—1—
昇降口を後にした土浦と浮谷は、教室棟に続く廊下を歩いていた。
「あいつが浮谷の言ってた神楽坂か? 俺にはどこにでもいる凡人にしか見えなかったけどな」
「神楽坂は入学以降、明智と千代田と行動していることが多いです。戦闘能力の方もああ見えて特待生の氷堂と同等か少し劣るくらい。土浦先輩が探している人物の可能性は十分あるかと思ったんですけどね」
眉間にしわを寄せる土浦に向かって自ら分析した結果を真剣な表情で話す浮谷。
総当たり戦の際、2人の戦闘を1番近くで見ていた浮谷。その話には説得力がある。
「そうか。まあ可能性の1つとしてもうしばらく調べてみてもよさそうだな。浮谷、引き続き情報収集よろしく頼む」
「はい、わかりました」
浮谷の熱量から調査の継続を決めた土浦は階段をゆっくりと上がる。
(神楽坂は絶対何かを隠している)
土浦の背中を見送る浮谷は心の中でそう思っていた。
—2—
「いただきますっ」
昼休み。
学食にて日替わりランチを頼んだオレ、明智、千代田の3人は、食堂の一角に席を取った。
今日の日替わりランチのメニューはハンバーグ定食だ。箸で一口サイズにカットしたハンバーグが明智の口の中に運ばれる。
「んー、今日も美味しいねっ」
明智の笑顔が今日も眩しい。
「この量で500円って学生にとっては有難いですよね」
千代田がハンバーグの脇に添えられていたサラダに手を伸ばす。
千代田の言う通り、日替わりランチは一食500円だ。ショッピングモールにスーパーが入っているため自炊する者も中にはいるようだが、朝昼晩の3食を食堂で済ませてしまう者も多い。
食費は単純計算でひと月46500円かかる。
入学早々10万ポイント配布されたオレたちは、生きていくためにライフポイントを気にしながら生活していた。
とは言っても、よほどの無駄遣いをしない限り飢え死にすることは無さそうだ。学校側もそこは配慮しているのだろう。
「ねえ、今日の総当たり戦の授業は神楽坂くんにお願いしてもいいかな?」
箸を止めてこちらを見つめてくる明智。
そんなにキラキラした目を向けられたら断ることなどできるはずがない。
「ああ、別に構わないが——」
そこでオレは人差し指を立てて2人の注意を引いた。
「1つだけ条件がある」
ボリュームを落としてそう呟いた。
「条件? えっと、それって難しいことかな?」
明智が首を傾げる。千代田もオレの次の言葉を待っている。
「いいや、簡単なことだ。総当たり戦で結果的にオレが負けるように立ち回ってほしい」
「負けるようにって……それじゃあ初めから私が神楽坂くんに勝てないみたいな言い方だね」
明智の声色がやや鋭くなった。
「明智さん」
千代田が明智に気を遣って声を掛けたが、余計なことだと悟ったのかすぐに口を閉じた。
「悪い、オレの言い方が悪かったな。確かにバトル自体は戦ってみないとわからない。ただ、オレは総当たり戦をバトルと捉えていないんだ。自分のスキルアップを図る場だと考えてる。だからオレは特に勝敗にはこだわってない」
「要するに神楽坂くんは、総当たり戦は特訓をする場所だと考えてるってこと?」
「ああ、そんなところだ」
「それならわかったよっ。自主練習に続いて、より実践的な特訓をお願いします」
「えへへっ」と、可愛らしい笑みを見せる明智。
「あ、あの、私もお願いしてもいいですか?」
それに続いて千代田も眼鏡の奥をうるうるさせながら訊いてきた。
「ああ、もちろん。こちらこそ午後はよろしく頼む」
明智と千代田にはオレの能力の一部(身体強化)を見せている。
あの日、自主練同盟を結んだオレたちは放課後や早朝に集まり、軽いフットワークや異能力の試し打ちを行うようになっていた。
3人で競い合うことで成長速度も大幅にアップする。
中でも明智の成長速度は目を見張るものがあった。
光球を操る異能力の精度に磨きがかかったのだ。
今月末に控えているソロ序列戦では結構いいところまで進むだろう。
一方の千代田は、何か自分の中に迷いのようなものがあるのか思うように異能力を扱えていない節があるようだ。
これについては追々対応していこうと思う。オレから改善点を言うことは簡単だが、千代田の性格上ガツガツ来られると委縮してしまう傾向にあるからな。
千代田の方から話してくれるまでじっくり待つのも1つの手だ。
そして、オレ自身の問題だが、先週の氷堂とのバトルでオレの実力が明るみになりかけた。今でもオレの噂は薄っすらと出回っている。早くそれを静めなくてはならない。
特待生でもない一般の生徒に負けたとなれば先週のバトルはまぐれだったと、オレへの見方も変わるはずだ。
焦らなくてもいい。今は早すぎる。まだ全然ピースが足りていないのだから。
昇降口を後にした土浦と浮谷は、教室棟に続く廊下を歩いていた。
「あいつが浮谷の言ってた神楽坂か? 俺にはどこにでもいる凡人にしか見えなかったけどな」
「神楽坂は入学以降、明智と千代田と行動していることが多いです。戦闘能力の方もああ見えて特待生の氷堂と同等か少し劣るくらい。土浦先輩が探している人物の可能性は十分あるかと思ったんですけどね」
眉間にしわを寄せる土浦に向かって自ら分析した結果を真剣な表情で話す浮谷。
総当たり戦の際、2人の戦闘を1番近くで見ていた浮谷。その話には説得力がある。
「そうか。まあ可能性の1つとしてもうしばらく調べてみてもよさそうだな。浮谷、引き続き情報収集よろしく頼む」
「はい、わかりました」
浮谷の熱量から調査の継続を決めた土浦は階段をゆっくりと上がる。
(神楽坂は絶対何かを隠している)
土浦の背中を見送る浮谷は心の中でそう思っていた。
—2—
「いただきますっ」
昼休み。
学食にて日替わりランチを頼んだオレ、明智、千代田の3人は、食堂の一角に席を取った。
今日の日替わりランチのメニューはハンバーグ定食だ。箸で一口サイズにカットしたハンバーグが明智の口の中に運ばれる。
「んー、今日も美味しいねっ」
明智の笑顔が今日も眩しい。
「この量で500円って学生にとっては有難いですよね」
千代田がハンバーグの脇に添えられていたサラダに手を伸ばす。
千代田の言う通り、日替わりランチは一食500円だ。ショッピングモールにスーパーが入っているため自炊する者も中にはいるようだが、朝昼晩の3食を食堂で済ませてしまう者も多い。
食費は単純計算でひと月46500円かかる。
入学早々10万ポイント配布されたオレたちは、生きていくためにライフポイントを気にしながら生活していた。
とは言っても、よほどの無駄遣いをしない限り飢え死にすることは無さそうだ。学校側もそこは配慮しているのだろう。
「ねえ、今日の総当たり戦の授業は神楽坂くんにお願いしてもいいかな?」
箸を止めてこちらを見つめてくる明智。
そんなにキラキラした目を向けられたら断ることなどできるはずがない。
「ああ、別に構わないが——」
そこでオレは人差し指を立てて2人の注意を引いた。
「1つだけ条件がある」
ボリュームを落としてそう呟いた。
「条件? えっと、それって難しいことかな?」
明智が首を傾げる。千代田もオレの次の言葉を待っている。
「いいや、簡単なことだ。総当たり戦で結果的にオレが負けるように立ち回ってほしい」
「負けるようにって……それじゃあ初めから私が神楽坂くんに勝てないみたいな言い方だね」
明智の声色がやや鋭くなった。
「明智さん」
千代田が明智に気を遣って声を掛けたが、余計なことだと悟ったのかすぐに口を閉じた。
「悪い、オレの言い方が悪かったな。確かにバトル自体は戦ってみないとわからない。ただ、オレは総当たり戦をバトルと捉えていないんだ。自分のスキルアップを図る場だと考えてる。だからオレは特に勝敗にはこだわってない」
「要するに神楽坂くんは、総当たり戦は特訓をする場所だと考えてるってこと?」
「ああ、そんなところだ」
「それならわかったよっ。自主練習に続いて、より実践的な特訓をお願いします」
「えへへっ」と、可愛らしい笑みを見せる明智。
「あ、あの、私もお願いしてもいいですか?」
それに続いて千代田も眼鏡の奥をうるうるさせながら訊いてきた。
「ああ、もちろん。こちらこそ午後はよろしく頼む」
明智と千代田にはオレの能力の一部(身体強化)を見せている。
あの日、自主練同盟を結んだオレたちは放課後や早朝に集まり、軽いフットワークや異能力の試し打ちを行うようになっていた。
3人で競い合うことで成長速度も大幅にアップする。
中でも明智の成長速度は目を見張るものがあった。
光球を操る異能力の精度に磨きがかかったのだ。
今月末に控えているソロ序列戦では結構いいところまで進むだろう。
一方の千代田は、何か自分の中に迷いのようなものがあるのか思うように異能力を扱えていない節があるようだ。
これについては追々対応していこうと思う。オレから改善点を言うことは簡単だが、千代田の性格上ガツガツ来られると委縮してしまう傾向にあるからな。
千代田の方から話してくれるまでじっくり待つのも1つの手だ。
そして、オレ自身の問題だが、先週の氷堂とのバトルでオレの実力が明るみになりかけた。今でもオレの噂は薄っすらと出回っている。早くそれを静めなくてはならない。
特待生でもない一般の生徒に負けたとなれば先週のバトルはまぐれだったと、オレへの見方も変わるはずだ。
焦らなくてもいい。今は早すぎる。まだ全然ピースが足りていないのだから。



