参加で果たして何人が脱落してしまったのか。現在無人島に残っているのは何人なのか。
2日目終了時に生存者数が発表されるが、それよりも前に知る方法が1つだけある。
GPSサーチ。
1得点を支払うことで無人島全域のサーチを行うことができる。
サーチ時間は10分間。生徒の動きをリアルタイムで確認することができる。
オレは初日に4得点獲得しているため、合計で4回使用することが可能だが、あまり使い過ぎてもランキングに支障が出てくる。
とはいえ、現状を把握するという意味でも1回くらい試しに使ってみてもいいだろう。
手にしていたスマホを操作し、集団序列戦アプリからマップを開く。
画面をスライドさせて1得点を支払う。
すると、マップ上に黒い点が複数表示された。
雨が降っていることもあり、そこまで激しく動いている様子は見受けられないが、明らかに不自然だと思われる箇所を2つ見つけた。
「どういうことだ?」
北エリアに集結している13個の点。
2日目も後3時間で終わろうとしているときに13人もの生徒が同じ場所に集まっているのはおかしい。
ルール上、グループを組むにしても上限は3人までと決められている。
教師対策で大勢で手を取り、全員で生存者ボーナスを狙っている可能性も否定できなくはないが、誰かが裏切ってしまえば簡単に脱落してしまう恐怖心は拭えない。
圧倒的なリーダーシップを持つ、西城なんかが指揮をしているのなら話は別だが。
一応、北エリアには注意をしておいたほうがよさそうだな。
そして、もう1つの不自然な点。
北エリアの方角から何者かが真っ直ぐこちらに向かって移動してきていた。
他の点と移動速度が異なるため、恐らく走っているのだろう。
オレは西エリアの外れにある砂浜に向かうことにした。
走りながらスマホに目をやると、黒い点が方向を変え、オレの後を追ってきていた。
つまり、この人物は3得点を支払ってオレ個人を対象にGPSサーチをかけていることになる。
暗空の問題はすでに解決しているから暗空絡みではないはず。
身近な人物でソロで行動しているのは、氷堂、千炎寺、西城の3人。
得点に困っていた西城は必然的に除外されるとして、氷堂も千炎寺もわざわざ3得点を支払ってまでオレを追ってくるとは考えにくい。
となると、別の誰か、第3者ということになる。
心当たりがあるとすれば昨日戦った無名くらいか。
だとすれば結構厄介だ。
ビームソードにレーザー銃。
『光輝な大盾』を破る高火力な武器を相手にするとなると、オレも力を解放する必要がある。
走る速度を緩めながら森を抜け、砂浜に出る。
いくら雨で視界が悪いとはいえ、開けた場所に出てしまえば顔を合わせるしかない。
向こうもオレと接触することが目的であれば姿を見せるはずだ。
海を背にして、そのときを待つ。
—2—
「逃げたってことはあんたもGPSサーチを使ってたってことだよね?」
森の中から白い盾を持つ、桜色の髪の少女が現れた。
「さあ、どうだろうな」
「なんでそこではぐらかすの? 意味わかんない」
下剋上システムで千炎寺を倒し、今や序列4位となった敷島ふさぎが目を細める。
そういえば異能力実技の授業で「次やるときの楽しみが増えた」と言っていたな。
「貴重な3得点を使ってまでオレに何の用だ?」
「ほら、やっぱりあんたも使ってたんじゃん」
敷島が盾を砂浜に突き刺して溜め息を吐く。
そして、真剣な眼差しをこちらに向ける。
「神楽坂、悪いことは言わないから今すぐにでも棄権しな」
海に、砂浜に、森の木々に、打ちつける雨音がこの場を繋ぐ効果音としての役割を果たす。
「それを言うためだけにわざわざ来たのか?」
オレと敷島の関係値はそこまで高くはない。
接点と言えば異能力実技の授業で1度戦ったことがあるくらい。
プライベートで遊んだことも無ければ話したことすらない。
そんな関係値であるオレに3得点支払ったということはそれなりの理由があるのだろう。
「あんたがそこそこ動けて実力があることは知ってる。でもこのままだと間違いなくあいつに殺される。あれは人間じゃない」
敷島がゆっくりと首を左右に振る。
どうやら戦闘ではなく、警告が目的らしい。
他人の身を案じて3得点を投げ捨てた行為が真実だとすればオレは敷島の評価、見方を改める必要がある。
「あいつっていうのは誰のことを指している?」
「糸巻渚。糸巻はあんたと暗空を消すって言ってた。GPSサーチを使ったなら見たでしょ? 北エリアの異常な状態を」
糸巻とは陸上部の見学の際に話したことがあるが、良い意味でどこにでもいるような普通の男子生徒というイメージだった。
別にオレが糸巻に対して恨みを買われるようなことをした覚えもない。
「北エリアにはかなりの人数が固まっているみたいだな」
「あれは糸巻に半殺しにされた生徒だよ。北エリアに足を踏み入れた生徒を片っ端から捕らえて1箇所に集めて自由を奪ってるの。酷すぎて見ていられなかった」
「すぐに得点を獲らないことから察するに3日目のGPS対策ってところか」
「へー、神楽坂って頭もキレるんだね。平凡な顔してるのになんか意外」
「顔は関係無いと思うんだが」
敷島は可愛らしい顔に似合わず、誰に対しても物怖じしない性格のようだ。
男女関係無く、思ったことをはっきり口にするようなタイプは裏表がなくてわかりやすい。
「棄権はしないんだね?」
「狙われているのがオレだけだったら考えてもよかったが、暗空も狙われているなら棄権はできないな」
理由はどうであれ、馬場会長との約束で暗空の身を守ると誓ったためオレに棄権の選択肢はない。
「わかった。私も手を貸せればいいんだけど、糸巻と無名とグループを組んでる手前そうもいかなくてね」
「いや、糸巻の件を教えてくれただけでも助かった。後はオレの方でなんとかする」
「そう。私の3点を無駄にしないでよね」
敷島が盾を掴み、踵を返す。
「いつ誰が来るかわからないから私はそろそろ行くね」
「3点分の穴埋めは序列戦が終わってからさせてくれ」
「別にいらないって」
敷島がこちらを見ずにひらひらと手を振る。
無名の裏で糸を引いている人物は糸巻なのか、それとも別に存在するのか。
謎が1つ解けて、さらに謎が深まった。
—3—
北エリアと南エリアの境。
木々が生い茂るこの地帯を拠点に糸巻渚は行動していた。
つい数時間前まで同エリアに岩渕周がいたが、糸巻はわざわざ面倒な相手に自ら絡みに行くような真似はしなかった。
糸巻には暗空玲於奈と神楽坂春斗を消すという使命がある。
その使命を果たすまで、無意味な寄り道をする必要はない。
今回の序列戦は無人島という広大なフィールドで行われている。
そのため、個人を探し出すのは容易ではない。
無名と敷島とグループを組み、探索の効率を上げてはみたが、神楽坂と遭遇した無名は返り討ちに遭った。
やはり、自分で動くしかない。
そのためには準備が必要となる。
「雨か」
糸巻の頬を赤い雨が伝う。
個人の特定にはGPSサーチが必須。
それまでに得点を貯めておかなくてはならない。
だが早まる必要はない。
ランキング上位7人に入ってしまっては、最終日に邪魔が入ってしまう。
できればそのときまでに教師陣も消しておきたい。
(陣内さんのことだからそこら辺は抜かりが無いんだろうけど。最悪、クロムとイレイナをぶつけてもいいか)
糸巻は血の雨を浴びながら思考を続ける。
「お、おい、早くここから下ろしてくれっ」
「俺たちがお前に何をしたって言うんだよ」
糸巻の頭上には無数の糸が張り巡らされていた。
木と木の間に伸びているそれは、まるで蜘蛛の糸のように獲物を捕らえて離さない。
1度捕まったら逃げ出すことは至難。
糸巻渚という強者に捕食されるのを待つだけの運命となる。
「ねぇ、このままじゃ腕が千切れちゃうよ」
ぐったりとした女子生徒が涙を浮かべて訴える。
女子生徒の腕からは絶えず血が流れ続けている。皮膚が糸で抉れてしまったのか、その傷は酷く痛々しい。
「捕らえた13人と足せば15得点か。うん、悪くはない」
確実に女子生徒の声が届いているはずだが、糸巻がそれに応えることはない。
多少の犠牲は仕方がない。
悪党に打ち勝つのは正義ではなく、悪党なのだから。



